十話 徳川家康の聖櫃
真田一族との真田丸での決戦が終わった。
斬馬刀の内部に隠されていた村正を解放したら事により、その禍々しい霊気を宿した刀はいともたやすく真田が纏うイエヤスアークを斬り裂いた。腹部からの出血が酷い槍切は霞んだ目で夜光の妖刀村正を見ていた。
「……ったく、そんだけの刀を今の今まで温存しといたのかよ。今までの戦闘は体力の無駄使いだったんじゃね?」
「この三千世界と村正一族の魂を得た天下王村正を扱えるのは実質一時間も無いだろう。だからこそ、斬馬刀に封印していたんだ。全ての力を家康戦で使いたかったからな」
「成る程な。それに、真田一族のイエヤスアークは所詮は本体の霊気じゃない。真田を易々と斬り裂いても、徳川家康はわからんか」
天下王村正という歴代の村正の中でも特殊であり、最高の一振りである妖刀の禍々しさを感じた槍切は村正一族の恨みの強さに吐き気をもよおした。
「まぁ……いいや。俺はここでリタイアするぜ。この深傷じゃあ徳川家康となんぞ戦えもしねぇ」
「あぁそうだな。何かあれば聞いておいてやる。もうすぐ気を失って、その後お前は死ぬだろう」
「嫌な事を言いやがるもんだ。けど、それが正しくもある。せいぜい開国に向けて励んでくれ。開国後の世は、力よりも金の世になるはずだぜ……金は天下の回りもの……」
と言って気を失った。
槍切はこのまま死亡するだろうが、夜光はわざわざ感情に浸らない。
ここへ来た目的は徳川家康の霊気であるイエヤスアークを破壊する事。そして、それから日本を開国へ導く事である。
「さて、村正一族悲願を為す時が来た。徳川家康を斬り、イエヤスアークを破壊して日本を開国に導いてやる」
イエヤスアークという日本全土を覆う鎖国大霊幕を断ち切り、日本を富国強兵への道を進める開国の為に千子夜光は生きて来た。
呪われた村正一族として辛酸を舐め、その後千子一族と名を改めて他国者と交わりつつ、徳川の闇の仕事を請け負って来た村正一族の悲願が為される時である。
妖刀村正を手にする黒髪の死神のような男は、東照宮最深部にある徳川家康の聖櫃に辿り着いた。
※
徳川家康の聖櫃――。
三河国における最大機密であり、日本を覆う大霊幕を発生させるイエヤスアークの力の源であり、徳川家康の遺体が安置される正に聖櫃である。
石造りの室内は霊気によって青白く発光してる箇所が多数有り、灯りが無くても昼間のように明るい。
その場所の奥に三河のシンボルマークである葵の御紋が大きく刻まれている。その真下には、太陽を濃縮したような圧倒的な霊気を誇る霊気玉であるイエヤスアークが存在した。
青い太陽のような神々しい霊気玉に夜光は気圧されそうにもなるが、右手に持つ天下王村正のおかげで精神が安定している。
「……あれがイエヤスアーク。まるで太陽が霊気として具現化したような圧倒的な霊気……確かにあれなら日本全土を覆う大霊幕にもなるか。なぁ、東照大権現さんよ」
「背後にいたのを気付くとはのぅ。流石はその妖刀村正を扱う村正一族か。だが、まだニャクイな」
夜光が目の前のイエヤスアークに気を取られるのを予想して、背後に現れた老人。それは戦国時代を実力と運と模倣と自己を律する鋼の魂で生き抜いた男。
日本国を制定し、互いに監視するよう藩を作り、二度と戦争が起こらないよう全てを規定してから寿命を終えた稀代の老獪。
白髪の髭がある狸のような顔と、太り気味の体躯。まるで危機感の無いようなとぼけた見た目だが、この男は紛れもなくこの世を定義した神祖と呼ばれる存在――徳川家康だった。
「徳川家康。やはり狸のようなくえない面をしてやがる。イエヤスアークに気を取られてる隙を狙ったつもりか?」
「何を言われようが勝たなければいけない時がある。おかしな理論を相手にかぶせて、滅ぼす理由を作る必要もある。戦国時代を生きた者にしかわからぬ理屈じゃが、真実」
「確かに豊臣秀頼を滅ぼす理由として、徳川はやや理屈の通らないような事を言い、大坂の陣で豊臣家を滅ぼした。敵としていた真田一族もこの東照宮の守護霊になっているのは驚きだ。それに豊臣秀頼の姿も見かけたぞ」
「英雄豪傑は敵であろうが全てを利用し、勝ってこそ英雄、勝ってこそ豪傑。全ては勝利のみ。微々たる敗北はあっても最後に勝たねばならん。そして、勝った後は長生きせねばならん」
「……」
「長生きして国の方向性を見定め、国内で起こりうる反乱の芽を常に監視しつつ積まねばならん。ただ勝っただけでは、信長殿の死んだ後のような大混乱が待ち受けている。武田、上杉、豊臣……数多の武将が戦国時代にはいたが、やはりその才は子には受け継がれない。故に、自身が切り開いた天下は自身が死ぬまでに永久国家として存続させる術を持たねばならん。それが鎖国大霊幕」
「そこまで自分を客観的に見れる人間は希有だ。才能云々ではなく、自分を律する鋼の魂だな」
「ワシには他人の模倣を申し分無く使えるのが主な才能じゃが、戦国時代の誰もが持っていない才覚は健康維持という事」
「健康?」
「身体が健康であれば、長生き出来る。長生き出来れば戦国から平和な時代への舵取りが終わるまで見届けられる。食べ物、運動、女に気を付けて生きた。病になりそうなものは全て遠ざけ、ワシは全てを成し遂げた後に死んだ。野菜も魚も、同じ物ばかりではなく季節によって旨い食材を食べる。運動は将とて敵を倒さずともしっかりとする。そして戦地では現地の女とは無闇に交わらない。皆は好きな物を食べ、必要無い兵の鍛錬はせず、好みの女を抱いていた。それでは病になり、寿命が縮むのは当然じゃて」
戦国時代を生き抜き、そして勝利した男の言葉に夜光は酔いしれそうになる。自分もその時代に生まれ、ただ成り上がる為に戦いたいという気持ちがあるからであった。しかし、自分は徳川に仇なす呪われた村正一族の末裔だ。
「俺も戦国に生まれて、別の形で徳川家康と戦いたいと思った。だが、それは夢物語。村正の恨みと日本開国の為にイエヤスアークは斬る」
「良い覚悟だ。しかし、主の前にねずみを一匹始末せねばならぬ。ちと、待たれよ」
「ねずみだと? ――あれは!」
その徳川家康の視線の先には、槍切が蜻蛉槍と呼んでいた本田平八郎の蜻蛉切を持った小柄な少年がいた。どこか陰鬱であり、貧弱さを感じさせる少年を見て夜光は言う。
「徳川に恨みを持つのは村正一族と、もう一つの一族もいたな。豊臣という名の歴史の敗者が」
「そう、かつての豪傑・本田平八郎を殺し、蜻蛉切を奪おうとした魔物が。奴の名は豊臣秀頼。自身のアークすら使えこなせぬ不埒な魔物じゃ」
その少年、豊臣秀頼は小さな身体で蜻蛉切を平然と扱いながら言った。
「だまし、だまし全てに嘘を塗り固めて来た狸親父が言う事か。この二百年以上に及ぶ復讐の最後の日である。豊臣秀頼が豊臣の全てをかけて成敗してくれる。覚悟しろ徳川家康!」
少年、豊臣秀頼は徳川家康を討つつもりでいる。ふと、夜光はこの豊臣秀頼と共に消えたホーキの存在を思った。
「おい、豊臣秀頼。真田丸で助けたホーキはどうした?」
「あの娘は僕が利用する駒。存分に使い果たしてあげるよ」
「答えになってないぞ?」
「うるさいなぁ!」
地面に蜻蛉切を突き立てた。怒気をはらむ豊臣秀頼は目の前の徳川家康に集中したいようだ。夜光はどちらかを先に仕留めるか思案する。豊臣秀頼はただ家康に怨念の言葉を紡いだ。
「貴様は計略を用いて他者を離間させ、常に疑心暗鬼を作る。屁理屈と言いがかりが得意な屁のような狸親父。戦国の世を生き抜いた人間とは恐ろしい。だが僕もこの二百年を生き抜き、力を得た。ここで豊臣の悲願は成る」
手を叩く家康は家臣を褒めるように笑っている。
「よく参った豊臣秀頼。君が歴代の霊気観察方に乗り移ってたのもわしの仕組んだ罠。その蜻蛉切を強くする為にのぅ」
その言葉で、夜光は納得した。槍切が時折何か別人に見えていた事を。その原因は豊臣秀頼が乗り移っていたからだった。
そして、真実を軽く言われた豊臣秀頼は混乱した。
「き、貴様! どこまでこの豊臣秀頼を愚弄すれば……ずっと家康の手のひらで踊らされていたというのか!?」
「残念ながらワシはここでは武器を強くする事は出来ない。武器が無くては流石に村正を相手に戦えない。わしの霊気はほぼ大霊幕に使っとるから、術式は使えんのだ。秀頼、貴君は役に立った。眠れ」
瞬間、蜻蛉切は豊臣秀頼の手から離れ、その胸を貫いた。
「う、嘘だろ? 僕は霊気観察方としてずっと家康を倒す機会を伺っていた……蜻蛉切を強くするのも自分の為だ! 貴様の為に僕は――僕はぁ!」
「ニャクイな」
家康は秀頼を二百年以上自分の武器を強くする為に利用し、そして呆気なく消滅させた。狸親父ここに極まれりである。




