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蠱毒の後宮妃~型破りな異端妃は美貌の皇子と謎を解く~  作者: 及川 桜@『後宮の料理妃2』発売
第六章 狙われた妃

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影を喰う猫


「はい」


 しかし、どう倒せばいいのか仙霞にもわからなかった。


なぜ今回だけ術が成功したのか。おそらく蠱毒が近くにいたからこそ──そうでなければ変化は起きなかったのだろう。


 楊胤は短剣の脇差しを引き抜いた。


「この場に長剣がないのは残念だが、仕方がない」


 護身用の短剣の刃先が、一直線に伸びた。


黒くうごめく蠱毒の胴に刃を突き立てる。空気が一瞬、切り裂かれるように静まり返った。


串刺しとなった蠱毒は、胴体をひくりと震わせ、黒い霧のように空中に霧散して消えていく。


「……よし、効いている」


 床まで突き刺さった短剣を引き抜くと、楊胤は満足そうに微笑んだ。


 そして次の蠱毒へ刃を向けた。


 一切のためらいも見せずに、力強いまなざしで短剣を振り回すその様は、相当な剣の熟練者に見えた。


(頭がいいだけの皇子ではないというわけね)


 楊胤の体つきは、文官というより武官に近い。


長衣の上からでもわかる引き締まった筋肉は、剣術の修練を日々欠かさぬ証だった。


(文武両道の才能の持ち主なのに、宮廷ではないがしろにされているなんて……)


 なんてもったいない、と感じた瞬間──仙霞の脳裏に、かつて見た予知の映像がよぎる。


(今は埋もれているけれど、いつか……)


 そこまで考え、頭を振った。


あまりに重大すぎる未来だ。いっそ忘れてしまいたい。


 楊胤は次々と蠱毒を斬り払い、霧散させていく。


 最後の一匹を仕留めようと、一足跳びに部屋の端へ向かったその瞬間。


 気配を潜めていた蠱毒が、不意に仙霞へと襲いかかった。あまりに突然で対処できない。


動けば術は解け、蠱毒は再び姿を消してしまう。


 逡巡の刹那、黒い影が仙霞の体に張り付いた。


「あっ!」


 思わず声が漏れる。


その声に気づいた楊胤が、振り向いた。


「仙霞!」


楊胤が叫ぶ。


蠱毒は仙霞の体を這い上がり、恐怖に身の毛が逆立つ。


気味の悪さではなく、本能が告げる死の恐怖。禍々しい気の塊が迫ってくる。


『なゃあ!』


 蠱毒より大きな黒い影が横切った。


なにが起きたのかわからず体を見れば、蠱毒は消えていた。


「仙霞、大丈夫か!?」


 駆け寄った楊胤が、仙霞の肩を抱く。


「……猫鬼?」


 呼ばれた猫鬼は、かわいらしい顔で振り返った。


口には、まだうごめく蠱毒を咥えている。


 そして、その愛らしい顔のまま、蠱毒を嚙み砕き始めた。見るもむごたらしい光景だが、猫鬼は食べ終えると満足げに一声鳴く。


『なゃあ~』


「助けてくれたのね」


 仙霞は動いて術を解いた。すでに蠱毒の気配が消えているのを感じ取っていたからだ。


 抱き上げた猫鬼の顎をなでると、心地よさそうに喉を鳴らす。


「蠱婆が遣わせた猫鬼は、想像以上に優秀だったのだな」


 楊胤の言葉に、仙霞もうなずく。


 まさか猫鬼が、これほど俊敏に動けるとは思いもしなかった。愛らしさと恐ろしさをあわせ持つ守り神なのだと、改めて思い知らされる。


「これで罪人は、四夫人の中にいると確定しましたね」


「……おそろしいことをするものだ」


 一度闇に堕ちた者は、悪事にためらいを持たなくなる。仙霞に蠱毒を放つほどなら、その心はすでに人の道から外れている。


「仙霞が蠱師見習いだと気付いたのは、揺淑妃だけだったな」


「いえ。気付いていても、あえて口にしなかった可能性もあります」


「だが、そんな理屈を言い出せば絞り込めないだろう」


「……実は、もう見当はついているのです」


「なに!? 誰だ」


 思わず声を荒げた楊胤に、仙霞は静かに首を振った。


確定的な要素がない以上、軽々しく名を告げるわけにはいかない。


「根拠の薄い推測で罪人扱いはできません。ですが、必ず時が来たらお伝えします。そのためにも、楊胤様にお願いがあるのです」


「……お願い?」


 訝しげなまなざしを向ける楊胤。


 仙霞は鋭い視線でまっすぐ見返した。


決定打はまだだが、大方の目星はついている。あとは正しさを精査するだけだ。


「四夫人の方々の──出身地を調べていただきたいのです」



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