奪還作戦、第一段階開始
■title:時雨隊母艦<羽鉄>にて
■from:自称天才美少女史書官・ラプラス
「ああ、ネジ様。どうもどうも。え? 例の件? うんうん――」
時雨隊の通信機を使い、星屑隊の隊長と話をする。
さっき話した時は「一時的でいいので、第8巫術師実験部隊を貴方の護衛にしてください」という話でしたが……あの話は保留になったご様子。
「特別行動兵とはいえ、子供達を戦わせるのはしのびないと仰っていたではありませんか。子供達を交国の戦争に利用するのですか~?」
『今でも躊躇いはあります。しかし、彼ら自身が戦おうとしているので……』
「えぇ~。ホントですかぁ~?」
『子供達を戦わせると決めたわけではありません。今、彼らの説得中のため、そちらに預けるのはもう少し先になりそうです』
通信が切れる。
時雨隊の隊員が通信機を持って下がって行くと、私の護衛のエノクが「説得中というのは嘘だろうな」と漏らした。
「でしょうねぇ……。おそらく隊長様も腹をくくったのでしょう。ただ、作戦が途中で頓挫したら第8だけは逃がそうとしているのでしょう」
時雨隊のドライバ様は私達を出汁に上手くやったようなので、それに便乗して第8だけは逃がそうとしているのでしょう。
アレコレと倫理的な言い訳をしていますが、どれもこれも嘘くさいです。真の目的を覆い隠すための言葉に聞こえます。
「ヴァイオレット様と話をしたいところでしたが、まあ……この展開はこの展開で、得るものがありそうですね」
部外者の私に作戦内容は伏せられている。
船室で実質軟禁状態で、交国政府が私達につけた監視の眼が一層厳しくなっている。時雨隊も監視に協力している様子がある。
しかし、察するに繊三号が「敵」に占領され、その繊三号を奪還するように旅団上層部に命令されたのでしょう。
時雨隊に合流してきている部隊は、星屑隊を含めて3、4部隊ほど。もう1部隊ほどいそうな空気ですが……繊三号を攻めるには少々不足の気がします。
ネウロン旅団長の久常中佐は指揮官としての能力に欠けていると聞きますが、さすがに5、6部隊だけで「繊三号を取り返せ」などと言うのは無茶です。
無茶を言わざるを得ないほど、旅団本部も追い詰められているのでしょう。
ネウロン旅団なんて、交国軍全体の1%にも満たない弱小末端の部隊ですが、界外からの増援も直ぐ来ないでしょうし……。久常中佐の性格的に増援が敵を片付けるのは嫌なのでしょう。
あるいは久常中佐が錯乱しているのか――。
「ネウロン旅団は、交国軍の一員とは思えないほど弱小ですが……ネウロンでの戦いは概ね優勢だったはずです」
「それなのに急に追い詰められ始めたな」
「それだけの相手が来たのでしょう。プレーローマの工作員が何かしたわけではないですよねぇ? 例えば<永遠の冬>を再起動させたとか」
「工作員がどこかに紛れ込んでいる可能性はある」
エノクはいまいち参考にならない言葉を返してきた。
ネウロン絡みだと、ハッキリとした言葉を返してくれず困ってます。
誤魔化すという事は、「誤魔化さないといけない話」って情報は得られますが。
「いまネウロン旅団が対峙している敵、神器っぽいものを使った様子ですが……」
「……わかるのか?」
「まあ同類ですからねぇ」
船室に閉じ込められ、交国軍のマズいお茶を飲んで「うぇ~」と顔をしかめていたので得られた情報は少ない。
けど、感覚はビリビリと震えました。
かつて、ネウロンを焼いた裁きの雷。
それはおそらく、これと似た感覚なのでしょうが――。
「でも、神器そのものでは無いでしょうね」
「そうなのか?」
「私が当たりをつけた神器そのものなら、旅団はもう倒されてるでしょ。アレはかつて、ネウロンにあった方舟艦隊と機兵の大部隊を鏖殺した神器でしょ?」
それにしては、今の被害は貧相すぎる。
本気で振るっていない可能性もありますが――。
「というか、エノクはもう大体察してるでしょ。敵の正体に」
「知らん。ワタシはお前ほど神器に詳しくない」
「むぅ……。護衛以外、役に立たない護衛ですねぇ……!」
「護衛に護衛以外の仕事を求めるな」
普段ならもっと参考になる意見を聞けるんですけどね。
面倒な「契約」の所為で、今のエノクはあまり頼りになりません。
「これって多分、交国軍と魔神の使徒の戦いですよね?」
「…………」
「星屑隊は負けるでしょうね」
星屑隊は特別な部隊ではない。良い人材は揃ってますけどね。
あそこの隊長は普通ではありません。
しかし、さすがに1人で戦況を覆せる御仁ではないでしょう。
相手は魔神の従者として侍り、先駈けとしてプレーローマと戦ってきたような武闘派使徒。ネウロン旅団如きが勝てるとは思えません。
神器モドキを使っているらしい理由は気になりますが……弱体化してようと、彼らは勝てないでしょう。
あの隊長以上の「切り札」でもなければ――。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:甘えんぼうのグローニャ
「あ、グローニャ。こんなとこウロウロしてて大丈夫か? 隊長が探してたぞ」
「まだ平気!」
そろそろ作戦が始まるっぽいけど、大事な用事があるの。
「レンズちゃん、どこいるか知らない?」
「レンズ軍曹? 確か、格納庫でラート軍曹と話してたぞ」
「ありがとっ」
テッテケと格納庫に走る。
皆、忙しそう。グローニャも忙しい!
パパ達を守るために戦わなきゃダメ。
ヴィオラ姉達や、星屑隊の皆も守ってあげなきゃ。
技術少尉のオバサンは知らな~い。
「レンズちゃ――」
格納庫に入って、レンズちゃんを探す。
なんか、ラートちゃんと真面目な話をしてるみたい。
グローニャに気づいてないのか、全然こっち見てくれないや。
……気づいてないんじゃなくて、グローニャのことキライだからかなぁ……?
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:死にたがりのラート
「レンズ、狙撃砲も持って行くよな?」
「もちろん。今回は機兵とガッツリやり合う事になるしな」
そう言ったレンズが格納庫の天井を見上げたので、その視線を追う。
視線の先では格納庫のクレーンが、金属の塊を運んでいるところだった。
狙撃砲。機兵用の外付け大砲だ。
流体装甲は色んな武装を生成出来るが、限界もある。
機兵の混沌機関は水上船や方舟の混沌機関に劣るから、機兵だけで生成しきれないものは必要に応じて船から持って行く事になる。
「狙撃砲は扱いづらいが、当たれば一撃で大破狙えるからな」
「お前の腕ならガンガン命中するだろ。狙撃砲を捨てないと、接近戦はろくに出来なくなっちまうが――」
「そこは前衛のお前に頼むわ」
「おう、任せとけ」
胸板を叩きつつ、請け負う。
俺が敵を止めている間に、レンズにはバンバン撃ってもらう。
羊飼いだって、狙撃砲が当たればひとたまりも無いだろう。
あくまで「当たれば」という話だが……この場にレンズ以上の狙撃手はいない。レンズで駄目なら、どうしようもないかもな。
ただ、小細工を使えば――。
「どうせなら、もう1門持っていかねえか?」
「いや、それはさすがに……ただの荷物になるだろ。弾丸は機兵側で生成できるんだし、余計な荷物は背負いたくねえ」
レンズは呆れた様子で「さすがのオレでも、2門同時に扱うのは無理だ。敵が動かず、オレが固定砲台になっていいなら出来ない事もないが――」と返してきた。
「さすがに相手を舐めすぎだろ。……羊飼いは手強いんだぞ」
「手強いからこそ、隙を作るために2門用意するんだ」
「どういう事だ?」
レンズに俺の考えを説明する。
この手を使えば、相手が手練れでも致命傷を与えられるかもしれない。
「相手が羊飼いだからこそ、使える手だ」
説明し終えると、レンズはアゴをさすりながら「……まあ、悪くない案だな」とこっちの提案を認めてくれた。
「多分、繊三号にも狙撃砲はあるはずだが、無傷の状態で確保できるとは限らない。出来ればこっちから持ち込んでおきたい」
「かさばるが、やるだけやってもいいかもな。……多分、アイツなら出来るだろ」
「うん。……おっ! グローニャ、良いところに来た」
コソコソと近づいてきていたグローニャに声をかける。
目をパチクリさせながら近づいてきたので、グローニャにも説明しておく。この作戦にはグローニャの力が絶対に必要だ。
こればっかりは、さすがのレンズでも出来ない。
「ぐ、グローニャに出来るかなぁ……?」
説明したが、グローニャは少し自信なさそうにしている。
腕組みしながら黙っていたレンズは、自信なさげなグローニャを鼻で笑い、「狙撃手なら、これぐらい出来て当然だ」なんて言いやがった。
「おい、レンズ……」
「お前に無理でも、オレなら出来る。楽勝だ。両目閉じてても出来るね!」
「むぅ……! グローニャだって出来るもんっ!」
「頑張れグローニャ! お前なら絶対出来るぞ」
グローニャを褒めつつ、レンズをジト目で睨んでおく。
グローニャへの態度、改めるよう頑張るって言ってたくせに……。まーた条件反射でツレないことを言うんだから……まったく!
俺に睨まれたレンズは、気まずそうに視線を逸らし、頬を掻いた。
そんなやりとりをしていると、隊長がグローニャ以外の第8メンバーを引き連れやってきた。グローニャを探していたらしい。
「グローニャ特別行動兵。時間だ。出発するぞ」
「あ、うん……」
「ラート軍曹。ポイントまで運んでくれ」
「了解です!」
繊三号攻略作戦が始まる。
自ら先駆けになる事を選んだ隊長に対し、部隊の皆が敬礼する。隊長もそれに応じつつ、見送りに来た副長に「皆を頼む」と言った。
副長の言っていた通り、隊長の負担が一番デカい。
作戦の成否は隊長にかかっている。
隊長が上手くやったところで……隊長はもう、帰ってこれないかもしれない。
「……大丈夫」
きっと大丈夫だ。
生身の戦いなら、隊長が星屑隊で一番強い。
隊長なら……絶対、生還してくれるはずだ。
■title:星屑隊母艦<隕鉄>にて
■from:甘えんぼうのグローニャ
「ぅー……」
また、レンズちゃんとケンカしちゃった!
グローニャ、お話したかっただけなのに……。
レンズちゃん、ぬいぐるみ作ってくれたの? って聞きたかっただけなのに。
「…………」
レンズちゃんが遠い。遠ざかっていく。
お話する時間、無くなっちゃいそう。
「……大丈夫、だよね?」
ぬいぐるみのシャチちゃんをギュッとしつつ、聞いてみる。
返事はなかったけど、きっと大丈夫。
作戦、成功すればいいだけだもん!
皆を守れば、皆とまた会えるもん!
だから平気! グローニャ、がんばるっ!
がんばって、皆を守るよっ!
■title:海上にて
■from:星屑隊隊長
ラート軍曹が操縦するホバー装備の機兵で、海を進む。
『敵、確実にここを通るんですかね?』
「確実とは言い切れん。あくまでここを通る可能性が高いだけだ」
そんな話をしていると、ポイントに――繊三号が通過すると予想される場所に到着する。機兵の手の上で、最後の準備を整える。
「ここで待機し、海流の助けを借りれば繊三号に接近できる」
『敵に見つからないよう、祈ってます』
「ああ。私が失敗したら作戦を切り替えろ」
敵には索敵に優れた巫術師がいる。
しかし、巫術師はあくまで「周辺の魂の位置がわかる」だけで、「魂の持ち主が何者か」までは判別できん。魂は見えても、そこらの生物と見分けがつかない。
海中なら、私と魚の魂は見分けがつかないだろう。
機兵や水上船で繊三号に近づこうとしたら見つかるが、単騎で潜行して生身で近づく分には問題ないはずだ。
一応、見分けをつける方法も存在している。
私が死んだ場合、大きな頭痛を感じ取って「人あるいはタルタリカが死んだ」と感じ取るかもしれん。だが、繊三号を襲った巫術師は人の死などまったく影響を受けていない様子だった。
敵の巫術師を弱らせるために「大量のタルタリカを殺し、脳に直接ダメージを与える」という案もあったが、さすがにそれは通用しないだろう。
どうやって痛みを回避しているのかは不明だが――。
『ラートちゃん安心して! 隊長ちゃんにはグローニャ達がついてるからっ!』
『安心してくださいっ!』
『いや、オレら魂だけだから、手も足もでねえだろ……』
通信機からやかましい声が2人分聞こえた。
次いで、少し冷めた声も1人分聞こえてきた。
軍曹は3人分の声に苦笑しつつ、「お前ら、隊長をよろしくな」と言った。
『でも、グローニャ、アル、ロッカ。隊長の言う事をしっかり聞くんだぞ』
『は~い!』
『はいっ!』
『了解』
いま、私の通信機には巫術師3人の魂が憑いている。
3人の体は船に待機しており、仮に私がしくじっても無事に逃走できるだろう。
船との距離は離れているが、途中の陸地にヤドリギを複数設置し、中継させている。今のところ憑依による操作に遅延が発生しているが、作戦が始まれば魂と本体の距離も縮まる。遅延も解消されるだろう。
『つーか……1つの通信機に3人も憑依できるんだなぁ』
『できるけど、ここヒマぁ!』
『巫術観測と、喋るぐらいしか出来ないからなぁ』
『ねぇねぇ! 隊長ちゃん! ドローンの方に移っちゃダメェ~?』
「まだ駄目だ。ドローンのバッテリーを無駄遣いするわけにはいかん」
予定地点に到達するまで、憑依先を変えるのは許可できん。
早い段階でカメラがついているドローンに憑依されると邪魔だ。
「退屈させるのは悪いと思っている。だが耐えてくれ。必要なことだ」
『はぁい。じゃ、しりとりしよ~』
『グローニャ。遊びじゃないんだから~……』
『ぶぅ!』
『作戦終わったらいっぱい遊んでやるから、今は勘弁してくれ~』
ラート軍曹と別れ、海を進む。
「これより、繊三号奪還作戦の第一段階を始める」
『はいっ』
『了解』
『は~いっ!』
「まずは、私達だけで海中から潜入し……繊三号を奪うぞ」
3人の魂に、それぞれ別の通信機に移ってもらう。
それを紐で繋ぎ、持つ。
一塊になって泳いでいると、敵の巫術師に不審がられる可能性がある。
大きな魚群ならともかく、4つ分の魂が固まりすぎると気取られかねない。
「…………」
まずは、第一段階。
ここを成功させなければ、羊飼いには勝てん。




