十一話 トヨトミアーク
「さて、ねずみは消えた。村正一族の者よ。ワシの武器を――」
瞬間、地面に落ちている蜻蛉切が持ち去られた。それは無精髭で癖毛の、霊気観察方の男だった。
「この蜻蛉槍は売り物だ。勝手に持ってかれると困るぜ」
「槍切、生きてたのか」
夜光はすでに死んでいたと思っていた槍切に驚く。流石に真田との戦いの傷が完治するはずも無い槍切は苦悶の表情ながら答えた。
「俺が死んだと思わせておいて、イエヤスアークは無視して脱出しようとしたんだがなぁ。霊体の豊臣秀頼の野郎が俺に乗り移っていて、蜻蛉槍持って下に行ったから来たまでよ。蜻蛉槍は異人に高く売れるからな」
ほう? と、家康は白髭を撫でつつ何故外国の情報を知ってる? と思った。
「槍切と言ったな。蜻蛉切が異人にも高く売れそうという事は、異人が攻めて来ているのを知っていたという事。それは幕府の中枢に近い人間のみ」
「織田政権や豊臣政権時代の外国交流の話をしただけさ。それに大霊幕があっても外国からの漂着物もある。やっぱり異人は攻めてくるよなぁ。それに、外国からの漂着物は全て村正一族が回収し、現地の人間達が発見しても呪われるとしてすぐに知らせるようお触れを出している。外国に興味が無ければ、神祖の前で異人の話なんてしないさ」
「何故そんな話をしたか教えて貰おうか?」
悟り仏のような顔を家康は崩さない。夜光はこの飄々とした槍切の本音の部分を知った。
「この腐れた三河に異人の血を流し込んでやるのさ。そうすれば腐った三河の血も多少は綺麗になるだろうよ」
霊気観察方の一族として、外国の間者をしている槍切一族でもあった。
大霊幕で鎖国していようとも、海で外と繋がっている以上、漂着物などは侵入可能だ。そこで幕府は外との交渉人を槍切一族に委任していた。もし、外国との関係が問題視されれば槍切一族を全て処分すればいいという幕府のいつも通りの策だった。
「槍切一族は結局、千子と名を変えた村正一族と同じ道を辿るだろう。今の幕府は外の国難を絶対無いものとして緩み切っている。戦国の世を生き抜いた存在しか、この国の国難を理解しない。外国は無用な戦争をせずに日本国と取引をし、弱腰ならば植民地にする予定だ。だから俺はイエヤスアークを破壊して鎖国された日本を壊し、そして外の国と交渉して金を得ようとしてたのさ」
「成る程。それは素晴らしい案じゃ。だが、それは本当に主の意見なのか?」
という家康の問いに槍切は自身の異変を知る。身体に黒い染みのような何かが侵入した。家康は全てを察しており、夜光もようやくその何かがわかった。
「槍切! お前の身体に豊臣秀頼が入っているぞ!」
「ぐっ……どうにもならねぇ! このまま殺せ夜光!」
「そうはさせないよ!」
天下王村正を突き出した一撃は豊臣秀頼が使う蜻蛉切で防がれた。槍切の身体を支配する豊臣秀頼はこっからが本番と言わんばかりに言う。
「僕は元々、この槍切の身体も利用するつもりさ。トヨトミアークは魂の移動法。別名・人たらしの法。親父の人たらしの技を僕が魂の移動法として完成させたのさ。すごいだろ! そしてぇ! これが切り札だ!」
すると、灰色の鐘を取り出した。特に変わった所も無い寺などにある鐘だ。その鐘を見た徳川家康の顔だけが変化を見せた。
「それは方広寺の鐘!?」
「今度は僕が利用させて貰うよ。大坂の陣が勃発したきっかけの忌まわしき呪われた鐘をねぇ!」
まさか大阪の陣のきっかけとなる方広寺の鐘を使われるとは思わなかった。夜光は自分の戦いを邪魔されている事に辟易し出している。豊臣秀頼はただ、徳川家康消滅のみに集中していた。
「国家安康国家安康……方広寺の鐘よ徳川家康の身体の自由を奪え」
鐘の音が鳴り、方広結界が発動して家康の身体は拘束された。こうなれば、もう豊臣秀頼の思う壺である。一気に霊気を高めてトヨトミアークを発動させる。
「ここで家康の霊体をトヨトミアークの魂魄移動法で奪い、大霊幕を張るイエヤスアークを解放し、そして日本を開国して徳川幕府滅亡だぁ!」
邪魔者が! と夜光は一気に間合いを詰めた。しかし、投げられた蜻蛉切が行く手を遮る。その瞬間、豊臣秀頼が魂魄移動法を発動させた。
「魂魄移動法――トヨトミアーク!!!」
方広寺の鐘の音で拘束されていた家康は立ち尽くしており、夜光は唖然としたまま現状を理解しようとしていた。目の前には、屈曲な武将の霊体が浮かんでおり、豊臣秀頼は地面に倒れていた。
白髭を撫でる家康に、その武将は膝をつき辞儀する。それは主君と家臣の関係だと夜光は気付く。
「まさか蜻蛉切の本田平八郎? 本体が自分の槍に宿っていたのか」
「そうそう。平八郎の蜻蛉切に本人を乗り移らせたのはワシ。すまんのぅ平八郎。二百年もの間苦労をかけた」
「全ては殿の命ずるままに」
本田平八郎は答える。その主人は方広寺の鐘を見ると、本田平八郎がすかさず破壊した。これにより、徳川家康を止める方法は無くなった。
「万事ぬかり無し。国家安康よ。秀頼の奴も徳川幕府の為にさっきまで言っておったじゃろう」
「全てわかってそんな事を言えるのか。正に狸親父だ」
その夜光の言葉に、立ち上がる豊臣秀頼は怒りを爆発させた。
「狸親父がぁーーーっ!私はまだ生きているぞーーーっ!」
「平八郎。黙らせてくれ」
「御意」
一瞬の閃光の後、豊臣秀頼は消滅した。そして本田平八郎は蜻蛉切に宿り、その槍は徳川家康の手に渡った。緊張、焦り、興奮――全てを全身全霊で感じている千子夜光はとうとう徳川家康との決戦に挑む。
「豊臣秀頼と一緒に消滅したのか……運が無かったな槍切。お前の目的も結局は開国にある。その目的は果たすから安心しろ」
「さぁ、仕切り直しじゃ。村正一族は国家安康の為の人柱となってもらおうぞ」
「いや、徳川幕府は崩壊して開国する。そして、外国文化を取り入れた日本は富国強兵により世界と渡り合うのさ」
徳川に仇なす呪われた天下王村正と、徳川の栄光を切り開いた神槍とも言われる真蜻蛉切が激突した。




