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蠱毒の後宮妃~風変わりな異端妃は偏屈皇子と謎を解く~  作者: 及川 桜@『後宮の料理妃2』発売
第七章 皇位継承権

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蠱毒の果てに待つもの

 

まだ太陽が沈みきらぬうちに、楊胤は離れの棟を訪れていた。


なぜここに足を向けたのか、自分でもわからない。ただ――顔が見たかったのだ。


「楊胤様、お帰りですか?」


 庭の樹のそばでごそごそとなにかしていた仙霞が、ぱっと立ち上がる。どうせ虫か毒草でも探していたのだろう。


 だが楊胤の顔を見た途端、仙霞は眉をひそめた。


「どうなさったのです。顔が真っ青です」


 楊胤は彼女に歩み寄ると、そっと肩に頭を預けた。


「……少しだけ、このままでいさせてくれ」


 言いようのない不安が、心を脆くする。


 ――皇帝になる可能性。


考えたこともなかったそれが、唐突に目の前にぶら下げられた。もちろん現実には可能性は低い。拒むことだってできる。


だが、帝の言葉に背けばどうなる? 


逆らったと見なされ、激昂した帝に殺されることだってあり得る。楊胤の立場など、その程度に脆い。皇子でありながら、自分の意志でできることはたかが知れている。生きるも死ぬも、すべては帝の気分次第。改めて突きつけられた現実に、心が沈んでいく。


 仙霞は黙ってそのままでいてくれた。


 なにを考えているのだろう。なにも考えていないのかもしれない。


「すまない。少し……疲れているんだ」


 楊胤は顔を上げる。


「そうでしょうね。もうお休みになられては?」


「お前の側にいたいんだ」


 思わず漏れた言葉に、仙霞は小首を傾げる。意味がわからないらしい。


 楊胤は、ふっと笑っていつもの表情を取り繕った。


「皇帝から直々に、早く罪人を見つけよとお達しがあった。見つかるまでは眠れない」


「ああ、なるほど」


 仙霞はようやく納得したようにうなずく。


「四夫人の出身地については、まだ詳報はないが、集められた情報を持ってきた」


 楊胤は先ほど届いた巻物を渡した。官吏がまとめた調書だ。


 仙霞は目を走らせ、すぐに神妙な顔で返す。


「もういいのか?」


「はい。疑惑が確信に変わりました。罪人がわかりましたよ」


「本当か!」


 楊胤は思わず声を弾ませた。


「証拠を集めるのは難しいと思っていましたが……実は、もう必要ありません」


「どういうことだ?」


「彼女は禁断の術に手を染めました。この世でもっとも恐ろしいことを。――皇帝を呪殺しようとしたのです。その代償は、あまりにも大きい」


「死ぬ、ということか?」


 仙霞は首を横に振った。瞳には悲しみが滲んでいる。


「いいえ。それより恐ろしいことです」


 死より恐ろしいもの。


 楊胤は息を詰め、次の言葉を待つ。


 そして仙霞は、重々しく口を開いた。


「人ではなくなっていることでしょう。……彼女は、鬼となったのです」



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