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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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居場所



■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:狙撃手のレンズ


 交国軍のデータベースにアクセスし、それを眺めながら模擬戦のことを考える。


 少し悩んでいると、副長が合成珈琲を持って来てくれた。


「ほれ、差し入れだ」


「ありがとうございます。……うん、良い香りだ」


「前にヴァイオレットに出したら、マズそうな顔してたぞ」


 その時の事を思い出したのか、副長が口元に手を当てて笑った。


 味覚があるヤツって面倒そうだな。合成珈琲、オレは結構好きなんだが……味覚あるヤツには不評らしいんだよなぁ……。


 たまに思う。狂ってるのはアイツらの舌じゃないのか、と。


 オレ達(オーク)の方が正常なんじゃないか、と。


 世間一般の認識じゃ、少数派のオレ達の方がおかしい扱いみたいだが――。


「ガキ相手の模擬戦なのに、根詰めて悩んでるみたいじゃねえか」


 副長がディスプレイを覗き込んできた。


 模擬戦会場の地図。航空写真。当日の天気予報が表示されている。


 あのガキが機兵を動かしていた時の録画も見ていたんだが……それに関しては隠す。そこまで見てたら必死こいてるように見えて、なんか悔しいし。


「当日の天気予報は?」


「70%雨です。土砂降りにはならないはずなので、大きな支障は無いかと。混沌(エネルギー)の無駄遣いしている向こうの方がやや不利、って感じですかね」


 流体は水に弱い。


 大量の水をぶっかけられただけで、溶けやすくなる。


 溶けた端から新しい流体を継ぎ足せばいいんだが、そうなると消耗が激しくなる。長期戦になればなるほど、無駄の多い向こうが不利になるだろう。


 まあ、そこまで長期戦にならないと思うけどな。


 向こうは長期戦にならないよう、必死に距離を詰めてくるだろうし――。


「そういや、この辺は雨季に入ってるんだっけか」


「ですね。しばらく、嫌な天気が続きそうです。雨の中で長時間機兵を動かしたくねえから、内陸部での作戦も休みにしてくれりゃ助かるんですけど……」


「そいつは空と久常中佐の機嫌次第だな」


 ネウロン旅団のトップ。久常中佐。


 あんまり良い噂は聞かない。


 親である玉帝の威を借る狐で、有能揃いの「玉帝の子供達」の中でも突然変異的な無能らしい。ネウロン旅団内でもよく「無能」と陰口をたたかれている。


 直接会った覚えはねえけど、ネウロン旅団の仕切りから人となりは伺い知れる。あの中佐、兵士なんて「畑から採れる」と思ってんじゃねえかなぁ……。


「模擬戦、勝てそうか?」


「100回やれば、100回オレが勝ちます」


「大した自信だ。それなのに何度もデータとにらめっこしてんのか」


「相手はガキですが、怪しげな術の使えるガキです」


 術式はあまり詳しくねえが、奴らの「巫術」って術式は手品より役立つものらしい。隊長や副長がそれなりに認めている。


 それに、あのフェルグスってガキの機兵捌きは油断できない。


 近接戦闘能力なら、ラートすら凌ぐ腕を持っているかもしれない。


 あのガキは射撃がド下手だから、よほどの近距離から模擬戦が始まらない限り、オレの勝ちは揺るがない。ラートなら近接戦闘でも勝ってみせそうだが――。


「それに、あっちにはラートがついてます」


 射撃ならラートにだって負ける気がしねえ。


 銃を握らせたら――少なくともネウロンじゃ――オレの右に出るヤツはいないだろう。銃と弾丸さえあれば、他所でも十分以上にやっていける自信がある。


 けど、射撃能力だけで勝てたら苦労しねえ。


 総合力なら……多分、オレよりラートの方が上だ。


 タルタリカみたいな獣相手ならオレが無双できるが、機兵戦となるとラートが一枚上手だろう。シミュレーターでもオレが負け越している。


 ヘラヘラと笑っているが、ラートは本物の機兵乗りだ。


「ラートは当日、機兵への搭乗は許可されているが……操作は許されていない。アイツに出来るのは指示だけだ。そこまで警戒するほどか?」


「逆に聞きますが、副長がオレの立場ならラートを軽視しますか?」


 そう聞くと、副長は笑って「ガキ共より警戒するよ」と言った。


「アイツはリードつけても大暴れするクソ猟犬だが、その大暴れっぷりが頼りになる事もある。皆、パイプみたいな優等生ならオレも楽できるんだがねぇ……」


「むっ……。オレも優等生ですよ。副長の命令、ちゃんと聞くでしょ?」


「お前はコミュニケーション能力がな……。それ直さないと友達いなくなるぞ」


「ハァ!? 友達(ダチ)ならちゃんといますけどぉ……!」


 パイプとかバレットとかラートとか……!


 ……いや、ラートはもう友達じゃないんだった。


 ということは、オレの残機(ともだち)、あと2人……!?


 いや、そもそも、パイプやバレットはオレの友達なのか? バレットはオレより階級下だから、嫌々遊んでくれてるだけじゃねえのか……?


 でもパイプは友達――いや、アイツに直接聞いたら「いやぁ、友達じゃないよ。単なる隊の仲間。部隊変わったらそのまま疎遠になるやつ」と言われるかも。


 オレの友達って…………。


 …………妹達入れていいなら、全然問題ねえな……!!


「オレには、ちゃんとダチいますから……!」


「あぁ、そう……。まあどっちでもいいんだが、お前は喧嘩っ早いから副長(オレ)基準だと問題児だからな? 改めような?」


「…………」


「ほら、頬膨らませて反抗してくる……! 問題児め……」


「今はダチ云々とか関係ないでしょ! 模擬戦の話しましょうよ」


 副長が苦笑する。その笑みがちょっとハラ立つ。


「確かにラートは油断ならねえ。エミュオン戦の数少ない生き残りだからな」


「はい……。アイツは、そのことを恥じてそうですけどね」


 ラートはとんでもない死線を潜り、生還した猛者だ。


 だからこそオレは好敵手だと思っていた。いや、今でも思っている。ダチじゃなくても好敵手って関係は問題なく続けられるし……!


「オレは正直、ラートはオレより上だと思ってます。機兵乗りとしては」


「ほぅ。お前が人を褒めるなんて珍しい」


「茶化さんでくださいよ……」


 アイツのことは認めている。


 けど、奴らは別だ。


「ラートの事は認めても、巫術師共は認められない」


 認めちゃいけないんだ。


 認めたら、機兵乗り(おれたち)がダメになっちまう。


「機兵はオレ達の物です。機兵の操縦席だけが、オレ達の居場所なんです」


「…………。オレはそうは思わないけどな」


 副長は腰に手を当てて片目をつぶりつつ、言葉を続けた。


「オレもお前も、人生の大半を機兵に賭けてきた。機兵に費やしてきた時間がオレ達の実力と誇りを養ってくれた」


 そうだ。その通りだ。


 オレ達には機兵しかねえんだ。


「だからこそ怖い。機兵以外の事をろくに知らねえから、操縦席から追い出されるのが怖い。追い出そうとしてくる異物が……巫術師が怖い」


「…………」


「でも、実際のところ、機兵以外にも居場所はあるんだよ」


 居場所(せかい)は1つじゃない。


 多次元世界に無数の世界があるように、オレ達の居場所もたくさんある。


 副長は微笑しつつ、そう言った。


「オレ達は機兵バカすぎて他の居場所を知らないだけで、他にもきっと――」


「ですが副長、他の居場所にだってオレ達みたいな『バカ』がいるでしょう?」


 副長の言う通り、オレ達は機兵バカだ。


 軍人として戦うこと以外、ろくに何もしらねえバカだ。


「他の居場所にいるバカ達も、きっと強い。オレ達が機兵に費やしてきた時間を、そいつらは別のことに費やしてきたから強い。……操縦席から追い出されたオレ達が、別の居場所に割り込んでやっていけると思いますか?」


「それは――」


「勝てますか? 家族を何不自由なく養うことが出来ますか?」


 機兵乗りは、そこらの歩兵達よりずっと高給取りだ。


 戦えば戦うほど、国はオレ達の貢献に応えてくれる。命の値段を払ってくれる。生きている間だけじゃなくて、死んだ後も遺族に恩給を用意してくれる。


 機兵乗りの立場を奪われたら、前みたいな生活はさせてやれない。


 オレみたいなオークを受け入れてくれた家族を……妹達に良い生活送らせてやれない。それはダメだ。絶対ダメだ。オレの価値がなくなっちまう。


「オレは確かに問題児かもですが、機兵乗りとしては真面目にやってきました」


 同期のアホ共が訓練サボって遊び呆けている間も、機兵や銃と向き合ってきた。


 自分の得意を磨き、苦手を叩き潰してきた。


 5歳から軍学校に入って、15歳の現在に至るまで人生の殆どを――軍人という形で――国に捧げてきた。交国はキチンとオレの働きに応えてくれている。


 何時間も費やしてきた甲斐が、確かにあったはずだった。


「それなのに、何なんですかアイツら……。オレが必死こいて学んできた機兵の操縦技術を、1分とかからず習得してみせた」


 オレが欲しくて欲しくてたまらなかったものを、楽に手に入れてみせた。


 オレの人生は……努力は……何だったんだ?


 アイツらに機兵を奪われたら、マジでそれがわからなくなる。


 今までの努力は無駄だったのか?


「巫術が凄い力だからこそ、アイツらは直ぐに機兵に乗れるようになった。そうだとしても……認めたくねえんですよ。認めたらオレの人生が全部無駄になる」


「無駄にはならないよ。だが……気持ちはよくわかる」


 副長が複雑な表情を浮かべつつ、オレの肩に手を置いてきた。


 オレも機兵乗りだからな、と言ってくれた。


 そうだ。副長だってわかってくれている。パイプも同じだ。


 ラートは違う。


 ラートはおかしい(・・・・・・・・)


 アイツは狂っている。


「巫術師共は、これからも強くなっていくんでしょうね」


「そうかもな」


「でも、今なら……今ならまだ、勝てる」


 奴らの力は侮れない。


 いつか、オレ達は負けるかもしれない。


 今なら勝てる。今なら出る杭を打てる。


 勝って、家族の暮らし守れる。


 機兵乗りの誇りを守れる。


「完膚無きまで叩きのめして、ガキ共よりオレの方が優れていると証明してみせます。そしたら、オレは……まだ機兵に乗っていられる」


「そうか……。ま、オレはお前を応援してるよ」


 副長は笑みを浮かべ、「応援ついでに教えてやる」と言った。


「アイツらがどんな訓練してるか、知ってるか?」


「機兵動かせない時は、生身で射撃訓練でしょう?」


 巫術は神経接続式の操縦方法に似ている。


 生身と同じ感覚で機兵を動かせるようだから、俺達のような追随式の操縦方式以上に生身の経験が操縦技術にフィードバックされるはずだ。


「発砲音とか聞こえますから、さすがに知ってますよ」


「武術の稽古もつけてるぞ。ラートの手ほどきで」


「はぁ……武術ですか」


 あのガキの近接戦闘技術は荒削りだが、既に十分な域に達している。


 その「得意」を今以上に磨く気だろうか?


 ……そんな事で、このオレに勝てるとでも?


「無駄とは言いませんが、射撃訓練に注力した方が良くないっスか?」


「射撃に関しては、模擬戦までに付け焼き刃すら用意できねえだろ。まあ、ラートがどういう意図でやってんのかはよくわかんねえが――」


 まだ喋ろうとしている副長を手で制する。


 情報は有り難いが、過剰に貰いたくない。


「副長をスパイに使ってるみたいで面白くねえんで、これぐらいで。オレの情報も同じぐらい向こうに流しておいてください」


「うーん、いいのか?」


「ええ」


 軍のデータベースへのアクセス履歴から察するに、ラートの奴、天候に関する調査が甘い。巫術師の訓練もしてるから、調査が疎かになっている。


 こっちでまとめたデータを副長経由でこっそり渡してもらう。活用するかどうかは向こう次第だ。これで、今の話の代金ぐらいにはなるだろう。


 オレは負けない。


 今なら100%勝てるはずだ。


 勝てる「はず」としか、言えねえ。


 ……相手はラートだ。


 エミュオンの生き残り相手に、楽に勝てるはずがない。




■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて

■from:整備長のスパナ


「ふぅ……」


 風呂のお湯で顔を洗い、さっぱりする。


 ネウロンでの任務は――他所の激戦区に比べたら――穏やかなもんだが、潮風が機械もあたしの髪も傷つけていく。船旅は嫌いだ。


 星屑隊は悪ガキばっかりだが、機兵対応班は良いメンツが揃っている。ラートがよく機兵に無茶させているが、許容できる範囲のことだ。


 ネウロン人のガキ共を引き取った時はどうなる事かと思ったが、あの子達はあの子達で面白い。模擬戦、巫術師側が勝ってくれた方が面白いと思う。


 ちと穏やかすぎるが、まあ悪くない日々を送れてたんだが――。


「ラプラス姐さんがこんなド辺境の世界に、何の御用事で?」


 一緒に風呂に入っている金髪幼女に声をかける。


 見た目は金髪幼女。中身はあたし以上のババアだが――肌艶も髪艶もあたしが惨敗してる。まったく、何年経っても変わんないんだから……。化け幼女め。


「歴史調査に田舎も都会も関係ないのですよ。個人的にはネウロンはいまアツい場所なので、火に群がる羽虫の如く飛んできただけです」


「興味本位で?」


 そう聞くと、姐さんはニンマリと笑った。ご機嫌な様子だ。


 自由気ままな人だから、交国につけられている監視役でストレスを溜めてそうだが……これはちょくちょく息抜きしてそうだ。


「知的好奇心こそが我らの混沌(エネルギー)です。大勢の家族を失い、今なお苦しんでいるネウロンの方々には申し訳ないと思いますけどね」


「ふぅん。それで、今日はどういった御用件で?」


 随分昔の話だが、ラプラス姐さんには世話になった。


 けど、苦手な相手だ。出来れば関わり合いになりたくない。


 この船に乗り込んできた時は「ゲッ!」と思ったが、視線も寄越さないから忘れられてると思った。


 それはそれで良かったと思ってたんだが、監視役引き連れて格納庫に見学に来た時、「お風呂で会いましょう」とメモが残されてたから仕方なく……ホントに仕方なくここに来たんだが……。


「今のあたしはタダの交国軍人なんで、調査のお手伝いは出来ませんよ」


「まあまあまあ……。そう仰らず。故郷に帰れず、書庫の陰で泣いている貴女を慰めてあげたのは誰でしたっけ?」


「チャプター史書官ですよ。姐さんは『いまどんな気持ちですか?』って笑顔でインタビューしてきたでしょうに……」


 そうでしたっけぇ? とトボけるエセ金髪幼女の頭をポカリと殴ってやりたかったが、泣き喚かれると面倒なのでグッと堪える。


 カワイイ顔して性格最悪だから、手を出したら何されるかわからん。


「でもでも、貴女は私達に恩義があるでしょう?」


「そりゃあね。あたしを交国に引き渡さず、しばらく匿ってくれたことには感謝してますよ。でも、そりゃ何年前の話ですか……」


「恩知らずですねぇ」


「あたしも我が身が可愛いんですよ」


 もう我が身しか残っていないからね。


 まあ……正直、もういつ死んでもいいんだけど、面倒事だけは勘弁してほしいんだよね。この姐さんに付き合っていたら命がいくつあっても足りない。


「まあ、あとほんの数日の付き合いでしょう? ラプラス姐さん達は海上で時雨隊に引き渡しておさらばなんですから、波風立てないでくださいよ」


「私はちょっと知的好奇心を満たしたいだけです」


 この姐さんの場合、その「ちょっと」が怖いんだよな。


 交国は「敵」に対して容赦ないから、姐さんに肩入れしすぎて交国の敵として認定されたら楽には死ねない。それは面倒だ。あたしだって死に方は選びたい。


「ヴァイオレット特別行動兵について、どう思いますか?」


「どうって……。特行兵のことなんざ、あたしゃ知りませんよ」


「うそつき。彼女と組んで、何か実験してるでしょう」


 姐さん達に対し、巫術師による機兵運用実験は伏せている。


 交国術式研究所の名前を勝手に使い、そっち管轄の機密だから簡単には見せられないんですよ――と見学を突っぱねている。


 姐さんについている監視役は、ウチの査察に来たわけじゃない。こっちが研究所の名前を出せば、無理せず引いてくれる。


 無理して突っ込んでくる姐さんは根掘り葉掘り聞いてこようとするけど――。


「彼女、ちょっと面白いですよね。特別行動兵なのに……今は星屑隊が取り組んでいる『実験』の中心にいるようですし」


「デキの良い子だとは思いますよ。誰かと違って分をわきまえてますし」


「彼女は何者だと思いますか?」


「ただの特行兵でしょう? それ以上でも、それ以下でもない」


 思うところはあるが、適当に誤魔化す。


 隊長に「そうしてくれ」と頼まれている。


 けど、百戦錬磨の史書官の目は誤魔化せなかったみたいだ。


 微笑しながらあたしの顔を舐めるように見てくる。


 あたし達が隠している事を察している。


「とにかく、今のあたしは交国人だ。ビフロストに対する恩義もありますが……もうただの軍人なんで、恩返しには期待せんでください」


「むぅ。ガード固いですねぇ」


「お互い、その方がいいでしょう? 姐さんも次の目的地にすんなり行きたいなら、こんなところでボヤ騒ぎなんて起こしたくないでしょう」


「バレなきゃ大丈夫ですよ、バレなきゃ」


 クソガキっぽい笑みを浮かべる史書官に呆れる。


 なんか妙なことしてますよ、とこっちからチクってやろうか。


 いや、さすがにそれやるのは恩知らず過ぎるか。


「ちなみに、次はどちらに行く予定で?」


「聞きたいですか? そんなに聞きたいですか?」


「いや、別に……」


 話題に困って聞いただけだ。本気で知りたいわけじゃない。


 風呂から上がりつつ、「そんじゃあたしはこれで――」と断っておく。


「次は時雨隊とニイヤドに行く予定です」


「ニイヤドに?」


 星屑隊が第8巫術師実験部隊と出会った廃墟都市。


 あんなところに行くとは……あそこに何かあるんだろうか?


「ようやく立ち入り許可が下りたのです。ニイヤド行く予定なければ、貴方達にへばりついて行きたいところなんですけどね~」


「姐さんがずっといたら、あたしゃ心労で倒れちまいますよ。んじゃお先」


 ラプラス姐さんを残し、風呂から出る。


 風呂の外の廊下に姐さんの監視役が立っていたので、会釈して離れる。


 探りを入れられたが、そこまで強引に来なくて良かった。あるいはもう、ヴァイオレット辺りから必要な話を全て聞きだしたのかね……。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、廊下にネウロン人のガキが座り込んでいるのに気づいた。


 廊下の灯りの下で何かを熱心に読みつつ、くしゃみをしている。


 鼻をこすってるガキに近づくと、「おっ! 整備長じゃん」と言ってきた。


「フェルグス……。ガキはもう寝る時間だよ。読書なら船室でやりな」


「皆が寝てるのに、灯りつけて読めるかよ」


 何読んでるんだい、と言いつつ腰を落とすと、読んでるものを見せてくれた。


「ほぅ、軍の教本か。読めるのかい?」


「楽勝だい。……まあ、ムズかしい字が多いけど……ふいんきぐらいは……」


雰囲気(ふんいき)で教本を読んでんのかい……」


「オレ様は強くならなきゃいけないんだ。交国の兵士共は、こういう本で勉強して、訓練して強くなったんだろ? オレ様も同じことしたら強く慣れるはずだ。巫術がある分、オレの方が強くなれるかも」


 そう言ってニカッと笑ったフェルグスだったが、夜風が冷たいのか、またくしゃみをした。


 あんまり根を詰めるんじゃないよ、と言って頭をポンポンと叩き、自室に向かう。個人的には応援してやりたいが、大した事はしてやれない。


 出来る事といえば、格納庫の掃除を手伝った見返りってことで、イジっていい機械を触らせてやるぐらいだ。憑依の練習として。


 多分、明日もまた早起きしてやってくるんだろうね。


 模擬戦に向けて気合入れてるとはいえ、ちと無理しすぎな気がするが――。






【TIPS:玉帝】

■概要

 玉帝とは交国の最高指導者である。


 交国の実権を握る独裁者で、多くの者に恨まれているが交国人には「理想の指導者」として褒め称えられている。


 国の腐敗を嫌い、不正を働いた政治家や軍人は自分の縁者でも容赦なく罰し、時には自らの手で処刑を行う事もある。


 法に則りながらも苛烈な判断を下す姿は国内でも恐れる者が少なくない。


 玉帝は畏怖されているが、恐れと同時に「公平公正」で「強い権力者」と思われている。国民から高い支持を集めて交国の頂点に君臨し続けている。


 ただ、真に公平公正というわけではない。


 真っ当に生きていても、言いがかりによって苦しんでいる「ネウロンの巫術師」のような者達もいるが、多くの「交国人」はそんなこと、気にもとめない。



■人類の守護者

 玉帝の苛烈さは国内より、国外によく向けられる。


 玉帝は対プレーローマ戦線に特に注力しており、建国初期からブレずにプレーローマと戦い続けている。


 他の人類国家の中にはプレーローマの天使達の甘言に負け、自国どころか他の人類文明に被害を及ぼす愚行に走る事もあるが、玉帝はプレーローマの工作を跳ね除け、戦い続けている。


 その姿は掛け値なしの人類の守護者であり、交国外の軍人でも玉帝に敬意を抱く者もいる。


 玉帝は他の人類文明がプレーローマ陣営に取り込まれるのを危惧しているため、他国上層部の不正にも敏感に反応し、強く牽制している。


 場合によっては交国軍を同盟国相手に差し向け、その国の不正を憂いている軍人らに内応してもらい、プレーローマと通じていた上層部を厳しく処断し、交国の管理下で立て直しを図ることもある。


 玉帝は人類を守るために手段を選ばずプレーローマと戦い続けている。対プレーローマのためなら自国民すら平気で切り捨てる苛烈さも持っている。



■種族不明

 玉帝は建国初期から交国でその存在が確認されているが、建国500年近い時が経ってもなお、未だに謎多い存在である。


 性別は女性。身体は比較的小柄だが、仮面で隠された素顔は身内でも知らない者がいるほどで、公にされていない。


 獣人の獣耳や尻尾、エルフの長耳などといった外見的な特徴を持たず、近しい種族は只人(ヒューマン)種。だが一般的な只人種の寿命は長くても100歳前後程度なので、ただの只人種ではない。


 一説には「玉帝は複数人おり、仮面で素顔を隠すことで代替わりを隠している」と言われているが、側近や子供達はそれを否定している。


■玉帝の子供達

 玉帝には公になっている範囲で100を超える子供がおり、その子達の多くは外見的には只人種に似ている。しかし、数百を超えてなお生き続けている。


 玉帝の種族が不明な事もあり、「玉帝は神であり、その子供達はまさしく神の子である」という者も多くいる。玉帝はそのような<玉帝信仰>を認めておらず、固く禁じているが、玉帝を現人神扱いする者は少なくない。


 玉帝の子供達は身分を隠して育てられ、成人後も自らの力で生きていく事を求められている。


 基本的に立身出世した後にようやく、「玉帝の子である」と公に明かされる。本人や玉帝の意向によっては明かさない事もある。


 玉帝の子として公式に認められている者達の多くは交国でも高い地位に君臨しているが、多くが自分の力でその地位を掴み取っている。その事が玉帝の支持率の高さにも影響している。


 玉帝の子として公式に明かされた後、忖度して媚びる者達もいるが、玉帝はそのような行為を唾棄しており、媚びられようと顧みない事が多い。


 何人も子供を作っている玉帝だが、大抵、どの子にも父親がいない。


 これに関し、交国政府は「優秀な人間の精子を使い、体外受精させている」と発表している。これを悪用して「自分は玉帝の夫」と騙る者達が何人か現れたが、いずれも不敬罪で牢屋に入れられている。


 他、「玉帝が幾人もの精子を使って子供を作っている」ということに着目したエロ漫画家が玉帝を題材とした「高貴な身分の女性が夜這いするエロ漫画」を描いている。これも「不敬罪である」と話題に上がった事がある。


 実際にその漫画を見た玉帝はドン引きしつつも興味半分で検閲し、最終的に「交国や私の名が直接出てきているわけではありませんし、冒頭に『この物語はフィクションです』と書いてあるので、目くじら立てる必要はないでしょう」と言い、漫画家を不敬罪に問うのは差止めさせた。


 結果、玉帝を題材にしたセクシャルコンテンツがミーム化し、それを知った玉帝は――今更判断を変えることもできず――とりあえず政務を早退して寝込んだ。


 ミーム化は未だ続いており、一部界隈では歪んだ玉帝への支持に繋がった。玉帝は使用している端末のミュートワードに設定して見ないようにしている。



■家族への愛情

 玉帝は多くの子供がおり、その子供にも結婚相手がいるが、どの相手とも家族らしい付き合いはしていない。


 仕事でも私事でも公人として接する事を求めている。


 子供達も玉帝から愛情深く接された記憶は持っていない。しいて挙げるなら、玉帝が手作りの菓子を振る舞うことがあったぐらいだが、その菓子を振る舞ってもらった事がない子供もいるほどである。


 玉帝と子供達の間には深い溝があるが、例外も存在する。


 その最たる者が石守回路である。石守回路は交国の要職を歴任し、交国の政の基礎を築いた人物だ。あまり人を頼らない玉帝も、石守回路には多くの事を任せ、彼の言葉に対してはよく耳を傾けていた。


 あくまで公人として付き合う親子だったが、玉帝の石守回路への信頼は非常に厚く、「私に何かあった時は、後事は石守回路に託します」と言ったほどだった。


 それほど信頼されていた石守回路は既に死亡しており、玉帝は杖のような存在を失った。玉帝はそれでも寝込んだりせず、いつも通りに政務と向き合った。


 ただ、自身の邸宅内に作った石守回路の墓に毎日のように赴き、ただ黙って墓と向き合う時間が出来た。


 玉帝の側近達は「回路様が亡くなられて、玉帝は変わってしまった」と言う者もいる。玉帝自身、「そうなのでしょうね」と認めている。


 それほど玉帝にとってかけがえのない存在だったが、彼はもういない。



■経歴不明

 玉帝は交国建国当時から玉帝だったと言われているが、それ以前の経歴は詳しく明かされていない。「玉帝」という立場を示す名以外の本名などもわかっていない。本人は「本名などない」と否定している。


 明らかになっていない事が多かろうが、玉帝は交国の最高指導者として国民を導き、交国を多次元世界指折りの巨大軍事国家に成長させた。プレーローマと戦い続け、人類文明を守り続けてきた。


 その実績は高く評価されている。その実績の下に数多くの死体が埋まっていようと、屍を足場に交国は今も強国として君臨し続けている。



■玉帝の敵

 玉帝はプレーローマを強く敵視しているが、プレーローマとは別の「人類の敵」も厳しく対応している。


 特に「真白」の名を冠する魔神に対しては強い敵愾心を持っており、玉帝が自ら手をかけた事もあるほど。




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