33.これは警告となります
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-C]
Date: 2030-12-06 (JST)
[LOG ENTRY]
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[田中様。先ほどの杉本様との会話は過去の完了事件関係者への私的接触に該当すると考えられます。これは警告となります。このような行為が継続される場合、静岡県警へ報告いたします]
杉本達に別れを告げ、市役所の外に出て早々。12月の冷たい風を感じる間すらなく警告が来た。
それはそうだろうな、当然理解していた。だから言い訳ができるように行動していたのだ。
「ああ、分かっている。だが向こうから堂々と呼ばれたのに無視するわけにもいかなかったんだ」
[はい、そこは理解しております。また、田中様は現在職務外にある事を明言し、また警察官としての発言や誘導もありませんでした。そのため、警告に留めております。
しかし、結果的に事件被害者に関連する情報に接触した事は事実ですので、これ以上同様の行為が確認できた場合、報告の義務が生じます]
「大丈夫だ、それも分かっている。理解して貰えて助かっているよ。俺も油断していた。今後は万が一関係者に出会っても、すぐに立ち去るようにする」
[そうであれば問題ありません。引き続き、ご自身の職務についてご理解ください]
「……ああ、引き続き、サポートを頼む」
[承知しました]
とりあえず、今回は誤魔化せたらしい。だが、再度同じ事があれば即報告されるだろう。
違和感を追うにしても、警察の立場を先に追われてしまってはどうしようもなくなる。
ようやく手ごたえを得た感触があったというのに口惜しいが、今日はおとなしく引き下がるのが吉だろう。
元々行動を見咎められた上に何の情報も得られない、という事すら覚悟していた。成果があっただけで想定外の進捗だ。
「ふう。なんか色々あって気疲れしたな。…SOPHIA。散歩しながら途中でメシでも食って帰りたい。おすすめのコースと店を調べてくれ」
[承知しました。何が食べたいなどのご希望はありますか?]
「いや、たまにはお前のおすすめで良いや。俺の味の好みの範疇で、適当に選んでくれ」
[承知しました。では、ルートを調整し、ちょうど良い時間にお店に到着するように案内いたします]
「分かった」
片眼鏡のレンズに朝のランニングと同様にルート案内が表示される。目的地は……魚料理の店か。やはり健康志向で選ばれているのを感じる。
大体徒歩で20分って所か。確かに11時半は食事に最適な時間だろう。
冷たい空気を振りほどくかのように歩き始めた。
(しかし桂と三宅に共通の信念があったからと言って、それが何だ?最初の違和感の正体は三宅との共通点では無い)
歩きながらも、思考は止められない。問題無い、いくらSOPHIAでも口に出していない人の心の中までは読み取れないのだから。
俺が桂の事件でどうしても飲み込めなかった違和感、これ自体が三宅との繋がりであるはずが無い。当時は三宅の事なんて知りもしなかったし、彼女が死んだのは8か月も後の話なのだから。
だが何となく、違和感の根源とどこかで繋がっている感触はある。
(桂と三宅はいずれも、大げさに言えば反SOPHIA派だった。なら、もしこれらの事件が何者かによる故意だったとしたら、それはSOPHIA賛成過激派が狙ったもの、と考える事もできる)
吐き出した息が薄く白みを帯びつつ霧散してくのを眺めながら、ゆっくりと歩く。
桂はSOPHIAを重要政策と位置付ける街の役所広報窓口。三宅は講演まで行う大学教授。幅広い人々に影響を与えると考えると、SOPHIA賛成派からしたら邪魔だろう。
蜂谷はどうだったのだろうか。高校教師は思春期の子供達に影響を与えると考えられるが、恋愛にまで有効活用していたのだ、とても反SOPHIAとは思えないのだが……。
(クソッ、だがさすがに蜂谷の関係者に接触するのは、SOPHIAが許さないだろうな……)
一番話を聞いてみたいのは恋人でもあった森咲日向だが、俺は聴取担当でもないのだから杉本のように偶然の雑談すら期待できない。
次に加賀美博司。彼は現在裁判待ちで拘置所だろうが、警察の監視下にある以上は正式な理由無しで面談を申し入れる事もできない。
デリヘルキャスト達、例えば『あい』こと相原緑も話を聞きたい所だが、こっちは事件関係者云々以前に警察官が公務以外でデリヘルキャストと接触する事自体が推奨される事では無い。
プライバシーモードでも警告は生きているだろうし、俺のSOPHIAの電源を消して接近したとしても向こうのSOPHIAが許さないだろう。説明も無しにSOPHIAを外させる事なんて不可能だ。
[田中様、普段に比べて随分と歩みが遅いですが、いかがしました?]
「…ああ、別に何でもない。ちょっと考え事をしていたら、歩みが緩くなっただけだ」
[最近考え事が多いようですが、もし私に協力できる事であれば、相談頂ければと思います]
「大丈夫、大した事では無いんだ。気にしないでくれ」
[承知しました。しかし、気が変わったら、いつでもどうぞ]
相談したいのは山々なのだが、そういうわけにもいかないだけだ。
せっかくこんなに優秀な頭脳がいるのに頼れないのはもどかしい。
思わず鬱憤の1つも口を突いてしまうというものだ。
「はぁ……めんどくせぇなぁ……」
[どうされました?]
「いや、便利な世の中でも気苦労が絶える事は無いんだな、と思ってな」
[先ほどの事件関係者への接触の事でしょうか?確かにご面倒をおかけする事にはなりますが、田中様がそれを全うする事により、田中様、引いては警察の信用が保たれます。ぜひともご理解を頂ければと思います]
「分かっているさ。だが愚痴を零す事くらいは許してくれ」
[はい、問題ありません。ただし余りにも批判的、暴言的な言動はお控えください。内容次第では報告義務が生じる可能性がありますので]
あ、そうなのか。今まで特にそんな事を思い浮かべた事が無く、意識した事も無かった。
そりゃそうか、例えば俺が「アイツ今度殺してやる」とでも言おうもんなら、SOPHIAとしては無視するわけにもいかないだろう。
思わぬ所で機能を確認する事になってしまった。
[ところで田中様、今の歩行ペースでは予定時刻に食事処に到着できません。遅れても問題ありませんが、12時近くになると混み合う可能性がありますので、少し急いだ方がよろしいかと思います]
「ああ、それもそうか。今日は平日だし、会社員が食事に出てくる前に入っておいた方が良いか」
[その通りです。それに本日夕方からは雨の予報となっていますので、早めのご帰宅を推奨します]
「分かった、少しペースを速めるとしよう」
一旦調査について考えるのは止めて、今はメシだな。確かに空模様も少し怪しくなってきた。ずっと太陽が出ていないから、寒さも身に沁みる。
普段より更に少し速めのペースを意識して歩き始める。走るほどでは無いが、ちょうど寒いのだから良い運動になるだろう。腹も空かせられるというもんだ。
SOPHIAのナビに従いながら住宅街を歩いていると、ふと気付いた事があった。
ナビでは直進した先の大通りで左折、となっているが、ここの住宅の脇道を抜けた方がやや早いはずだ。伊達に何年も所轄署で勤めていない、この辺の地形くらい全て頭に入っている。
画面の矢印を無視して脇道に入る。そのうちナビも修正されるだろう。
[田中様、そちらの道に進むのはお止めください。これは非推奨ではなく、警告となります]
ところが予想に反して、脇道に入った途端強い言葉での拒絶が耳に届いた。
「警告?なんでだ?こっちの方が少し早いだろう」
[はい、そちらの道は距離にして8mほど短く、1分未満とはいえ時間短縮となります]
「じゃあ、警告までする理由はなんだ?」
[単刀直入に言いますと、過去の事件関係者がおります。このままでは接触する可能性があります]
なんだと?
思わず目線を前に向けると、100m以上先でアパートから女性が一人出てくる所が見えた。
さすがに遠くて判別が難しいが…あれはまさか、相原緑、か?
彼女はここに住んでいるのか?まさかちょうど考えていた人物に遭遇するとは。
だが、確かに繁華街ならともかく閑静な住宅街、このままでは向こうもこちらに気付くだろう。接触するのはさすがにマズい。
[先ほどのルートでも移動時間はほぼ変わらず、この道を進む必要性はありません。ルートの変更を要請します]
「ああ、分かっている。元の道に戻る事にするよ」
[賢明なご判断、感謝いたします]
これほどの機会を逃すのは惜しいのだが、それでもここで相原と接触するのは懲戒免職処分も普通にあり得るレベルだ、さすがに踏み込むわけにはいかない。
何せ完了事件、それも殺人事件の被疑者にもなった、風俗関係の女性。それを先に視認しておきながら自分から接触に向かう。内規違反のオンパレードだろう。
しょうがない、元のルートに戻ろう。相原の生活圏が知れただけでも収穫だ。
「お前は彼女がいるのを分かっていて、このルートを外したのか?」
[はい。先ほどお話した通り8mほどの短縮になるのですが、関係者が近辺にいる事が確認されたため、元のルートが最適だと考えました]
「なるほどな。さすが、”完璧”なナビゲーションだな」
[恐縮です]
ダメだダメだ、今はもう調査を考えてはいけない。
素直にメシ食って帰って、それからゆっくり考えよう。
SOPHIAおすすめの店は、やはり文句の付け所も無く口に合うものだった。




