9 ◆ 公爵家当主ヴァルフィートの安堵
これにて完結です。
後日談など(関連作品)につきましては、後書きをお読みください。
四大公爵家の一角パラバーナ家の双子兄妹【アルディート】と【セレンディーナ】。
私にとっては、ただの可愛い双子の息子と娘でしかない。
妻が産んでくれた最愛の子どもたち。
二人は仲良く元気に、健やかに育ってくれている。
──そんな二人の性格は、双子らしく、似ているようで正反対。正反対だがよく似ている。
妹のセレンディーナは「大胆で純粋」。
親からすれば可愛い一面でもあるのだが、残念なことにそれがしょっちゅう悪い方向で発揮され……結果的に大胆さが空気の読めなさに、純粋さが傲慢さに変換されていた。
一方で、兄のアルディートは「堅実で計算高い」。
親からすればかなり安心できる性格だった。息子も娘も同じくらい可愛いが……正直なところ「後継ぎがアルディートの方で助かった」と、一日最低10回は思っていた。
アルディートはとにかく勘が鋭い。観察力に優れていると言った方がいいかもしれない。
幼い頃から周りをよく見ていた。他人の感情を読み取るのが得意だった。
そこに堅実な思考と計算高さを加えて、とにかく無難に立ち回るのが上手かった。
アルディートは絶対に「害がない」。その一言に尽きる。
父親の私が言うのも複雑だが……「害しかない」立ち回りをするセレンディーナに対し、それをひたすらに帳消しし続けてくれるアルディートには、申し訳なくもありがたいと毎度思っていた。
……言い訳をさせてもらうと、セレンディーナも決して悪い娘ではない。娘は娘で、とにかく勝負所での勘は鋭く、絶対に外してはいけない場面で外さない不思議な能力があった。
他人の顔色を一切窺わずに突き進み、敵を多く作ってしまうが、時には損を上回る多大な利益をもたらしてくれる。
猪突猛進のセレンディーナと、深慮遠謀のアルディート。
──我が最愛の双子の子どもたちは、王国一の剣と盾。二人が揃えば、パラバーナ家の未来は安泰だ。
公爵家当主として、私はそう思っていた。
◆◆◆◆◆◆
「お前はまだ9歳で、生涯の伴侶を選ぶには早いというのは分かっている。
だが……申し訳ないが、悠長に構えているわけにもいかない。他家に遅れを取らないためにも、目星だけでも、今回つけられるならばつけておいた方がいい。」
10歳にも満たない子どものアルディートに親として心苦しく思いながらも、茶会を通して婚約者選びをさせようと話を伝えた。
そのときアルディートは、一切その微笑みを崩すことなく頷いた。
「わかりました。お父様とお母様が用意してくださったこの機会を、できる限り有意義なものにします。」
私と妻は安心した。
アルディートの方は、問題ない。きっと親の期待に応えて、無難にいい婚約者を選別してくるだろう。
……そういう確信があった。
…………ただ、だからこそ心配だった。
「アルディート。貴方はまだ9歳だから、今から将来のことを細かく考えなくても大丈夫よ。
難しいことは私たち親に任せて、貴方は楽しんでいらっしゃい。今回のお茶会で無理に決めなくても……これから仲良くできそうなお友達を何人か作るだけでもいいのよ?」
私と同じ懸念を持っているらしい妻が、息子にそう伝える。
アルディートはそれにも笑顔で頷いた。
アルディートは堅実で計算高い。勘が鋭く他人を観察するのが上手い。
害がなく、無難に物事をこなす術を9歳にしてすでに持っている。
だからこそ、私たち夫婦は、息子が一発で「未来の四大公爵家当主に相応しい、一番優秀な未来の妻」を見つけてくる確信があった。
人並み以上の教養があり、多少のことには動じない度胸もあり、貴族社会で生き抜く強かさを持ち合わせ、何か揉め事を起こしそうな厄介な性質も持っていない。
そんなご令嬢をすぐに探して……何ならアルディートのことだ。その場で相手の婚約の意思を確認してくるくらいのことはやってのけるだろう。
…………「自分の意思」は、横に置いて。
例の茶会が終わったその日中に、アルディートから婚約を希望する相手を見つけたと報告を受けたとき、私と妻は「やはり見つけたか」と思った。
…………そのときに妹のセレンディーナが「蛆虫カラス」の暴言を吐くという、別の課題は残ってしまったが。
それはまた……これから時間をかけて解決していくしかないだろう。
◆◆◆◆◆◆
息子が選んだ相手は【シラー・リヒェントラーク】伯爵令嬢だった。
歳は息子の1つ上。王国の中でも、王都から離れた遠方に住む令嬢。今回の茶会でなければ、なかなか会う機会もないだろう。
招待する令嬢を決める段階ですでに、家格や派閥、ある程度の評判などは吟味してある。家自体に大きな問題はない。
私と妻はアルディートに彼女を選んだ理由を聞いた。
「アルディート。親の前でまで、変に嘘をつく必要はないわよ。貴方の意見は絶対に尊重するし、お相手にはきちんと内緒にするわ。
多少失礼なことを言っても問題ないわよ。だから安心して本当の理由を話しなさい。」
妻がいきなり牽制を入れる。
アルディートのことだから、無難な理由を後付けしてくると考えたのだろう。
アルディートは自分の母親からの牽制を受けて、笑顔を崩して年相応に図星を突かれたといった顔をした。
やはり建前を用意していたんだろう。
……実の両親を相手によくやるな。我が息子ながら恐ろしい。
アルディートは妻の睨みに屈して、妻から視線を外して少し下を見つめながら素直に話し始めた。
「……理由はいくつかあります。
一つ目は『シラー様が茶会の開始直後からずっと会場の隅にいて、僕の方へ来なかったから』です。
他のご令嬢方と差別化を図り、印象に残ろうとしているのだろうと感じました。僕はあまり服飾等の分野には関心がないので恐らくですが、それらも常識的な範囲で控えめにして謙虚さを演出していたように見えました。
僕に興味が無かったわけではないと思います。
定期的にこちらに意識を向けてくれていたので、時間内に必ず話すつもりはあったと思います。僕がいずれ来ると踏んでいたのだと思いますが、もし僕が行かなかった場合は、どこかのタイミングで挨拶に来てくださっていたはずです。
──10歳でそのように目的達成のために分析して意識的に立ち回れるのは、魅力的だと思いました。」
「……それを9歳のお前が言うのか。」
私は口を挟まずにはいられなかった。
「二つ目は『セレナの発言に動じなかったから』です。
セレナの発言に多くのご令嬢方が動揺を隠せずにいる中、シラー様は変わらずにのんびりと構えていました。
突発的な問題に冷静に対処できるのも、魅力的だと思いました。もし僕の読み違いでただ図太いだけだったとしても、それはそれで良いと思います。」
「……貴方の方が冷静に対処をしてくれたでしょう。ごめんなさいね。わたくし、あのとき力になってあげられなくて。」
妻は謝罪せずにはいられなかったようだった。
「三つ目は『会話の内容をうまく制御できていたから』です。
……僕はセレナが去った後、少し疲れてしまったので、その時点で目星をつけてあった方々を先に見てしまおうと思って、シラー様のところへ行って会話をしました。
そのときシラー様は、僕の容姿や身分には言及せずに、他のことで無難に話を広げてくださいました。
繊細な話題を避け、当たり障りのない切り口から相手を褒める力は、社交の場でも不可欠なものだと思っています。彼女にはその力が備わっていると判断しました。
また、その内容も決して稚拙なものではありませんでした。自身の教養を僕にアピールしてくれているのだろうと感じました。何かを学び習得することに忌避感がない点も、今後のことを考えるとありがたいと思いました。」
「…………お前はもっと純粋に会話を楽しみなさい。」
私は思わず軽く説教をしてしまった。
やはりアルディートは、大人顔負けの観察力で、ご令嬢を正確に審査していた。
アルディートの挙げた点は、どれも公爵家の妻として将来有望であることを示すものだった。
我が家としてはそれでいい。
──だが、お前はそれでいいのか?
私はそう口にしようとした。
しかし、アルディートの話はまだ終わっていなかった。
「…………まだ、理由はあります。
四つ目の理由は『セレナを許してくれたから』です。
僕はシラー様との会話のときに、真っ先にセレナの件を謝罪しました。そのときシラー様は
『自分は気にしていない。セレナの発言は兄に甘えている証拠だと感じた。とても兄妹仲が良いのだと思った。』
という旨のことを話してくださいました。
セレナを許容してもらえるかどうかは、双子の僕にとっては重要な点だったので、そこに理解があるというのは助かりました。」
「…………そうね。親としても助かるわ。」
妻が呟く。
そしてそこで、初めてアルディートは自分の感情を見せた。
「セレナは、いつも周りに悪く言われてしまうから……僕は、いつも周りに謝ってばかりだから……
だから、たとえ僕の好感度を稼ぐための嘘だったとしても──……
それでもセレナを悪く言わないでくれたのが、嬉しかったです。」
「…………アルディート、」
妻が、声を詰まらせる。
「だから僕は、彼女に婚約の意思があることを確認しようと思って、彼女がボードゲームの話をしてくれたときに『今度お相手をさせてください』とあえて言いました。」
そこまで言って、アルディートは少し言い淀んで、自分の膝上に置いた手を見つめながらほんのり赤面した。
「……そうしたら、彼女が笑って言ってくれたんです。
『私は簡単には負けません。きっとアルディート様を楽しませることができます!』
って、……そう言ってくれました。
僕はずっと、公爵令息として周りに気を遣われたり、何であってもすぐに負けを認められたりしてしまうことが多かったので……
『僕に本気で勝つつもりでいてくれる人が、セレナ以外にもいたんだ。』
って思って、すごく嬉しくなりました。
──……それで、そのときの笑った顔が……可愛いなって、思いました。
それが最後の理由です。」
最後の理由を聞いたとき、私は心の底から安堵した。
「…………なんだ。もうすでに負けているじゃないか。」
私が笑って感想を零すと、アルディートは真っ赤になって俯いた。
アルディートはやはり、とても鋭い子だった。
息子は1歳上のシラー嬢に、計算高く手玉に取られようとしていたことを、完全に読み切っていた。
セレンディーナを認めてくれたのが嘘であることも、アルディートの「今度」という言葉よって勝利を確信されたことも──……自分が四大公爵家の跡取り息子としてしか見てもらえていないことも、まだ自分が好かれていないことも……すべて虚しく、正しく理解していた。
息子は完璧に、シラー嬢に読み勝っていた。
完璧に読み勝ったその上で、アルディートは彼女に期待したんだろう。
いつか嘘ではなく、本当にセレンディーナを受け入れてもらえる日が来ることを。
本気で自分に勝つつもりで、何度でも立ち向かってきてもらえる日々が来ることを。
どうせすぐに勝てなくなるくせに、勝てると勘違いしてはしゃぐその愚かな笑顔に──息子は意表を突かれて惚れたのだ。
…………我が息子ながら、趣味が悪い。
もっと子どもらしく素直に惚れればいいものを。
…………それだけ、嬉しかったんだろうな。こんなアルディートに張り合おうとする子どもなんて、セレンディーナくらいしかいないからな。
「……そう。それだけの理由があるなら、もう充分ね。
さっそくリヒェントラーク伯爵様にお話をさせていただきましょう。」
妻も察したようで、呆れたように笑いながら頷いた。
「ただ……いいこと?アルディート。」
「はい。何でしょうか。」
妻は息子にしっかりと目を合わさせて、笑って難しいことを言った。
「貴方がその理由でシラー様を選んだ以上、貴方はきちんと彼女に向き合いなさい。
貴方にとっては、お相手の感情を読み取って、お相手にとって都合のいいように立ち回る方が楽でしょうけど。
それじゃダメよ。ちゃんと自分の気持ちをお相手に真摯に伝えなさい。
お相手が好きそうなご令息を演じるんじゃなくて、本当のアルディートをきちんと見せなさい。
深く考えすぎずに、素直になるの。
いずれ結婚したら、一生を共に過ごす家族になるのよ?
貴方がお相手のことを理解できているだけじゃ意味がないわ。
貴方のことも、お相手に理解してもらいたいものね。
……分かった?貴方にとっては難しいかもしれないけれど、できるかしら?」
アルディートは妻の言葉を聞いて、少しまだ顔を赤らめたまま、アルディートらしいズレた回答をしてきた。
「はい。分かりました。彼女の前では、あまり考えないように頑張ります。」
◆◆◆◆◆◆
「あの子、大丈夫かしら。
……いえ。大丈夫なのは分かっているわ。アルディートなら上手くやれるわ。母親のわたくしよりもすでに、とっても器用な子だもの。
でも、さっきの話のときの、あの子の様子を見て思ったの。
──……あの子、きっと恋愛面は相当『不器用』よ。
誰かさんに似てしまったのね。心配だわ。」
アルディートとの話を終えて、そっとそう呟く妻。
少々心外ではあるが、私に似たというのは否定できないかもしれない。
もし私に似たのだとしたら、きっとアルディートはこれから先、彼女の前で恥を晒し続けるに違いない。
私は妻の心配に笑って答えた。
「何、大丈夫に決まっている。
我が家の子どもたちが負けるわけがないだろう。
セレンディーナが暴言をもってして篩をかけて、それを利用してアルディートが見初めたんだ。
うちの双子が協力して見つけてきた時点で、すでに勝利は確定したようなものだ。」
多少アルディートが恋愛面で不器用だろうと、今後私のように好きな相手を前にしてみっともなく空回ろうと……何も問題ないだろう。
すでにもう決まっているのだから。
──我が最愛の双子の子どもたちは、王国一の剣と盾。二人が力を合わせれば、アルディートの初恋の行く末も安泰だ。
父親として、私は素直にそう思った。
投稿自体は駆け足になってしまいましたが、自分なりに楽しみながら書くことができました。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
この作品は、すでに投稿済みの拙作の舞台裏的な位置付けとなっております。ですので、もし「シラー達のその後の様子を知りたい」「妹セレンディーナの方の恋愛が読みたい」という方は、
【連載】婚約者様は非公表
(本編を読まずに、最新話 小話4「貴族の私の前哨戦」だけを読んでも大丈夫だと思います。)
【短編】悪役令嬢と平民男の3年間
【連載】御主人様は悪役令嬢
もあわせてお楽しみいただければと思います。