婚約破棄とブチ切れ令嬢(4)
完全に切れた状態の私に、ただ震える上がる二人。そこには救いなんてものはないはずでした。
「ちょっと待ったっ!」
聞き覚えのある声に動きを止める。
窓の方へ目を向けると、窓が勢いよく開けられ、入ってきた人物を見て私は舌打ちしたくなる気持ちを抑えて、少しだけ怒りを収めました。
「そのようなところからお見えになられるとは思いませんでした。本来なら当家を上げてお出迎えしなければなりませんのに、私一人で申し訳ありません。ルーンカイト・イングラド王太子殿下」
颯爽と入ってきたのはこの国の王太子であるルーンカイト・イングラド様。黒髪を一つに結び肩に流し、紫の瞳が美しいその人は部屋の中をさっと見て、私の方へ来る。
「これはどういう状況だ?」
部屋は物が散乱し、平然としている私と執事のヴォルフは礼をしたまま。その中で震え上がる男二人。まさにカオスですわ。
「殿下! 助けて下さい! 我々はアリスに殺される!」
「と、言っているが?」
「まあ、酷いですわ。私のほうが被害者です。このような傷まで負わされたのですよ」
これ見よがしに傷を見せた。さて、どう反応なさるのか。
「はあー」
大きなため息をつかれました。
「王太子らしからぬため息ですわ」
「誰のせいだと思ってる! とりあえずその魔力を鎮めろ! 国を滅ぼす気か!」
「はい?」
私は首を傾げる。自分の周囲を確認してやっと気づきました。言われたとおり魔力を鎮める。
「ごめんなさい……」
とりあえず可愛く謝っておきましょう。
「ごめんで済むか! 後、心がこもってない!」
盛大にゲンコツを喰らいました。
「痛いですわ、お兄様! 酷い!」
「酷いのはそっちだ! 国中大変なことになってたんだぞ。突然来た地震はいつまでも収まらない。動物は気を失ったり、暴れまわる。強固な結界を張っている城まで揺れたんだぞ! どうやったらこうなるんだ!」
そう言われて考える。
ブチ切れ宣言した時に魔力が溢れ出たのでしょう。ですが、それは事故のようなもの。何より、悪いのは私ではなく、
「私を怒らせるあそこの二人が悪いと思います」
そう言うとお兄様は二人を睨みつけた。
「昨夜のことが関係しているのか?」
「ええ、もちろんですわ」
「ルーンカイト王太子殿下」
普段は控えているヴォルフが前に出る。
「この場の説明は私が行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ。頼む。この三人の話だけでは足りないだろうからな」
内二人は今も震えが止まらないようですし。説明どころか、自分達の足で帰れるのか不安ですわ。
ヴォルフからの説明を聞き終えたお兄様の行動は早いものでした。
さすが王太子殿下ですわ。
「わかった。二人はそれぞれ謹慎だ。沙汰があるまで屋敷内から出ることは許さない。これは王太子命令だ。すぐにカルマ家から出ていけ」
殿下の命令でヴォルフが控えさせていた使用人や私兵たちを使って二人を追い出そうとしましたが、ここで愚かにも命令に歯向かうおバカ二人組でした。
「お待ち下さい! なぜ我々が謹慎で、その女は何の処罰もないのですか!?」
どうやらキリム様は名前すら呼ぶのも嫌と見えます。
「ゲンコツをお見舞いしてるからな。今はそれで十分だ」
律儀に答えてそれですか。
お兄様の解答に二人はぽかんとしています。面白い顔ですわ。
「それにアリスは王城預かりだ。行くぞ」
「はい、お兄様。ヴォルフ、後は頼みますわね」
「はい。お嬢様」
「殿下! なぜ、アリスを庇うのですか? それに、兄呼ばわりなど、それこそ、不敬です!」
ライウス様の発言にお兄様は大きなため息をつかれました。
「アリスは俺達の妹弟子だ。有名な話だぞ。兄と呼ぶのは昔からだし、俺達にとってアリスは妹だ。兄と呼ぶことに問題はない」
「しかし……」
「ライウス・オーヘル。お前はアリスに何の興味もないのだな。その能力以外は」
ライウス様は次の言葉を続けることなく、奥歯を噛みしめるだけでした。
キリム様も何かを言いたそうにしてますが、我が家の使用人に睨まれて何も言えないようですし。まあ、感謝してほしいものですわ。お兄様を怒らせれば簡単に命が失われてしまいますもの。
まあ、お兄様はわかっているでしょうからあえて言いませんが、私もあの方には何の興味も示していないのでおあいこですわ。
「行くぞ、アリス」
「はい、お兄様」
お兄様は外に待たせていた翼の生えた獅子のハスラートに私を乗せてからご自身も騎乗した。
「久しぶりですわ。ハスラート」
ハスラートの鬣を撫でる。
ハスラートはお兄様の契約聖獣です。気難しい性格をしていますが、こうして背に乗せて撫でさせてくれるのは数えるほど。
「撫で回すのは後にして城に行くぞ。皆、心配しているからな」
「それは申し訳ありませんわ」
「もう少し感情を込めて言え。せめて、陛下の前ではな」
陛下へのくだりが小声でしたわ。
「そのつもりでいるので心配いりませんわ」
皮肉の意味も込めてたのかもしれませんが、私は全力で答えました。いい笑顔付きで。
街の上に来たとき、見渡して見ましたが。
「あまり街に変化はありませんね」
「上空から見た限りはな」
お兄様の声から察するに、随分と被害は大きかったのでしょう。
皆様、申し訳ありません。恨むなら、バカ二人を恨んで下さい。
そう祈りながら城へと向かった。
王城にある王族しか近づけない庭園にハスラートを降ろした。
「お疲れ様」
「シャリアお姉様」
長い金髪に穏やかで優しい笑みを浮かべる美しいこの方は私の姉弟子、サリーシャリア・マーズ公爵令嬢。カイトお兄様の婚約者で、未来の王妃様となられるお方なのです。
「それで、一体何があったの?」
私が傷を負っているのを見て、心配そうに私の頬に触れる。
「お茶を用意させるから落ち着いて話をしよう。だが、その前にアリスは着替えたほうがいい。そんな格好では人目に触れやすい」
確かに。切られたところに触れて傷を撫でる。痛みがないように魔法をかけてあるとはいえ、血もしっかり着いています。あらぬ誤解でお兄様に迷惑をかけるのは流石に心苦しいですわね。
「それなら、アリスに着てほしいと思っていたものがいくつかあるの。その中の一つを着てお茶にしましょう」
シャリアお姉様は楽しそうに先に行ってしまいます。
「俺は父達に報告してから向かう。それまで、シャリアに付き合ってやれ。最近、お前と会えなくて寂しがっていたからな」
「わかりましたわ。妹として、姉に尽くしますわ」
お兄様とお姉様の心配してくださる気持ちが嬉しくて、騒動を起こしたあの二人に少しだけ感謝しようと思いました。
お姉様好みのドレスに着替えました。お姉様は自分のデザインしたドレスを私に着せることを趣味にしています。それを着て初めての社交界に出たとき、大変注目を集めました。それが、お姉様のデザインだと知ればお姉様に注目が集まり、デザイナーとしての仕事もこなすようになった。
王妃教育の傍ら、デザイナーとして活躍し、治癒の光魔法士として国民からの信頼と人気が熱い。この方以外、王妃になれる人はいないでしょう。何より、お兄様が離しませんものね。
「どうしたの? アリス」
「いいえ、お姉様のドレスはどれも着心地がいいので。デザインも気に入りました」
「そう。なら良かったわ。先に行ってカイトを待ちましょう」
「はい」
私達は王族しか入れない庭園でお茶を始めました。
二人で他愛のない話をしているとお兄様も合流し、事の経緯を説明した。
二人はカップのお茶を一口飲んで、口の中を潤わせてから一言。
「潰しましょう。カイト」
「ああ、シャリア。それがいい」
二人はとても気が合います。
話を聞き終えてからどうやって潰すかに話が移りました。
物理的か精神的かの話になった時、さすがにまずいと思って止めました。
「落ち着いて下さい。私は円満に婚約破棄ができれば十分ですから」
「そういうわけにはいかないわ。オーヘル公爵家とフォース伯爵家には申し訳ないけれど、きちんと制裁を与えるべきよ」
「今まで甘い蜜を吸ってきたんだ。その分、苦い汁を飲ませなければ釣り合いが取れない」
止め役のお兄様にまで言われては何も言えません。
「ですがお家問題に発展すれば、優秀な長男方に迷惑をかけます。お兄様のためになりませんわ」
「そんなことは気にするな。俺がなんとかする。お前は自分のことを考えればいいんだ」
「カイトもそう言ってるし、細かいことは全部押し付ければいいのよ」
「それもそうですわね」
あっさり納得した私を見て、少しだけ肩を落としていました。
「で、具体的な話に移すが、もう時期魔物討伐会が始まる」
「もう、そんな時期ですか」
最近忙しくて忘れてました。
このイングラド王国では魔物が大量発生する時期がある。
魔物は人や家畜を襲い、死ぬまで暴れ回る。それを食い止めるため、王国と冒険者達が共同で魔物の討伐にあたる。それが魔物討伐会。
撃たれた魔物の数によって冒険者は国とギルドからお金が支給されるのでこの時期は冒険者が多く集まり、今か今かと待ちわびているのです。
「こういうのはどうかしら。魔物討伐会で勝負をするの。撃った魔物の数で勝敗を決める。もちろん、勝敗は二人だけの計算。冒険者達の数はカウントしない。敗者は勝者の望みを叶える。必要なら助っ人をつけたりとかは、アリスには必要ないでしょうけど。どうかしら?」
「名案だな。アリスのストレス発散にも丁度いい。魔物には悪いがな」
最後の言葉を聞き流して、その案を受け入れた。
ストレス発散には魔力を大量放出するのが一番です!
「その方向でお願いしますわ。もちろん、あちらはパーティーですわよね? 今から楽しみです。まとめてへし折って差し上げますわ!」
やる気が出てきました。そうと決まれば色々と準備をしないといけませんわ!
「相当ストレスが溜まってたみたいだな」
「そうよ。アリスが大人しくしている時は後が大変だってあなたも知っているでしょう? 後始末はいつもあなたの役目なのだから」
「はあぁー」
お兄様が頭を抱える形で深いため息をついています。
「気にしなくていいのよ。いつものことなのだから」
そうお姉様が仰るので気にしないことにした。
「へし折る前に正式な場を設けることになる」
「わかってますわ」
「このことは陛下に伝えておく。後で呼ばれるだろうが、お前に全面協力するだろうから。今日は泊まっていけ。それで、師匠に会って来い。心配しているぞ」
「そうですね。お言葉に甘えますわ。戻ってもあの叔父に文句を言われるだけですし。師匠の元へ行ってきますわ。師匠は研究室ですか?」
「ええ。アリスが来るのを待っているわ。これも一緒に届けて頂戴」
お姉様はそう言ってベルを鳴らす。
ベルの音を聞いてやって来たメイドが軽食の入ったバスケットを持ってきた。それを受け取って師匠のいる宮廷魔法士団の研究塔へ向かいます。




