結婚前夜
【僕とその他大勢と君と】のメイン二人の恋愛期間・成人後の話なります。最早ネタバレどうこうの域ではありませんが、甘ったるいのが苦手な方は回避して下さい。
特に何か致しているとかはないです。(そこは大事なのか???タイトル通りの時間軸ですのでそれなりです。
人生にはいつでも【最初】が待っている。
あれはこれはと最後の最後まで忙しない。何度も間違いがないかと確認したリストにじっくり目を走らせ、よし、大丈夫、と独りごちる。――ああでも、あれは? とまた違うクリアファイルを手にした所で「おい?」と笑い混じりの声がして顔を上げた。
「なんちゅー顔してんだよ」
「だっ、だって、」
心配で堪らない、とファイルを持ったままあたふた。くしゃりと顔か歪む。
「明日だよどうしよう――!」
「どうしようも何も」
彼も当事者のはずなのに何を笑っているのかまったく。こちらは至って真面目なのに。
「早く寝とかねえと明日しんどいぞって言われたろ?」
「わかってるんだよ。わかってるんだけどさ……」
一生に一度の事だ。これまで色んな人達の助けを借りながら準備も入念にしてきたけれど、それこそ自分一人だけの事ではないので間際になってきてやたらと不安に襲われていたりする。
ベッドを背もたれにして浩貴も隣に腰を下ろす。「どれ?」と手元を覗き込んでくるので持ったままのファイルを見やすいように差し出した。それもパッと見で「これ、昨日の昼間も見てなかったか?」なんて言う。うぐ、と喉が詰まった。
「見たけど……うん……」
皆まで言わずとも、だ。浩貴はファイルをすいと引き抜いて苦笑しながら他のファイルの上に置いてしまう。ああちょっと待ってまだ見終わってかなったんですけどーーというのもきっちり顔に出ていたらしい。
「俺もちゃんと見たし、式場の人も大丈夫だっつってたろ」
「なんだけどさあ…」
どうにも落ち着かなくて、と項垂れる。こんなにそわそわするのなんていつぶりだったか。
「お前、そんな心配性だったか?」
「こーきは平気そうだよねぇ……」
何というか、泰然としているのだ。
結婚を決めて式の段取りをと言い出した当初は二人共まあまあ同じ程度に思案顔をしていたのに、いつからか浩貴の方は一本筋が通った様子で。何だか自分だけどたばたあたふたしているのは気のせいではないらしく、彼は「まあ落ち着けよ」と宥める役ばかり。あなたも主役なの、わかってますか。ねえ。
「そりゃあ、端でどうしようどうしようっつってんのに俺までどうしようっつってたら駄目だろ。そういうもんだって」
「ううー……スミマセン……」
宥められる度に落ち着かなきゃなとは自分でも思うし、頭では全部きちんと出来ているからとわかっているのだ。でも、でも――
俯きかけた頭がそっと引き寄せられて、浩貴の肩に落ち着いた。よしよし、と大きな手に撫でられる。ううー……と寄り掛かってしばしそれを享受することにした。すっかり慣れて、何だかリラックスできる幸せなホルモンが出てくれているようにも思う。
「……まあ、俺も心配がないわけじゃないんだけどな」
「えぇ? そんな風に見えないんだけど……」
目だけやって、今の表情を窺う。が、角度的にちょっと厳しかったので断念。
「そうだなー……明日、土壇場になってどっかのシスコンが『やっぱり許せるかー!』っつってお前連れて逃げたりとか、」
「いっ?!」
なんて古典的なシチュエーション!
「もしかしたらスピーチ頼んでる友達がとんでもない暴露話して、もう、すげー恥ずかしい思いするんじゃねぇかなとか、」
「ちょっ、こーき、それは……」
今頃くしゃみしてるんじゃないだろうか、その旧知の悪友。
「あーまだある。教師仲間とか大学ん時のクラブの連中は大人しくしててくれるかなとか。細かい事考え出したらもう、マジで恐ろしい」
何かやりそうな面々の顔でも浮かんでいるのか、浩貴の声は何とも……げんなり、といった風である。さっきから列挙されている【彼の心配事】にはすぐ思い当たって、くすくす笑わずにはいられなかった。おかしいの。
「そんな。ユウはあれでも浩貴気に入ってるし、リュウだって正式な場所でそんな爆弾投げ込むような人じゃないよさすがに。二次会の事も。皆こっちに色々聞いてくれてたんだし大丈夫でしょ?」
「だといいけど、」
はーあ、と悩まし気な溜め息。さっきまでの自分を見ているよう。
「――ま、考えててもそん時何がどうなるかとかわかんねえし。現場にはプロがいるんだから何とかなるだろーって思って力抜いとかないとな」
「……うん、そうだよね」
頭をぽんぽん、は続いたままだ。
「……俺としては、お前がいつもみたくにこにこしてないのは落ち着かねぇなと」
「へ?……してない?」
式場。日取り。ドレス。装飾。新しい生活の準備。色んな人との打ち合わせ。これまで結構な割合で折々ににこにこ――というかへにゃへにゃ?――笑っていて、自分でも幸せボケしているなぁなんて思っていたのだが。
「してないな。思ってたより」
本番近付くにつれて、と彼は言う。
「何か溜め息多いぞ」
「だって、明日だから緊張もしててっ……だからじゃないかなと」
「独身最後の夜だな」
「あーそういやそうだよね……って、いやいや今そんな話じゃなくて」
「最後だし、楽しみだなーって気持ちで寝る方が【最初】も楽しくなりそうな感じ、しないか?」
その言葉に、少し体を離し、今度はちゃんと顔を上げて相手をじっと見る。
明日一緒に結婚式を挙げる人。長い間友達で、いつの間にか傍に居るのが当たり前になっていて。好きになって、その前もその後もずっと優しい人。
私の【一生、一番】の彼。
「…………ん、する」
「ん。ならそうしような」
ぽんぽんともうひと撫で。ーーんん、好きだなあ、と思う。
「大丈夫だって。お前が裾踏んでつんのめっても、かわいいなで済むから」
「はあぁ?」
いきなり何言い出すかなこの人は!?
「踏みません! かわいいなで済みませんっ!」
「踏みそうだろ、お前のことだから」
確かに普段からヒール慣れはしていないが。だがしかし。
「やだよ恥ずかしいっ! 一生言われるよそんなの」
「踏みたくなかったら、寝ろ」
寝不足でふらふらとか。それこそもったいない。
そこに落ち着くの、ねえ? もったいないってそんな。確かにぼけーっとしたままではもったいないけれど。
「もー……浩貴そーゆー言い方ばっかし」
「素直に聞かないのは誰だよ」
怒っているわけじゃない。言い合いながらくすくす笑いがこぼれてくるのはお互い様だ。確かにただ「もう寝れば?」と言われてもそんなの無理ですとしか言えない心境ではあった。
――……遠回しに優しいんだもんなー
それにじっくり慣らされてしまった感はある。悔しいけれど嫌な感じはしないのが不思議だ。同い年なのにこの落ち着きの差は一体どこからきていつの間に開いてしまったのか。
「……何だよ?」
「んーん、何でも?」
ああそうだ、と、怪訝な顔でこちらを見下ろす相手に向かってわかりやすくにこっと笑いかける。ーーちょっと、恥ずかしいのでね。
「独身最後って事で、」
「は? なに、」
ちゅっ、と彼のほっぺたに唇を寄せた。これまたわかりやすく、ぎゅうっと抱きついて。
「――おやすみ。ありがと、明日もよろしくね」
ぽかんと呆けた浩貴を置いてすっと立ち上がる。捕まえられはしなかったが、部屋を出る前に「くっそ……覚えてろお前ぇ……」と悔しそうな呻き声がしたのを背中に聞いてにんまり。やに下がるというのはこれを言うに違いない。
*
私と君と新しい生活。
長らく更新できずに寝かしに寝かせたものを加筆修正しました。リハビリにちょうどいい具合の甘さだろうと思いますので、よければお腹に収めてやって下さい。
この二人、きっとキメることさくっと決められるタイプなので本番もとてもいい感じになるんじゃないかなーと思います。式場スタッフさん達にもいいお客さんだったなーと思われてるといいな、うんうん。
ネタバレもクソもない思いっきり近い二人を、ちょいちょいよろしくお願いします。うーん、うちの子はかわいいなあ(ひっどい親バカ




