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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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虹の勇者



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:死にたがりのラート


 フェルグスをおだてつつ、武術訓練の再開を打診すると、不満げな顔をされた。


「そもそも……機兵同士で殴り合いなんてするのかよ~」


「するぞ。銃を撃つより殴りかかったり、投げたり、敵機兵の関節へし折る目的で極め技を仕掛ける事もある」


 タルタリカ相手に拳を振るう事は殆ど無いけどな。


 流体装甲が硬いうえに再生するから、射撃戦から近接戦に移行するのは機兵戦だとそこまで珍しくない。


 近接戦で徒手空拳もイケると、何かと便利だ。


 それに――。


「機兵の流体装甲は混沌がある限り、再生し続ける。お互いに再生の暇を与えると酷い泥仕合になるから、射撃戦より近接戦の方が決定打を与えやすいんだ」


「斧や剣を、相手の流体装甲にねじ込んで再生封じれるから?」


「そうそう」


「なら、武器使って訓練しよーぜ! なにか良い武器ねえのかよ~!」


 武器使った武術も学ばせるつもりだった。だが、とりあえず今日のところは格闘技の動きを覚えさせようと思ったんだがな~……。


 まあ、フェルグスのやる気を削ぐのはよくない。本人が「こうしたい」と言って、その案が妥当なら出来るだけ汲み取ってやるべきか。


「武器は……今日のところは訓練用のナイフと、デッキブラシしかねえ」


「ショボくね?」


「しかたねえだろ~。今日は武器無しでやるつもりだったんだよ」


 訓練用のゴムナイフを指先で弄びつつ、言い訳しておく。


「もっとデカい剣とかねえの?」


「流体装甲で一時的に作ることもできるが……」


 流体装甲は混沌機関と接続してなきゃ、溶けてなくなっちまう。


 けど、1時間程度なら持つ。


 俺もニイヤドで流体で作った武器を振るったもんだ。


 タルタリカ相手だと、下手な歩兵用の銃器より斧や剣の方がまだ致命打を与えられるんだよな。危険も増すけど。


「作れるけど重いぞ。俺を楽々持ち上げられるなら、お前でも使えるだろうが」


「よっしゃ! やってやらぁ!」


 フェルグスがタックルの姿勢で突っ込んできた。良い動きだ!


 そのまま俺を持ち上げようと、「ふぎぎぎぎ……!」と声を漏らしている。頑張ってるが、さすがにオークの巨体を持ち上げるのはキツそうだ。


 試しにおんぶしてくれー、と軽くじゃれていると、いつの間にか隊長が直ぐ傍まで来ていた。遊んでいるの見られたらマズい。慌てて立ち上がって敬礼する。


「訓練は順調か?」


「はっ! すこぶる順調っす!」


「…………。まあいい。それで、今は何をしていた」


 隊長に今日の訓練について説明する。


 これから武器を使った訓練に移行しようと思っていたものの、フェルグスが「大剣とか使いた~い」と言ってた事も伝える。


「フェルグスでも持てる、ちょうどいい武器って無いっすかね?」


「デッキブラシでいいだろう。重みが足りないならダンベルでも足せ」


「おぉ、なるほど」


「なあなあ、隊長さん。隊長さんはこのデブオーク、持ち上げられる?」


「デブじゃねーし。筋骨隆々と言――」


 言え、と言うことは出来なかった。


 隊長は俺の首根っこを掴み、俺の身体をヒョイと持ち上げた。


 布袋にでもなった気分を味わいつつ、フェルグスとアルが「おおっ!」と歓声上げて拍手するのを見守る。さすが隊長……。


 ご機嫌になったフェルグスは、隊長にすり寄って「機兵、触らせてくれよ~」なんて言い始めた。


「こんな訓練、意味ねえよ。オレ様を機兵に乗せてくれ~」


「こらっ、フェルグス。お前のためだけにホイホイと機兵は出せねえんだよ」


「でもさぁ……。生身がいくら強くなっても、機兵には勝てねえんだし――」


「フェルグス特別行動兵。念のため、貴様の認識を正しておく」


 硬い声を発した隊長にビビったのか、フェルグスが後ずさる。


「んなっ……なんだよっ」


多次元世界(せかい)は広い。生身で機兵に勝った事例など、いくらでもある。世界にはそれを可能とする超越者もいるのだ」


「いや、でも……さすがに剣一本でどうにかするのは無理っしょ?」


 フェルグスが「これぐらい大きな大剣があってもさぁ。生身で機兵を倒すのは……」と言いつつ、両手を広げて剣の大きさを示した。


「それよりもっと細い剣で、交国の精鋭機兵部隊を壊滅に追いやり、方舟を両断した剣士もいる。機兵は無敵の兵器ではない」


 隊長はそう言った後、去っていった。


 フェルグスは半笑いを浮かべつつ隊長の背を指差し、「さすがに冗談だよな?」なんて言ってきた。


「隊長が冗談言う人だと思うか?」


「そりゃ思わねえけど……剣一本でどうにかするのは無理だろ~。剣より大きな機兵をズバッと切るなんて不可能だって」


「隊長の言う剣士は俺も知らんが……生身で機兵倒すヤツなら俺も見たことあるぞ。プレーローマの天使で、権能(ちから)持ってるヤツはそれぐらいやってくる」


「ホントかよ。オレ様は自分の目で見たものじゃなきゃ信じねえぞ」


「まあ、それでもいいさ」


 機兵の訓練なら機兵に乗るのが一番だが、それは出来ない。


 俺達は一応、作戦行動中でエネルギーの問題もあるんだ。隙間時間に生身を鍛えておくしかないんだ、と説いていくしかない。


 つーか、そもそもフェルグスだって生身で――。


「オレ様にもカレトヴルッフがあればな~。そしたら機兵相手でも勝てるかも」


「カレト……? なんだそりゃ?」


 未知の単語を聞き、首をひねる。


 兵器の名前かと思ったが、平和主義のネウロンにそんなものあるのか?


「ふん。カレトヴルッフを知らないなんて、交国人は無知だな」


「にいちゃん……ネウロンのお話に出てくる剣なんだから、交国人のラートさんが知らないのはフツーだと思うよ……」


 ふんぞり返るフェルグスを、アルが遠慮気味にたしなめてくれた。


 アルも「カレトなんちゃら」が何かわかっている様子だ。


「えっと……カレトヴルッフっていうのは、<虹の勇者>って絵本の主人公……<フェルグス>が持っている武器の名前です。おっきな剣なんです」


「要は大剣か。ん? フェルグス(・・・・・)?」


 聞き覚えのある名前を呟くと、本人が得意げに胸を張った。


「そうだ! オレ様の名前だ! オレ、虹の勇者と同じ名前なんだぜっ!」


「へー……」


「しかも、作者の名前は<スアルタウ>なんだぜ」


 フェルグスがアルと肩を組みつつ、嬉しそうに教えてくれた。


 2人共、その絵本に名前が出てくるのか。


 ちょっと虹の勇者の内容が気になるな。長年に渡って異世界と交流してなかったはずのネウロンにあった絵本なら、他所の世界には存在しない話のはず……。


「運命を感じるだろ? まるでアルがオレのために描いてくれた物語みたいで」


「確かに。面白い一致だな」


「話を戻すけど、虹の勇者が持っているのは単なる大剣じゃないんだぜっ!」


 フェルグスは珍しくウキウキした様子で話し始めた。


 よっぽどお気に入りの物語らしい。


 絵本<虹の勇者>は、フェルグス達が保護院で見つけたものらしい。


 主人公の虹の勇者(フェルグス)は愛剣<カレトヴルッフ>を携え、色んなところを旅し、悪人や化け物を倒して回る正義の戦士だったそうだ。


「師匠のエレインに教わった剣術と、カレトヴルッフがあれば虹の勇者は無敵なんだ! どんな敵でも倒しちゃうんだ!」


「ほー……」


「虹の勇者のカレトヴルッフはマジでスゲーんだぞ! 何でも切れるんだ!」


「機兵でも?」


「うーん……機兵は出てこなかったけど、機兵よりでっかいクモの化け物とかならズバッと倒してたかな? だから機兵もきっとヨユーで倒せるさ」


 とにかく強かったらしい。


 剣だけではなく、虹の勇者本人も卓越した剣技の持ち主だったそうだ。


 何でも斬って、「斬撃を飛ばす(・・・)」なんて芸当も出来たらしい。


「虹の勇者も強いけど、敵も結構強いんだ。けど、強いからこそ倒せるんだ」


「強いからこそ……? どういうことだ?」


「強いヤツは、自分が強いのをよくわかっている。どうやって勝てばいいか、『勝ち筋』ってやつをよくわかってる。だから『もうちょっとで勝てそう!』って時につい油断しちゃうんだ」


「ふむ……」


「虹の勇者はその隙を見逃さない! 相手の理想通りに戦いを進めて、相手を調子に乗らせて、ちょっぴり負けそうなフリをしつつ……相手が必勝を確信して放った必殺技の隙をついて……ズバッ! と勝っちまうんだ!」


 カウンター戦法みたいなものか?


 あるいは――。


「強者の隙ってやつか。もしくは……兎亀(とき)駆け現象か」


「「ときかけ現象?」」


「ウサギとカメって話を知らないか?」


 兎と亀が競争する物語だ。皆が競争の勝者は兎だと考えていた。兎自身も「自分が亀なんかに負けるはずがない」と思っていた。


 競争で大差をつけた兎は、油断してゴール前で昼寝を始めてしまった。その油断により、兎は負けた。一切休まず歩み続けた亀に敗北した。


「似たような話は聞いたことあるかも」


「まあ、これは兎がナメくさりすぎなんだが……終わりが見えると、ついつい手を抜いてしまう事ってあるだろ?」


 俺も軍学校時代、「ウヒョー! もう直ぐ課題が終わる! ちょっとだけ休憩しよ!」と携帯端末イジり始めたら、気づいたら1時間も時間を無駄にしちまった事がある。最後にスパートかけて仕上げちまえば良かったのに……。


「虹の勇者も、そういう心理を利用したのかもしれないな。あえて相手の思い通りに戦いを進め、最後の最後にカウンターを決めて勝利を刈り取る」


「ふーん。実際、最後の最後に大逆転する勝ち方が多かったな。虹の勇者」


「黒龍を倒すお話でも、そういうとこあったよね」


「そうそう! あったあった!」


 フェルグスとアル曰く、虹の勇者は竜退治もやってのけたらしい。


 あるところに雷を吐く悪い竜がいた。


 虹の勇者と仲間達はそれに立ち向かった。だが、竜はしぶとく、強かった。


 竜は大空を飛びながら雷を吐き、一方的に攻撃してきた。それによって決着をつけようとしてきた。


「黒龍が勝利を確信して、雷を吐いた時……何が起こったと思う!?」


「虹の勇者が大ジャンプして、竜をずんばらりんと斬った?」


「ちが~う! 虹の勇者は、雷を打ち返したんだよ!」


「は? 打ち返した?」


 それはまた……すげーカウンター戦法だな。


 カレトヴルッフって剣がスゴい剣だとしても、雷を打ち返そうとしたらしびれて死んでしまいそうな気がするが……。まあ、絵本の話だからなぁ。


「降ってきた雷を打ち返して、竜に当てたのか?」


「そうそう! すげーだろ!? 雷だぜ雷! 雷打ち返すとかすげーだろ!?」


 絵本で見たその光景を思い出したのか、フェルグスは興奮している。


 ネウロン人、雷怖いヤツが多いから、雷への畏怖が強いのかね。恐ろしいからこそ、それに立ち向かった話を「すごい」と称賛しているのかも。


「オレも虹の勇者みたいに悪いやつをボッコボコにしてやるんだ! そのためにはカレトヴルッフを手に入れなきゃダメかもな。どっか落ちてねえかなぁ」


「とりあえず、今日のところはデッキブラシでガマンしてくれや」


「ちぇっ。シケてやんの」


「便所のブラシじゃないだけマシだろ?」


 不満げな顔で素振りを始めたフェルグスを尻目に、フェルグスを応援していたアルに話しかける。


「作者がアルと同じ名前で、主人公がフェルグスなのは偶然じゃないかもな」


「えっ?」


「お前達の名前の由来が、その絵本にあったんじゃねえのか? 親父さんとおふくろさんもその絵本を読んで、そこから名前を取ったのかも?」


「ああ、なるほど……!」


 アルはその可能性を考えていなかったようで、驚きながら手を叩いた。


「確かにそうかも。ボクらが保護院に入った時、お父さん達は色々寄付してました。本とか遊び道具とか……。その寄付したものの中に、<虹の勇者>の絵本も入っていたのかも……?」


 今度、電子手紙で聞いてみたらどうだ。


 そう言いかけたがやめる。アル達は気楽に連絡できねえからな……。


 技術少尉が許可を出してくれたとはいえ、次に手紙を出せるのは一ヶ月近く先の話だ。……もっと連絡取らせてやりたいんだが……。


「しかし……虹の勇者か……」


 聞いたことのねえ物語だ。タイトルも内容も。


 広い多次元世界にはたくさんの物語があるから、知らねえのも無理はない。異世界との交流が途絶えていたはずのネウロンなんか特にそうだ。


 けど、なんだろうな。


「虹の勇者って話には、違和感(・・・)を感じる」


「え……? 何かおかしいですか?」


「うーん……。なんかこう、違和感を感じたんだよ」


 虹の勇者の物語を聞いた時、何かが「おかしい」と思った。


 その何かを言語化しようと頭を捻っていると、フェルグスが「隙あり!」と言って殴りかかってきたので回避する。


「うわっ、卑怯だぞテメー!」


「オレ様は、勝つためには手段を選ばねえんだ!」


「虹の勇者の名が泣くぞ!」


 ワイワイ騒ぎつつ、フェルグスと立ち会う。


 明らかに無駄な動きは矯正し、「こうした方がいい」と学ばせていく。


 フェルグスは俺の言うこと、そんなに素直に聞いてくれない。けど、「上手くいっていないところ」を自覚させてやれば、自然と改めていくはずだ。


 付け焼き刃にしかならないかもしれないが、これでいい。


 もう勝ち筋は見えている。






【TIPS:虹の勇者】

■概要

 全9巻の絵本。ネウロンには1セットしか存在しない。


 虹の勇者<フェルグス>が師匠の<エレイン>に剣技を教わり、愛剣<カレトヴルッフ>を手に悪人や化け物を成敗していく話で、最後には家族と仲間、誰一人欠けることなくハッピーエンドを迎える物語。




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