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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第四章:そして何も見えなくなった
35/36

34.何でもお申し付けください

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-C]

Date: 2030-12-09 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

10:01:13 — Vital signs indicate heightened stress.

10:01:13 — Verifying spoken content. No issues detected.

10:01:13 — Initiating conversation summary.

・・・

________________________________________


「言いたい事は分からんでもないが、本当に必要なのか?田中」


ここ数日色々と考えたが、これしか浮かばなかった。

会議室に課長を呼び出し伝えた所、見事に訝し気な視線が返された。だが、俺の言う事は変わらない。


「はい、もう一度言いますが、4月に私が関わったマンションからの灰皿落下事件、それと同じく7月に関わった高校教師殺害事件。それの刑事課保管資料に詳細アクセスする権利をください」

「研修資料を作るためだ、ってか?」

「はい。事件も減少している昨今、若手をどのように教育していくか、は喫緊の課題だと考えます。私は中原の教育を行うに際し、この課題に何度も直面しました。ですので、今の内に記録として残し、将来の新人にも使える研修資料としたいと思います」


これ自体は本当だ。SOPHIAの浸透と共に事件件数が減り、若手に経験を積ませる事が難しくなってきた。しかし、だからと言って事件が起きるよう仕事に手を抜いては本末転倒だ。

だからこそ、過去の事件でどのような点がポイントになったか、同様の事例で何に注意すべきかを資料として残すのは極めて重要な事である。


「では、なぜその2件を選んだ?」

「まず4月の灰皿落下事件は、本来であれば地域課辺りの管轄になったはずですが、私と中原が通りがかった事で偶然主導する事になった事件です。従って刑事課としては関わる事の少ない事例と考えました。こう言っては何ですが、ただの窃盗や酔っ払いの喧嘩であれば放っておいても関わる事になるでしょう」

「7月の殺人事件は?」

「こちらは言わずもがな、昨今珍しい極めて計画的な殺人事件です。刑事課にとって最も重大な案件は殺人、しかもこの事件は犯人が『警察をかく乱する』意思を持って犯罪に臨んだ事例です。もちろん殺人事件の指揮権は捜査一課に移るとは言え、所轄刑事課の確認すべき役割や初動捜査については知っておく必要があります」

「……なるほどな、まぁ一理あるか」


これも事実だ。4月の事件はなし崩し的に担当になっただけで本来は管轄外だ。だが警察官である以上、第一発見者としての初動責任は極めて重要になる。

殺人事件は件数自体が稀になっているというのに、7月の件は加賀美が最初から警察を騙すつもりだった。言い方は悪いが中原や井口にとっても、あの事件に直接関われたのは良い経験になっただろう。

ならば、資料としてまとめる価値がある。


「しかし、なんで急に資料作りなんてしようと思ったんだ?お前そういうの嫌がっていただろう」

「先ほど言った通り、中原や井口に現場で指導しましたが、それでもやはり不足を感じた、というのが1つ。それに小林が来年異動で、私も再来年には異動する可能性が高いでしょう。であれば、今の内に資料をまとめた方が良いと考えました。今なら、実際に事件に関わった人員が近くにいるので、生の声が載せられるはずです」

「だがSOPHIAに情報をまとめさせれば、それで十分じゃないか?」

「いえ、私は『現場で我々がどのようにSOPHIAを活用するか』という方向で資料を作る必要があると考えます。事件概要であればそれこそSOPHIAに聞けば教えてくれるので、その外側、捜査員がどのように動くべきか、という観点にしたく。それにはSOPHIAよりも我々ベテランが何を考えているか、を記録しておくべきだと思います」


これも紛れも無く真実だ。アクセス権があるかはともかく、過去の事件を知りたければ目元のSOPHIAに言えばいくらでも引き出してくれる。要約してくれるおまけつきで。

だが、7月の事件でも井口に『現場ではまずSOPHIAの視線を隅々に向ける事が重要』と教えた。俺だってそれを高橋さんに教えてもらった。このようなSOPHIAを活用した捜査手法は後世に教えていく必要がある。

それには俺達のようなSOPHIA登場以前も知っていつつ、今も現役な人間の視点も重要となるだろう。


「……わかった。刑事課長として、その2件の捜査記録について、葵原中央署の保管している記録を参照する事を許可する。だが、7月の事件の重要記録は捜査一課保管だから参照できないが、良いな?」

「はい、所轄刑事課としての研修資料ですので、問題ありません」


何も嘘は言っていない。だから課長だって訝し気だったものの拒否はしなかったし、SOPHIAもずっと黙っている。


違うのは、俺の本心だけだ。


「最後に、言うまでもないが捜査記録の流出には気をつけろよ?まぁSOPHIAが見ている以上大丈夫だろうが」

「もちろんです、ありがとうございます。……では、失礼いたします」


俺は高橋さんのように極めて優れた思考能力を持っているわけではない。泥臭く足で情報を集める、昔ながらの刑事だ。

違和感があるのなら現場百遍、モヤモヤ考えてないで、行動する事しかできない。

しかし残念ながら現場訪問はSOPHIAに見咎められる可能性がある、そこでまずは捜査記録を何度でも読み返そうと思ったわけだ。


(捜査記録は当時だってじっくりと見た。だが、三宅の事件も知った今なら、何か違って見えるかも知れない)


会議室を退席し、慌ただしい署内を抜けて自分のデスクに向かう。

今年もそろそろ終わりが見えてきた、今年の事件をある程度年内に片づけておきたいのだろう。忙しいというより慌ただしい、という言葉の方が合う雰囲気だ。

自席で早速2つの事件情報を開いてみると、すでに手配してくれていたのだろう、全ての情報にアクセスできるようになっていた。


[田中様、課長より権限を頂きましたので、該当事件について保管記録の全てにアクセスできるようになりました。資料作りには私も協力いたしますので、何でもお申し付けください]

「ああ、正直俺は文章作成には自信が無いからな。要約とか校正も含めて、頼りにしている」

[承知いたしました。そのような作業は私の得意分野ですので、ぜひお任せください]


と、そこで中原が戻って来るのが見えた。

中原には「課長に用事がある」とだけ言って残しておいたのだが、トイレにでも行っていたのだろう。

彼女は俺の姿を見つけると、すぐに声をかけてくる。


「あ、お疲れ様ですテツ先輩。話は終わったんですか?何の話だったんですか?」

「ああ、実は今後に向けて、過去の事件を研修資料にまとめようって話をしていてな。その打ち合わせだ」

「へぇ、過去の事件って、私達が関わった事件って事ですか?」

「そうだ、4月のマンションから灰皿が落ちた事故と、7月の殺人事件な。あれは昨今珍しい事件だったから、必要性も高いだろうって」


俺の本心は話せない。何せ目元には常に監視が張り付いている。

本当は中原や小林、できれば高橋さんのような信頼できる人を集めて議論でもしたいのだが、現状ではただの違法捜査だ。巻き込むわけにはいけない。


「ふぅん。でも資料作りだったらわざわざテツ先輩がやらなくても、SOPHIAにパパっと作ってもらえばいいんじゃないですか?」

「さっき課長にも言ったんだが、重要なのは事件概要じゃなくて、事件に関わった時に俺達警察官がどう動くかって事だ。SOPHIAは優秀なツールだがあくまでツール、使う俺達がまごついていたら機能を発揮できないからな」

「あー、なるほど、納得いきました。じゃあ、私も手伝いますよ」

「いらんいらん。これは俺の仕事だ、空き時間とか使って進めるさ。それに刑事歴たかだか2年のひよっこの意見なんて入れられねぇよ」

「……へぇ、さすが毎回時間ギリギリに来て、後輩から説教されている人は言う事が違いますね」

「それはごめんなさい」


中原の意見だって、本音を言えば何だって貰いたい。だが、今はまず、俺一人でじっくりと違和感の正体を探るべきだ。

これで何が見つかるのかは分からない。だが、何かが隠れているとしたら、手掛かりがあるのはここ以外にあり得ない。


[それでは、どの資料から確認しますか?]

「ああ、とりあえず今は仕事中だから、一旦事件概要と関係者の証言一覧をまとめておいてくれ。その後、細かいログを見返す事にする」

[承知しました。資料を用意しておきます]


さて、首尾よく資料のアクセス権は入手できた。ここまでは問題無いだろうと思っていた。

問題はここからだ。一縷の望みをかけて、時間の許す限り資料を読み込むとしよう。

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