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10. 神官の卵

 太陽神殿は他の神殿とはくらべものにならない力を持っているのだという。太陽神アマデウスは他の神々を束ねていると考えられているし、神殿も直轄領を多く所有しているため、財政的に余裕がある。


「王様を超える力を持っているということかな?」

 ケネスは知り合ったばかりのマーチンにそう尋ねた。

「大昔はそうだったけど、今はそこまでではないみたい。いろいろな理由が重なって、王権のほうが強くなったんだよ――」

 マーチンによれば、神殿の権勢にかげりが見えはじめたのは、疫病が大流行したときであるという。感染の拡大を食い止められなかったばかりか、治療にあたった神官自身も多くが罹患して命を落とした。その姿を見た人々が、神殿の無謬性に疑問を抱くのも無理はない。


 この疫病がもたらす無力感は、芸術家にも大きな影響を与えた。多くの画家が、聖職者や権力者も等しく死神につれ去られる場面を絵画にした。「死の舞踏」と呼ばれるテーマである。


 信者の支持を失いつつあることに焦った太陽神殿は、権威の回復のために兵を募って南方のタラールに攻め込ませた。太陽神が地上に降臨したという聖地を奪い返すのが表面上の理由だった。しかし、この逆転を狙った一手は裏目に出てしまった。

「思いのほか異教徒らの抵抗が激しくてね――」

 太陽神殿は聖地奪還に失敗し、その威信は失墜した。


(タラールといえば、アスターがリバーシ発祥の地と勘違いした国だよな)

 大商会の支店長がそう勘違いするだけあって、タラールは学術や文化が進んだ国である。優れた武器や戦法も開発され、軍隊は精強であったようだ。


「そんなこんなで、今では王権の方がはるかに強いというわけさ」

 その凋落のストーリーを聞いて、ケネスは地球で似たような道をたどった宗教を思い出さないわけにはいかなかった。

(それでも、あの宗教は世界に影響を与え続けたけど……太陽神殿はどうかな?)


 太陽神殿の現時点での影響力を尋ねると、今でも人々の思想や生活規範を規定するだけの権威を保持しているという。

「アマデウス様の意に沿わない行いをする領主様が、その地の太陽神殿長に破門されることもたまにあるよ」

 どうやら反抗する者には穏やかではないおしおきが与えられるようだ。

(商売を拡大する過程で、その思想が障害になる可能性もありそうだよね。今後は神殿の動向も気に払うことにしよう)


 そんなことを考えていると、ケネスは会話がいささかシリアスすぎることに気づいた。

(初対面で政治と宗教の深い話はタブーだよな)


 そこで、ケネスはマーチン自身について聞いてみた。

「マーチンはやはりお父様の跡をついで商業神殿におつかえするのかな?」

「いや、僕は来年から太陽神殿で修行しようと思っているんだ」

 商業神官の息子から発せられたその言葉にケネスは少なからず驚いた。


「へえ、それはどうして?」

「多くの人々に福音をもたらすような神官になりたいと思うのは自然だろ? 信者の少ない商業神殿じゃそれが難しい」

「なるほど。でも、マーチンのお父さまは、それをお許しになるのかな?」

「この話をしたら『何事も目にしなければわからぬものだ』とか言っていたから、大丈夫なんじゃないかな」

「そう……」

(マーチンは何を目にすることになるんだろう)

 ケネスは一抹の不安を覚えたが、希望に胸を膨らませる神官の卵に、冷水を浴びせるのも無粋というものだろう。彼は口をつぐんだ。


 ひと通り話し終えたふたりは、リバーシをすることにした。対戦はおおいに盛り上がって、互いに軽口をたたけるほどの仲になった。

「ハリー様に取り入るさまは、今思い出しても笑えるなあ。これでどうだ、このごますり野郎!」

 マーチンがリバーシの板を返しながらケネスをあおる。ケネスも負けてはいられない。

「ふふふ、コネこそ力だよ、マーチンくん。おっと、そこのカドいただきますよっと」

「このカドッコ野郎!」


 これまで同年代の子どもとの交流がなかったケネスにとって、マーチンとの素直なやり取りは心の底から楽しめるものだった。ジェームズやナンシーも年齢はそれほど離れていないが、ジェームズは生真面目だし、ナンシーは女の子だ。マーチンはケネスにとって初めての友人となった。


(やっぱり友達っていうのはいいものだな。他には同世代の人って誰がいたかな)

 いくつか名前を思い浮かべると、ケネスは隣国からやってきた皇女に思い当たった。


「そういえば、マーチンはアンナ殿下とはお知り合いなのかな?」 

「ご挨拶をしたことはあるけどね、気安く口をきくな、って父さんに釘をさされているよ」

「まあ、無理もないよね。ちょっかいを出して外交問題に発展したら、家や神殿に責任がおよぶだろうし」


 ふたりがうわさ話をしていると、いらつきをともなった声が横から割って入った。 

「まったく、どうして第四皇女ごときに、みなさまそこまで気を使うのかしらね」

 思いがけぬせりふに驚いたケネスが振り返ると、少女がこちらを見すえていた。明るいブロンドと陶磁のように白い肌は、ドーバー王国ではあまり見かけない組み合わせだ。翡翠色の瞳は怜悧な印象を与えるが、赤いワンピースによく映える。


「あなたは……?」

 少女の正体は状況から明らかだが、思わず尋ねてしまう。

「私がアンナ・プレハーノフよ。今はこのストーン家でお世話になっているの」

 すると、マーチンがすばやくひざまずくのが目に入ったので、ケネスもあわててそれに続く。


 ふたりの跪礼を見たアンナはため息をついた。

「はあ……子どものうちからそんなにへりくだるのは、おやめになって? 私はこの国の王家と関係があるわけでもない、ただのとらわれなのに」

 彼女はぶつぶつと文句を言うと、何を思ったのか突然ケネスとマーチンの間に腰を下ろした。

「それよりも、あなたがたが遊んでいるそのゲーム、楽しそうね。私もお仲間に加えてくださる?」


(下級貴族ともたわむれるフランクな皇女様と来ましたか。これはやっかいなことになったわ)

 ケネスはどうしたらご機嫌を損ねることなく、無難にお帰りいただけるか頭を悩ませるのだった。

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