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異世界機甲 ―重戦車No.VI 孤高の虎―  作者: だん片理
第一章 緒戦―Panzerkampfwagen VI
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第九話:眠る虎と鍛冶の音色

樽のガソリンをすべて投入した後、

私は、クランク棒を車体後部の始動装置に差し込み、適正な速度で回転させ始める。


普段なら、操縦席から試製電動始動機を使い、一人で起動するのだが、

今回は正規の手順で作動を試みる。


自警団やノーム達が見守る中で

力を込めて二十回、四十回とクランクの回転を重ねていくが、

無常にも、エンジンを含む動力装置は沈黙したままである。


「……徒労とはこのことか」

息が上がり始め、額から玉のような汗が滴り落ちて来た所で、作業の手を止める。


ほぼ同時に、操縦席のハッチを押し開けたフィーネが、渋い顔をして振り向く。


「燃料の目盛りは回復してますが、試製電動始動機からも反応ありません。」

「……面倒だが、『あれ』をやるしかないな。機関部と底部のハッチをすべて開放しろ。」



過酷だったのはここからである。


我々は機関室上部と底部にあるすべてのハッチを開け、

一つ一つの部品を運び出しては目視検査し、再度組み直す作業に移ったのだ。


自警団とノームを巻き込み、大型エアフィルターからギアボックス。ボルトのナットに至るまで

すべてマニュアルと比べるという悪魔の所業をやり、原因を特定する。


だが、いかな戦場で修羅場をくぐり抜けた我々をもっても、

相手は整備士とその乗員を散々苦しめた『虎』である。その道のりは困難を極めた。

一番負荷を強いたであろう変速機は、痛んではいるものの、異常なし。

ラジエーターも左右共に稼働に問題はない。

あれでもない、これでもない、と

茨の道を、汗と油と部品の束で舗装しながら、数刻(約五時間)格闘していた。



「…………若いの。これではないか?」


車体底部で、フィーネと共に作業をしていたノームの声が響いた。

エンジンデッキいた私は急いで車体に戻り、フィーネとノームの間に割り込んだ。


「お見事です。確かにこれが原因でしょう。」


車体床下にあり、後部機関部と変速機を繋いでいるはずの

トランスファーユニットの基部が露出しており、起動軸が僅かにズレていた。

これでは、変速機と動力部の両方に力が伝わらず、エンジンの起動は不可能である。



「参りましたね。この部品の修理は現状では不可能ですね。」

「…当然予備も無しときたか」



良いですか。とアリシアに砲塔上部から声を掛けられ、私達三人は注意を向ける。


「…じきに屍食鬼が活発になります。一旦村に戻りましょう。」

それを聞き、私とフィーネは頷くが、ノームは意外な提案を口にする。


「いや、面倒じゃ。ここで部品を作ってみるわい。」

そう言葉を残し、車内から飛び出たノームは、地面に降り立つと

背負っていた大きな鞄から、道具を取り出し、組み立て始める。


「…『つくる』だと?」


私もノームを追い、操縦席からするりと抜け出し車体に腰掛ける。

外部は先程よりも涼しくなり、夜の気配が顔を覗かしていた。


「まあ、見ていろ若いの。」


ノームの鞄からは、金床や槌といった鍛冶道具が次々と現れる。

他のノーム達も追従し、鞄から用途の知れない部材や道具をそれぞれ地面に並べる。



「ワシらの鋳造技術では鋼をこんなに固く、そして複雑に加工は出来んから、

 銀と同時に溶解させて、加工し易くする。」


「銀だと…?」


私とフィーネは顔を見合わせる。

銀という素材は古来より魔術的な防御に高いの効果を持つが、

純粋な硬度では鋼鉄には及ばない。つまり、脆くなるという事である。


だが、それよりも問題なのは、

鉄や銀を溶解させるためには膨大な熱量が必要な事である。

すなわち、鉄工所のような大掛かりな設備が必要である。


「鋼や銀を溶解させるには、極めて高い温度が必要ですが…?」


フィーネは虎を降り、準備をするノームの横に起坐する。

ノームは彼女に向き直るとニヤリと笑い、ごつごつとした人差し指を1本立てた。


「ワシらには携行炉があるからの。秘密兵器じゃ。」


ノームは鞄を開けると、恭しげに中身を取り出した。重そうに両手に抱えているのは

見た目は『かまど』のようなものであった。さらに別のノームが丁寧に小さな包み紙を取り出す。


「皆、下がっておれ」


我々と自警団を遠ざけたノームは

携行炉の中に先程の小さな包み紙からひとつまみの粉末を入れ、火打石で火の子を散らすと

閃光と爆発音と共に炉の中で激しく炎が吹き荒れる。


「この粉は、錬金術師の嬢ちゃんに調合してもらったもんだ。便利だろ」


「…例の、か」


炉から私がいる場所までは、数十メートルは離れているが、肌に高い熱量を感じる。

一度ティーガーの砲塔後部の鋳造を視察したことがあるが、その時肌で感じた温度に近かった。


続いて、ノームは鞄から取り出した鋼と銀の延べ棒を炉に入れしばらく待つ。

高温で熱せられた両者は、温度耐えられなくなり液状化しそうになる。

ノームはそれを見逃さず、寸で取り出し、それぞれの得物で加工を加え、再び入れるをノーム全員で繰り返す。


我々と自警団は再度ノーム達を囲うように人員を配置し、

金属の炸裂音と高熱を肌で感じながら、周囲とノームの職人技を観察している。





「出来たぞ!」


半刻後、汗だくのノーム達が吠える。

皆息が上がっており、作業の過酷さを物語っていた。


近寄って確認すると、冷却水の中に金属の塊が沈んでいた。


見た目は不格好で、無骨で洗練されていないが、主要部の動作理論は完全に一致していた、

確かにこれなら動く可能性は高い。


「…急いで取り付けろ。これに賭けるぞ。」



夕日がさらに傾き、夜の足音が屍食鬼の気配と共に向かってきていた。


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