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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第三章:何度も見たような初めての光景
30/36

29.取り扱いにはご注意ください

User: OBA MASAKAZU [ID: JP-T8L4V7C5-A]

Date: 2030-12-04 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

09:47:01 — Retrieving reference materials. Preparing for display.

09:47:01 — Verifying affiliation: Mr.Tanaka and Ms.Nakahara.

09:47:01 — Verification complete. Affiliation confirmed: Criminal Investigation Division.

・・・

________________________________________


「現場となったのは葵原市と静岡市を繋ぐ高速道路で、具体的な場所と時間は…、SOPHIA、タブレットに捜査資料一覧を表示」

[承知いたしました。しかし大場様、お二人は他部署所属になります。資料をお見せするつもりであれば、取り扱いにはご注意ください]

「分かっている。参考閲覧だけだ。…お二人とも、こちらのタブレットを見てください」


当然の事だが、交通課が担当した事故事件の資料は、交通課の管理下にある。同じ署の警察官と言えど、刑事課の二人が自由に見て良い物ではない。個人のプライバシーなどもあるからだ。

だが暗黙の了解として、他部署に相談する際の参考として閲覧してもらう事はある。今回もその扱いという事にさせてもらおう。

仮に処分を受けるとしても、その覚悟くらいはある。


「記録では通報があったのは16時5分となっています。その時は私と名倉が当番でしたので、緊急出動しました。現着にかかった時間は約22分。これは私達のSOPHIAから確認しました」


田中さんと中原さんが揃ってタブレットを覗き込み始めたのを確認し、再び話を始める。

私自身は目元の眼鏡型SOPHIAの資料を確認しつつ話すとしよう。


「現場には防音壁に正面衝突して無残な姿になった乗用車と、その400mほど先に停められたトラック、そして高速隊から事情聴取を受けている男がいました。乗用車の運転席には血痕が残っていましたが、運転手はすでに搬送済み、しかしすぐに病院にて死亡が確認されました」

「事情聴取を受けていた男はトラックの運転手か?」

「はい、倉橋壮介(くらはしそうすけ)、建築会社『山下建築』の社員です。トラックも同社の所有で、資材を運んでいる途中でした」


トラックの荷台には木材を中心とした資材が積まれており、ベルトでしっかりと固定されていた。試しに名倉と引っ張ってみたが、僅かも動かなかったほどだ。

ベルトの劣化も見られず、しっかりと管理されている事が見て取れた。


「そもそもトラックが止められて事情聴取を受けているという事は、トラックが事故の原因だったという事だな?」

「結論から言えばそうなります。事故の経緯としては、トラックの荷台から釘箱が落下、地面に撒き散らされた釘を後続の乗用車が避けきれずにタイヤがバースト、スリップして防音壁に突っ込んだ、という形です」

「釘箱が落下?随分と管理が杜撰な会社だな」

「いえ、そこが問題になったのです。倉橋は頑なに『こんな危険な場所に釘箱なんて置くはずが無い、出発前にも確認している』と主張したのです」


倉橋は落ちた釘箱は確かに自社で使用している物だという事までは認めたが、『絶対に置いていない』と終始主張していた。

その表情は必死で、嘘を言っているようには見えなかった。そして――


「実際に彼のSOPHIAログをその場で確認したのですが、確かに彼は出発前に荷台をチェックしており、釘箱なんて置かれていませんでした。ただし確認後にトイレと飲み物準備のため3分だけトラックから離れています。この3分間が問題でした」

「……その間に誰かが釘箱を置いたんだな?」

「お察しの通りです。結論から言うと山下建築の新人、卯月陽太郎(うづきようたろう)がこの間に釘箱を置きました。しかし本人の証言では故意ではなく、トラックの荷台の前を通りがかった時に靴紐が解けている事に気付き、結び直しました。その時持っていた釘箱を荷台に置いたんです」

「ああ、これか。…そして先輩社員の藤原康弘(ふじわらやすひろ)に呼び出されて慌てて向かった所、釘箱を忘れてしまった、か……」

「はい。藤原はかなり感情的になるタイプで、卯月は日頃から頻繁に叱責を受けており強く恐れていたんです。そんな藤原から呼び出されたもんで、つい失念してしまったと言っています」


山下建築の事務所を訪問し、「荷台の釘箱が落下した」と告げた際の卯月の反応は顕著だった。一目で分かるほどに顔色がさっと青くなったのだ。

個別に呼び出して話を聞いてみた所、顔を青くしたままポツリポツリと証言を始めた。その態度は気弱そのもので、やはり嘘には見えなかった。


そしてそれとは対照的に、藤原は警察相手でも高圧的な態度を崩さず、自分は何も知らない、だからさっさと終わらせろ、と言い続けていた。一緒に事情聴取に参加した名倉すら少し怖がっていたほどだ。

彼女には後で指導が必要だとして、確かに卯月と藤原は相性が悪いだろう。卯月が恐れるのも理解できる。


「なお、卯月の靴紐は少し前のログから緩んでいる事が確認できたので自然に解けたと考えられています。また藤原が卯月に声をかけたのは自分の雑用を押し付けるためでした」

「卯月が釘箱を置いたのは間違いないんですか?」


と、そこで中原さんが小さく手を挙げて発言した。

彼女は刑事課2年目と言っていたし、見た目からしてもまだ20代半ばといった所だろう。

だが他部署係長の私に全く物怖じせず、その整った顔立ちと大きな目を真っ直ぐにこちらに向けている。

比べるわけでは無いが、この堂々とした態度は名倉にも少し見習って欲しい所だ。


「はい。卯月及び藤原の当該時刻のSOPHIAログも確認しましたが、証言通りの行動を取っています。卯月は業務として釘箱を運んでおり、トラック傍で靴紐を確認。そして結び終わった瞬間に藤原が声をかけ、慌てて走って行きました」

「でも資料によると、卯月が釘箱を荷台に置いた瞬間は映っていないんですよね?」

「その通りです。しかしログでも靴紐を確認した直後から映っていないので、現実的にはSOPHIAの視界の外、横手で荷台に置いたとしか考えられません」

「なるほど。その時周りに人がいなかった事が卯月と藤原のログから確認できているなら、それしかありませんか……」


仮に釘箱を置いたのが地面や他の場所だったとしたら、事故とは関係なく残っていたはずだ。

……どうしたんだろう、田中さんは先ほどから眉を顰め、何かを考えているようだ。だが特に何か指摘するでもなく、静かに聞いている。

一旦、話を最後まで進めれば良いだろうか。


「続いて死亡した乗用車の運転手ですが、三宅菫(みやけすみれ)、49歳。葵原大学の心理学教授です」

「大学教授ですか?」

「彼女は今日静岡市で講演をこなし、一旦大学に戻ろうとしている途中でした。大学の研究室を訪問して話を聞いてきましたが、かなり慕われていたようです。なお結婚しておりますが子供はいません。旦那は葵原にある食品会社の役員ですが、昨日ちょうど出張しており北海道にいました」


山下建築の二人とは異なり、三宅は周囲の人間と良好な関係を築けていたようだ。研究室の面々は三宅の死を聞いて酷く動揺し、簡単に聞き取りを終えたらすぐに病院に向かったらしい。

旦那の方も本来は明日までの出張予定だったのだが、急遽昨夜の深夜便で戻って来た。簡単に話を聞いたが、やはり夫婦仲は良好だったようだ。


「三宅のログに不審な行動は無く、また車のブレーキ痕などにも矛盾はありませんでした。確認できた範囲で車自体にも異常は見つかっておりません」

「倉持と三宅に接点は無かったんですか?」

「倉持だけでなく、山下建築と三宅の研究室、全員のパーソナルログを確認しても接点は見つかっていません。倉橋も100日間全てのログ提出をしてくれたのですがやはり不審な点は無く、三宅に繋がりそうな情報も見つけられませんでした」

「……」

「さらに極めつけは、もしこれが故意だとしたら卯月か倉橋しか可能性はありません。しかし彼らはいずれも、三宅が何時に講演を終えて帰るのか把握する事ができません。よって、三宅が山下建築のトラックの後続についた事は、偶然としか考えられないのです」


卯月なら、偶然、失念を装って釘箱を置く事ができた。しかし、倉橋がどのルートを通るのか、どれくらい信号に引っ掛かるかを調整する事は出来ない。

倉橋なら、上手くルートと速度を調整すれば指定の時間に指定の場所に行く事はできた。しかし彼のログには途切れも無く、卯月に釘箱を載せさせる事は出来ない。

共犯であればどちらの問題も解決できるが、しかしいずれにせよ三宅の行動を制御する事はできない。講演が終わる大よその時間は知る事ができても、1分でもズレたら後続に付ける事は叶わない。高速道路は一時停止して待つわけにもいかないのだから。


「……確かに奇跡的な偶然の重なりですが、特に矛盾は無いと思いますけど。大場さんは何が疑問なんですか?」

「仰る通り、誰にも不審な行動は見られず、偶然の重なり、で全て説明できてしまいます。色々と考えましたが、どこにも矛盾はありません。悪意を持った解釈を考えてみても、自分で反論できるほどです」


分かっているのだ。証拠は完璧に整合性が取れている。

それに私自身が事情聴取を行っているのだ、何となくとしか言いようが無いが、関係者も嘘を言っているようにも思えない。

もちろんむやみやたらに疑うような懐疑主義になったつもりもない。


「私だって頭では理解しているんです。ただ、なぜかこの件に限って――」

「――『小骨が喉に引っ掛かっているように、気分が悪い』…じゃないか?」


私の言葉を先読みするかのように。

先ほどから黙っていた田中さんが、急に小声で呟いた。

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