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07. クライン商会

 さっそく、ポールに銀貨を渡して副団長のくじを大急ぎで買ってくるように頼んだ。ポールは現金を渡されてあっけにとられたようだったが、やがて我に返るとあわてて断りを入れてきた。

「さすがに剣闘士くじを買うとなりますと、デイビッド様にお伺いを立ててからでないと――」

 怖気づいているポールには悪いが、資金を好きなところに投資できるようにしておかないと今後も都合が悪い。


 ケネスは彼を理詰めで説きふせることにした。

「ポール、これは僕が稼いだお金だよ。誰かにその使途を限定されるのはおかしなことだと思わないか? 君は自分の給金の使いみちについて、誰かにお伺いを立てているのか? そもそも、もし剣闘士くじが悪いものだとしたら、どうして君はそれにお金を費やしているんだ?」

「わ、わかりました、わかりました! 仰せのとおりにします!」

「あ、そう? わかってくれてうれしいよ、ポール!」

 ポールが幽霊でも見たような顔をしているのが気になったが、くじの販売を締め切るまで時間がなかったのでしかたがない。彼もやがて慣れるだろうと思うことにした。


 ポールが帰ってきたのは、その日最後の試合が始まる直前だった。ふたりのトップ剣闘士が開始線で互いに向き合うと観客のボルテージは最高潮に達し、開始の合図で場内はこの日一番の歓声に包まれる。


 団長と副団長から繰り出される剣戟は、観客の期待にたがわぬ見事なものだった。団長が裂帛の気合とともに大上段から木剣を振りおろしたかと思えば、副団長がその切っ先を流してカウンターの突きを入れる。好敵手を目の前にしたふたりは、屋敷の庭で子爵家の講師を務めるときとはまとう雰囲気がまるで違っていた。


 ただでさえ手に汗を握るこの勝負には、ケネスの虎の子の銀貨がかかっている。いくら分析に自信があっても、勝負を決めるのは時の運だ。それに勝率62%の戦いというのは、その場で観戦すると数字ほどの差があるようには見えない。ケネスの小さな心臓は早鐘のように打ち、剣が切り結ぶごとにアドレナリンが吹き出すような感覚に襲われた。


 副団長が動きの鈍くなった団長のすねを打って、ようやく勝負を決めたのは開始から10分もたったころだった。


 結果を見届けてぐったりとしたケネスは、今後くじを買うときにも試合観戦をしないことに決めた。

(7歳の体に賭博の刺激はきつすぎますわ……)

 多くの人はこのスリルが病みつきになるのだろうが、投資のたびにこの緊張を強いられては心臓がいくつあっても足りない。いちいち外出許可を取るのも面倒であるし、ポールがプライベートで闘技場に来るついでにケネスの分も買ってもらえば問題はない。


 とはいえ初めての投資に成功し、タネ銭を少しだけ増やすことに成功した。あとはくじを換金して現金を受け取らなければならない。くじの真贋を見極める方法が気になったので、彼はくじを買ったフォーゲル家のメンバーとともに交換所に向かった。


 ビッグマッチの後だけあって、交換所は当たりくじを買った人々で溢れていた。これだけ多くの人が一度に押しかけるのであれば、押印されただけの紙切れが本物であるか確かめるのは困難に思える。

「ポール、くじの印章はがんばれば偽造できそうだけど、どうやって当たりくじが本物であることを確認しているんだろう?」

「……ケネス様はそのご年齢で恐ろしいことをお考えになりますね。控えておいたくじ番号が存在するか確認するようです。くじの偽造は大変な重罰に課されますし、その裏をかこうと思う者もいないでしょうね。」


 つまり、くじ番号は大きな数字をランダムに発生させて割り振るため、適当に思いついた数字を偽造したくじに書き込んでも、事務局の控えておいた本物のくじ番号と一致しづらいようである。


 さらに、高額配当を受けとる場合には顔や名前を記憶されるということなので、くじを偽造するのはリスクに見合わないのだろう。

(生活水準のわりに、あいかわらず闘技会のシステムだけは本当によく考えられているよな……)

 ケネスはこの娯楽産業の仕組みに改めて感心するのだった。


 フォーゲル家の全員が換金を終えて帰りの馬車に乗り込もうとしたとき、通りがかった男がデイビッドに話しかけてきた。男はくすんだ赤い髪を真ん中で分け、よく肥えた腹をさすっている。平民にはあまり見かけない体型のわりに、サイズがぴったりの衣服に身を包み、笑顔を浮かべた顔には口ひげをたくわえている。


 デイビッドを相手に臆することもなく談笑している姿を見て、ケネスはこの男が何者なのか不思議に思った。

「ポール、この街で父さんに自分から話しかける人は初めてみたよ」

 そばにいたポールに尋ねてみると、護衛の彼ですらこの人物の正体を知っているようだった。

「ええ、家臣でもない平民が貴族に話しかけるのは本来タブーとされています。しかし、ベリオールでは彼だけが特別あつかいされているようなところがあります」

「……まさか弱みでも握られているとか?」

「いえ、デイビッド様に限ってそのようなことは絶対にありません。彼の勤めるクライン商会が我が国で一番の商会だからです。デイビッド様といえども、そう無下にするわけにはいかないようです」

「へえ、あのおじさんはそのクライン商会でもえらい人なの?」

「ベリオールの支店長を務めていますが、王都の本店も含めた商会全体ではそれほどでもないはずです」

「なるほど。その様子だと、クライン商会っていうのは産業界だけじゃなくて貴族社会でもかなりの影響力を持っているんだろうね」

「よくおわかりになりますね……。王都のクライン本家は娘を公爵家に嫁がせたりしているそうですよ」

(おお、それはすごいな。地球でいうメディチ家みたいな感じなのかな……)


 ケネスが巨大な政商の全貌に考えをめぐらせていると、そのクライン商会の男は突然こちらを向いて話しかけてきた。

「ケネス様と少しだけお話しさせていただいてもよろしゅうございますか?」

(僕と話を……?)

 不審に思ったケネスがデイビッドの顔をうかがうと、父親も了承するようにうなずいた。


 しかたがないので男に向き直ると、彼は張りのある声で話しかけてきた。

「わたくしアスターを覚えておいでですかな? ケネス様も大変大きゅうなられましたな!」

 ケネスはこのアスターという男をとんと覚えていないが、きっとケネスが赤ん坊の時分にフォーゲル家を訪れたのだろうと当たりをつけた。

「はあ……その節はどうも。それで、どういったご用件でしょう?」

「はっはっは! ケネス様もやはりフォーゲル家のご子息にまちがいございませんな! 虚飾というものがありません」


 ほめているのかよくわからない言葉にケネスは少しのいらだちを覚えたが、次にアスターの放った言葉は彼を仰天させた。

「ここのところ、ケネス様がなにやら興味深い遊戯をなさっていると小耳にはさみましてな」

(え! リバーシのことか? 一体どこでその情報を手に入れたんだ……?)

 情報の流出があまりに早かったことにパニックを起こしそうになったが、なんとか表情を取りつくろう。

「遊戯っていうのは、僕が父さんに買ってもらったおもちゃのことですか?」

「さようです! なんでも木工職人に注文されたとのことですが、どこでそのような製品をお知りになったのですかな?」


 まさか7歳児が木工製品を自分で考えついたとは思いもよらないのだろう。アスターがケネスを子どもだと思って、馬鹿正直にアイディアの元を聞きにきてくれたのは幸いだった。とりあえず情報源をはぐらかして、見当違いの方向を探すよう仕向けることにする。

「何か外国についての本で読んだと思うのですが……。正確な書名などは覚えていませんね」

「なるほど、タラールあたりの産物ということですかな! もし詳しいことを思い出されましたら、クライン商会までお知らせいただければ幸いにございます」

 幸いなことにアスターは勝手な解釈をしてひとりで納得してくれたようだ。


 しかし、外部に地球の知識が早くも知られてしまった。

(こいつは、あんまりのんびりしていられないな……)

 ケネスはさっそく木工製品の売り出しを早める算段を立てるのだった。

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