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30話

 アリシアはオルカンド王国へ帰るぎりぎりまで、オスルの町を散策した。明日はオスルを出発する、という最終日の前日、アリシアはユミルとエナと共に美術館に来ていた。それはオスルの町で一番大きな美術館だった。

――美しい絵を見るのもよいものだわ……でも、この絵はなんだか……斬新すぎて理解できないわ

 アリシアは絵やオブジェに夢中になりながら一つ一つの作品と向き合っていた。その日は休日でもあるため、美術館はかなり込み合っているようだった。

「お嬢さん」

 アリシアが不審に思い、振り返るとそこには満面の笑みを浮かべたアレスが立っていた。周りを見渡すとユミルとエナの姿が見えない。

――はぐれてしまったのかしら?まずいわ

「アレス王子様、こんにちは」

「あれ?僕のことザクレン夫人に聞いたの?」

「はい。この国の第3王子と伺いました」

「そうか~。残念だな。一人の男として仲良くなりたかったのに」

「失礼があってはいけませんので、私は聞いてよかったと思います」

――なんだか、とてもナンパな人だわ。王子なのに、一人の男だなんて。

 アリシアはアレスの言葉に少し呆れてしまった。

「アリシア様と仲良くなりたくて、今日偶然見かけてラッキーだったよ」

「私とですか?アレン様の遊び相手は務まらないかと思いますが……」

「いや~アリシア様だったら本気になれそうな気がするし」

――言葉がお上手だわ

「理由をお聞かせいただいてもよろしいですか?歌劇場でお会いした時も、お話しさせていただいた時間はほとんどなかったように記憶しておりますが」

「だってアリシア様、あの時ドレスの話をしていただろう?普通の令嬢はさ、自分を着飾ることにしか興味ないのに、アリシア様は商売の話をしていたよね。変わった令嬢だな、と思ったのがきっかけ」

「そうですか……」

「本当にお付き合いするなら、そういう話ができた方が面白いし、飽きないだろう?」

「それは……わかりかねますが……」

「う~ん、僕が本気だってところを少しは信じて欲しいな」

 アリシアは困ってしまった。本気だという言葉を信じるつもりはなかったが、どうかわしていいのかわからなかった。相手は一国の王子だし、あまり無碍なこともできない。

「お気持ちは嬉しいですが、私には婚約者がおりますので」

――ここは適当にごまかすしかないわ。最近まで婚約者がいたのは事実だし。

「まだ結婚していないなら気にしないよ」

――意味がなかったみたいね……

「私は明日にはオルカンドに帰る身ですので」

「そうか、それは残念だ……」

アレスは考え込んでいる。どうやら諦めてくれそうだ、とアリシアは思った。

「えぇ、残念ですが、もうお会いすることはないかと思います。宜しければユリウス王子によろしくお伝えください。」

 アリシアはそう言うと、アレスに何か言われる前にそそくさとその場を後にした。

――あぁ、良かったわ。無事に切り抜けることができたわ

「アリシア様」

「きゃっ!エナ!驚かさないで!どこに行っていたの?」

 アリシアはいきなり後ろからエナに話しかけられて驚き、心臓がどきどきしてしまった。

「ずっと後ろにおりました」

「え?」

 エナの言葉にアリシアは手を胸にあてたままきょとんとしてしまう。

「後ろにいたの?」

「はい」

「私は皆とはぐれたかと思っていたわ」

「ユミル様は知り合いの方を見つけられ、少し席を外されましたが、私はアリシア様の近くにずっとおりました」

「エナがいたこと全然わからなかったわ」

「はい。アリシア様は気づいていらっしゃらないようでした」

「……」

「……」

「エナ、次からは声をかけてほしいわ」

「かしこまりました。」

 確かにエナが言う通り、アリシアの侍女であるエナが外でアリシアから離れるわけがない。エナは無表情で更に存在感を消すことができるので、アリシアがただ気づかなかっただけのようだった。

 ユミルが二人のもとに来た時、アリシアは肩を落としていたため、心配されてしまった。

――エナのスキルは計り知れないわ……



 結局オスルでの1週間を無事に終え、アリシアとエナはキルス領へ帰ることになる。1週間の間、アリシアと共に過ごし世話をしてくれたユミルに、アリシアは心からお礼を言った。ユミルは刺激があって楽しかったので、また遊びに来てほしいと言ってくれた。

 アリシアはまた是非オスルに来たいと思っていた。そのくらいアリシアにとってこの町は刺激溢れる楽しい町だった。


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