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7年前、僕らは名誉オークだった  作者: ▲■▲
第1.0章:奴隷の輪
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過去:交国首都 「奥の間」


■title:交国首都<白元(びゃくがん)>にて

■from:交国特佐長官・宗像


 近衛兵2人が開いた扉から、部屋に入る。


 部屋の主の姿はない。


 空の執務机しかない。近づいてきた秘書に部屋の主の所在を問いかける。


「奥の間で作業中です。こちらにお掛けになって――」


「わかった」


 そう言いつつも、勧められたソファには座らず、「奥の間」に進む。


 秘書は手で制せたが、部屋の中の近衛兵はすんなり通してくれなかった。


「失礼ですが身体検査を――」


「私は特佐長官だぞ? 仕事熱心だな、貴様ら」


「申し訳ありません。規則ですので……」


「わかってる。良い仕事ぶりだ」


 苦笑しつつ、拳銃とコートを渡す。


 近衛兵のチェック体制を確かめるため、あえて提出しないでいたナイフと、ベルトに偽装していた(つるぎ)も見つかってしまった。


 向こうも私の「抜き打ち検査」に慣れたものなので、「お戯れはよしてください」と言いながら武器を預かってくれた。


「本来なら、このようなものが見つかった時点で牢獄行きですよ」


「だが、通してくれるのだろう?」


「主上から許しが出ていますからね……」


 近衛兵に付き添われ、執務机の後ろの壁に近づいていく。


 そこに待機していた近衛兵が、壁に向かい、私の来訪を知らせてくれた。


 壁から「通しなさい」と電子音声が響くと、壁の隠し扉が開いた。近衛兵達と別れ、その奥にある「奥の間」へ進んでいく。


「玉帝。宗像です」


「知っています。入りなさい」


 慣れ親しんだ女性の声。


 執務室の主である玉帝は、奥の間で――厨房でオーブンと向き合っていた。


 予熱したオーブンに何かを入れている。手作りのアップルパイだろう。今日は尾立守も玉帝を訪ねてくる予定だったはずだ。


 功績を褒め称えるために、パイを焼いているのだろう。


「少し待ちなさい」


「はっ……」


 玉帝はオーブンを閉じて操作すると、厨房の机にあった紙のノートに何かを書き込み始めた。おそらく、レシピの改良について書き留めているのだろう。


 臣民のためだけではなく、人類全体のために日々政務に励んでいる玉帝だが、菓子作りという息抜きもしている。


 単なる息抜きではなく、活躍した部下を労うための作業でもある。玉帝の数少ない趣味で、政務に次ぐほど情熱を注いでいる。


 玉帝はレシピノートを閉じ、傍らに置いてあった仮面をつけた後、私に視線を向けてきた。そしていつものように前置きもせず、話しかけてきた。


「ニイヤドの再調査は、やはり不振に終わりました」


「何か残っていたとしても、あの魔神が持ち去った後でしょうな」


 その件に関し、謝罪をしておく。


「申し訳ありません。私が奴を取り逃していなければ」


「貴方1人の責任ではありませんよ。(かい)。当時のネウロンでの事は、どう努力しても後手に回っていたでしょう」


(みつる)は、必ず連れ戻します」


「その必要はありません。あの子は死にました。奴にだけ専念なさい」


「はっ……」


「例のデータの入手には失敗しましたが、死体(うつわ)が手に入っただけでも良しとしましょう。奴の横槍が入ったとはいえ、アレが手に入っただけでもネウロン侵略には意味があった」


「死体の復旧作業は――」


「順調に進んでいます。しかし、あと1年はかかるでしょうね」


 一時はどうなる事かと思った。


 魔物事件などというトラブルの所為で、我々の計画は全て台無しになるところだった。何とか死体を手に入れたが、損壊も激しかった。


 復旧が進んでいるなら良かった。これで人類は救われる。


「勝利の日は近い。喜ばしい事です」


「…………」


「何か懸念が?」


「今代の……あの魔神がネウロンに現れた事が、気になっただけです」


 玉帝が用意していた湯が沸いた。


 そちらに向かおうとしていた玉帝に先んじ、薬缶(やかん)に近づく。棚から茶葉を取り出し、茶を淹れようとしたが止められる。


 湯加減が気に入らないらしい。もっと湧いてからにしなさいと止められたので、恭しく礼をして謝罪。2人で並んで立ったまま待つ。


「まさか、奴が死体に細工を?」


「今のところ、そのようなものは見つかっていません。よく精査しながら復旧作業を行っています。……ただ、細工というより……」


 珍しく煮え切らない玉帝の言葉を待つ。


「我々が死体を確保できたことが、おかしく感じたのです」


「奴に贋物を掴まされたという事ですか?」


「言語化が困難です。とにかく、あと1年で片がつくと油断しないように」


「承知致しました。では、ネウロンでの雄牛計画も予定通り――」


「いえ。少し計画に修正を加えます」


 玉帝が厨房内の空間ディスプレイをスワイプし、私の眼前に移動させた。


 ディスプレイの後ろで玉帝が茶を淹れ始めたのと見つつ、内容を確認する。


「ネウロンで交国軍の反乱発生……ですか」


「貴方の事ですから、既に概要は掴んでいるのでしょう」


「ええ、まあ」


 <ネウロン解放戦線>と名乗る者達により、ネウロンの都市が次々と陥落。


 ネウロン旅団上層部は解放戦線の言葉を鵜呑みにし、「ネウロン旅団に裏切り者が出た」と考えた。これを単なる反乱だと考えた。


「愚弟が――久常竹(たけ)が阿呆らしい虐殺行為を行おうとしたところ、敵の攻撃によってそれが阻まれた」


 ネウロン旅団長・久常竹中佐の判断により、繊三号に<星の涙>が放たれる事になった。だが、それを担当する予定だった舞鶴(ふね)は撃ち落とされた。


 愚弟は――いや、弟と呼ぶのも虫唾が走る阿呆は、自分の不始末を必死に隠している。もはや存在が見苦しい。


 幼い頃、泣きべそをかきながら寝小便を隠そうとしていた時は、まだ愛おしく思えた。だが、モラトリアムはとっくの昔の終わっている。


 奴は失敗作だ。


「竹は思考停止して無茶をやっているようですな。銀が知ったら激怒するでしょう。……まだ竹を止めないおつもりですか?」


「彼の暴走程度、どうとでも揉み消せます」


 玉帝は、まだ奴にネウロン旅団を任せるつもりのようだ。


 銀は竹の判断だけではなく、玉帝の判断に対しても激怒するだろうな。


「貴方は今回のネウロンの件、どう考えますか?」


「使徒の仕業でしょう。竹が思っているような反乱は、今のところ起きていない」


 ネウロンの動きは、専門の部隊がよく注視している。


 だが、それでも今回の「反乱モドキ」の発生は掴めなかった。タルタリカに怪しい動きがあったため警戒はしていたが、それでも出し抜かれた。


 交国軍人の反乱であれば、完璧に把握できていたはずだ。敵がほぼ1人だけで動いていたからこそ、事件を起こすタイミングに気づけなかったが――。


「クセルカントにカトーを派遣していました。奴にも対応させましょうか?」


「そちらの要件は――」


「既に終わっています。あとは抽出と始末をするだけでした」


 ただ、彼だけでは心配だ。


 ネウロン旅団以外に、まともな交国軍も派遣してほしい。


 それは玉帝が既に手配していた部隊に期待する。カトーには「逸って1人で仕掛けるなよ」と言っておき、その部隊と共同で事に挑ませよう。


 あの阿呆は、「知った事か」と飛び出しそうだが……。


「では、カトーに最後の仕事をさせなさい」


「はっ」


 玉帝の淹れてくれた茶を飲んだ後、部下に連絡して指示を出す。


 竹の尻拭いをしていると思うと気分が悪いが、必要なことだ。いまネウロンで起きている事件は、あの馬鹿の手に負えまい。


 カトーが到着するまで、ネウロン旅団の軍人が犠牲になるだろうが……まあ、いいだろう。所詮、あそこはゴミ捨て場だ。


 交国にも人類にも、(ゴミ)は必要ない。








【TIPS:毒饅頭計画】

■概要

 かつて交国が検討していた生体兵器計画の名称。


 ある日、交国首都で空を見上げていた玉帝は、雲と共に空を流れているフワフワマンジュウネコの群れを見つけ、「アレは使えるのでは?」と思いついた。


 フワフワマンジュウネコは気まぐれでか弱く、臆病な生き物である。しかし、<混沌>で構成された身体はほぼ不死身で高い隠密能力を持っている。


 そこに目をつけた玉帝は、フワフワマンジュウネコを捕まえ、調教し、諜報活動に従事させようとした。


 フワフワマンジュウネコの捕獲は難航した。玉帝が部下達に命じ、祭りを利用してフワフワマンジュウネコを集め、確保しようとしたが失敗。


 度重なる捕獲作戦失敗を経て、交国の神器使いが何とか1匹捕獲する事に成功。その1匹を特製の檻に移し、他のフワフワマンジュウネコを呼び寄せようとした。


 捕らえられた仲間を心配したフワフワマンジュウネコ達は「みぃ~ん! みぃ~ん!」と心配しながら助けに来たところを神器使いに捕まえられていった。


 玉帝はフワフワマンジュウネコ達に「交国に従属しなさい」「仕事を頑張ったら高級カリカリ君を用意しましょう」と言ったが、ネコ達はそっぽを向いた。


 調教師達の調教も上手く行かず、隙を見て逃げ出すフワフワマンジュウネコも出てきた事で、玉帝はネコの懐柔を断念。


 特製の太鼓の中にネコ達を入れ、太鼓をドンドコ叩くことでネコ達を屈服させようとした。ビックリしたネコ達は太鼓の中から何とか逃げようとしたが、特製の太鼓ゆえに脱出できず、中で「みぃん! みぃん!」と鳴きながら怯える事しかできなかった。


 その鳴き声も、宗像特佐長官がドンドコ叩く太鼓の音にかき消されていった。


 玉帝はフワフワマンジュウネコ達への屈服拷問を厳しく監督していたが、側近の石守回路に「さすがに可哀想だからやめんか?」と言われた。それでもなおムキになって屈服拷問を続けさせた。


 宗像特佐長官は「長官の職務があるので」と言い訳し、太鼓奏者役を1時間で辞退。玉帝の近衛兵がその役目を交代で引き継ぐ事になった。


 ネコ達が鳴き疲れ、太鼓の音にも慣れてスヤスヤ眠り始めた時、そうとは知らない玉帝は勝利を確信していた。


 だが、仲間の危機を聞き、多次元世界中からやってきたフワフワマンジュウネコが交国首都・白元に飛来。状況は一気に変わることとなった。


 交国首都に現れたフワフワマンジュウネコが邪魔で多数の交通事故が発生し、飛来したネコ達が一斉に放ったオナラにより、玉帝は気絶。


 近衛兵達がその介抱に追われている中、捕獲していたネコ達は太鼓ごと奪還されてしまった。


 ネコ達の攻撃を交国に対する奇襲攻撃と考えた玉帝は、多次元世界中のフワフワマンジュウネコに対し、宣戦布告を考えた。しかし、石守回路に止められ、ネコ達にしてやられた事を内心、悔しがりながら宣戦布告を断念した。


 事態を重く見た<カヴン>大首領の夢葬の魔神は玉帝を府月に招待。夢葬の魔神が懇願した事で、玉帝はしぶしぶフワフワマンジュウネコの軍事転用を諦めた。


 このような事件があったため、ネコ達は交国本土にあまり近づかなくなった。


 <雪の眼>はこの事件を「交国がケモノに敗北した日」として記録しているが、交国政府は厳重に抗議。敗北を認めていない。




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