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11. 隣国の皇女

 ラシーア帝国の皇女アンナは、ケネスと同い年にしてすでに美しい。軽くウェーブのかかったブロンドにはムラが一切ないし、目鼻立ちがすっきりとして歯ならびもよい。脚や体幹はほっそりとしているが、足のサイズは比較的大きく、いずれ高身長になることがわかる。


(このまま順調に成長すれば、アメリカの某下着メーカーのモデルのような容姿になるのかな……)

 ケネスは一国の皇族を形容するのに、はなはだふさわしくない例えを思い浮かべた。


 不敬な感想を抱かれていると知るよしもないアンナは、ケネスと肩がふれそうなほどの距離に陣どっている。ケネスは自らの心拍数が上がるのを感じた。それどころか、吐息が皇女に届くことがはばかられて、息まで浅くなってしまった。


(落ちつけ、日本の園遊会のイメージでやれば大丈夫なはずだ)

 7歳児のケネスは、これまでに王族と接した経験がない。メイド長のレベッカによるマナー講座をのぞけば、頼るべき知識は前世のニュース映像しかなかった。


 おろおろしていると、さっそくアンナが話しかけてきた。

「あなたにお会いするのは初めてね。領外からいらしたの?」

「は、さようにございます。フォーゲル子爵家の次男、ケネスと申します。アンナ殿下にお目にかかれますこと、もったいなく存じます」

「これはまた……極めつけね」

 何が気に入らなかったのか、ケネスが挨拶するやいなや、アンナはがっかりしたような表情になった。


 それから会話らしきものが始まったが、言葉のキャッチボールはまったく盛り上がらない。

「去年はお見かけしなかったけれど、今年初めていらしたのかしら?」

「さようにございます」

「フォーゲル家といえば、優秀な騎士を何人も出していると聞いたことがあるわ。ケネスも剣を振るわれて?」

「たしなんでおりますが、兄のジェームズにくらべればまだまだでございます」

「そう……」


 対話が途切れがちなのは、ケネスのせいだ。会話を継続するには似たような問いを返すべきだろうが、彼はそうしなかった。帝室の人間にプライベートな質問をすることは無礼だと考えていたからだ。


 しかし、園遊会では会話の相手が次々に移ろうためにそれでも不都合は生じないが、車座になって話すこの場では雰囲気を悪くする方向にしか作用しない。やがて、アンナも話のネタに尽き、沈黙が場を支配した。


 気まずい空気のなか、思いつめたような顔をしたアンナのほほを一筋の涙がつたった。

「い、いかがなされました?」

 ケネスが思わず声をかけると、彼女は泣き笑いの表情を浮かべて、驚く少年ふたりにわびた。

「ごめんなさい。こんなふうに、いつもうまくいかないから……」


 あわてたケネスは慰めようと試みる。

「何をおっしゃいますか! 殿下とこのようにお話をするのは、大変に快いものです」

 しかし、ここにいたってのお世辞は事態を悪化させるばかりだ。

「ほら、この状況でも格式ばったおつき合いにしかならないでしょう? 人質の立場でお友達を作ろうなんて、きっとわがままを言っているのね……」


 ハラハラと流れる涙を見ながら、ケネスは前世の経験を思い出していた。それは、転生する二ヶ月ほど前に出席した中学校の同窓会のことだった。まもなく30歳だというのに職歴のない隆太郎に、同級生は腫れ物にさわるように接した。博士課程の大学院生の宿命とはいえ、かつて机を並べた友人にそのようなあつかいをされ、いたたまれない気持ちになったものだ。


 まったく異なる状況ではあるが、アンナも疎外感を抱いているように見受けられる。それに彼女は幼くして祖国を離れ、気安く接することのできる親族もいない。


 孤独は想像してあまりある。彼はアンナに同情の念を覚え、自らの言動を悔いた。

(僕自身はマーチンと冗談を言い合いつつ、面倒だからって遠ざけようとするのはひどい話だよな……)


 覚悟を決めたケネスは、真摯な態度で口を開いた。

「アンナ様、よそよそしい態度をとって本当にごめんなさい。ご挨拶からやり直させてください」


 マーチンが忠告の視線をこちらに向けるが、アンナははにかみつつ返答する。

「私とも、みんなと同じように接してくださるかしら……?」

「まったく同じというわけにはまいりませんが、慇懃無礼にはならぬよう気をつけます」

 この言葉を聞いて、アンナはようやく笑みを見せた。

「ふふ、少しづつみんなで仲良くなりましょう」

 こうして、ケネスはソーントンの街でふたりの友人を得るにいたった。

 



 その夜、ケネスは宿泊先でデイビッドによび出されると、リバーシについて問われた。

「ハリー様が思いのほか例の遊技盤を気に入ったようでな、10セットほど融通することになった。配下の家臣や、ハリー様のご友人に配るそうだ。あれを手に入れるには、例の木工所に注文すればよいのだったか?」


 昼間のセールス攻勢が功を奏したようだ。せっかくの太い客を逃すわけにはいかない。ケネスは父親にリバーシを事前に注文していたことを打ち明けた。

「それにはおよばないよ。実はちょうどそのくらいの数を用意して、この旅行に持ってきてあるんだ。父さんがそれを現金で買い取ってくれないかな?」


 デイビッドは息子の予想外の回答に目をむいた。

「ずいぶんと用意周到なのだな……。だが代金はどうしたのだ? 木工所につけてあるのか?」


 なるべく資金源は秘匿しておきたかったが、隠しても無駄だろう。ケネスはこれもある程度正直に話す。

「母さんにもらったこづかいを剣闘士くじで増やしたんだよ」

「なんだと、剣闘士くじで? あれはそう何度も勝つようなものではないのだがな……」

「ポールが強そうな剣闘士を教えてくれたんだよ!」


 それほど剣術に秀でているわけでもない子どものケネスが、剣闘士くじで勝ちまくるのは、はたから見れば不審なことだ。フォーゲル家の最年少護衛に責任の一端をなすりつけておいた。

(すまん、ポール)


 いずれにしろ、これで初めて賭け事以外の収入を得ることができそうだ。

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