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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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空っぽの「私」



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 甲板につくと、ヴィオラは繋いでいた手を離した。


 恥ずかしかったからホッとしたけど、それ以上に「残念」って気持ちが湧いてきた。……もうちょっと、繋いでたかったな。


「ヴィオラ、あんまり甲板の縁に行くなよ~? 夜の海に落ちたら大変だ」


「もし落ちたら、ラートさんが助けてくれますか?」


「もちろん! でも、落ちないように気をつけよう。夜の海は怖いよ」


 下は真っ黒だ。


 闇を煮詰めたような暗い海を見ていると、混沌の海を思い出す。


 混沌の海も恐ろしいところだった。海はどこも怖いところだ。


「でも、夜空は綺麗ですよ」


「確かに。宝石を散りばめたみたいだなぁ」


 俺がヴィオラに贈った石が、たくさん空にあるみたいだ。


「交国本土の空と、ネウロンの空って全然違いますか?」


「似てるけど、ネウロンの方が綺麗だな。交国は発展してるけど、町中じゃ街灯が眩しくてさ。星なんてろくに見えなかった」


 人里から離れた訓練所なら、綺麗な星が見えた。


 でも、ここの方が綺麗に見える。


「星は見えなくても、本国はいいところだ。いつかヴィオラ達とも一緒に帰りたいな。俺、案内するからさ」


「特別行動兵の私達でも、交国本土の土を踏めるんでしょうか……?」


「タルタリカを片付ければ、特別行動兵の任も解かれるだろ」


 ただの一般人に戻れば、多分、問題ないはずだ。


 交国本土だって観光名所はあるしな。


 政府関係施設が色々あるから、入れない場所も多いけど。俺達の住んでいる場所も「テロ対策」ってことで人の出入り禁じてる時もあるしな~。


「その時は、ぜひ交国本土に来てくれ。俺が休暇中のタイミングで来てくれたら、交国の町を案内するからさ」


 そう言うと、ヴィオラは「いいですね」と言って微笑んだ。


「……ラートさんには、お世話になりっぱなしですね」


「そんなことないだろ」


「そんなことあるんですよ。私の心の支えです、貴方は」


 さっきとは別種の恥ずかしさが襲ってきて、思わずヴィオラから顔をそらす。


 熱くなった頬を指で掻き、心を落ち着かせる。


「模擬戦で勝ったのも、ラートさんのおかげです。というか、私達だけじゃ模擬戦までこぎ着けなかったと思います」


「ヴィオラがヤドリギを作ってくれなきゃ、俺も何も出来なかった。今までも隊長や副長、皆に助けられただけだ。俺はマジで大したことしてねえよ」


「私はラートさんのこと、頼りにしてますよ。信じてくれないんですか~?」


「そ、そんなことない。……そう言われるのは、正直、嬉しい」


 嬉しいが、俺なんてまだまだだ。


 口ばっかりで、ちゃんと助けられてない。


 隊長達みたいに頼りがいのある大人になれてない。


「ラートさんがどう思ってようと、私はラートさんにとってもお世話になってますから。……改めて、ありがとうございます」


 そう言い、屈託のない笑みを浮かべたヴィオラが言葉を続けた。


「いい加減、お礼しなきゃですね?」


「お礼?」


「ほら! 皆のこと助けるお手伝いしていただければ、何でもしますって言ったでしょ? その約束を果たさないと」


 そういや、そんな事も言ってたか。


 けど――――。


「いや、約束はまだ果たせてない。ヴィオラが頼んできたのは、『巫術師の無実を証明する』と『アイツらを戦わせずに済む方法を一緒に探す』って事だろ?」


 どっちも果たせてない。


 むしろ、戦わせる方向に向かわせたのが俺だ。


 戦いが避けられないなら、戦うべきだと思うが――。


「でも、ラートさんが戦う方向性を示してくれたおかげで、あの子達は身体を張って戦わなくても済みそうですし……。薬はまだ使わないといけませんが、それでも戦場から離れられるなら、強い薬は使わなくて済みますから」


「でも……」


「確かに時間は稼げているんです。あの子達を助けるための時間は」


「うーん……」


「……私だけじゃ、時間すら稼げなかったんです。私は戦いってだけで嫌悪して、ちゃんと向き合おうとしなかった」


 向き合えたのは俺のおかげ、と言ってくれた。


 あのまま流体甲冑で戦い続けていたら危なかったのは確かだ。


 流体甲冑をゴミとは言わないが、タルタリカ相手に使うのが向いてない。巫術師なら動かせるとしても、巫術師の弱点も付きまとう装備だ。


「まだまだこれからですけど、ラートさんのおかげで時間が稼げたのは確かです。稼いでいただいた時間で、何とか足掻いてみます」


「今後も手伝うからな。俺も」


 これでお別れみたいに言われるのが寂しくて、言葉ですがる。


 まだまだこれからだろう。


 子供達の事も、タルタリカの事も。


 ……タルタリカ倒せばヴィオラ達は解放されるはずだが、それも本当に信じていいのか怪しいところだし……。


「もちろん、今後も頼りにさせてください! でも、私達が手伝ってもらってばかりなのは不公平ですし……。わ、私に出来ることなら、何でもしますよっ!?」


「な、なんでもかぁ……。うぅむ……」


「不埒なことは、ほどほどにしていただけると……そのぅ……助かりますが……」


「へ、変なこと要求したりしねーよ!」


 正直、いまこうして一緒にいられるだけで、結構なご褒美だけどな。


 ヴィオラは子供達を大事にしてる。多くの時間を子供達のために使ってる。


 それを分けてもらってるだけで、凄く嬉しいけど――。


「……耳かきとか、不埒判定アウトになるか……?」


「はあ、そんな事でいいんですか?」


 ヴィオラは「別にそれぐらい、いつでもやりますよ」と言ってくれた。


「耳かき、お好きなんですか?」


「結構好き。家に帰った時、よく母ちゃんにしてもらってた」


 上手とは言えなかったけどなぁ。


 結構取ってもらったはずだけど、実際は全然取れてなくて、自分でやったり耳かき専門店とか行ってた。


 ネウロンだと専門店なんて全然ねえから、もうしばらく自分でやってる。カメラ付きの耳かき買うのも手だろうけど――。


「へ、へぇ……そうですか。お母様に……。ラートさんってマザコン……?」


「違うし! いや、でも、嫌いではないから間違いではないのか……?」


 やや引いた顔したヴィオラに弁解しようとしたが、間違いとは言い切れない。


「俺、家族大好き人間だから、広義のマザコンなのかもしれねえ」


「なるほど。……でも、あんまり会えないんですよね? 軍学校に通うために親元を離れて……。大好きな弟さんとも、あんまり……」


「会えねえけど、連絡は取れるからさ」


「正直、羨ましいです」


 そう言って微笑んだヴィオラに対し、申し訳ない気持ちが湧いてきた。


 ヴィオラ達は俺以上に会えないからな。家族と。


 ヴィオラも家族と離れ離れで辛いよな、と謝ったんだが――。


「あ、いえ! 私は子供達と違って、そもそも家族いないので!」


「ひょっとして……ネウロンの魔物事件で……?」


「あー……そのぅ……」


 ヴィオラは言いづらそうな顔を浮かべ、髪を触りつつ、「そういえばラートさんにはちゃんと言ってなかったですね」と呟いた。


「私、記憶喪失なんです。家族が誰かも、わかってなくて」


「そう……なのか? そのわりに、結構しっかりしてると思うが……」


「日常生活には全然支障ないですよ。過去の事がわからないだけで……」


 ヴィオラは「この機会に話しておくべきですね」と言い、言葉を続けた。


「私、自分が『誰』なのかすら覚えてないんです。色んな知識をボンヤリと思い出すことはあるんですが――」


 ヤドリギも、「思い出して」作った物らしい。


 元々、作り方を覚えていた。


 というか、「こういうものが欲しい」と考え始めて以降、作り方を思い出した。


「ラートさんの言葉が良い刺激になったんでしょうね。他にも、物作り関係のことで刺激を得ると、ちょくちょく思い出したりしてます。技術少尉の助手をしているのも、その影響だったりしまして……」


「知識を思い出している、って事か」


「はい。でも、凄く断片的なんですよね~。体系立てた思い出し方ではなく、飛び飛びで思い出すんです。ヤドリギだって、前提となる知識をすっ飛ばして思い出したような形です」


 ヤドリギは単なるアンテナじゃない。


 巫術(イド)という術式に干渉する装置だ。


 工学知識だけで作れるものじゃない。術式に関する知識も必要だが、ヴィオラは術式をちゃんと理解できているわけではないらしい。


 巫術に関する知識も、アル達に話を聞いたり、交国の資料を見たりして、何とか自分なりにまとめたものみたいだ。


「いつから記憶がないんだ?」


「時期的には……魔物事件の頃ですかね?」


 ヴィオラが覚えているのは、魔物事件発生以降。


 事件の真っ只中で大荒れのネウロンで目覚めたらしい。


「最初に会ったのが、フェルグス君と、フェルグス君達のご両親なんです。3人は地面に転がって気絶していた私を見つけてくれたんですよ」


 タルタリカが暴れ始めた頃だったので、放置されていたら死んでいたかもしれない。そんな状況で助けてくれたから、フェルグス一家は命の恩人らしい。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:歩く死体・ヴァイオレット


「目を開いて、最初に会ったのはマウさん……フェルグス君のお母さんでした」


 マウさんは倒れていた私を見つけ、起こしてくれた。


『すみ……。ええっと……貴女、大丈夫!?』


 目を覚ました私にそう言い、助けてくれた。


 私は何も覚えていなかった。


 状況も、自分のことも、何も覚えていなかった。


 真綿で首を絞めるように、少しずつ状況を理解していった。


 何も覚えていないと「理解」していき、私は軽くパニックになっちゃったけど……マウさんは優しく抱きしめ、私を助けてくれた。


 見ず知らずの私の事を、その後も助けてくれた。


「それでロイさんが――フェルグス君のお父さんが、『行く当てがないなら一緒に行こう』と誘ってくれたんです」


 すごく嬉しかった。


 何もわからないから、すごく心細かったし。


 マウさんとロイさんは仲睦まじい夫婦……とは少し違った。


 仲が悪いわけではないけど、夫婦より「親友」のような距離感だった。


 ロイさんはのほほんとした人で、マウさんはそのお尻を叩きながら支えているしっかり者だった。


 タルタリカが現れて、ネウロンがメチャクチャになっている状況でも……2人はずっと同じ調子だった。それがとても心強かった。


「良い人達で、良い夫婦だったんだな……」


「良き親でもありましたよ!」


 2人共、フェルグス君を見る目はとても優しかった。


 マウさんはしっかりもので、子供をキッチリ教育する厳しさを持っているように見えた。けど、実際はとても甘い人で、フェルグス君のワガママは何でも聞いてあげていた。


 むしろ、ロイさんの方が、フェルグス君をたしなめてたかな? 落ち着いた声色で、しっかりとフェルグス君を諭していた。


「まあ……ワガママを言える状況ではないこと、フェルグス君も直ぐに気づいて……ワガママなんて言わなくなっちゃったんですけどねー……」


「当時のネウロンは……かなり酷い状況だったんだろ?」


「はい……」


 タルタリカが人々を襲っていて、人々も大いに混乱していた。


 生き残るために人同士で争う光景も見た。


 堅牢だけど、限られたスペースしかない建物に立てこもった人に対して、「私達も中に入れて」と求めていた人達が……攻城戦でもするように押し入ろうとしている光景も見た。


 入れてもらえない腹いせに、火をつける人もいた。


 不安にかられ、食料を奪い合う人達もいた。納屋に押し入る人達と、その人達から食料を守るために農具を手に戦う人も見た。


 ロイさんもマウさんもそういう争いに加担せず、守ってくれた。我が子のフェルグス君だけではなく、私の事も守ってくれた。


 強盗達が襲ってきた時だって、「話し合いで解決してくるから、2人は倉庫に隠れていなさい」と言い、2人だけで強盗と向き合う事もあった。


 結局話し合いで解決するのは難しかったみたいだけど……2人は無傷で帰ってきた。強盗達は「バケモノ!」なんて負け惜しみを言い、逃げていってた。


 強盗より恐ろしい存在もいた。


 タルタリカが、そこら中を徘徊していた。


 フェルグス君が巫術を使い、タルタリカらしき存在の魂を見つけてくれたから、何とか隠れながら逃げることが出来た。


 私達がいたところは、比較的タルタリカがいなかったみたい。大きな群れと遭遇していたら……どうなっていたかは想像に難くない。


「フェルグス君がワガママ言わなくなっちゃったの、マウさんは寂しそうにしてましたけどね……。『もっといっぱい、フェルグスとスアルタウのワガママを聞いてあげたかった』って……寂しそうに言ってました」


「…………?」


「ん……? ラートさん?」


「あ、いや、何でもない」


 ラートさんは何故か怪訝そうな顔を浮かべたけど、直ぐに「続きを聞かせてくれ」と言ってくれた。


「ひょっとして、名前も覚えていなかったのか?」


「はい。なので、今の私の名付け親はマウさんなんですよ」


 ヴァイオレット。


 それはシオン教の象徴的な花と同じ名前らしい。


 とても縁起のいいお花だから、本当の名前を見つけるお守りになってくれる。


 仮に本当の名前が見つからなくても、貴女は貴女。


 マウさんはそう言ってくれた。


「私も『ヴァイオレット』という名前、気に入ってます。だから……昔の自分のことが思い出せなくても、別にいいですけどねー」


「……そのわりには、寂しそうな顔だな」


「見えてないでしょ。この夜闇の中じゃ、私の顔なんて」


「俺達は暗視装置なくても、多少は夜目が利くんだよ」


「え~! じゃあ見ないでください~」


 目元を手で隠しつつ、そっぽを向く。


 思い出せなくてもいいのは本心……だと思う。


 フェルグス君とマウさん達を見ていると、「家族っていいなぁ」という憧れを抱く。だからなのかな……私にも自分の「家族」がいれば、と思っちゃうのは。


 自分の事はともかく、家族がいるなら会いたいと思う……かな?


「とにかく、マウさんとロイさんは恩人なんです。もちろん、フェルグス君達も恩人です。……だから恩返ししたくって」


「交国軍人に喧嘩売ってでも、アイツらについてきたのか」


「あはは……。フェルグス君達以外、繋がりのない寂しい女なんですよ。私」


 私は魔物事件の時、死んでいてもおかしくなった。


 けど、見つけてもらって、守ってもらって、今もここにいる。


 失くなっていたはずの命。


 それは救ってくれた人のために使うべき。


 私はそう決めた。


「マウさんとロイさんが『自分の両親と思って接してほしい』とまで言ってくださって……その言葉に甘えて、お姉ちゃん面してるんです。私」


「2人も喜んでるさ。お前は立派なお姉ちゃんだもん」


「あはは……。そうですかね~……?」


 与えてもらってばかりだと思いますけどね。


 フェルグス君達を守っているつもりになって……その繋がりにすがっているだけで……1人になるのが寂しいだけかもですけどね~……。


「……フェルグス達の両親とは、その後も連絡取れてるんだよな?」


「ええ。電子手紙(メール)のやり取りしか許されてませんが……」


 たまにしか連絡取れないけど、2人は無事らしい。


 子供達を心配していて、私の事さえも自分の子供扱いしてくれている。


 文章に当たり前のように「我が子、ヴァイオレットへ」って書かれていて、私を本当の家族みたいに扱ってくれてるの……ちょっと照れちゃいますけどね~。


「最後に会ったのは交国軍に保護される前です」


「保護された時じゃなくて?」


「はい……。だから、アル君が一番長く、マウさん達と会えてないんですよ」


 ちゃんと説明できてなかったので、ラートさんが不思議そうにしている。


 この件も、ちゃんと話しておくべきかな。


 ラートさんは……この話をしても、変に扱ったりしないだろうし。


「私が目覚めた時、アル君はマウさん達の傍にいなかったんです」


「あっ、ひょっとして、魔物事件の混乱の所為か!?」


 はい、と言って頷く。


 巫術師として覚醒していたフェルグス君とアル君は、親元から離れ、シオン教団の保護院に入っていた。そこで静かに暮らしていた。


 そんな時に魔物事件が起こって……保護院の人達は子供達を避難させようとした。でも、タルタリカがやってきた。


 その時の混乱で、フェルグス君はアル君と離れ離れになってしまった。


「幸い、子供達を心配してやってきたロイさんとマウさんが、フェルグス君を助けてくれたんです。でも、アル君とは直ぐに再会できなくて……」


 アル君はアル君で、保護院の人達と避難していた。


「私が拾っていただいたのはその後なんで、直ぐにアル君に会えなかったんです」


「そうだったのか……。いや、お前ら無事で良かったよ……」


 ホントにそう。


 混乱する人々だけではなく、タルタリカという驚異もあった。


 ……交国軍も、一種の驚異と言っていいと思う。


 一応、交国軍はネウロン人を助けるために動いているって言ってたけど……私が会ったのは乱暴な人達だった。


 事件当時の軍人さん達は、誰も彼もカリカリしていた。ネウロン人の扱いはぞんざいだし、巫術師ってだけでフェルグス君達を罪人扱いしてきたし……。


「私はマウさん達に連れられ、最終的にウィスクに避難してました」


「ウィスクって言うと……」


「ああ、今はもうなくなってます」


 タルタリカによって滅びた、と聞いている。


 ただ、ウィスクが本格的にタルタリカに襲われる前に、交国軍がやってきて、町に避難していた人達を連れて逃げてくれた。私達もそこで「保護」してもらった。


「でもウィスクに逃げ込んだ時、事件があったんです」


 ウィスクの隣町に、フェルグス君達がいた保護院の人達が避難してきた。


 その噂を聞き、マウさんとロイさんは隣町に行った。


 アル君が「隣町(そこ)にいる」と考えて、行ってしまった。


 2人と直接会ったのは、それが最後だった。


 あとは手紙のやり取りしか出来ていない……。


「タルタリカがうろついているのに、2人だけで行ったのか。交国軍は――」


「その時はまだ、ウィスクに来てくれてなかったんです」


 交国軍をアテにしてなかったから、ロイさん達は夫婦2人だけで隣町に向かった。私とフェルグス君を他の人達に預けて……。


「危険だから、ヴィオラとフェルグスはウィスクで待たされていたのか」


「それもあるんですけど……フェルグス君が体調を崩しちゃって……」


 つらい避難生活の疲れもあったと思う。


 そのうえ、タルタリカを避けるために巫術もよく使ってもらっていた。


「死を感じ取って、倒れちゃう事もあったんです……。あの時はちょっとした頭痛薬しかなくて……フェルグス君、ボロボロになっちゃってて……」


「アイツ……そんな時から頑張ってたんだな……」


 模擬戦前に体調を崩した時。


 医務室で必死の形相をしていたフェルグス君を思い出す。


 多分、フェルグス君はウィスクでの件で、今も自分を責めている。


 巫術師(じぶん)が付き添っていれば、お父さんお母さんをもっと安全に隣町に行かせることができた。そう思って自分を責めている。


 2人もアル君も無事だったんだから、そんなに自分を責めないで――と言ったんだけど、根は真面目な子だからまだ気にしているのかもしれない。


「交国軍がウィスクに来たのはその後です。一応、私とフェルグス君はそこで保護してもらって……別の町に連れていかれて……」


 保護と言ってたけど、扱いは酷かった。


 軍人さん達は殺気立っていた。


 私達を狭い収容所に閉じ込め、武装して見張っていた。


 今にして思えば、あれはタルタリカの影響だったのかも。


 当時の軍人さん達は、事件前からネウロンに駐留していたはず。


 だから、人がタルタリカに変わるところを見て……ネウロン人そのものを危険視していたのかもしれない。そう考えると、射殺されなかっただけ良かったのかも。


「アル君も同じ収容所に連れて来られたんです。でも……マウさんとロイさんは別の収容所に連れていかれたみたいで……」


「その後はずっと、親と子で離れ離れか」


「はい……」


「……なんか変じゃね?」


 ラートさんの方を見ると、腕組みしつつ、首をひねっていた。


 そして疑問を口にしてくれた。


「アルが保護されたって事は、ウィスクの隣町にも交国軍が助けに来たんだろ?」


「私はそう聞きました」


「親御さんが隣町に辿り着いていたとしたら、アルと親御さんが引き離されたのは何でだ? ヴィオラ達と親御さんが引き離されるのは……避難先の違いだと思うが、何でアルだけヴィオラ達の方に連れて来られたんだ?」


「あ、確かに」


 避難先を多少分散させるならわかるけど――。


「あっ……でも、結局、アル君は隣町にいなかったそうなんですよ」


「あ、そうなのか?」


「はい。保護されたのは、隣町から少し離れたとこだったみたいです。野原で1人、泣いているのを軍人さんに助けていただいたみたいで……」


 多分、アル君もはぐれたんだろう。


 当時の事を聞くと言葉を詰まらせ泣いちゃうから、詳しい話はわからない。


 トラウマになってるだろうし、詳しく聞くのは気が引ける。どうも保護院の人達は、殆どタルタリカにやられて……その後は散り散りになったみたいだし……。


 家族4人が無事なだけ幸運だった。


「当時からラートさんがいてくれたらな~……。家族全員が直ぐに離れ離れにならずに済んでたかもなのに~……」


「す、スマン……」


「あっ、いや、ラートさんを責めてるわけじゃないですからね!? ラートさんのこと信頼してるから、頼りたくなっちゃっただけです」


 ラートさんは事件当時、ネウロンにいなかった。


 ネウロンで起きた魔物事件により、交国のネウロン駐留軍も大きな被害が出た。


 その被害を補填し、「ネウロン旅団」を再編成する時に色んな軍人さんがネウロンに来た。その中の1人がラートさんだから、当時は頼れなくても当然。


 星屑隊の人達は、ほぼ全員、「魔物事件後」に来た人達らしい。


「ぶっちゃけ、俺らは左遷組だけどな~……」


「ラートさんとかレンズ軍曹さんとか、優秀な方じゃないですかー。隊長さんや整備長さんも頼れますし~……」


 副長さんは「酒カス」ってヤツなんだろうけど……。


 でも、お酒抜きにしたら、頼りになる人だと思う。


 模擬戦とかの諸々も、副長さんが動いてくれたおかげだもんね。


「俺はともかく、隊長やレンズ達は優秀だ。でもなんか、色々あるみたいなんだ」


「軍人さんも大変ですね……」


「お前達と比べたら、そうでもないよ」


 ラートさんはそこでため息をつき、頭を掻いた。


「つまり、アルはしばらく親御さんに会えてねえのか……」


「そうなんですよ。保護院時代もちょくちょく会いに来てくれてたそうですが、魔物事件が起きてからはもう……」


 だから、とても寂しそうにしている。


 そんなアル君を見て、フェルグス君は気を張り過ぎている。


 兄として、弟をしっかり守らないと……! って気張りすぎている。


 どっちも心配。グローニャちゃんも家族の事を思い出してよく泣いているし……。ロッカ君は口にはしないけど、何か抱えている様子だし……。


「会わせてやりてえな……。家族に……」


「はい。……交国は約束、守ってくれますよね?」


 タルタリカを殲滅し、ネウロンが平和になれば家族と再会できる。


 それだけを望みに、子供達は頑張っている。


 ネウロンの未来まで背負いながら、頑張っている。


「そりゃ……当然、守るさ」


 ラートさんの返答は、歯切れが悪かった。


 けど、それはラートさんの所為じゃない。


 ラートさんも疑っているのかもしれない。……交国の「正義」を。


「交国は多次元世界指折りの巨大国家だ。そんなのがホイホイと約束を破っていたら、国際社会の信用がなくなっちまうよ」


「で、ですよね……。うぅん……」


 本当にそうなんだろうか。


 交国って、そこまで紳士的な国なのかな……?





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