失踪
■title:交国保護都市<繊十三号>にて
■from:死にたがりのラート
ヴァイオレットを車に乗せ、市街地の防壁外にある天幕に移動する。
近くに守備隊の姿はないが、フェルグス達がいる天幕の前には星屑隊の隊員が待機している。持ってきた物資や待機中の機兵を見張っている。
「おぉ、ラート軍曹。こんな時間に何やってんですかい」
「ヴァイオレットと子供達を船に運ぼうと思ってさ」
見張りの隊員は酒臭かった。
さすがに見張り中に一杯やってるわけじゃないが、休暇中にアル注やってそれが抜けきってないだけだろう。多分。
「ああ、そうですかい。じゃあ、ここの見張りはもういらねえかな」
「いや、物資も置いてんだから見張りは必要でしょ」
「町の中に運び込んでおけば見張りもいらなかったのに」
「そこは、ほら、守備隊がデリケートだからさ……。機兵もあるし」
そんな話をしつつ、車から下りる。
ヴァイオレットも痛む身体を動かして下りようとしていたが、手で制する。
「俺が皆呼んでくるから、ヴァイオレットは待っててくれ」
そう言い、1人で天幕に向かう。
「フェルグス~、アル~。俺だ、ラート軍曹だ。迎えに来たぞ~い」
声をかけるが返事がない。
天幕内の明かりも消えてる。子供は寝る時間か。
仕方ない、ヴァイオレットだけ先に連れていって、子供達は起きたら順次連れて行くって事にしよう。相当疲れてるだろうし無理は――。
「…………」
少し嫌な予感がしたので、こっそりと天幕の中を見る。
寝袋が4つ転がっていて、どれも中に人がいるように見えるが……実際はタオルとかで詰め物してるだけだ。天幕内に誰もいねえ。
「おい、おいおいおいおい……!」
天幕内をざっと探したが、マジでいねえ。
ただ、入り口とは逆方向の天幕がめくれ、そこから出ていった痕跡があった。
「軍曹?」
「おっ。おうっ……。子供達、寝てるから後で迎えに来るわぁ……!」
「ああ、だからこんな静かだったのか」
「俺、ションベンしたくなったから、ちょっとしてくるわ!」
「げっ。遠くでしてくださいよぉ~……」
見張りに対してはテキトーに誤魔化しつつ、急いで車に戻る。
そしてヴァイオレットに小声で告げた。
「落ち着いて聞いてくれ。フェルグス達が天幕抜け出してる」
「…………!?」
「俺、ちょっと探してくるから。お前はここで待っててくれ」
ここには見張りもいるし、車内に放置してても大丈夫だろう。
小便するフリして急ぎ追おうとしていると、ヴァイオレットに止められた。
怪我の影響か、元々血色が悪くなっていたのがさらに青ざめている。
俺の手を握って止め、慌てた様子で口をぱくぱく開いていたが、「待ってください、待ってください……!」と言ってきた。
「ぁ、あの子達、ぜったい、おトイレ行っただけですからっ……! ぜったい戻ってきますからっ……! 自分達で出ていったなら、探すのやめて――」
「落ち着け。脱走の可能性なんて疑ってねえよ、俺は」
庇う必要なんてない。
アイツらは絶対、脱走なんてしない。
少なくとも、このタイミングでの脱走は有り得ん。
「ただ、俺以外のヤツはどう考えるかわからん。だから俺が探しに行く」
俺がついていれば脱走兵と疑われる事もないだろう。
守備隊のヤツが何かしてくる可能性はある。無理やり連れ出された形跡はないが、守備隊と出くわした時に何が起こるかわからない。
アイツらは一応、特別行動兵だ。
特別行動兵だけで好き勝手にウロウロしていたら、誰に何を言われるかわからん。さすがに隊長達も、そこまで庇ってくれたりはしないだろう。
「お願いです。わ、私も連れて行ってください」
「お前はケガが――」
「お願いですからっ……!」
迷ったが、議論して時間浪費するのが惜しい。
ヴァイオレットをお姫様抱っこして車から連れ出す。
見張りは……俺達を見ていない。
酒臭い息を吐きながらウトウトしてる。
天幕の後ろに回り、そこに残った足跡を見る。
子供の足跡が4つ、ぬかるんだ地面に残っている。
これなら追える。
「追うぞ」
「お願いします……」
■title:交国保護都市<繊十三号>にて
■from:見張りの星屑隊隊員
「ふぁぁ…………あぁ、眠っ……。……ラート軍曹が対象連れて移動開始。逃げたガキ共を追っているようですが死角入りましたぁ……」
『監視を引き継がせる。そのまま待機しろ』
「了解ぃ~……。ふぅ…………」
ガキに情が移っちまったのか?
ラート軍曹。まだ若いのに、キャリア捨てるつもりなのかねぇ。
■title:交国保護都市<繊十三号>にて
■from:死にたがりのラート
辺りはすっかり暗くなっているが、大雨が降ったおかげで地面がぬかるんでいる。新しい足跡がよく残っている。
舗装されている場所に入られると厄介だが、天幕から離れてもアイツらの歩幅が広がる気配はない。つまり、急ぎ走っている様子はない。
フェルグスやロッカらしき足跡が何度か斜め後方を向いていたが、それが消える。グローニャの足跡と共に消え、ロッカの足跡が深くなった。
多分、グローニャがよたよた遅れて歩いていたのをフェルグス達が気にしていたが、最終的にロッカがグローニャを背負ったんだろう。グローニャの重さ分、足跡が深くなった。そう推測する。
ロッカがグローニャを背負ってもなお、歩幅が大きくなる様子はない。
流体甲冑を使っている様子もない。
それはまあ、当然か。戦闘は終わってアイツらは休んでいたんだ。流体甲冑は別の場所に移されている。装備なけりゃさすがに流体甲冑も使えん。
使えた場合、俺の足じゃ追いつけん。
他の手段を使って一気に距離を稼がれる可能性もあるが――。
「車とかの移動手段を手に入れようとしている様子がない。やっぱり、アイツらは脱走しようとしているわけじゃない」
鍵がなかろうと、巫術を使えば車を奪うなんてワケないだろう。
それをやってない事も、「脱走なんてしてない」という確信を強めてくれる。だとしたら何で外に出ているんだ、って謎は深まるが――。
「本当に……脱走じゃないんでしょうか」
「絶対違うって。アイツらのこと、信じてやれよ~」
「信じてますよ……! けど、あの子達のことを想うなら、脱走も……1つの手ですから。ハッキリ言っちゃいますけど、交国軍は……ひどいですもん」
「あぁ……。そうだな……」
巫術師ってだけで、無理やり特別行動兵にしている。
子供を無理やり戦場に投入している。
それは確かにおかしな事だし、「逃げた方が幸せになれるんじゃ」と考えたくなる気持ちもわかる。「逃げ切れるのか?」って問題はあるが――。
「交国軍から逃げ切れるはずがない。でも、あの子達が逃げたくなる気持ちは痛いほどわかるんです」
「あいつら守って銃に撃たれるぐらいだもんな。けど、だからこそアイツらが逃げるのは有り得ねえよ」
「え?」
「お前がここにいる。アイツらは、ヴァイオレットの事を慕い、信じてる。大好きな姉ちゃんを置いて逃げるほど、フェルグス達は薄情じゃねえ。だろっ?」
「…………本当のおねえちゃんじゃないんですよ」
ヴァイオレットは涙声になっていた。
子供達の事を想い、信じているんだろう。
でも自分自身への価値がわかって無いみたいだ。アイツらにとって、ヴァイオレットは大事な人間のはずなのに「そんなはずない」なんて考えてるみたいだ。
「お前はアイツらの大事な人だよ。自己評価低すぎだ、バカ」
「なっ……! ら、ラートさんに言われたくないですっ……」
「アイツらが逃げたなんて有り得ねえ。俺の推測だが、お前が心配になって『こっそり様子を見に行こう』って話になったんだよ」
「でも、あの子達が向かってる方向、海の方ですよ……?」
「うっ。うーん……確かに」
フェルグス達が天幕をこっそり抜け出す理由は、ヴァイオレットだと思った。
けど、それなら向かっている方向がおかしい。
港からも少し外れている。
海辺に何があるんだ?
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:星屑隊隊長
『ラート軍曹が対象を連れて海に向かっています。先に逃げた特別行動兵と合流して船を奪う気かもしれません。いつでも撃てますが――』
「許可できない。監視を継続しろ」
ラート軍曹と特別行動兵の映像を見つつ、指示する。
もし、第8巫術師実験部隊が行動を起こすとしたら寄港のタイミングだと考えていた。何もかも推測通りかは、まだ定かではないが。
天幕から逃げた特別行動兵達は町に向かわず、かといって郊外の陸地に向かうでもなく、海に向かった。船を奪って逃走する可能性もあるが、いま彼らの傍にあるのは船ではない。
戦闘後の後始末で積み上げられたモノの前で、何かを話している。
彼らは自分達が監視されていると気づかず、特別行動兵の領分を踏み越えた自由行動をしている。「脱走兵」として裁けるギリギリのラインに立っている。
いま捕まえれば、久常中佐の機嫌取りを出来るかもしれんが――。
「…………」
いま、アレを失うのは得策ではない。
久常中佐に取り入るより、アレの正体を見極めるべきだ。
■title:交国保護都市<繊十三号>にて
■from:歩く死体・ヴァイオレット
海に近づいていく。
波の音と共に、潮の香りが鼻腔をくすぐってくる。
……いや、潮の香りだけじゃない。
なに……この、悪臭……。
「なんでしょう。この臭い……」
「死体置き場だな」
「えっ?」
軍曹さんの大きな腕の中で驚いていると、「あぁ、勘違いするなよ」と言われた。私が思っている「死体」とは違うらしい。
「タルタリカの死体だよ。奴らの身体は大半が流体で出来ているが、脳は違うからな。流体は溶けて消えるが、脳は残るんだよ。見たこと、ないか?」
「ドローンのカメラ越しに、遠くからなら……」
タルタリカは死ぬと身体が溶けるけど、脳は残る。
話は聞いていたけど、間近で見たことはない。
さっきの戦闘で倒したタルタリカの死体を――残った脳を守備隊の人達が集めて、まとめて処分するつもりなんだろう、と軍曹さんが教えてくれた。
天候不順で日も暮れていたし、処理は明日以降になったみたい。積み上げられた脳が放っている悪臭が漂っている。
「あの子達、何でそんなところに向かって……」
「俺もわからん。……あ、いた」
軍曹さんが子供達を見つけた。
私も遅れて見つける。子供達は海沿いにいた。4人共いる。
逃げようとしている様子はなかったけど――。
「我らの救世主、我らの叡智神」
「償いの旅を終えた魂達が大地に還りました」
子供達は手を組み、祈っていた。
祈りの言葉も聞こえる。厳かな雰囲気の中、子供達は祈り続けている。
「我らは彼らが踏み鳴らしてくれた道を進み続ける事を誓います」
「我らは彼らの遺志を継ぎ、これからも旅を続ける事を誓います」
「我らは哀しみこそすれ、怒りに飲まれず、平穏を守る事を誓います」
私も軍曹さんも、子供達が作り出す空気を壊せずにいた。
声をかけられないまま、黙って見守ってしまった。
彼らが死体の山に対し、粛々と祈りを捧げる姿を――。
「我らは希望を胸に、贖罪を続ける事を誓います」
「旅路の果てで、貴女様と再会できる事を信じています」
「旅路の果てで、先人達と再会できる事を信じています」
「「「「主よ、いつの日か、貴女様の愛で汚れなき魂をお救いください」」」」
祈りが終わる。
子供達の間に沈黙の帳が下り、波音だけが響き続けている。
厳かだけど、恐ろしい……いえ、異様な光景だった。
子供達は、タルタリカの死体に向け、祈りを捧げていた。
「あの言葉、前もアイツらが呟いてんの見たぞ……」
「……シオン教の祈り、ですね」
知っているのか、と言いたげな軍曹さんの視線。
私もそこまで詳しくない。シオン教の修道服を着ているけど、これは私の衣服がないから余っているものを貰っただけだし――。
「今のは確か、死別の祈りです。お葬式とかで使う……」
「なんでそれをタルタリカに対して――」
「誰だ!?」
鋭い声が響く。
フェルグス君がこっちに向けて叫んだ。
他の子達もバッとこっちを見てきた。
その時、雲間から差した月明かりが死体の山を照らした。
積み上げられたタルタリカの脳。
その脳には、手足が生えていた。
初めて間近で見たそれは、まるで……人間の成り損ないのように見えた。
いや、違う……?
成り損ないじゃなくて、その……逆……?
「――――」
タルタリカは一夜でネウロン中に現れた。
そして、たくさんの人を殺した。
そう言われている。そう聞いた。
タルタリカがどこから現れたのかは知らない。
あの化け羊達が、何を材料に現れたのか、知らない。




