27.そろそろデスクにお戻りください
User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]
Date: 2030-12-03 (JST)
Active Module: POLICE
[LOG ENTRY]
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16:07:41 — Confidential mode enabled: privacy protection active.
16:07:41 — Scanning for nearby SOPHIA devices.
16:07:41 — No suspicious devices detected in vicinity.
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「そうですか、生活安全課に欠員が……」
「ああ、あちらは葵原とは比べ物にならないほど繁華街の規模がデカい。SOPHIAが登場した今でも手が足りない程だ。そしてこれもまだ未公開情報だが、生活安全課ベテランの一人が家庭の都合で退職予定となっていてな。補充人員がリストアップされた中でお前が適任だ、と白羽の矢が立ったんだ」
話の大筋は、俺の予想と大差無かった。ただ異動対象が俺ではなく小林だったというだけだ。
小林の方が葵原中央署に来てからの時間は短いのだが、行き先が生活安全課なら確かに俺は不適任だろう。
「それ以外の人事はまだ未定だが、井口は来年田中と組ませるのを考えている。今年は似たキャリアの小林に面倒を見てもらったが、捜査一課出身の田中はものの見方が異なるから、良い経験になる」
そして小林がいなくなるという事は、同じ係長である俺の仕事の管轄も変わるという事だ。
だから、俺も呼ばれた。
「だから中原の成長具合を聞いたんだ。単独でも十分に行動できるなら、別の比較的若い連中と組ませてみるのも良いと考えている」
井口が俺と組むという事であれば、当然俺と中原のバディは解消されるというわけだ。
まぁ、来年は小林が急遽呼ばれたから俺まで抜けるわけにはいかなかっただけで、再来年はさすがに俺になるだろう。
一般的に刑事課の係長が5年も同じ人、なんて事はほぼ無い。癒着や捜査内容の偏りが生まれるからだ。
だから、いずれにせよバディ解消は時間の問題だった。ただ形が変わっただけだ。
「以上だ。小林は異動の件を家族と相談して、単身赴任か家族帯同か考えてくれ。可能な限り配慮はする。……以上だ。では、また質問があったら言ってくれ。下がって良い」
「「失礼します」」
その言葉を最後に、俺と小林は揃って部屋を出た。
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一旦気を落ち着かせるために寄ったドリンクコーナーで、小林は珍しく冷たい炭酸飲料なんて飲んでいる。
無理もない、頭を冷やしたいのだろう。
「はぁー……。まさか田中じゃなく、俺かよ……」
「そうだな、絶対俺だと思った。来年3月で俺は丸3年、異動もおかしくないのにな」
「浜松中央の生安が大変なのは当然だけど、他にも適任はいっぱいいるはずだろ?それこそ浜松東・西だって葵原よりデカい繁華街あるんだし。なんでわざわざ俺に呼び出しが来たんだよ……」
「それだけ能力を評価されているって事じゃないのか?」
「ようやく家族と一緒に住めるようになったのに、また単身かぁ……」
小林は元々葵原市(合併前は別の名前だったが)の出身だ。そして今は小林の実家に家族で住んでいる。
子供は現在中学2年生、来年は高校受験だって始まるというのに、引っ越しはできないだろう。
2年前までも沼津に単身赴任していたのに、少し可哀想には思う。
「さすがにウチから浜松市に出勤は無理だろうな……短く見積もっても1時間半はかかる」
「そうだな、さすがに厳しいだろう。……それを踏まえても、なんで俺じゃなかったんだろうな」
俺は気楽な独り身で、何度も言うがもう3年もここにいる。動かしやすさで言えば筆頭だ。
生活安全課が不適任なのは間違いないが、例えば他の刑事課に俺を行かせて、そこから生活安全課経験もある人を浜松中央に行かせる、という形でも良かったはずだ。
「課長があそこまで断言した以上、来年の異動は確定だろう。俺達は従うしかない。同情はするがな」
「そうだな、それが警察に雇われている俺達の悲しい定めだ。来年度までにしっかり家族サービスしないとな」
「ああ。俺はあと1年はここにいる事になりそうだし、何かあったら連絡してくれ」
小林は随分と気落ちしているように見えるが、コイツだって長年警察にいたんだ、これくらい慣れている。
だがこの人事はまだ内密の話で、井口や中原の前では話せない。
だから誰もいない今の内にしっかり凹んで、また気を取り直そうとしているのだろう。だったらそれくらい、黙って見逃してやるのが友人としての務めだ。
[田中様、中原様より報告書が完成したがいつ戻るか、と連絡がありました。できればそろそろデスクにお戻りください]
「おっと。小林、俺はそろそろ戻るが、お前はどうする?もう少しゆっくりしていくか?」
「いや、大丈夫だ。俺も戻る。これ以上いたらサボり扱いになっちまうしな」
「雇われの悲しい定めだな」
首を回して深呼吸し、表面上はいつも通りの態度になった小林と共にデスクに戻ると、中原が退屈そうに待っていた。
彼女はこちらを見つけると、心配そうな声で話しかけてきた。
「テツ先輩、どうしたんですか?結構長かったですね。課長はもう戻ってきているのになかなか戻ってこないから、どうしたのかと思いました」
「ああ、ごめんね詩織ちゃん。話はすぐ終わったんだけど、俺が引き止めちゃったんだよ」
「小林さんも一緒だったんですか?一体何の話だったんですか?」
「それがなかなか教えられない内緒話だったんだよね。どうしても知りたいなら、可愛くおねだりしてくれたら教えてあげるけど」
「セクハラで訴えればいいですか?」
「ごめんなさい」
チラリと課長席を見ると、すでに戻っていたようで、こちらには一瞥も向けない。
きっと小林への人事に対して、落ち着く時間を黙認してくれていたのだろう。
……まぁ、あれ以上長くいたらサボり扱いにされていた可能性もあるが。
「まぁ、大した話じゃなかったさ。で?報告書はできたのか?中原」
「はい!すでにテツ先輩のSOPHIAに送ってあります。了承だけもらえたら提出しますよ」
「了解、じゃあちょっと読むから時間くれ。…SOPHIA、モニターに表示」
[承知しました]
早速画面に表示された文字を目で追いながら、何となく物寂しくなってしまう。
この何故だかやたらと上手な報告書も、来年には見る機会が減ってしまうのだろう。
「中原。内容に問題は無い。これで提出して良いぞ」
「ありがとうございます、テツ先輩!じゃあソフィ、提出お願い」
さて、あと4か月も無い期間、俺が中原にしてやれる事はなんだろう。
外に出ている間に溜まっていた連絡事項を整理しつつ、ぼんやりと考える。
「テツ先輩、課長の了承も返って来たので、そのまま起訴処理進めますね」
「ああ、それで良い。……そういやお前、今日みたいな空き巣の担当するのは何度目だ?」
「なんですか急に。うーん、どうだろ……多分、20回くらいは関わったんじゃないですかね?」
「もうすっかり慣れたもんだな」
「そうですね、報告書の書き方にも慣れました」
「それは最初から俺より上手かったけどな……」
まぁ、俺が中原にしてやれる事なんて1つしか無いだろう。
今の内に少しでも様々な現場を経験させ、そして俺の知識を教えてやる事だ。
きっとコイツなら余す事なく吸収してくれるのだろうから。
(中原があんまり経験していない案件って何だろうな……。殺人は件数自体が減っているから無理はないが、交通課との接点も薄いか)
SOPHIAが浸透して件数が激減した事件の中で、刑事課として未だ関わる事が多いのが、今日のような窃盗関係、そして夜の街でのトラブルだ。
7月のような殺人事件や、ひき逃げに代表される交通課と連携しての捜査などは、ほとんど見られなくなった。
特にひき逃げなんてSOPHIAを装着していれば即通報されるし、SOPHIA無しで運転していたなら一発で故意が証明されるようなものだ。
(もし関われるタイミングがあれば、優先的に回してもらえるよう、課長に頼んでおくか)
その程度が精いっぱいだろう。そう都合よく事件が起きるわけじゃない。
まさか事件が起きる事を願うわけにはいかないしな。
―――だがこのすぐ後。思いもよらぬきっかけから、期待していた交通課の事件に関わる事になる。
そしてその事件が決定的な運命の分かれ道になる事なんて、この時の俺には知る由も無かった。




