30.気になる点はありません
User: OBA MASAKAZU [ID: JP-T8L4V7C5-A]
Date: 2030-12-04 (JST)
Active Module: POLICE
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『小骨が喉に引っ掛かっているように、気分が悪い』。
これ以上、今の私の心境を表した言葉も無いだろう。すんなりと胸に入ってきた。
「は、はい!その通りです、田中さん!何か気になる事はありましたか!?」
「いや……」
なぜか田中さんは言い淀み、その後の言葉が続かない。
そればかりか、中原さんに声をかけている。
「なぁ、中原……何か、気にならないか?」
「え?いやまぁ確かに凄い偶然だとは思いますけど、あまり気になる点はありませんが……」
「そうか……」
どうしたんだろうか。先ほど私の心境をピタリと言い当てたのに、ずっと口ごもっている。
気が付いた事があるのならば教えて欲しい。
中原さんも視線を向けているというのに、黙ったままだ。
「田中さん、私が何に引っかかっているのか、分かりましたか?」
「……いや、問題点を見つけたわけじゃないんだ。多分、そんな感覚なんだろうな、と思っただけで」
ただ単に、私の心境を予想しただけ、という事か?
それにしては、あまりにも的確に言い当てた表現だったが……。
「とりあえず、もう少し詳しい話を聞かせてくれ」
「もちろん構いません。ただ、大筋の説明は終わってしまいました。具体的に何か知りたい事はありますか?」
「そうだな……。この事件が故意かどうか、究極的には『卯月と倉橋が、三宅の位置を把握する手段が本当に無かったのか』、この1点に絞られる。先ほどの説明でも軽く触れられていたが、改めて検証したい」
「分かりました。では少々お待ちください。該当する情報を表示させます。…SOPHIA、三宅が講演を終わる時間帯の関係者の行動情報を表示」
[承知しました]
……ん?SOPHIAが情報を変更してくれたのを確認していたら、田中さんが何か呟いたような。「こんな所も、そっくりだ」……そう言ったような気がする。
だが独り言だったようで、視線はタブレットに落ちたままだ。とりあえず今は説明の方を優先しよう。
「まず三宅の参加していた講演会ですが、彼女自身が講師として参加しています。テーマは『SOPHIA時代におけるコミュニケーションの発展と危険性』。発達心理学・社会心理学が専門だったようですね」
「発展、は分かるが、危険性、というのは?」
「簡単にさわりを聞いただけなので詳しくは分かりかねますが、三宅は『SOPHIAがコミュニケーションに与える影響』という研究を行っていたようで、中でも『SOPHIAが子供のコミュニケーション能力の発達を阻害する』といった主張を行っていたようです」
「なるほどな。まぁ昔からインターネットだのスマートフォンだのSNSだの、形を変えて言われ続けてきた事ではあるな」
「仰る通りです。SOPHIAとコミュニケーション能力に限らず、テクノロジーが発達するとその方面の人間の能力発達が阻害されるのは確かですからね」
古い話で言えば、パソコンでのメールが主流になってから漢字が書けなくなったとか、スマートフォンでナビができるようになってから地図が覚えられなくなったとか、いくらでも例は挙げられる。
ただ三宅の話が少し異なるのは――
「三宅は単にSOPHIAの機能がどうこう、ではなく、SOPHIAが浸透した社会、つまりSOPHIAという完璧な執事がいて効率化された世界では、非効率・非合理的コミュニケーションが失われ、合理的な発言だけが求められる。それによって自主性が失われる、といったような主張だったようですね」
「なるほど、それは一理あるように感じるな」
「はい。そのためか彼女を支持している人も多かったようです。そして……実は、田中さん達も少し彼女の関係者に関わりがあります」
「俺達も?」
「7月に殺人事件を担当しましたよね?マンションで高校教師が殺された事件。あの被害者、蜂谷浩介は三宅の元教え子です」
田中さんと中原さんは、揃って驚いた顔を見せる。
「蜂谷が?」
「はい、昨日研究室を訪ねた所、学生時代の蜂谷を知っている人もいました。かつて一緒に三宅の下で学んだとか。ただ最近は特に目立った交流は無かったようです」
「……その割に、蜂谷はSOPHIAを恋愛にフル活用していたけどな」
「ああ……女癖の悪さは学生時代からだったようで、研究室でも亡くなった事は惜しまれつつ、動機は納得がいく、との事でしたよ」
蜂谷が殺害された動機が女性関係だったと知った時は、全員苦笑いだったそうだ。
また二人は揃って頷いている。さすがに2年近くバディを組んでいるだけあって息が合っているなぁと思うが、口に出さない。
田中さんはそういう事言われるの苦手だろうし。
「理由はどうあれ今年に入ってから元教え子が殺害され、教授も死亡。更に三宅は先月にも軽い事故に遭っていたらしく、何か呪われているんじゃないか、とまで言っていましたね」
「軽い事故?」
「ええ、何でも大学の階段から転げ落ちたとか。幸い下にいた男性が間一髪受け止めたおかげで軽い捻挫くらいで済んだらしいですが」
三宅周辺からしたら3連続の不幸だ。しかも最後はとびっきりの。
呪われていると考えるのも無理はないだろう。
「で、話を戻しますが大学の講演について。本来の予定では15時までの予定だったのですが、時間が少し押してしまった事、そして講演が終わった後も個別質問に快く応えていた事が影響し、会場を出たのが15時31分。そして事故現場に到着したのが15時59分となります」
「という事は、三宅があの時間に現場にいたのは――」
「講演で参加者に捕まったから、ですね。その参加者も単独ではなく所属も違う複数人。この状況で出発時刻を予想するのは不可能です」
これが最大のハードルだ。事故が起きたのが15時半頃だった、というのであれば『講演会の終了時刻に合わせた』という可能性もあったのだが、これでは三宅の到着時刻を読む事なんてできない。
「三宅本人、又は参加者の中に内通者がいて、出発時刻を教えた可能性は?」
「倉橋が木下建築の事務所を出たのは15時40分の事なので理論上不可能ではないのですが……そもそも倉橋が資材を運ぶ事は14時50分に客先からの電話で決まった事で、準備が終わったのが15時半、最終チェックをして出発、という流れになります。この客先も一応当たりましたが、業務上必要なタイミングで連絡をしただけで、『明日でも良いと言ったが、すぐに来てくれる事になった』だそうです」
「なるほど、じゃあおかしな事になるか……」
「三宅が誰にも捕まらなかったら、15時半には現場付近を通る可能性もあった。なのに倉橋は早くても15時半にしか出発できなかった。もし計画的殺害を狙っているのなら、15時までに出られるように調整していないとおかしい。――という事ですよね、テツ先輩」
「その通りだ、分かるようになってきたな、中原」
え、と驚きに思わず声が漏れそうだった。
「……驚きました。田中さん、バディの若手女性に『テツ先輩』とか呼ばせているんですね」
「待て大場。それは誤解だ。コイツが勝手に呼んでいるだけだ!」
まぁそうだろうな。田中さんが後輩にそんな事を要望するはずがない。
たまには揶揄ってみたくなっただけだ。彼がこれくらいで怒らない事は、ずっと前から知っている。
だから中原さんもそのような呼び方をしているのだろう。現に今も田中さんの後ろでニヤニヤと笑っている。
「ったく。話を戻すぞ。そうなると、卯月・倉橋に限らず三宅の位置を事前に把握できた人間なんていないという事になる」
「はい。その点が最大の問題となっています。三宅本人なら上手く調整して指定の時間、位置に行く事はできますが、彼女にも『たまたま釘箱を落としそうなトラックがそこにいる』という事を知る術がありません」
「何とかして倉橋の出発時刻を知ったとしても、釘箱の事まで把握は無理。三宅、卯月、倉橋の三人が全員共謀だとしたら、やはり15時に出発できるように何か理由を作るだろう」
そうなのだ。三宅本人も何か共謀しており裏切られた、という可能性すら否定される。手の込んだ自殺と言う事すら無理がある。
どう見ても単なる事故としか思えない。私が何に違和感を覚えているのかが見つけられないだけで。
そして、そこで恐れていた連絡がついに来てしまった。
[大場様。名倉様より連絡が来ております。『報告書ができましたが、いつ戻りますか?』との事です]
「……ああ、分かった。…田中さん、中原さん、タイムリミットのようです。私はもう戻らなければなりません。――何か、問題点はありましたでしょうか?」
正直、ここまでの流れで厳しい事は分かっている。それでも一縷の望みをかけて二人に問いかけてみた。
だが……予想通り、その返答は芳しくないものであった。
「すみません、私にはやっぱり凄い偶然が重なってしまった事故、としか見えません。矛盾も無さそうです」
「……そうだな。刑事課の観点から見てみても、犯行可能な人物は見当たらない。これを意図的に起こすには、洗脳でもして人を自由に操らないと不可能だ」
「やっぱり……、そうですよね」
分かっていた。私だって刑事課経験者だ。どう論理的に考えても、これは事故だ。
ただ、私の中にあるモヤモヤが解消できないのが気持ち悪いだけなのだ。
「すまないな、大場。違和感の解消を手助けしてやれなくて」
「いえ、無理難題を言ったのはこちらの方です。お時間取らせて申し訳ありませんでした。……では、名倉も呼んでいるので、そろそろ戻ります。お二人とも、ありがとうございました」
「ああ、役に立たない先輩だが、また何でも相談に来てくれ」
そして席を立ち、交通課に戻った。名倉の報告書をいくつか手直しし提出させたが、何の引っ掛かりも無く了承を得られてしまった。
これで、この”事故”は解決だ。発生から約18時間、多くの事件と同様に、早期解決が達成された。
交通課に戻る直前、田中さんが発した一言。『やはり、勘違いじゃない』。
この言葉の意味を知る機会は得られないままに。




