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蠱毒の後宮妃~風変わりな異端妃は偏屈皇子と謎を解く~  作者: 及川 桜@『後宮の料理妃2』発売
第八章 蠱毒の禍

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神血の剣

「対抗できるとは、凄いな」


 楊胤は感心するようにつぶやいたが、仙霞にはこれ以上のことはできなかった。形勢が圧倒的に不利なのは変わらない。


「喚賢妃の動機は理解できた。帝に放蠱したのも、元凶を絶たねばならないと思ったのだろう。帝を恨む気持ちは俺にもわかる。だが、呪殺は許されることではない。身代わりに犠牲になった者の無念のためにも、俺は喚賢妃を斬らねばならない」


 楊胤はそう言いながら一歩足を踏み出す。鞘から長剣を引き抜くと、白刃が月の光のように輝いた。


『人間になにができる』


 喚賢妃は中空の夜空から、楊胤を見下ろして嘲笑する。


しかし、楊胤が長剣を振るった瞬間、空気が震えた。月光を裂くような白銀の風が空へ奔り、喚賢妃の体を貫く。


 喚賢妃は糸の切れた凧のように地上へ墜ちた。


『どういうことだ』


 喚賢妃は愕然と楊胤を見つめる。仙霞もまた息を呑んだ。


楊胤の纏う気配が、先ほどまでとはまるで違っていたからだ。


 肌を刺すような威圧感。


 人ではないものを前にしたような、本能的な恐怖。


 本人でさえ戸惑っているように見えるのに、それでも、その身から溢れる力だけは隠しきれていない。


「楊胤……様?」


 まるで別人のような気配を纏う楊胤に、仙霞はおそるおそる声をかけた。


 楊胤は自らの体を見下ろし、次いで、手にした剣を静かに掲げる。


「まさか、これが……神の力なのか?」


 ――神の力。


 皇帝の祖先は神であり、その血を引く皇族には特別な力が宿る。古くから、そんな言い伝えがあった。


(やっぱり、皇族にも不思議な力が受け継がれていたのだわ!)


 楊胤は民が皇帝を敬うように作られた嘘だと言っていたが、やはり存在していたのだ。


 仙霞の胸は、興奮で高鳴っていた。


「神の力など存在するはずがないと思っていた。だが、こうして不可思議なものが実在すると認めたことで、眠っていた力が目覚めたのかもしれない」


「そうです。楊胤様は、特別なお方なのです」


 仙霞が力強くうなずくと、楊胤は横目で彼女を見やり、どこか誇らしげに口元を緩めた。


「俺が仙霞を守ると言っただろう?」


 自信に満ちた声音。


 その頼もしい姿に、仙霞の胸が高鳴る。


「私も援護します!」


 仙霞も護身の呪文に力を込めた。呪いを封じ込める光景を心の中で思い描く。


実戦で力を使うのは初めてだったが、次第に要領を得てきた。仙霞の中で、眠っていたなにかが目を覚まし始めている。


 喚賢妃はわずかに宙に浮きながら、楊胤へと突進した。


ぎょくのかんざしや朱色の牡丹で結い上げていた髪は、いつの間にか解け、濡羽色ぬればいろの長い髪を振り乱している。


 目は血を流すかのように赤く染まり、唇は裂けるように大きく開いていた。その姿はまるで夜叉のように禍々しく、九尾の狐のように幻怪げんかいだ。底知れぬ憎悪の光を宿した瞳と、裂けた紅い唇は、わらっているようにも、泣いているようにも見えた。


幽鬼と化した喚賢妃は、音もなく滑るように楊胤へと突進した。


 楊胤は月の刃のような斬撃を繰り出すが、喚賢妃はひらりと身をかわし、空を裂く音だけが響く。


 楊胤は舞うように長剣を操り、次々と攻撃を繰り出す。しかし、幽鬼の体を切り裂くことはできない。だが、隙のない剣さばきに、喚賢妃も容易には手出しできない。


 二人は一進一退の攻防を繰り広げる。


やがて空には黒雲がとぐろを巻くように立ちこめ、雷雨が激しく降り注いだ。


 稲光が閃き、戦う二人の姿を一瞬照らし出す。


続いて、地を揺るがすほどの雷鳴が轟いた。


 楊胤の周囲は仙霞の呪力によって守られていたが、そこに力を集中しているため、仙霞自身の守りは薄くなっていた。


 喚賢妃の怒りを映すかのように、空も風も大地も唸りを上げる。


強風に舞った葉は鋭利な刃のように仙霞の体をかすめ、猛烈な風に吹かれて、立っていることさえ容易ではない。


 竜巻と雷が、周囲の景色を一変させていた。


宮殿の瓦は剥がれ、丹塗りの柱は折れ曲がっている。瓦礫と木材の残骸が激しい雨に打たれ、無残な光景をさらしていた。


 だが、ここで膝を折るわけにはいかない。


仙霞の集中が途絶えれば、一進一退の攻防は崩れる。


目を開けていることさえ困難な状況の中、仙霞は必死に呪文を唱え続けた。


 雷がそこかしこに落ち、木々が燃え上がる。


風光明媚だった庭は、今や荒れ果てた森のように見る影もない。


大木の枝が折れ、子どもの胴ほどもある枝幹が強風にあおられて仙霞めがけて飛んできた。


(ぶつかる!)


 ここで逃げれば術が途絶える。しかし、ぶつかって意識を手放せば、それこそ終わりだ。


だがもう、逃げられる距離ではなかった。


『なゃあ!』


 猫鬼が枝幹の上に飛び乗った。すると、枝幹は仙霞の目の前で地に落ちた。危ういところで、猫鬼に助けられたのだ。


 そのまま猫鬼は仙霞の肩に飛び乗る。すると、みるみるうちに力が漲っていく。


呪文にさらに力を込めると、風の勢いが鎮まり、雷も止んだ。


黒い龍がとぐろを巻くようだった不気味な空も、次第に薄闇へと変わっていく。


その勢いのまま、仙霞は楊胤を守る呪力を強めた。


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