蜂蜜苺のジャム
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:星屑隊隊長
食堂に入ると、ラート軍曹達が勢いよく敬礼してきた。
私を見て、いつも以上に緊張した面持ちをしている。大方、上官の陰口でも叩いていたのだろう。軍隊らしくてよろしい。
他の者達も少し身構えていたので、「楽にしろ」と言っておく。
祝勝会の許可を出したのは私だ。
ハメを外しすぎるなと言ったが、この程度は問題あるまい。子供の前で殴り合いの喧嘩をしていたら、足に縄をつけて夜の海に放ってやろうと準備していたが……最近は皆、紳士的になってしまった。良い事だが、少しつまらん。
「ふ、副長さんだけじゃなくて隊長さんも……。ど、どうかしましたか?」
ヴァイオレット特別行動兵が緊張した面持ちで寄ってきた。
私に代わり、副長が「差し入れだよ、差し入れ」と明るく返してくれた。
「ラート達が色々と準備しただろうが、アイツらはまだまだお子様だからな……。センス抜群大人のオレ達が気の利くものを持ってきたんだよ」
「あ、ありがとうございます……?」
副長は肩に担いでいた木箱を食堂の机に置き、木箱とは別に持ってきた瓶をヴァイオレット特別行動兵に差し出した。
「オレからはこれ、合成酒。交国軍のメシはマズいって評判だからな。オレと隊長は飲み物と食い物を持ってきたわけ」
受け取った特別行動兵は「えぇっ……子供相手にお酒……」と至極真っ当なつぶやきをした。そして、引きつった笑みを浮かべながら酒を受け取った。
一応、ヴァイオレット特別行動兵に言っておく。
「ネウロンの法は知らんが、交国の法では子供の飲酒は許可できない。だが、キミは飲めるだろう。飲みたい時に飲めばいい」
「そうそう!」
「もしくは料理酒代わりに使え」
「ちょっと隊長~……!」
副長が口をとがらせて抗議してきたが、無視する。
そうしていると、私達の後から整備長も食堂に入ってきた。「やってるね」と言いながら、持ってきたダンボールを食堂の机に置いた。
「チラッと聞こえたが、ガキの差し入れに合成酒って……。副長のセンスが心配になるよ……」
「しゃーないでしょ。もっと前からこういうことするって聞いてりゃ、もうちょっと気の利いたものを買ってきましたよ」
「例えば?」
「そうだなぁ。猫とか? 女子供は大好きでしょ」
やや偏見のある副長の言葉に対し、ヴァイオレット特別行動兵は笑顔を浮かべた。それなりに良い選択だったらしい。
「猫かぁ……。いいですね~」
「非常食としてか? ネウロン人は猫を食べるって聞いたが」
「食べませんよ……!」
続く副長の言葉を聞き、女子供達が「スン……」と表情を消したが、副長は空気を読まずに「オレは酒でも嬉しいけどな!」と言って笑った。
「そりゃ副長の場合はそうだろうさ……」
冷ややかな目つきで呆れ顔を浮かべていた整備長は、「あたしはコイツをやるよ。余り物で悪いが」と言いながらダンボールを開いた。
中に入っていたのはボトルだった。
「あっ! もしかしてシャンプーですか!?」
「ああ。潮風で髪が痛むからさ。ネウロン人の植毛に合うかわからんが」
「助かります! ありがとうございますっ!」
合成酒とシャンプー。どちらが喜ばれたかは一目瞭然だった。
やや得意げな整備長と、やや不満げな副長が視線を交わしていると、キャスター軍医少尉も袋を持ってやってきた。
袋の中身は飴の詰め合わせだった。
こちらは子供達から歓声が上がった。
「…………」
少し、マズい。
副長の後にさっさと渡してしまえば良かった。
整備長と軍医少尉の後だと、少し、ハードルが高くなったぞ。
副長の差し入れが不評なのは目に見えていたから、ハードルを下げるために副長と時間を合わせてやってきたのに目論見が外れた。
もう少し後にするか――と思っていると、空気を読まない副長が机の上の木箱を叩き、「隊長の差し入れはこれだ!」と言い始めた。貴様……。
子供へのちゃんとした贈り物など、久しぶりだ。
最近は流行りのものを適当に見繕って買って帰るだけだった。最後にまともに考えたのは、あの子の結婚式の時だったか……。
「隊長さん、なにくれるのん?」
「爪の詰め合わせはやめてくれ」
「そんなもの用意する馬鹿はおらん。……私からはこれだ」
観念し、木箱の蓋を開く。
椅子に登って中身を見た子供達は、ワッと歓声を上げた。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
ドローンとぬいぐるみ以上の歓声が響いた。
それが隊長のプレゼントを見た子供達から起きたので、「なんだなんだ!?」と思いながら近寄って見せてもらう。
「隊長から何もらったんだ?」
「蜂蜜苺のジャムですっ!」
「は? ジャム?」
アレか。パンとかに塗って食べるアレか。
一度試した事がある。味わかんねーから一度切りだったが。
何でジャムなんかで――と思っていると、隊長が「ネウロンの一部地域でよく消費されていたものらしい」と教えてくれた。
「この子達の出身地は経歴書で知っていた。馴染みのある味だろうと思い、繊一号に寄った時に買っておいた」
「えっ? 繊一号で?」
「……偶然見かけたから、一応、買っておいただけだ」
隊長は俺の視線を受けて目をつむり、そう呟いた。
俺より前から準備してくれてたんだなぁ、と関心していると、ジャムの入った瓶を持ったアルが興奮した様子で近づいてきた。
「蜂蜜苺のジャム、ケナフにも無かったです! ケナフで会った同郷の人が言ってました! 最近は全然手に入らないって!」
「へえ~。じゃあ、隊長はそんなレア物をわざわざ……」
「偶然見かけただけだ」
隊長はもう一度そう言い、食堂を出て行こうとした。
「あっ、隊長は祝勝会に参加してくれないんですか?」
「私がいたらお前達もノビノビと泳げまい。これで失礼する。全員、適度に騒いで構わんが、乱闘沙汰は起こすなよ」
隊長がスタスタと去っていくと、他の隊員達もジャムに近づいてきた。
子供達は満面の笑みを浮かべ、ジャムの瓶を見せてくれている。
「じゃむってなんだ?」
「オレ知ってる。ゼリーパンの仲間だ!」
「ちっ、違いますよぅ……!」
「あんね! あんねっ! 蜂蜜苺のジャムは、パンにつけてもいいし……お茶に入れて飲んでも美味しいんだよぉ」
ニコニコ笑顔のグローニャがそう言い、瓶の蓋を開けようとした。
だが固くて開かないのか、顔真っ赤にして「ふにににに……!」と言っている。
傍にいた隊員が見かねて開けてやると、グローニャは瓶の中身を隊員らに嗅がせ始めた。
「見た目はゼリーパンに似てるな」
「ゼリーパンじゃないも~ん!」
「どれどれ……。おっ! 甘ったるい匂いがする」
「悪くない香りだ」
「でしょ~~~~!」
グローニャが得意げにしている後ろで、隊長に貰った木箱を見ていたヴィオラが何かに気づいたらしい。いくつもある瓶の下から何か取り出し始めた。
どうやらインスタントの紅茶も木箱に入っていたらしい。
グローニャ達はインスタントに関してはよくわかっていない様子だったが、お湯を持ってきて作ってやると、「お茶だー!」と歓声を上げた。
「お茶あるなら、皆で飲もっ!? おいちいよっ!」
「いやいや、そりゃお前らのモノだ。第8で飲み食いしとけ」
「オレら、どうせ味覚ないしさぁ」
隊員らは固辞したが、グローニャは諦めなかった。
お茶は皆で飲まないとダメ、と言ってほっぺを膨らませている。
「みんなで飲むと、もっとおいしくなるんだよぉ! グローニャもねぇ、パパとママと、じいじとばあばと一緒に飲んでたんだぁ」
その時のことが余程嬉しかったのか、グローニャは笑みを深めた。
だが、直ぐにシュンとなって――。
「……いっしょにいられた時は、飲めたんだぁ……」
グローニャの目から、大粒の涙がボタボタとこぼれた。
「いっしょじゃなくなった時から、ジャム……ぜんぜんたべれなくなって……おいしくないゴハンばっかりになって……」
「ぐ、グローニャ……!? 大丈夫か?」
グローニャの手を取り、呼びかける。
ハンカチを――いや、そんな洒落たもん持ってねえ。
ヴァイオレットがグローニャの背中をさすり、あやしてくれたが、グローニャの涙は止まらなかった。
グローニャは「ごめんね、ごめんね」と言いながら目元をぬぐっている。
「み、みんな、困らせたいんじゃないのっ……!」
「大丈夫。わかってる。大丈夫だ……」
「ぜんぶうれしいよ? ぜんぶうれしいのに、パパとママのこと、じいじとばあばのこと…………わぁぁぁぁ~~~~んっ!」
グローニャはワンワンと泣き始めてしまった。
第8の皆も、星屑隊の隊員も、全員がそれを見て狼狽える事になった。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
グローニャが泣き止んだ後、交国軍人は食堂を出て行った方がいいかも……という話になったが、グローニャに「行かないで!」と止められた。
フェルグスも「さすがにいま出ていくと気まずいから、いてくれよ」と小声で言うので、引き続き祝勝会をすることになった。
皆で蜂蜜苺ジャム入りの紅茶を飲む事になった。
ギクシャクした空気を変えるため、星屑隊の隊員が率先してかくし芸大会を始め、子供達の顔にもようやく笑顔が戻り始めた。
俺はそれを見届けた後、こっそり食堂から出ていった。
出て、隊長の姿を探した。
隊長は指揮所にいた。隊長含め、指揮所で当直の仕事をしていた隊員達に――グローニャ達の好意で分けてもらった――ジャム入りの茶を振る舞った。
「何かあったのか?」
紅茶を口にした隊長がそう聞いてきたが、言うか迷った。
けど結局、食堂で何があったか包み隠さず話した。
「そうか。私の差し入れですまない事をしたな」
「いえ、隊長は悪くないですよ」
蜂蜜苺のジャムは子供達が一番喜んだ品だった。
思い出の品だった。だからこそ、あんな事になっただけ。
隊長が悪いわけじゃない。
「……紅茶、貴様は飲んだのか? ラート軍曹」
「はい。皆と一緒に」
「そうか。美味かったか?」
隊長も皆も、俺と同じオークだ。
獣人のキャスター先生や、エルフの整備長とは違う。
答えはわかってるはずだが――。
「俺もオークなんで、味はさすがに……」
「そうか」
「まあ、ただ……飲んでて申し訳なくなりました」
「……そうか」
短く答えた隊長は、紅茶を最後の一滴まで飲み干した。
試しに隊長にも味を聞くと、返ってきたのは「わからん」という返答だった。
「わからんが、あの子達にとっては特別な味なのだろうな」
「はい」
休みの日とか、家族で一緒に飲んでいたんだろうか。
その家族は傍にいない。
離れ離れになって暮らしている。
「今じゃ特別だけど、昔は日常のものだったはずなんです。それを交国が……俺達が壊しちまったんですよね……?」
「…………」
隊長は答えなかった。
けど、口は開いた。
「……ネウロンの蜂蜜苺のジャムは、もう生産されていない。タルタリカが農園も養蜂場も踏み潰した。交国軍の<星の涙>で吹き飛んだ場所もあるだろう」
「じゃあ、そこを取り戻せば――」
「戻ってくるとは限らん。ネウロンは今だけではなく、未来も交国の管理下に置かれる。作物ですら交国の都合で作られる」
「…………」
「ネウロンの蜂蜜も苺も、交国にとって重要な物資ではない。アーツ麦や吉美芋ばかり作るようになるだろう。既にそうなっている」
タルタリカを倒しても、昔のネウロンは戻ってこない。
それどころか、ひょっとしたら新しいネウロンでさえも。
……でもそれじゃあ、フェルグス達が戦ってる意味は……。
「ハッ……。俺達、何してんでしょうね。ネウロンをプレーローマから守るために来たはずなのに、これじゃあ壊してばっかりだ」
「軍曹」
「はい?」
「そういう言葉は二度と言うな。戦時法21条に抵触する発言だ」
「…………」
はい、とは言えず、黙ってしまった。
けど、隊長は俺を軽く一瞥しただけで、それ以上は言わなかった。
「もう食堂に戻れ。貴様に出来ることをしてこい」
「俺に……」
「今日は特別行動兵達を労うのだろう。ゴチャゴチャとした考えは捨てて、あの子達を楽しませることだけ考えていろ」
「……はいっ!」
いま、隊長とウダウダ話をしていても、アイツらは笑えない。
ネウロンをおかしくしているのは、隊長じゃない。
隊長よりもっとずっと上にいる人達だ。
多分、隊長もそれはわかっているんだ。でも軍人としての立場があるから、積極的には逆らえない。それでも自分に出来る範囲で動いている。
繊十三号では技術少尉から子供達を庇ってくれた。子供達と行動を共にすると決めた日から、ジャムを買っておいてくれた。
ひょっとしたら、隊長は俺よりもっと先を見据えているのかもしれない。
「私の記憶違いでなければ、食堂に冷凍アップルパイがあったはずだ」
「へ? 何でそんなものが?」
「おそらく補給部のミスだろう」
「……隊長が頼んでくれたんですか?」
「違う。さっさと戻れ」
隊長は俺をジロリと睨んできた。
珍しく目つきに感情が乗っていたので、軽くビビる。
とにかく食堂に向かおう。隊長に敬礼し、告げる。
「隊長に託された冷凍アップルパイ。俺が責任を持って解凍しますっ!」
「いや……貴様がやると失敗するだろう……。ヴァイオレット特別行動兵に任せておけ。彼女がやるのが一番確実だ」
「いや、でも、今日はヴィオラの事も労う日ですから!」
まあ何とかなるだろ! と思いながら言うと、隊長は無表情を崩し、何とも言い難そうな顔を浮かべた。
だが直ぐに立ち上がり、「……私がやる」と言った。
隊長が解凍してくれたアップルパイは、子供達にもヴィオラにも好評だった。
「第8巫術師実験部隊。貴様らに改めて礼を言う」
皆がパイを食べ終わるのを見守った隊長は、よく通る声で喋りだした。
「貴様らには繊十三号で部下達が世話になった。貴様らがいなければ、星屑隊にも死傷者が出て、繊十三号も陥落していたかもしれん。先日の模擬戦の結果も、我々の予想を超える素晴らしいものだった」
「…………」
「これからも貴様らの世話になるかもしれない。逆もあるだろう。我々が良き戦友になれることを祈願するため、この機に私も宴会芸の1つぐらい披露しよう」
隊長の言葉はどよめきを生んだ。
「たたたたたた隊長が、宴会芸!?」
「拷問ASMRですか!?」
「……私も芸の1つや2つ、嗜んでいる」
隊長がこんな形で輪の中に入ってくる事は無かった
副長ですら、唖然とした様子でいる。
「交国の伝統的な打楽器演奏でも披露しよう」
そう言った隊長の手元には、楽器なんて無かった。
無かったが、隊長は隊員らの顔を見渡し――――。
「そうだな……。シムリング、ワッシャー、ブラケット、前に来い。あとはラート軍曹……は、やめておいた方がいいか」
隊長はなぜか俺の頭をチラ見し、次に副長に視線を向けた。
「チェーン。貴様も来い」
「なんスか……。嫌な予感しかしないんですけど……」
「上官命令だ。早く来い」
「おいおいおい、まさか……」
隊長は呼びつけた隊員を自分の前に座らせた。
そして、素早く隊員4人の禿頭を叩き始めた。
まさか、これは……!
「禿頭太鼓!? ハゲドラムじゃないか!!」
「凄え!! 4人の頭から見事なペチペチ音がする!!」
「この人……無駄に上手いぞ!?」
かくして、隊長の独奏会が始まった!
いや、4人叩かれてるから五重奏か!?
隊長の演奏は本当に見事なものだったが、叩かれている副長の様子がおかしくて、大人も子供もゲラゲラと笑ってしまった。
笑い声の中、副長の「おまえら! あとで! おぼえ! とけよっ!」とリズミカルな声が聞こえるので、涙を流して笑ってしまった。
食堂の雰囲気は、すっかり明るいものに変わっていた。
さすが隊長。芸1つでガラッと空気を変えるなんて……敵わねえなぁ。




