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アイリスの瞳  作者: たけひろ
第二章:闇の中の悪意と論理
23/36

22.多少の軽減は見込めると思います

User: TANAKA TORU [ID: JP-58D2Q7VA-A]

Date: 2030-07-19 (JST)

Active Module: POLICE


[LOG ENTRY]

・・・

15:01:31 — Gastrointestinal discomfort detected.

15:01:31 — Evaluating mitigation options.

15:01:31 — User notified with recommended countermeasures.

・・・

________________________________________


「まだ胃がキリキリしている…」

「す、すみません田中係長。私の趣味に突き合わせてしまって…」

[田中様、引き続きヨーグルトを摂取してください。多少の軽減は見込めると思います]

「いいんだ井口、これは俺が見栄を張ったからだ。お前は大丈夫なのか?」

「あ、はい。私はいつもあれくらいを食べているので…」


マジかコイツ。俺はノーマルを頼んでコレなのに、辛さ増しを食っていたコイツはなんで平気なんだよ。

先ほど『さやか』こと磯嶋紗耶香(いそしまさやか)と『ひな』こと雛形明(ひながたあき)の事情聴取を何とか終わらせた。

俺だって仮にも何年も刑事をやっているベテランだ。腹の不調くらいで手を抜けるはずがない。


だが両名とも、淡々としたものだった。いずれも『確かに当時は蜂谷を恨んだが、今では何とも思っていない』との事。

相原も言っていた通り、『本気になった私も馬鹿だった』というのが両名の共通見解だった。

そして二人とも、昨夜は18時から3時頃まで勤務、やはりずっとプライバシーモードになっている。


それ以外の話は相原達と同じで、新しい情報も無い。しいて言えば、元カノだからと他の恋愛遍歴を知っているわけでは無かった、という事くらいだ。

今日相原が注文された事は知らなかったものの、非常階段や暗証番号についてはやはり把握していた。


「お、田中くん、お疲れ様。早速だが……なんだか調子悪そうだが、大丈夫かい?」

「ええ高橋さん、気にしないでください。これは俺の馬鹿さのせいです。歳食っても馬鹿は直らないもんですね」

「…何を言っているんだい?」


今は聴取を終えてとりあえず捜査本部に戻ろうとした所、高橋さんから『犯行現場にいるから来てくれ』と言われ、蜂谷のマンションに来た所だ。

鑑識も一旦撤収したらしいのに、再度調査を要請したそうだ。一体何の用なんだろうか。


「小林くんからの聴取情報は見たかい?」

「はい、ここに来るまでの間に目を通しました。やはり蜂谷は学校では真面目な教師として過ごしていたみたいですね」


加賀美、森咲の聴取以降も複数の教師に聞き込みを行ったようだが、やはり有力情報は得られなかったようだ。

ただ、蜂谷と森咲が特別な関係にあった事は察していた人もいたようだ。加賀美の供述通り、森咲が加賀美を複雑な表情で見ていた、という話が何人かから出ていたらしい。


「それで、周辺情報はどうでしたか?」

「ああ、結論から言うが、周辺には一切不審な痕跡は無かった。それは防犯カメラもそうだし、SOPHIAのログもそうだ。黒づくめの人物なんてわかりやすい特徴にも関わらず、どこにも痕跡が無い」


周辺店舗の監視カメラや周辺住民のSOPHIA情報を提出して貰ったが、不審な要素は無かったそうだ。

さらに地域課の天野達は事件直前にこの周辺、しかもマンションすぐ前の大通りも通っているが、彼らのログにも不審な人物や情報は残されていない。


「この辺はそこまで繁華街というわけではないですから、防犯カメラに映らない移動ルートもありそうですね…」

「ああ、軽く検証してみたが、カメラに映らずここを離れるのは難しくないだろう」

「そうですか…では、今は現場で何を?」

「ああ、森咲の証言で気になる事があってね」


今鑑識は蜂谷のベッドの下に潜って何か作業を行っている。

ずっと気になっていたのだが加納も一緒になって作業をしている。あのガタイの良い男がベッドの下に頭を突っ込んでいる姿は非常に気になるのだ。


「ん?ああ、実は加納くんは見た目によらず鑑識経験もあってね。こういう細かい作業は得意なんだよ」

「そういう事じゃないのですが……いえ、何を調べているのですか?」

「高橋さん、回収できました」


と、そこで加納と鑑識がベッドから頭を引き出してきた。

鑑識の手にはピンセットが握られており、何か軟質の物質が摘ままれている。


「ベッドの裏側に粘着物質が見つかった。森咲のログからこれの重要度が跳ね上がったんだ」


SOPHIAに鑑識データを表示してもらうと、ベッドフレームのサイド中央辺りの裏側に、粘着物質の痕跡が発見されていた。

画像も残されており、テープを貼り付けて無理矢理剥がしたような破片がある。


「重要度が跳ね上がった、というのは?」

「蜂谷と森咲は7月17日の23時半頃に掃除をしている。その際にベッド下にも視線を向けているが、粘着物質が映っていない」

「という事は…」

「この粘着物質は、少なくとも7月16日の23時半以降に付けられた物、という事だ」


犯行直前に突然現れた粘着物質。普通に考えるなら何かを貼り付けていた、という事だ。


「それを踏まえて蜂谷浩介の音声ログを精密解析した所、犯行時に何かを剥がした音が残っている」


高橋さんはそう言って音声ファイルを送ってきた。

それは犯行当時の音声ログの一部をスロー再生したものだった。


*****

バサッ、ドスッ!


「がっ!はっ…!」

[異常音を感知!]バリッ![浩介くん、大丈夫!?返事をして!]

*****


確かにこうやって聞くと、最初はSOPHIAの音声に紛れてわからなかったが『バリッ!』という小さな音が残っている。

という事は――


「犯人はこれを把握していた、という事ですね」

「そうだ。そして深夜の掃除以降にこの部屋に入った、蜂谷本人、森咲、加賀美、相原のうち誰かがこの粘着物質に関わっている」


部屋の主である蜂谷は当然いつでも貼り付ける事ができる。森咲も翌朝までいたのだから、機会はあっただろう。

加賀美は飲み会の隙を見て貼る事は不可能ではないだろうし、相原はずっとプライバシーモードなのだから言わずもがなだ。

そこで簡易分析を終えた加納が駆け寄ってきた。


「高橋さん。これは市販のセロハンテープのようです。…田中さん、お疲れ様です」

「お疲れ様です、加納さん。鑑識の心得もあるとは多才ですね」

「…田中さん、私は県警採用で後輩に当たります。敬語は不要ですよ」

「そうか?では遠慮なく。…何が貼り付けられていたかは分かるか?」

「いえ、端の方の破片しかなく、貼り付けられていた物の手掛かりはありませんでした」


犯人がこれを回収している事から、事件に無関係なはずがないが…。


「問題は、設置した人物と犯人が同じ、とは限らない事、だな…」


SOPHIAが浸透してから、視界情報の共有が非常に容易くなった。

4人の中の誰かが何かを貼り付けたとして、それをSOPHIA経由で映像として犯人に渡していたとしても不思議ではない。


今日の調査でも、デリヘル業界の横の繋がりの強さは痛感した。

磯嶋も雛形も声をかけた段階で話の内容を分かっていた。話自体はスムーズに進められて助かったものの、その供述を頭から信じる事はできない。

例えば相原が何かを設置、別の誰かが犯行を行いつつ回収した可能性だって考えられる。

事務所の人間や運転手まで暗証番号を把握していたのだ。可能性の話をしては無制限に被疑者が増えていく。


「加賀美や森咲の昨夜のログはどうだった?」

「森咲に関しては普通に家で過ごしており、寝る直前までSOPHIAを装着し、23時35分にベッドサイドに置いて就寝。その後はたまに寝息が聞こえるだけで無音ですが、2時3分にトイレに行った記録があります。トイレに向かう時にSOPHIAが声かけをしており、返答。この声は声紋解析からも森咲本人の物です。ただし、帰ってきた時は発声もなく、映像も暗闇にシルエットが映っているだけです」


本人の希望で鑑識の女性が解析したものの、切り抜いた画像がSOPHIAに共有される。薄暗い中に女性らしい丸みを帯びたシルエットが映っているが、確かにこれだけでは森咲本人かはわからない。

何らかの方法で代役を立てれば入れ替わって外出も可能だ。そして森咲の自宅からここまで車なら20分程度。犯行時刻にはなんとか間に合う。


「次に加賀美ですが、こっちは更に不明瞭です。どうも彼はあまりSOPHIAを身に着けない人種のようで、帰って早々SOPHIAを寝室のデスクに置き布まで掛けています。その後0時12分に寝室の扉を開けベッドに入る音は入っていますが、何かしらの音声再生機器でごまかす事だって可能というのが鑑識の見解。そしてそれ以降は無音」

「加賀美はなぜそのような事を?」

「小林さん達に聞いてもらった所、『何となくSOPHIAに見られているというのが苦手で、身に着けていない時はずっとハンカチをかけているんです。習慣だったので言うのを忘れていました』との事。過去のログが手に入っていない以上確認はできませんが、供述自体とは矛盾していません」


厄介な。もし加賀美のこれがログを誤魔化すためであれば再生機器の準備などが過去ログに映っているだろうが、現状は確認が取れない。


深夜の犯行というのはプライベートが関わる以上、このように情報が少ない、または誤魔化せる余地が残る事は珍しくないのだが、それにしても今回は顕著だ。

何せ関係者の多くが、『絶対に犯行は不可能』とは言えないのだから。


「なお蜂谷の両親については昨夜千葉の自宅で23時に就寝、うち父親のSOPHIAが寝室ドアを映していたため二人とも一度も外に出なかった事がログから確認されています。窓の開閉音なども無く、まず事件とは無関係でしょう。現在は遺体確認と引き取り手続き中です」

「そうか、可能性が一つ減ったのは良かった。…高橋さん、次の捜査対象はどうしましょう?『キューティーバニー』事務所の人間や、磯嶋や雛形の周辺でしょうか?」


順当に言えば、犯行可能な人物を虱潰しに当たる事だ。

そして少しでも範囲を絞りつつ、有力関係者の周囲を当たっていくしかない。

捜査は長期戦の様相を呈してきた。


「…高橋さん?」


高橋さんを見ると、顎に手を当てて黙り込んでいる。

その目はベッドの方に向けられている。…いや、先ほど鑑識が粘着物質を採取した場所を見ている。

しかし数秒の後、ふと目線をこちらに戻したかと思うと、いつも通り穏やかな顔で言い切った。


「いや、犯人はほぼ絞られた。田中くん、ちょっと1つ調べてくれるか。それで解決できるだろう」

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