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蠱毒の後宮妃~風変わりな異端妃は偏屈皇子と謎を解く~  作者: 及川 桜@『後宮の料理妃2』発売
終章

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華蠱宮、再び

華蠱宮に冬が訪れようとしていた。


 こずえの葉が散り始め、時折冷たい風が頬を刺す。数か月ぶりに帰ってきた華蠱宮は、とても穏やかだった。


 仙霞は枯れ始めた毒草の中から、まだ使えるものを集めていく。


──仙霞は、一週間ほど前に華蠱宮へ戻ってきた。


 蠱毒騒動は終結したという。処刑も執行され、もはや蠱毒の脅威は滅んだと、宮廷内は喜びに満ちているらしい。


 だが、仙霞はそうは思わなかった。


 罪もなく殺された者たちの恨みや憎しみは、確実にこの世に積み重なっていく。それは、形を変えた新たな呪いが発動されたようなものだ。


 けれど、もはや仙霞には関わりのないことだった。喚賢妃のように蠱毒を自在に操れる者など、そうそう現れはしない。


 だから、もう仙霞が呼び出されることもないだろう。


(楊胤様も、これで少しはゆっくり眠れるのではないかしら)


 気苦労の絶えない不憫な皇子のことを思い浮かべる。


 文武両道、しかも長身で眉目秀麗。天はすべてを与えたかのように見えるが、実際の彼は実に苦労性だった。


(若白髪ができなければいいけれど)


 仙霞は、こっそりと心の中で案じた。


 もし楊胤がそのことを知れば、きっと半眼で睨まれるに違いない。もう、あの呆れたような目で見られることもないのだと思うと、少しだけ寂しかった。


 蠱婆は早々に華蠱宮へ帰れたというのに、仙霞にはなかなか帰宅の許可が下りなかった。楊胤は忙しく、仙霞のことを気にかけている暇などないのだろう。そう思っていた。


 だが、それにしては、ほとんど毎日のように顔を出していた。


 包子がないとあからさまに落胆するので、いつの間にか毎回用意しておかなければならなくなっていた。


 仙霞としては、わざわざここで寛ぐ時間があるのなら、その間に通行許可証を取ってきてくれればいいのにと思う。もちろん、そんなことは口に出せない。……もっとも、顔には出ていたかもしれないが。


 そして、ある日のこと。


「華蠱宮に帰りたいか」と楊胤が問うので、「はい」と一言だけ返した。


 すると、驚くことにそのまま帰る話が決まり、あれよあれよという間に荷物がまとめられていった。


 そしてその日のうちに、仙霞は華蠱宮へ戻ることになったのだった。


仙霞も驚いたが、東宮の女官たちも同じように目を見張った。


 仙霞は東宮の女官として仮住まいしていたものの、実際にはこれといった役目を与えられていたわけではない。立場だけ見れば、楊胤の妾のようなものだった。


 虫ばかり採っているせいで、変わり者だとは思われていた。けれど、東宮の女官たちは、そんな仙霞にも優しく接してくれた。


 まともに人として扱われることなど、これまでほとんどなかった仙霞にとって、それは少しくすぐったいものだった。ようやくできた人との繋がりのようなものを感じていたので、急な別れに寂しさが募る。

しかし、ずっとここにいるわけにもいかないし、なにより蠱婆の世話をしなければいけない。東宮の女官たちと結びつきのようなものができたとはいっても、蠱婆との結びつきの方がまだまだ強く、仙霞は蠱婆に会いたかった。


それに、蠱師としての修行も中断したままだ。


 来るときは大きな布包みひとつで足りたのに、帰るときにはそれが三つに増えていた。楊胤から贈られた本や衣服が増えたせいである。


 仙霞は輿に乗せられ、荷物は三人の宦官が運ぶことになった。


『なぜ輿に乗るのですか?』と仙霞が尋ねると、『お前の顔は知られているからだ』と返ってきた。


 仙霞は、かつて具合が悪くなり、楊胤に横抱きにされて後宮内を歩いたことを思い出す。あのときは楊胤の女官ということにしてあったのに、今さら後宮妃として戻れば不自然だというわけだ。


 ──そういうことなら仕方ない。


 仙霞は渋々輿に乗り、帰途についた。


 あれよあれよという間に事が進み、揺れる輿の中で仙霞はふと考える。


(こんなに簡単にできるのなら、どうしてもっと早く帰してくれなかったのかしら)


後宮の大門をくぐり、仙霞は再び後宮妃として迎え入れられた。


 形式上は、四十五歳の帝の妻に戻るということになる。


 もっとも、絢爛豪華な妃たちの居所から遠く離れた山奥の華蠱宮へ行くのだから、帝の夜渡りなどあるはずもない。それでも、あまり良い気分とはいえなかった。


 華蠱宮に帰れること自体はうれしい。けれど、後宮妃に戻ることは、少しもうれしくなかった。東宮の女官という立場のほうが、よほど心地よかったのだ。案外、あの穏やかな日々を気に入っていたのだと気づく。


 とはいえ、仙霞は本当の女官ではなく、あくまで仮の身。


 現実に戻らねばならない。さもなければ、蠱婆に叱られてしまうだろう。


 ふと、輿の外を護衛するように歩いている楊胤の姿が目に入った。


 輿の中からでは、まともに言葉を交わすこともできない。これが最後になるのだと思うと、胸の奥がかすかに痛んだ。


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