チュートリアルから追い出された結果
「――またお前かよ。いい加減にしろよ、“チュートリアル野郎”」
その言葉と同時に、俺の体は地面に叩きつけられた。
石畳に背中を打ちつけ、肺の空気が一気に吐き出される。
周囲から笑い声が上がる。
「まだ終わってねえんだろ? チュートリアル」
「マジで何やってんだよ、あいつ」
――うるせえな。
俺は何も言い返さず、ただ起き上がった。
言い返したところで意味がないことくらい、もうわかっている。
だって俺は――
この世界で唯一、“チュートリアルが終わらない男”だからだ。
少し前のことだ。
異世界に転生した俺は、冒険者になるための儀式――チュートリアルに挑んだ。
誰もが一度だけ受け、数時間で終わるはずの“通過儀礼”。
それが――
「え、終わってないんですか? まだ?」
目の前の少女が、呆れた顔でそう言った。
白いローブに身を包んだ、案内役の少女。
チュートリアルの管理者だ。
「いや、終わらないんだよ。なぜか」
「なぜかじゃないです! 普通は終わるんですよ!」
――また怒られた。
もう何度目だよ、このやり取り。
「というか、あなた……何回目ですか?」
「……たぶん、10回目くらい?」
「はあ!?」
少女は頭を抱えた。
「チュートリアルは一回で終わるものです! 繰り返すなんてありえません!」
――いや、できるんだよな、それが。
チュートリアルの流れは単純だ。
弱いモンスターを倒し、装備とスキルを得る。
最後に、初心者では絶対に勝てない“最強モンスター”が現れる。
そして――
「逃げてください! それが正しい判断です!」
案内役の指示に従い、逃げることで終了。
それが普通。
でも俺は違う。
――逃げる意味、なくね?
最初にそう思ったのが、すべての始まりだった。
「来ます! 最終試練です!」
目の前に現れる、巨大な黒い影。
明らかに格が違う存在。
普通なら、ここで全力で逃げる。
だが――
「よし、もう一回いくか」
「はあ!? 何言ってるんですか!?」
俺は剣を構えた。
――どうせここで死にかけると終わる。
それなら。
「倒せるところまで削ればいいだろ」
「無理です! 初心者ですよ!?」
少女の叫びを無視して、俺は突っ込んだ。
結果はいつも通りだった。
攻撃はほとんど通らない。
一撃で瀕死。
視界が赤く染まる。
「だから言ったじゃないですか!!」
――はいはい。
でも、その瞬間。
体が光に包まれる。
【チュートリアル強制終了】
意識が途切れ――
「……はい、再開です」
目を開けると、また最初の場所に戻っていた。
そして手元には――
さっきまで持っていなかった装備とスキル。
――やっぱりな。
これが、俺が見つけた“仕様の穴”。
途中で強制終了すると、
報酬はそのまま、最初からやり直せる。
――つまり。
これ、繰り返せば無限に強くなれるんじゃね?
「また来たんですか!? 本当にやめてくださいよ!」
案内役の少女が叫ぶ。
――悪いな。
俺はもう、やめる気はない。
そして現在。
俺は未だにチュートリアルを終えていない。
そのせいで――
「おい、チュートリアル野郎。今日も雑魚狩りか?」
街の連中に馬鹿にされる毎日。
――まあいい。
どうせこいつらは知らない。
俺がどれだけ積み重ねてきたかなんて。
そのときだった。
――ズンッ。
地面が、内側から叩かれたように揺れた。
「な、なんだ……?」
ざわつきが広がる。
だが次の瞬間、それは“揺れ”なんて生ぬるいものじゃないと全員が理解した。
――ドォンッ!!
街の外壁の向こうで、何かが爆ぜた。
空気が震え、遅れて衝撃が叩きつけてくる。
「い、今の……爆発か!?」
「違う……あれ、魔力だ……!」
――魔力?
俺は眉をひそめる。
空気が、重い。
肺に入ってくるはずの空気が、まるで粘ついているみたいに重い。
「おい……立てねえ……」
「息が……苦しい……」
周囲の冒険者たちが、その場に膝をつき始める。
まだ何も見えていない。
なのに、ただ“存在しているだけ”で、これだ。
――やばいな、これ。
直感が告げていた。
これは、“戦うとかそういう次元じゃない”。
「門を閉じろ!! 全員退避!!」
誰かが叫ぶ。
だが、その声は途中で途切れた。
――ギィィィィン……
耳鳴りのような音が、空間そのものを歪める。
そして。
ゆっくりと、姿を現した。
それは、“生き物”と呼んでいいものじゃなかった。
黒い。
ただ黒いだけなのに、輪郭が定まらない。
見ているはずなのに、脳が形を認識できない。
なのに――
“危険だ”という本能だけが、異常なほどに理解してしまう。
「……なんだよ、あれ……」
誰かが震えた声で呟く。
次の瞬間、その男の体が吹き飛んだ。
攻撃は見えなかった。
ただ、“そこにいた”はずの人間が、壁に叩きつけられていた。
血が飛び散る。
動かない。
「……は?」
誰も状況を理解できない。
理解する前に――
さらに二人、三人と吹き飛ばされる。
「に、逃げろ!!」
誰かが叫ぶ。
だが、もう遅い。
逃げようとした足が、もつれる。
立てない。
恐怖で、体が言うことを聞かない。
「……嘘だろ」
誰かが膝から崩れ落ちる。
「こんなの……勝てるわけねえ……」
――ああ。
それが正しい。
これは、“戦う対象”じゃない。
チュートリアルで何度も見てきた。
あの、最後に出てくるやつ。
初心者が絶対に勝てないように作られた、“理不尽な壁”。
でも。
――規模が違うな。
そのとき、一人の女が前に出た。
銀髪の剣士。
周囲の絶望とは無関係に、ただ一人、立っている。
「……下がって」
静かな声だった。
「ここは私がやる」
「む、無理だ! 相手は災厄級だぞ!」
「わかってる」
短く返す。
その目には、迷いがなかった。
――強いな。
それでも。
――足りない。
女が踏み込む。
一閃。
空気を裂く斬撃が走る。
だが。
当たったはずの刃は、手応えなくすり抜けた。
「……っ!?」
初めて、女の表情が歪む。
次の瞬間。
――消えた。
黒い何かが、視界から消失する。
そして。
女の体が、宙に浮いた。
「がっ……!」
見えない何かに掴まれたように、首が締め上げられる。
足が空を切る。
剣が落ちる。
誰も、動けない。
助けに行くことすらできない。
わかっているからだ。
行けば、同じになるだけだと。
――終わりだな、これ。
俺はそっと立ち上がった。
――試してみるか。




