第二話 カメラ
その翌日。僕は秋峯さんとは何も話さなかった。
昨日の事が嘘のようにだ。
一応ラインは交換しているはずだから、何かあれば送られてくるはずなのだが、トークの部分には『見えてる?』『見えてます』『goodスタンプ』これしかやり取りはない。
まるで昨日の事は夢の様だ。専属カメラマンなんて言うのは、僕の妄想かもしれない。
僕ならそんな妄言に取りつかれることも可能性としては消しきれない。
それとも、もしかしたら、僕のストーカー行為をやめさせるための手段だったのかもしれない。盗撮をやめさせるために、専属カメラマンとか言って、実態はただのクラスメイトなのでは。
色々と悪いことを考えてしまう。
僕は軽く伸びをした。三時間目の休み時間だ。
トイレに行こうとしたその時、背中をトンと叩かれる。
僕は慌てて振り向く。
そこには秋峯さんの姿だ。
「昼休み、一緒にご飯食べたいから屋上ね」
そう、小さな声で言われた。
僕は平常を偽って、「はい」と答えた。
昼休み、僕は購買でパンを買って屋上へと向かう。そこにはもう既に秋峯さんの姿だ。
「お待たせしました」
僕が言うと、「待ったよー!!」と笑顔で言われる。
「それで、今日はなにの用なんですか?」
「用ね、別にどうってことは無いんだけど、三輪沙雪君、君カメラは持ってる?」
「はい?」
カメラなら、スマホがありますが。
「そう言う意味じゃないの。本科気宇的なカメラってこと」
確かに、それなら持っていない。
「持ってないなら、私が買ってあげようかなって」
「買って?」
「うん、必要でしょ」
僕は今までスマホでしか写真を撮っていない。
だけどそこには理由がある。
そもそもカメラという物を持っていないのだ。
本格的なカメラという物は高価なものだ。それこそ僕みたいな中級家庭の出には手に届かないような。
いや、これは僕の言い訳だ。本当にカメラが欲しいなら昼飯を抜いたりしたら、節約したお金買えるから。
僕はカメラの必要性を感じたことがなかったのかもしれない。
「どうなんだろう」
僕は迷った末に、そう返答を返した。
「どうなんだろう?」
「僕はカメラという物で撮る意味があまり良く分からないのかも」
その言葉を受け、彼女は軽く顎を触る。
「それはもったいないよ。一緒にカメラを選ぼ」
「え?」
「今日の放課後集合ね」
あっという間にカメラ屋さんに行くことが決定してしまった。
その後、食事の際にそこまでの会話は無かった。
秋峯さんは黙々とご飯を食べていたから。
そのご飯の中身は、少し質素なものだと感じた。
女性は男性よりも多くの量はたべないとは言うけれど、こんなに食べなくてもいい物なのだろうか。
それに彼女は黙々と楽しくなさそうに食べている。
そう言えばと、ふと思い返す。彼女は今まで教室でご飯を食べている姿をあまり見たことがない。そこもこの食事に関係してくるのだろうか。
「何見てんの」
彼女は口に入れかけたサラダの手を止め、言った。
「何か気になる事でもあった?」
見ていたことがばれた。
どう言い訳しようか。
少し考えて僕は静かに、
「いつもここで食べてるの?」
と言った。
「うん、今までもずっとここで食べてるよ」
その言葉はほんの少しだけ暗い雰囲気を醸し出していた。
同時に、もう訊くな、見たいなオーラも出している。
仕方ない。
「そうなのか」
僕はそう言って会話を断ち切った。
その日の放課後。早速僕たちはカメラ屋さんに向かった。
「こっちだよ」
そう言って、秋峯さんが案内してくれる。
僕は単にそれについていくだけだ。
思ったよりも歩く。そんなに遠いのだろうか。
「ここだよ」
笑顔で店を指示した。
彼女の指の先にはしっかりとカメラ屋さんが映っていた。
そこにはいかにも、みたいな高価そうなカメラが多く置いてある。
そして大体の物が5万円を超えている。10万円を超えている者も沢山ある。
そりゃ、本格的なカメラともなればそのくらいの値段はするよな、と思いながら眺めていく。
だけど、そのどれも手にする勇気なんて言う物は早々出なかった。
そうしているうちに、
「選ばないの?」と、秋峯さんの言葉が。
僕はドキッと心臓が跳ねた。
「好きに触ってもいいのに」
「それは、秋峯さんが決める事じゃ」
「触っていいって言ってるよ。それとも盗撮の件周りにばらしてほしい?」
そう作ったような笑顔で言われてしまったら選ばないわけにはいかない。
俺はとりあえず目に入ったカメラを手に取る。
「ここ、写真撮影ができるんですって。それで撮ってよ」
無邪気に笑う彼女。
その姿を見ていると、学校とは少し違うな、なんて思う。
屈託のない笑顔を浮かべる、なんていう点では同じだが、少し違うのは何だろうか。
笑顔の質みたいな問題なのかな。
それこそ、意識しなければ分からないような。
だけど恐らくこんなの気の迷いだと思う。
そうやって何枚か写真を撮っていく。
その全ての写真が素晴らしい出来だ。
彼女の明るい笑顔を嘘偽りなく映してくれている。
そしてそれはスマホのカメラよりも素晴らしくいい物だった。
写真という物は、リアルとは違う虚構だ。
だけど、これを見たら、まさに彼女が今そこにいるという感覚にさえ陥ることができる。
そうして、何枚も別々のカメラで撮っていくが、困ったことにどの写真も素晴らしく全部持っていきたいところだ。
っだけどこの中からどれかを選ばないといけない。
僕はとりあえず写真の質と取りやすさ。さらには店員さんの機能説明を受け、じっくりと考え込む。
どれか一個を選ぶなら。
僕は目を閉じて考える。
基本こんなものは単なる感覚だ。
何しろすべて性能がいいんだから。
目の前にいる秋峯さんは「選択権は三輪君が決めてね」と、言ってくれている。
考えるんじゃない、感じるんだ。僕は、パットカメラを触る。
なんとなくだけど、一番写真写りがいい気がしたのだ。
「秋峯さん、これにしていい?」
僕は訊く。
「うん。大丈夫だよ。三輪君が決めたなら間違いない!」
そう、指でグッドマークを作ってくる。
本当にこれでいいのか、自身なんてさらさらないが、決めたことを今更撤回するなんて言う恥ずかしい真似はしない。
「じゃあ、これにします」
僕は秋峯さんに向かって改めて宣言をした。
そして秋峯さんがカメラを受け取り会計中。後々良く見たらカメラの値段は12万円だった。
本当に秋峯さんが代金を支払う事になったけれど、本当にいいのだろうか。
勿論僕としてはありがたい限りだ。
だけど、僕が使う事になる物なのに、僕が一銭も払ってないなんてな。
まあ、そこは秋峯さんがいいのなら僕は別にいいけど、少しだけモヤモヤは残る。
「あ、三輪君」
秋峯さんが振り返った。
「これから、たくさん写真を撮ってもらうからこれからよろしくね」
そう言ってにっこりと笑う彼女。
シャッターチャンス!!
僕は即座にスマホでその写真を撮るのだった。
僕はその後家へと帰った。
★
「おかえり沙雪」
そう、お母さんが僕の名前を呼んだ。
僕は自分の名前が苦手だ。
何しろ。沙雪なんて、基本女子に付ける名前だ。
多様性多様性とは言うけれど、沙雪なんていう名前の男子は僕の他に見たことがない。
「ただいま」
僕はそう返し、上の部屋へと上がる。
「お姉ちゃんに挨拶は?」
お母さんがこちらを睨む。
そうだった。
「お姉ちゃんただいま」
そう言って僕はお姉ちゃんである沙雪に挨拶をした。
僕は部屋に入る。
そして、ベッドに寝ころんだ。
まだお母さんは、お姉ちゃんが死んだことを受け入れられていない。
だからこそ、僕はお姉ちゃんと同じ名前が与えられた。
お母さんはお姉ちゃんと僕とをたまに混同する。
お母さんが完全には壊れていないことを感謝している。
そうじゃないと、僕は女として育てられていたかもしれないのだから。
まあ、僕に与えられたこの部屋はお姉ちゃんの部屋だったけれど。
お母さんは僕とお姉ちゃんを混同することで気を紛らわしているのだ。
お姉ちゃんが死に、メンタルの弱った母さんに呆れを切らした父さんが家を出て行ったあの日から。




