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ライバルは豚姫!?  作者: チョロ子
番外編
41/41

エナとアリシア

 応接間ではエナの目の前で、アリシアとウィルキスがいちゃいちゃしている。ウィルキスはアリシアが可愛くてしょうがない、と言わんばかりの笑顔を向け、アリシアの髪にキスをしている。アリシアはあぁ見えて男性への免疫はほとんどないため、顔を真っ赤にするばかりだ。二人はまさに幸せなカップルそのものだった。

 アリシアがウィルキスの事を好いていることを知っていたエナは、本当に良かったと心から思っていた。エナにとってアリシアは家族以上の存在、世界で一番大切な人で幸せになってほしい人だった。

 エナはアリシアの幸せそうな姿を眺めながら、自分とアリシアとの出会いを思い返していた。





 エナがアリシアと出会ったのは、エナが7歳の時だった。エナは下級貴族の娘が旅の男と恋に落ち、親の反対を押し切って生んだ子供だった。

 世間知らずの娘は旅人との恋に溺れたが、旅人はしばらくすると娘を捨て、新たな地へと旅立ってしまった。その時にはすでに娘は妊娠しており、臨月になっていた。

 娘の家族は外聞を気にして娘を家に戻したが、娘が子供を産むとすぐに嫁に出した。娘も自分の産んだ子はもう見たくない、とばかりにうなずくと素直に家を出た。


 エナは生まれてからずっと孤独だった。最低限の食事や物は与えられたけれども、その家でエナは家族ではなかった。まるで召使のように働かされた。それもあってか、エナは自分の表情を表に出すことが苦手だった。小さい頃から無表情で怒っても叩いても泣きもしないエナを見て、家族は気味が悪い子、として徐々に近づくことすらも嫌がった。


 エナが7歳になった頃、キルス伯爵家が6歳の娘の侍女を募集するという話が流れた。家族は年齢的に丁度よいエナを出すことに決めた。気味が悪い子ではあったが何かの間違いで採用してもらえれば御の字、どんな扱いをしていただいても結構です、と言わんばかりの態度で差し出したのだ。

 エナはそんな家族を静かに見つめていた。不思議と悲しい、という気持ちはわいてこなかった。


 

エナがキルス伯爵家を訪れたとき、侍女候補の少女がたくさん集まっていた。下級貴族の娘、商人の娘など、箔をつけるために適齢期まで伯爵家で奉公させたい。あわよくば身分の高い人のお手付きになれば、と考えている者も多かった。集められた少女たちもそのことを聞かされていたのか、媚びを売るような子供が多かった。


 エナは自分がどうしたら良いかもわからず、淡々と言われるままに仕事をした。他の子がアリシアや家族、そして侍従へ媚びを売っている間もただただ淡々と仕事をこなした。時には他の侍女候補に仕事を押し付けられることもあったが、それも気にしなかった。

 何を言いつけても嫌がらないし表情を変えないエナを他の侍女候補も気味悪がった。そしてエナにはもちろん友達もできなかった。


 エナがある時、調理場の裏で野菜を水洗いしていると赤い髪の女の子が声をかけてきた。その少女は目の覚めるような美しい赤い髪に、エメラルドグリーンの瞳、そしてお人形のように可愛らしかった。

「あなた何をしているの?」

 女の子は興味深そうにエナの手元を覗いてくる。エナは赤髪の女の子がこの屋敷の娘であることがなんとなくわかった。この家で燃えるようなスカーレットの赤髪と言えば、奥様と娘しかいないと聞いていたからだ。

「はい。野菜を洗っております」

 エナは極力失礼がないように答えた。その答えは淡々としているように傍からは見えたのだろう。女の子はきょとんとすると、突然笑い出した。

「私は、アリシア。あなたは?」

「はい。エナと申します」

 エナはアリシアの名前を聞いて、やはり、と思ったが、自分の名前を答える以上のことは口に出さなかった。

「……」

「……」

 エナは言葉を続けないし、アリシアも黙ったままエナを見つめていた。エナがアリシアから視線を外し、野菜の水洗いを続けようとすると、

「エナ、私と一緒にお茶をしましょう」

 アリシアは突然エナに向かってそう言うと、エナの手を掴んできた。

「今は野菜を洗っております。申し訳ありませんが、お茶はできません」

 エナの答えにアリシアはきょとんとしてしまう。

「野菜はそこに置いておけば誰かやってくれるわよ」

「そういう訳にはいきません」

 その時、厨房へ続く扉が開き、エナに野菜を洗うことを頼んだコックが顔を出した。コックはアリシアを見て固まっている。

「ねぇ、あなた、私はエナとお茶をしたいのだけれど」

 アリシアがコックに告げると、コックはエナを見て、コクコクとうなずくと、どうぞどうぞとエナを追いやった。

 エナはアリシアとアリシアを探しに来た侍女に連れられ、アリシアの部屋でお茶をすることになった。


 アリシアとエナのお茶会は子供のお茶会とは言えないくらい静かなものだった。エナは必要以上のことも話さなければ、表情もほとんど変えない。アリシアが話をすることに対して、時々頷くのがいいとこ、という感じだった。

 エナはもうアリシアには二度と誘われないだろう、と思っていた。エナとお茶をして楽しいわけがない、ということが分かっていたのだ。しかし、アリシアは何を気に入ったのか、時々エナをお茶に誘うようになった。


 エナを気味悪がり、そして見下していた侍女候補仲間は、エナがアリシアとお茶を飲んでいることを知ると、嫌がらせをするようになった。

 それはエナが気にしない程度の幼い嫌がらせではあったが、エナが無反応なのをいいことに徐々にエスカレートするようになっていった。


 ある時、エナが外で草むしりをしていると、屋敷の侍従がエナを呼びに来た。どうやら侍女候補を全員、応接間に集めるようだった。エナは作業を中断し、応接間に向かった。


 応接間に入ったエナの目に飛び込んできたのは、ボロボロにやぶかれた衣装だった。衣装の大きさを見るからにはアリシアのドレスだろう。

「私、エナが衣裳部屋に入るのを見ましたわ」

 エナが応接間に入ったことを見計らい、侍女の一人がアリシアと侍従長に対して言った。

「えぇ、私も」

「私もよ」

 何人かの侍女候補がそれに同調した。


 そういうことか、とエナは察してしまった。元の屋敷でも度々あったことだ。自分を犯人に仕立て上げたいのだろう。エナは状況が分かったとたんに諦めた。この後叩かれるだろうか。叩かれるのは我慢していればいつか終わる、と考えて。


「エナ、あなたはこの衣装を破ったの?」

 アリシアが突然エナに対して言葉をかけた。その顔はエナを疑っているようには見えなかった。

「いえ、破っていません」

 エナはアリシアの目を見つめ返すと正直に答えた。

「そんなはずないわ!エナしか考えられない!」

 エナを犯人に仕立てようとした侍女仲間が叫ぶようにエナを非難する。エナはそれを見つめていた。特に何も言い返そうと思わなかった。ただ、もうアリシアとはお茶を飲めないだろうな、と考えると少し寂しいような気もしていた。


「エナが違うと言ったら、違うわ」

 アリシアは突然言い切った。これには侍従長も、そして侍女候補たちも、エナも驚いた。

「アリシア様はお優しいからエナを庇ってらっしゃるのね。でも、きちんと罰を与えた方がいいと思います」

 侍女仲間はどうしてもエナを犯人にしたいようだった。周りの侍女仲間も皆うなずいている。

「エナは違うの。犯人ではないわ。このドレスは残念だけど、もういいわ。侍従長、私エナを侍女にするわ。他はいらないわ」

 アリシアは侍従長に対してはっきりと告げた。これを聞いた侍女仲間は悲鳴を上げ、アリシアと侍従長に取りすがった。エナはその様子を静かに見ていた。


 結局エナ以外の侍女候補はすべて家に帰され、エナだけがキルス伯爵家でアリシアの侍女として働くことになったのだった。





「アリシア様」

「どうしたの?エナ。話しかけるなんて珍しいわね」

 すでに寝間着に着替えたアリシアに対し、エナは話しかけた。どうして自分を採用してくれたのか、聞いてみようと思い立ったのだ。

 アリシアは不思議そうな、でも嬉しそうな顔をしている。

「アリシア様と初めてお会いした時を思い出していました」

「そう。懐かしいわね」

 アリシアは目を細め、昔を思い出すような表情を浮かべた。

「はい。」

「それで?」

「どうして私を侍女として採用してくださったのですか?」

「あら、そんなこと。まだ気づいていなかったの?」

「はい」

 エナの返事にアリシアは笑い出してしまった。

「ふふふ。侍女候補はたくさんいたのよ。エナが来る前にも何人も。皆私に対して媚びへつらうのに飽き飽きしていたところでエナが来たのよ。全然表情を変えないし、媚びも売らないから驚いたわ」

「珍しかったのですね」

「そうね。でも決め手はあの事件ね」

「衣装が破られた事件ですか?」

「そうよ。あれはエナがやったことではないでしょう?」

「はい」

「エナは、それまでも私に対して嘘は1度もつかなかったわ。でもあの事件の時、エナ以外の侍女候補は皆、エナがやったと言ったわ。私、うそつきは嫌いなの。家の中でまで化かし合いをしたら疲れるわ」

 アリシアはため息をつくと、エナに対して笑って告げた。伯爵家の令嬢として様々な人と接する機会が多いアリシアだからこその意見だとわかった。

「そうですか」

「えぇ、エナこれからも信頼してるわ」

「はい」

 アリシアの言葉に対して、エナは頷いた。そして、アリシアには嘘をつかないように、信頼に応えられるようにしようと心に誓った。もうすぐアリシアはバーグ公爵家へ嫁ぐ。バーグ公爵夫人となれば今以上にアリシアは化かし合いをせざるを得なくなるだろう。そんな時に自分が少しでも心の支えに、息抜きになればいい、と思った。


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