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33話

 ミリーはその3日後にやってきた。

「アリシア様、ごきげんよう」

「ミリー様、ようこそお越しくださいました」

 アリシアを訪ねてきたミリーの表情は相変わらず少しぎこちなかった。アリシアはミリーの顔を見るとウィルキスのことを思い出してしまうが、それよりもトムとエダの愛を守る、という使命感が心を占めていた。

「アリシア様の牧場のハーブ鳥の評判を伺い、是非お話を伺いたいと思いましたの」

「とても嬉しいですわ。ではご案内しますわね」


 アリシアは淡々とミリーを牧場へ案内していく。そしてハーブ鳥は臭みがなくおいしいだけでなく、薬草を餌に混ぜることにより病気にも強くなることなどを説明していった。ミリーはしきりに感心していた。

「あの、宜しければ飼育の責任者の方に」

「あら!それは申し訳ありませんが、今日は突然の用事が入ってしまって、今日は同席できないのですわ」

――トムさんとエダさんの愛は私が守るわ

 アリシアの言葉にミリーは残念そうな顔をする

「そうですか」

「聞きたいことがありましたら、後でまとめてお手紙に書きますわ」

「それは是非!ありがとうございます」

 ミリーは途端にとても嬉しそうな顔をした。

――どうやらトムさんたちを探りに来たわけではないみたいね。

 ミリーの質問に対しては可能な範囲で、アリシアと他の従業員が答えた。そしてわからないところはエナにメモをとってももらい、あとで手紙を送ることにした。

ミリーはアリシアの牧場を熱心に見て回った。アリシアもミリーと牧場の話をしている時は気が楽だった。



 ミリーへ牧場の案内を終え、応接間で休憩をすることになるとアリシアは途端に気まずくなってしまう。

――何の話をしたらいいのかしら。私たちは、少し前までライバルだったわけだし……

 ミリーも少し気まずそうな顔をしてそわそわしている。

「もうすぐ迎えの馬車が来ると思いますわ」

 アリシアはミリーに告げた。正直早く馬車が来ればいいのに、と思っていた。

「今日はありがとうございました」

 ミリーは丁寧にアリシアに対して礼を言う。

「私もミリー様の牧場を見学させていただいたし、少しでも恩返しできたのならうれしいですわ」

「いえ……そんな」

 アリシアはミリーの馬車を今か今かと待っていた。正直、牧場のこと以外の話に話題が移るのが怖かった。

「アリシア様、あの」

 ミリーが意を決したようにアリシアに話しかけてくる

「どうかなさいました」

 アリシアは内心ドキッとしていた。

「あの……あの、アリシア様が……あの、私の部屋で見た、宝石箱について」

 ミリーの声はどんどん小さくなる。申し訳ないのだろう。それはそうだ。人の婚約者から家紋をついた宝石箱をもらうことなど常識外れもいいところだ。

「誰にも言いませんわ」

 アリシアははっきりとミリーに伝えた。

「え?あの……」

「ウィルキス様にいただいたのでしょう?誰にも言いませんわ。それにもう私とウィルキス様は婚約を解消しています。ミリー様がウィルキス様と婚約されてもなんら支障はありませんわ。負け犬の遠吠えみたいになりたくないですし、誰にも言いませんわ。安心なさって」

 アリシアは一度口を開くと、ミリーとウィルキスへの怒りが身体の中からあふれかえってきて、言わなくてもいいことまで口に出してしまう。

――十分、負け犬の遠吠えだわ。

 アリシアは言い切ったところで少し後悔していた。

「あの!」

 ミリーは顔を青くして手を固く握っている。

「ミリー様、誰にも言いませんが、これ以上ミリー様とお友達のように付き合うことはできそうにありませんの」

 アリシアはここまで来たからには、と思い、自分の気持ちにも、ミリーとの関係にも決着を付けようと腹をくくった。腹をくくってしまうと、ふっと少し冷静になれた気がした。

「だってそうでしょう?自分の婚約者が他の女性を想っている。もちろん、貴族間の結婚が恋愛で成り立つものではないことは理解していますから、それくらいまでなら、まだ婚約中の身ですし、我慢もできます。しかし、それだけでなく家紋付きの宝石箱を贈っているなんて。その相手の女性と仲良くできるわけありませんわ」

 アリシアは思いの全てをミリーへとぶちまけた。正直、自分はウィルキスとミリーに対して十分我慢してきたと思っていた。多少ミリーへ嫌味を言ったことはあっても、それくらい大目に見てほしいと思えるくらいだ。

「アリシア様……」

 ミリーは泣いてしまった。アリシアはそれを見てこっちが泣きたい気分だった。しかし同時に1つ下の年の子にかなりきつく言ってしまったかもしれない、と思い始めていた。

「アリシア様、ごめんなさい」

――謝ってもらっても、辛いだけだわ

「謝っていただかなくても結構よ」

 アリシアは今出せる限りの精一杯優しい声で言った。

「違うんです!」

――?謝らない気なの?

「違います!あの宝石箱はウィルキス様にいただいたものではありません!」

「え?」

 アリシアはミリーが何を言ったのか、一瞬理解ができなかった。

「ウィルキス様と私は恋愛感情を持っていません」

 ミリーは叫ぶようにアリシアに告げる。

「……」

 アリシアは混乱していた。

――どういうこと?誤魔化そうとしているのかしら?慰めようとしているの?宝石箱はウィルキス様からではない?どういうことかしら?

「ミリー様はそう思われていても」

「ウィルキス様も絶対にそう思われているはずです」

 アリシアは何も告げられなかった。ミリーがどういうつもりでアリシアに対して言っているのかわからなかった。

「そう思われる根拠があるのかしら?」

――まさか、自分は可愛くないから、なんて理由じゃないわよね?

「はい」

 アリシアの意地悪な問いに対して、ミリーは涙を浮かべたまま真剣なまなざしで答える。

「ウィルキス様にも、聞いてくださったらわかります」

 ミリーがあまりにも自信があるような口調で言い切る。

「そう」

 アリシアはそれしか言えなかった。まったく頭が整理できていなかった。

「私……それだけはアリシア様に。だから今日。」

 ミリーはその話をするためにアリシアを訪ねてきたらしい。

 その時、外から執事長の声がし、ミリーに迎えの馬車が到着したことが分かった。

「ミリー様、迎えが」

「はい。アリシア様、私はこれからもアリシア様に仲良くしていただきたいです」

 ミリーは珍しくアリシアに対して強い口調で言い切った。いつも人の目を気にしてばかりいて、あまり強い自己主張はしないミリーにしては珍しいことだった。

 それに対してアリシアは何とも答えられなかった。ミリーはアリシアを真剣な目でもう一度見つめると、挨拶をして帰っていった。

――どういうこと?よくわからないわ。


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