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蠱毒の後宮妃~風変わりな異端妃は偏屈皇子と謎を解く~  作者: 及川 桜@『後宮の料理妃2』発売
第二章 華蠱宮の蠱婆

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蠱婆の間へ

陀宝林に案内されて華蠱宮に着くと、下級妃たちが拱手の礼をして出迎えた。


(やはり、これが普通だよな)


 貧しい生まれで学がないから無礼なのかと思っていたが、そうではない。ただ陀宝林が変わっているだけだ。


 下級妃たちの階級は陀宝林より下で、正八品──最下級の采女だという。


蠱婆の跡取りである陀宝林の方が、当然ながら上位にあたる。


 采女たちは宮の掃除や食事作りを担い、蠱婆とはほとんど関わらないらしい。おそろしくて近づけないのだろう。


その代わりに、蠱婆の世話は陀宝林が一手に引き受けているというわけだ。


華蠱宮は基壇の上に建てられており、石段を上がって朱塗りの門をくぐる。中に入ると、宮内は高い天井をいただき、白い漆喰の壁が広がっていた。


「蔦の絡まる暗く不気味な場所を想像していたが……よく手入れされた清潔な宮だな」


楊胤は感心してそう口にする。


たしかに華蠱宮の内部は、整理整頓された清らかな空間だった。むしろ殺風景といっていいほどだ。調度品は一切なく、梁や扉に精巧な細工が施されているわけでもない。ただ滑らかな材木で統一されているだけだった。


金蚕蠱きんさんこは清潔を好むため、整理整頓した家でなければならないのですよ。……知らないのですか?」


(知らないのですか、は余計だろう)


一言多い女だと思いながらも、楊胤は心を鎮めて問い返した。


「金蚕蠱とはなんだ」


「金蚕蠱は、蠱師に富をもたらすといわれている蠱です」


造蠱ぞうこしておるのか!? 蠱を生み出すことは禁止されているはずだ!」


陀宝林の言葉に驚いて声を上げたのは内侍長だった。


叱責めいた調子に、陀宝林は淡々と返す。


「実際に存在するのかどうか、私も見たことがないのでわかりません。ですが、代々、整理整頓しておけと引き継ぎを受けております」


飄々と答える陀宝林に、それ以上追及することはできなかった。


 華蠱宮は二階建ての造りになっていた。一階には厨房や湯殿、客間があり、二階には下級妃たちの寝所がある。


 そして、采女たちが暮らす部屋から離された宮の奥には、大きな離れがあった。そこが蠱婆の住む屋敷である。


「暗くなってきましたので、明かりをつけます」


 陀宝林がそう告げると、采女たちは廊下に油灯ゆでんを次々と灯していった。


 陀宝林は手燭を掲げ、先頭に立って進む。やがて回廊に辿り着くと、陀宝林は立ち止まり、後ろを振り向いた。


「これより先は蠱婆の界域です。ゆえに采女はついてきません。いいですね?」


 大きな瞳で射抜くように念を押され、楊胤は思わず唾を飲み込んだ。


「あ……それでは、わたくしもここでお待ちしております」


 内侍長は片手を挙げ、そう表明した。


「それでは、お茶の準備を」


「いや、かたじけない」


 内侍長は笑顔で茶を受け入れた。


 てっきり一緒に行くものと思っていた楊胤は、内心おもしろくない。


「蠱師の家で出された物を口にすると、蠱毒にかかるらしいぞ。──まあ、噂だが」


 その言葉に、内侍長は真っ青になる。


「気にせず、大丈夫ですよ」


 陀宝林が軽く言ったが、内侍長の耳には届いていないようだった。


 少し脅かしすぎたかと思いつつも、楊胤が蠱婆に会っている間に、内侍長がのんきに茶を飲んでいると思うと、どうにも腹立たしい。これくらいお灸をすえておくのも悪くはないだろう。


 采女たちと内侍長を残し、二人は静かに回廊を渡った。


 陀宝林が引き戸を開けると、暗い室内から不思議な匂いが漂い出す。


(これは……沈香じんこうの匂い)


 途端に嫌な気配を覚え、本能が中に入るのを拒んだ。


だが陀宝林は、顔色ひとつ変えずに中へ足を踏み入れる。


怖気づいていると思われるのも癪なので、楊胤も立ち止まらず後に続いた。


 室内は暗く、不気味な雰囲気に包まれていた。頼れるのは、陀宝林の手にある手燭の灯りだけだ。


「蠱婆は明かりを灯さないのか?」


「蠱婆は足が悪いので、あまり動きたがりません。まあでも湯殿やかわやにはひとりで行けますから──要するに、太りすぎて膝が音を上げているだけです」


 なかなか辛辣だな、と楊胤は思う。


蠱婆に対しても同じ調子なのだろうか。叱られはしないのかと案じてしまう。


 そこで陀宝林が足を止めた。手燭の灯りが照らす先は行き止まりである。


「それでは蠱婆の室に入ります。覚悟はよろしいですか?」


 改めて問われると、肝が冷えるような心持ちだった。楊胤は背筋を伸ばし、軽く咳払いをする。


「ああ、よろしく頼む」


 陀宝林は前を向くと、扉に向かって声を投げかけた。


「お客様がお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか」


 一拍遅れて、しわがれた老婆の声が中から返る。


「良い、入れ」


 陀宝林は引き戸を開いた。


 室内は霊廟のように冷たく、殺風景だった。


中央には大きな陶器製の火炉かろが据えられ、蓮華文様が彫られた上等な品である。炉からは煙が立ちのぼり、焚き物の匂いが室内に充満していた。怪しげな沈香の香りは、この炉から広がっていたのだろう。


 炉の向こう側には、想像していた通りの白髪頭の老婆が座っていた。


陀宝林の言うとおり、少し太りすぎている。


「急にお客様をお連れしてごめんなさい。こちらの方は──」


 陀宝林の紹介を遮るように、蠱婆が口を開いた。


「知っておる。第四皇子であろう」


「どうしてわかった」


 思わず楊胤は声を上げた。


「占で視たのじゃ。お主が来ることはわかっておった」


(占いだと? ますます胡散臭い)


 呪術や占いといった怪しげなものを信じていない楊胤は、蠱婆への不信感をさらに強めた。


 それにしても蠱婆は、皇子を相手にしても言葉を改めないようだ。


 本来、蠱婆は正三品の婕妤しょうよにあたるというが、立場でいえば皇子の方が上である。だが敬語を使われなくても、不思議と腹は立たなかった。歳があまりにも離れているせいだろうか。


「もっとちこう寄れ。そこでは寒かろう」


 蠱婆に手招きされ、二人は炉のそばまで進み、腰をおろした。


炉の近くは思いのほか暖かかった。


「占いで見たということは、私がここに来た理由もわかるのか?」


「わかっておるよ。梅昭媛を呪殺した者を探しておるのだろう?」


 楊胤は驚いたように目を見開いた。


 内心では「やはり知っていたか」と思ったが、ここは素直に驚いてみせた方がいい。蠱婆の信用を得る必要があるからだ。


「それでは、罪人を知っているのか?」


「それはわからぬ。なにせ相手も蠱術を使っておる。占っても視ることはできぬ」


「やはり、今回の件は本当に蠱毒が関係しているのか?」


「ああ、そうだろうな。しかもなかなか強力な術師とみた。手強いぞ」


 楊胤は口を閉じて、しばし思案する。


(この話を信じるべきか……)


楊胤がここに訪れることも、梅昭媛の件も知っていたのは驚きだが、裏がある可能性も否定できなかった。


 一方、陀宝林はというと──話の流れについていけないのか、暇そうに座っているだけだった。


「それでは、私と共に罪人を見つける手助けをしてくれるか?」


 蠱婆の力が本物かどうかはわからない。


だが罪人探しの強力な助けになるのは間違いなかった。


それに──梅昭媛に蠱毒をかけたのが蠱婆自身という可能性も、捨てきれない。


「断る理由はないさ。そのために後宮に蠱師はいるのだからな。ただ、罪人探しを手伝うのはわれではなく……仙霞じゃ」


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