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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
37/875

水の流れ



■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


「俺とヴァイオレットが注意引くから、お前らは天幕の裏からこっそり入れよ」


「わかってる」


 タルタリカの弔いを終え、天幕に戻る。


 辺りが暗いのでライトをつけてやりたいが、目立つことは避けないと。


 脱走じゃねえとはいえ、特別行動兵の身で勝手に動き回っていたのは言い訳しようがない。俺がいるから最悪、「俺が勝手に連れ出しました!」と言えば俺だけの責任で……済むといいなぁ~……。


 そんなこと考えながら歩いていると、アルが話しかけてきた。


「あのぅ……ラートさん……」


「ん? どうした? 疲れたか? 俺の肩に乗るか?」


「じゃなくて、ボクらがいた天幕の辺り、魂がいっぱいいます」


 天幕のある場所を見る。


 言われてみれば、確かに……天幕の辺りが騒がしい。


 フェルグス達が姿を消してるのがバレたのか? ちょっとマズいかもな。あの騒がしさはまた守備隊が押しかけてきたんだろうか?


「守備隊とまた揉めるのは避けたいなー……」


「あ、あの……ラートさんっ……!」


「大丈夫だ。安心しろ、アル。最悪、俺の責任で――」


「そうじゃなくてっ……! だ、だれか、こっちに近づい――」


「よう! お前ら!」


 後ろから大声で話しかけられ、皆して「ひぃ!」と叫んじまう。


 ビビりながら振り返ると、倉庫の陰から副長が現れた。ヤバい、天幕の方を見るのに必死で周辺の警戒をおろそかにしてた。


「あぁあぁああああのっ、副長っ! これには深いワケがぁ~……!!」


「深いワケねぇ」


 副長は俺の言葉を鼻で笑いつつ、近づいてきた。


「ふぅ……。全員で連れション行ってました、って言え」


「けっして脱走なんかじゃ――はい?」


「だから……連れション行ってただけですって言え」


 副長は苦笑しつつ、俺の禿頭をペチペチ叩いてきた。


 言われた通りに「連れション行ってました!」と言うと、「ならよし」と言ってくれた。耳元で「何度問題起こせば気が済むんだ?」と囁かれたが。


「うぅ……。ごめんなさいっ……」


「まぁ、今回は……何も見なかった事にしてやる……。脱走じゃないなら良し」


「スンマセン……」


「話は変わるが、お前らに客だぞ」


 客? どういう事だろう。


 副長は防壁外の天幕に向けて歩いていく。途中、「さっさとついてこい」と言いたげに振り返ってきたので、慌ててついていく。


 客って誰だろう?


 まあ、守備隊が難癖つけにきたんだろうなぁ……。


 そう思ったが違った。


 天幕に押しかけてきたのは一般人(・・・)のようだった。


 それなりの数の一般人が押しかけ、天幕の前で騒いでいる。


「え? なんすか、アレ?」


「見りゃわかるだろ。繊十三号の住人達だよ」


 わかったらさっさと行け、と言われ、副長に背中を押される。


 皆と一緒に天幕に堂々と近づいていくと、騒いでいた一般人の1人が俺達の方を指差して「いた!」と叫んだ。住人の視線が一斉にこちらに向く。


 その視線に気圧されていると、一気に駆け寄ってこられ、さらに驚く事になった。守備隊じゃなくて、住人が難癖つけに来たのか……!?


「おっ、おおおうっ! やる気か!? こ、こいつらはやらせねえぞっ!?」


「ちょっと! アンタらがタルタリカと戦ってくれた巫術師(ドルイド)の子達かい!?」


 ヴァイオレット抱きかかえたまま身構えたものの、住民は俺をスルーしてフェルグス達の方に走っていった。


 フェルグスは驚いた様子で固まっていたが、住人の質問に対して、「そ……そうだけど……」と言った。それを聞いた住人達は歓声をあげた。


「よくやってくれたよ!」


「お前らはオレ達の命の恩人だ!」


「ごめんねぇ、ウチの守備隊がイジワルなこと言ってただろぅ?」


「あいつら、ビビリなんだよ。巫術師が悪いことするはずないのに、ありえない噂に踊らされて遠ざけてさぁ……」


「すまんなぁ。……ごめんなぁ。いや、よく戦ってくれた! お前らのおかげでウチのかかあも無事でよぅ。お前さん達がいなかったらどうなってたか――」


 ……話が見えねえ。


 繊十三号の守備隊は、巫術師を歓迎していなかった。


 けど、住民はフェルグス達に対し、歓喜の声をあげている。


 こりゃ一体、どういうことだ……?


「こんなところで立ち話もなんだ。早く町の中に行くよ!」


「えっ。お、オレら、町に入っちゃダメって――」


「あんなの、守備隊が勝手に決めたことだよ!」


「あのバカ共は、あたしらが押しのけてやるよ! 気にしなくて良い!」


「さあ、おいで! 遅くなってしまったが、キミ達のために宴を開こう!」


「ちょっ……!」


「わぁっ!?」


 フェルグス達は住民に担ぎ上げられ、町に向けて連れて行かれた。


 唖然としていると、住人の1人に背中を叩かれ、「アンタ達も町を守るために戦ってくれたんだろう? 早くおいで!」と促された。


 混乱しつつ、子供達を担ぎ上げていく一団についていく。


 副長が傍に来たので、「どういう事ですか?」と聞く。


「なんか、急に歓迎され始めたんですけど……」


「繊十三号の人間も一枚岩じゃねえって事さ」


 巫術師出入り禁止は守備隊の定めた規則。


 町の住人の総意ではない。


 守備隊が巫術師を締め出したことを住民が知り――その住人の中で、巫術師に悪感情を持っていない人達が立ち上がり、子供達のとこに来てくれたらしい。


 町の入口で守備隊が慌てて止めてきたが、住人らはそれを押しのけていった。


 守備隊は武装しているが、さすがに住人相手に銃は向けられないようだ。


「おっ、おいっ! おまえら! 止まれ!」


「巫術師入れないのがウチの規則――」


「知るかっ! どけっ!」


「邪魔する気かいっ? バカ息子っ!」


「テメーら、舐めたことしてっとメシ作ってやんねえぞ!?」


 守備隊も、住人による数の暴力には勝てなかった。


 あっさりと押しのけられ、子供達を担ぎ上げた住人達が町の広場に向かっていく。守備隊の隊員達はオロオロしながらそれを見守っている。


「とにかく、ガキ共のために宴開いてくれるってさ。行って来い」


「いいんすかね……?」


「向こうがいいって言い出したんだ。好意には甘えとけ」


 副長は笑ってそう言い、広場とは逆方向に歩き出した。


 呼び止めたが副長は止まらず、夜闇の中に消えていった。




■title:交国保護都市<繊十三号>守備隊詰め所にて

■from:星屑隊隊長


 巫術師達が繊十三号の住民らに連れられ、町の中へと入場していく。


 住民らは守備隊と僅かに揉めたが、数も勢いも住民達が押し切った。


 押し通る住民達の中には守備隊員の家族もいるらしく、隊員達はたじたじになって巫術師の入場を見送らざるを得なくなったようだ。


 その様子を共に見ていた御仁に頭を下げられた。


「サイラス・ネジ中尉。ご協力に感謝します」


「いえ……。守備隊長(あなた)の情報提供のおかげです」


 老オークに――繊十三号の守備隊長に対し、そう告げる。


「星屑隊の方にもご迷惑おかけしました。都市防衛の事といい、住民の扇動の件といい……。優秀な副長をお持ちのようで羨ましいものです」


「彼にはいつも助けられています。私は無愛想で世渡りの下手な男ですから、あの男のような柔軟な人間がいるとよく助けられます」


「副長殿も似たようなことを言っていましたよ。隊長である貴方のことを、とても頼りにしていると誇らしげに言っていました」


「…………」


 居心地の悪さを感じつつ、喧騒に耳を傾ける。


 繊十三号に限らず、ネウロンにある交国保護都市には多くの問題がある。


 巫術師排斥問題もその1つだ。


 現在のネウロンは交国の支援無しでは立ち行かない状態だが、ネウロン人の多くが交国の統治に不満を持っている。


 その不満のはけ口の1つとして選ばれたのが、巫術師だ。


 交国政府が「巫術師は危険な存在」と認定し、特別行動兵にしたことが排斥に拍車をかけている。


 交国政府はこの問題を積極的に解決せず、巫術師は被差別階級として扱われている。同胞であるはずのネウロン人ですら彼らを差別している。交国の衣を着て、自分達より下の存在を作っている。


 ただ、繊十三号の現守備隊長はそれを良く思っていない。


 だから我々に協力を頼んできた。


 繊十三号の住民を動かすための根回しを。


「守備隊長の仰った通りでしたね。繊十三号の住民の中にも、巫術師を差別せずに受け入れてくれる者達はいる」


「ネウロン人にとっては、交国より巫術師の方がずっと付き合いが長いですからね……。風評に惑わされず、冷静に接してくれる人もいますとも」


 万人が風説に踊らされるわけではない。


 交国への不満を、被差別階級で発散しない者もいる。


 そういった者達の耳に「巫術師がこの町に来たが、守備隊が締め出している」という話を届けさせた。守備隊長から住人の情報をもらい、副長達にさりげなくその話を流させた。


 雷の影響もあり、予定より上手く扇動できていなかったが――。


「避難所で貴方の部下が叫んでくれたおかげで、心ある住民達に『巫術師が町を守ってくれた』という事実が届いた。あの若いオークは――」


「ラート軍曹ですか」


「そう、ラート軍曹だ! 彼が声を上げてくれた事が最後の一押しになった。彼のような部下を持っていることも羨ましいよ……」


「彼は若く愚かですが、愚直ゆえに良い結果を引き寄せる事もあります。……私にとっては問題児の1人ですが」


 そう評すると、守備隊長は笑った。


 笑った後、申し訳無さそうな顔で謝ってきた。


「本当に申し訳ない。巫術師への差別といい、今日の襲撃への対応といい……我が隊の不始末対応を星屑隊に頼ってしまい……」


「我らは同じ交国軍所属の軍人です。遊撃の星屑隊と、都市を守る守備隊では役目は違いますが、協力できる時は手を取り合うべきかと」


 現守備隊長は最近、赴任してきたばかりだ。


 現守備隊長自身に巫術師を差別する気はさらさら無いが、赴任してきたばかりのため、慎重に守備隊の改革を進めている。


 ここの守備隊は、いくつもの問題を持っている。


 意識。練度。何もかもに問題がある。


 巫術師に関する風評を信じる守備隊員を、「馬鹿な差別をするな」と命令で押さえつけることも出来た。


 出来るが、「今後の部下との関係を考えれば、強権を振るうのは避けるべきです」と告げ、住民を動かす方法を提案した。


 先代の守備隊長は巫術師差別を容認し、むしろ推奨していた節がある。先代が作った空気を引きずっている守備隊を直ぐ改革するのは難しいだろう。


 守備隊員の多くがネウロン人だ。


 彼らも交国の統治に不満を持ち、ストレスを抱えている。しかし、交国には勝てないと理性的に考え、差別しやすい相手に対して不満をぶつけている。


 彼らの問題はそれだけではない。


 交国の都合で徴用されたネウロン人は、弱い。


 その弱さは、雷を異常に恐れる特性だけによるものじゃない。


 1000年に渡って軍隊が存在しなかった(・・・・・・・・・・)ネウロンの人間に、軍人としての強さを求めるのが間違っている。


 まともな訓練をつけずに配備しているのだから、繊十三号陥落の危機は起こるべくして起こったと言っていいだろう。


 守備隊長は何とか彼らを一端の兵士に育てようとしているが、成果が出るのはまだまだ先の話だ。


「守備隊の長がベテランの貴方でも、他が素人であれば有事に対応できないのは無理のないことです」


「いや、私自身も状況を舐めていた。心のどこかで、繊十三号にタルタリカが来るなど有り得ないと思っていた。確かに油断があったのだよ」


「私が貴方の立場でも、同じことを考えると思います」


 繊十三号は半島の先端に存在し、半島には他にも都市がある。


 半島にいたタルタリカの殲滅は完了している。大陸の内側から群れが来る可能性はあるが、普通の(・・・)タルタリカなら繊十三号を襲う前に半島の付け根にある都市を襲うはずだ。


 襲わずとも、半島に敷かれた警戒網に引っかかり、繊十三号や他の都市を襲う前に殲滅されていたはずだ。


 だが、そうはならなかった。


 ニイヤドで明星隊を襲った群れといい、先日の偵察任務で強襲してきた群れといい……近頃のタルタリカはどこかがおかしい。


 その件は上に報告しているが……対応してくれるかどうかは怪しいものだ。


 一般的な交国軍ならしっかり対応してくれると思うが、久常中佐率いるネウロン旅団には大して期待できん。


 久常中佐の上にも――軍上層部にも報告は届いているはずだが、それでも目立った動きを見せない事もおかしい。


 タルタリカも、交国も……ネウロンに関わる全てがおかしい。


 疑問を抱えつつ、守備隊長と――軍事委員会行きの案件にならない程度に――当たり障りのない話をする。


 話が途切れた時、町の広場から笑い声が聞こえてきた。笑い声の主はグローニャ特別行動兵のようだ。


 他の特別行動兵達も笑っている。繊十三号にも巫術師を温かく受け入れてくれる住民がいる事を知り、笑い、歓迎の宴を楽しんでいるようだ。


 その光景を見ていた守備隊長は小さくため息をついた。


「まだあんなに小さく幼いのに……タルタリカなどというバケモノとの戦いに駆り出されて、可哀想に……」


「…………」


「いや、『どの口がほざいている』と言われる話だな。彼らのような子供を戦いに借り出しているのは、我々、交国人なのだから……」


 守備隊長の話を黙って聞く。


「確かに巫術師は罪を犯した。魔物事件を起こした。だが、それはあのテロ組織に……<赤の雷光>に(くみ)した一部の巫術師だけだ。それだけで全ての巫術師を罰するのは間違っているのではないか?」


「政府や軍上層部の判断が間違っている、と仰りたいのですか?」


 問いかけると、守備隊長は僅かに逡巡した後、「そうだ」と言い切った。


 今の守備隊長は心ある人だ。


 しかし、交国政府や軍上層部にとっては「問題児」だろうな。


 だからネウロンに左遷されてきたのかもしれん。


「水は低きところに流れ、人は易きところに流れる。それで愚かな差別が起きないように流れを堰き止めるべきは交国政府なのに……彼らはその責務を怠っていると思うよ。私は……」


「…………」


「我々は、本当に正義の使者なのだろうか? プレーローマ打倒という大義を成すために、弱者を踏みにじって――」


「守備隊長」


 老オークの発言を遮る。


「それ以上の発言は、私も軍事委員会に報告せざるを得ません」


「…………」


「貴方にも守るべき家族がいるでしょう」


 そう言うと、老オークは目元を揉みながら「すまん。そうだな」と言い、「キミもそうなのか」と語りかけてきた。


「キミにも、守るべき家族がいるのか?」


「はい。かけがえのない家族がいます」


 私がいまも交国軍にいる動機の大半は、彼女が担っている。


 私の家族はもう、あの子だけしかいない。


「私はこれで失礼します」


 守備隊長と別れ、守備隊の詰め所を出る。


 色々と疑問が残っているが、繊十三号の住民絡みの問題は一段落した。


 これで――。


「…………」


 詰め所の向かいにある交国軍の宿泊所。


 その窓から、金髪碧眼の幼女がこちらを見ていた。


 本当に幼女か? 常人離れした雰囲気を感じる。……嫌な感じだ。


 金髪碧眼の女の隣には、妙な風体の人間が立っている。


 会釈し、その場を離れる。女は向こうは親しげに手を振ってきていたが、あのような知り合いはいない。あの御方の手の者でも無いだろう。


 船に戻ろう。


 これ以上、揉め事が起きないことを祈りながら。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:ラプラスの護衛


「あのオーク、普通のオークではないな」


 ポツリと呟くと、雪の眼の史書官・ラプラスは笑みを深めた。


「へぇ……。そんな方がこんな辺境の世界(ネウロン)に派兵されているのはおかしくありませんか?」


「そうだな。おそらく、先程戦闘を行っていた部隊の長だろう。名前は――」


「星屑隊ですね」


「それだ。あの部隊のオークは、交国によくいる交国製のオークに見えた。装備も交国では一般的なものだった。巫術師が使っているものを除けばな」


「ありふれた部隊に、貴方が思わず目を留める存在がいるのはおかしいですねぇ。先程のオークさんと合わせて2人(・・)ですか」


「…………」


 ラプラスが探るような目つきでこちらを見つつ、言葉を投げかけてきた。


 無視する。それに関しては言えない契約を結んでいる。やや拡大解釈の節はあるが……言わなくていいだろう。今のワタシの仕事はあくまで護衛だ。


「私、興味が湧いてきちゃいました。遺跡にはもう面白いもの残されてなかったですし、交国が調査妨害して来ますし、ニイヤドに行く前に……あの部隊についていっちゃいましょう」


「そのような行動、交国政府が許すとは思えないが――」


 そう言うと、ラプラスはくすくす笑って「そんなのテキトーな理由添えて、ビフロストの外交ルートで頼めばいいんですよ」と返してきた。


「駄目と言われたら、それはそれで収穫アリです」


「なぜだ?」


「だって、ありふれた部隊への同行すら断るなんて、その部隊に触れてほしくない理由があるって自白するようなものでしょう? 逆に断られない場合は……あの部隊の秘密は交国上層部の人間も把握してない『異常』ってことです」


 上機嫌のラプラスはその場で「るんるん♪」と踊りつつ、早速、大龍脈にある職場に連絡し始めた。


 こいつの無茶振りに付き合わされるビフロストの担当者が哀れだ。


 いや、巻き込まれるのはそれだけではないか。


 交国の外交官と、あの部隊……星屑隊も含まれるな。可哀想に。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:狂犬・フェルグス


 いっぱい歓迎されながら、守備隊のことをいっぱい謝られた。


 あの子達も根は悪くないんだよ。前の守備隊長がひどくてさぁ――とかなんとか言われても「知らねえ!」って言いたくなるが、まあ、もういいや。


 アルやヴィオラ姉達が笑顔になってんだ。


 それに、ネウロン人全員が巫術師差別してねえなら、それでいい。


 この町にもフツーに接してくれる人達がいたってわかっただけで、もう十分だ。


「ほら、キミ! もっと食べなさいっ! 交国軍のメシはマズいだろ?」


「ひぇっ。さ、さすがにもう食べれねえよ……」


 お腹いっぱいだし、さすがに申し訳ない。


 町がタルタリカに襲われて、この人達も大変な目にあったのに……オレ達が贅沢させてもらうなんて気が引ける。


「いいんだよ! アンタらのおかげで誰も死ななかったんだから」


「えっ? ぜ、全員生きてんの? あんなにタルタリカいたのに?」


「そうなんだよ。ケガしたヤツもいるけどね。守備隊も含めて全員生きてるよ」


「そうなんだ……」


 それは良かったけど、あの状況で守備隊にも死人出てねえのか。


 言われて見れば……魂が消えるとこ、そんな見てねえな。鎮痛剤打ってるとはいえ、多少は頭痛むんだが……そこまで死を感じ取れてなかった気がする。


 それなら、まあ……多少はハメ外していいのか……?


「じゃ、もうちょっとだけ……」


 久しぶりのまともな食事だ。ネウロンらしい食事だ。


 ヴィオラ姉にも、いっぱい食べてほしいな。


 ネウロンの料理いっぱい食べて、ネウロンのこと好きになってほしいし――。


「あ、そうだ。ちょっと聞きたいことあるんだけどさ……」


「なんだい?」


 この場で一番エラそうな町の人を探し、質問する。


 町に来たら聞きたかったことを聞く。


「この町に『明智先生』って人、来てない?」


「アケチ先生? そりゃあ誰だい? 教団の人かい?」


「えっと……交国人のはず。えらくて優しそうな女の先生が来てない?」


 そう聞いてみたが、誰も知らなかった。


 それらしい人は見てないし、いないなぁと言われた。


 まあ、そうか。簡単に見つかる人じゃねえよなー……。


「なんで交国人なんか探してるんだい?」


「ん……。まあ、色々と事情(じじょー)ってやつがあるんだ」


 言いづらい話だから、テキトーにごまかす。


 何とか先生を見つけたい。


 今の居場所わからなくても、足取りぐらい掴みたい。


 せっかく町に入れたこの機会に聞いてみよう。明智先生のこと。


 ……先生なら、アルやヴィオラ姉達を助けてくれるかもしれない。




■title:交国保護都市<繊十三号>にて

■from:死にたがりのラート


「すみません、ラート軍曹さん……」


「いいってことよ」


 ヴァイオレットを抱きかかえ、宴の席から離れる。


 出来れば最後まで参加させてやりたかったが、ヴァイオレットはまだ本調子じゃない。俺達(オーク)と違って繊細な身体だから休ませないと。


 繊十三号内の部屋を再び借り、ヴァイオレットをそこで寝かせる。


 ヴァイオレットは身を横たえ、窓の外から聞こえる喧騒に耳を傾けていたが、俺の方を見て「ありがとうございます」と言ってきた。


「子供達がこうして受け入れてもらえたの、軍曹さんのおかげかもしれません」


「えっ。俺は別になにも……」


「避難所で守備隊の人と言い合ったりしてくれたじゃないですか。その声が町の人達にも届いたのかもしれません。それに……ラート軍曹さんが守ってくれたから、あの子達は全員無事であの場にいるんですよ」


 真剣な表情でそう言われ、気恥ずかしくなってきた。


 恥ずかしさを誤魔化すために、座っている椅子の脚をいじってみて心を落ち着ける。自分の顔を触って変なニヤけ笑いしていないか確かめる。


「えーっと…………その、俺は別に……。あ、そうそう、呼び方なんだが……」


「はい?」


「ラート軍曹さん、って呼び方……面倒だろ? 子供達といる時とか、作戦行動中じゃない時とかは、呼び捨てで……」


「や……呼び捨てはちょっと……」


「だ、だよなっ!?」


 やべっ、パニクって距離の詰め方ミスったか。


 焦ってると、微笑んだヴァイオレットが俺の手に触りながら言ってきた。


「お言葉に甘えて、ラートさんって呼んでいいですか?」


「おっ……。おうっ」


「私もヴィオラって呼んでください。子供達もそう呼びますから」


 返事しようにも緊張で喉が詰まり、コクコクと頷くことしかできなかった。


 仲良くなれた。


 アル以外のネウロン人との距離が縮まった……気がする。


「…………?」


 あれっ、ヴィオラってよく見ると、植毛どこに生えてんだ?


 ネウロン人なら全員、頭に植物の葉っぱとか花みたいの生えてそうだけど――。


「今日、改めて思ったんです。子供達を戦わせちゃダメだって」


「…………」


 ヴィオラが俺の指を握りつつ、話しかけてくる。


「あんな小さな子が、罪を背負って地獄(バッカス)に行くなんて……あんまりです」


「…………」


「あの子達は、守られるべき存在なんです。あの子達が背負うべきじゃないんです。子供があんなもの背負っちゃ――」


「子供だけど、あの子達は戦士だよ」


 つい、口を挟んでしまう。


「無理やり戦わされ始めた身なのに……俺よりもずっと強い覚悟を持って戦いに挑んでいる。アイツらは弱い子供じゃない。強い戦士なんだよ」


「…………」


「俺はアイツらと戦いたい。俺もアイツらと一緒に地獄に行きてえ」


「…………」


「だからヴィオラ、アイツらを機兵に乗せてみないか(・・・・・・・・・・)?」


 フェルグス達の覚悟に満ちた顔を思い出しつつ、そう告げる。


 俺の正直な気持ちを告げる。


 アイツらは、戦士としての才能を持っている。


 その覚悟と才能を受け止めてやるべきだ。


 そう思いながら言った。


 返ってきたのは平手打ちだった。














■title:繊十三号・近郊にて

■from:使徒・■■■■■■


『…………』


 森の闇の中から、ちゃちな防壁に守られた町を見つめる。


 あそこに、巫術師がいる。


『再び……歯向かうか。巫術師共』


 思うところはあるが、目的は達した。


 これ以上の長居は無用だ。


『行くぞ』


 町に向かって唸っているタルタリカの頭を叩き、向かう方向を変えさせる。


 次の戦場へ征こう。


 次は――。


『貴様らにも、牙を与えてやる』






【TIPS:ネウロン連邦】

■概要

 ネウロンの殆どの国家が所属していた連合国家。


 その歴史はかなり浅く、ネウロン連邦誕生は交国によるネウロン侵略の2年前。ネウロン連邦成立に向けて話が動き出したのもその13年前の話である。


 ネウロン魔物事件でネウロン中で大きな被害が出たことで、交国によって解体されてしまっている。が、「交国による連邦解体は違法」と叫ぶ声もある。



■ネウロン連邦の発起人

 連邦構想実現を最初に推し進め始めたのはシオン教団だった。


 シオン教はネウロン中に信者がおり、各国に強い影響力を持っていた。


 連合国家など作らずともシオン教団の声掛けでネウロン人が動く状態だったため、「教団の力を削ぎかねない計画のため、教団の人間が推し進め始めたのがおかしい」と言われている。


 シオン教団内でも「そんなもの作る必要があるのだろうか?」という意見が大きかったが、シオン教団内で強い影響力を持つ<マクファルド・ヴィンスキー枢機卿>が連邦構想を特に推したため、シオン教団全体が実現に向け動き出した。


 教団がそう動き出すと、ネウロンの主要国家は次々と教団の意向を受け入れていった。教団はそれだけ強い影響力を持っていた。


 ネウロン連邦に向けた話は粛々と進んでいった。


 ただ、<メリヤス王国>という国家がネウロン連邦構想に難色を示した事で、当初予定よりも連邦誕生が遅れる事となった。


 最終的に初代連邦議長をメリヤス王国のショーン王が務めるという方向で話が進み、ネウロン連邦が誕生した。そして魔物事件と交国によって滅びた。



■ネウロン連邦誕生の謎

 前述の通り、シオン教団が連邦誕生を推し進めた事には謎が多い。


 教団はネウロン連邦を「ネウロン人同士で今以上に手を取り合い、経済・産業をさらに発展させるために必要」と主張しており、その成果は連邦解体が起きなければネウロンにもたらされていただろう、と言われている。


 ただ、連邦構想を推し進めていたマクファルド・ヴィンスキー枢機卿はその影で「ネウロンに連合軍を作ろうとしていた」という証拠が見つかっている。


 ネウロンではそれまでどの国家も軍隊を持たずにいた。そんなネウロンが連邦誕生に際して連合軍を作ろうとしていたのはおかしな話である。


 だが、「交国」という外敵が後に来た事を考えると、「ネウロンに軍隊を作る」という考えは正しいものだったかもしれない。


 にわか仕込みの素人軍隊が、百戦錬磨の交国軍に勝てるかどうかはともかく。


 この事から「マクファルド・ヴィンスキー枢機卿は交国軍が侵略してくるのを知っていたのではないか?」「だからこそネウロン連邦と軍隊を作り、抵抗しようとしたのではないか?」という説がある。


 マクファルド・ヴィンスキー枢機卿本人は既に死亡しており、彼が持っていた資料や計画書等も処分されていたため、真相は闇に葬られている。



■メリヤス王国のその後

 ネウロン連邦の初代連邦議長を輩出したメリヤス王国も、交国と魔物事件をきっかけに解体されてしまっている。ショーン王も死亡している。


 ただ、ショーン王の息女は現在も生きており、交国軍がその行方を追っている。追いつつ、「王女はネウロンの民を見捨てて逃げた」と喧伝している。




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