第一話 盗撮
僕は気がつけば君の姿の虜になっていた。
僕は彼女に夢中になっていた。
そう、僕の学校に突如として現れた彼女の姿に。
秋峰祈里。
彼女は、一学期のテスト期間に突如として現れた元不登校生だ。
あのときはテスト期間まで学校に来てなかったのに急に来たものだから驚いた。
そして、彼女は――そのテストの全部の教科で赤点回避を成し遂げたのだ。
今、教室の窓側の席で楽しそうに友達と会話をしている彼女の姿もまた愛おしい。
好きだ。
そう思った。
彼女の長くさらりとした髪の毛。彼女の、細くすらりとした手足、そしてその眩しい表情。
どこを取っても可愛らしい物だ。
ところで、僕には趣味がある。気持ちの赴くままに写真を撮ることだ。
家でのストレスを発散するためにやっているという側面もある。
趣味は、ストレスをいい感じに放出するいい物なのだ。
そして、僕が撮るのが好きなものと言えば、
例えば、山の風景や、電車、タワー、お城などなどだ。
それが今まで僕の趣味だった。そう、所謂無機物を撮ることが。
人を撮らない事には理由がある。
何しろ人を撮るには、許可がいる。
許可を取らなかったら、それはただの犯罪者。盗撮犯だ。
だけど僕は、その中で。
彼女の姿を撮りたい。いつしかそう思うようになった。
だけど、僕には許可を取るという行為は不可能だ。
君の写真を撮りたいです、だなんて変態と言ってるみたいなものだ。
僕にコンテストに出せるような気概があればいいのだが、そんな物はない。
そもそも、カメラじゃなくて、スマホで撮っている時点で、そんな気持ちはそこまでない。
人気者の彼女に、僕なんかが写真を撮っていいですか?
なんて言えるわけがない。
だからこそ、僕はイケない事だとはわかりつつ、秋峯さんを撮ろうと、思った。盗撮しようと思った。
彼女が帰宅ルートに入る最中に僕はパシャっと消音モードで写真を1枚撮って見せた。
よし、ばれてない。僕は写真を確認する。
いい感じに撮れている。
ただ、正面からじゃないから後ろ姿しか見えてないのが残念だ。
だけど、この感じなら多少調子に乗ってもばれないのでは?
僕は色々な角度からちょっとずつ撮っていく。
そして総勢30枚くらい撮ったところで、退散した。
僕はその写真を眺めながら、家でにやにやとする。
変態みたいに聞こえてしまうかもしれない。
だけど、僕は当然ながらよこしまな気持ちで撮った訳ではない。
彼女の姿を後世に残すために、撮ったのだ。
★
翌日。僕が学校に着くと、
「ねえ、少しいい?」と言われた。
僕は振り向く。そこにいたのは秋峯さんだった。
「何ですか?」
もしや、昨日の盗撮がばれたのではないか、と。僕は訝しんだ。
まずい。
ばれたら完全に終わりを迎えてしまう。
盗撮犯になってしまう
そうなれば僕は終わりだ。学校での立ち位置を失う事になる。
ここから何か言い訳する術はないだろうか。
考えろ考えろ。
「顔が青いよ? どうしたの?」
まずい、動揺が見破られてる。
「だなんて、ウソウソ、私分かってるんだから」
「分かってるって何を?」
「ここじゃ、話せないから。昼休みに屋上まで来て、分かった」
「はい」
普通の男子なら、告白シチュエーションなんて、喜んでいるだろう。
だけど、今の僕は違う。
盗撮行為がばれてしまった。
こうなっては、もういい逃れなんてできない。
詰みだ。完全なる詰みだ。
僕は今死刑宣告を受けているに等しい。
きっと、この場で糾弾されないだけ幸せなのだろう。
僕はその午前の授業を心臓の音を爆音で鳴らしながら、受け続けた。
もはや僕に出来る事は何もない。
僕は、昼休みの死刑を待つのみなのだ。
そして、ついに運命の時が来てしまった。
僕は、屋上に呼び出された。
僕の心は静まり返っていた。
人間、いざその時になると覚悟が決まる物だ。
それに僕の行動が人として間違っていたことも分かっていた。
甘んじて誹りを受けよう。
そして誠心誠意謝罪しよう。
「ねえ」
彼女が一言呟く。
「わたしの写真を撮ってよ」
その言葉に、僕は「は?」と言葉をこぼしてしまった。
なぜ、そんな事になるのか、理解が追い付かない。
「どういう、事ですか?」
「だって、三輪君、わたしの写真が撮りたいんでしょ」
「そ、そうですけど」
「なら撮って」
意味が分からない。
どういうことなのだろうか。
「撮っていいの?」
「うんっ!!」
訳が分からない。だけど本人から許可が下りたのに、写真を撮らないわけにはいかない。
僕はパシャリと数枚写真を撮る。
正直僕は写真を撮るのが上手い訳ではない。
だけど、いくつか心得ていることはある。
例えば光だ。逆光にならない様に、角度を変えたり、構図を工夫したり。
上手く撮れたかは分からないが、僕が確認した感じではよさそうだった。
「どう?」
そう元気よく手を振る秋峯さん。
僕は小走りで向かい、写真を見せる。
「中々上手いじゃん。それで――」
彼女はスワイプしていく。
そしてそこには、僕が昨日撮った写真があった。
「やっぱり盗撮してたのね」
しまったと、思った。
そうだ。このスマホを見せたら盗撮写真を撮られるじゃないか。
「これはいけないんだー。盗撮なんて犯罪だぞー」
秋峯さんは僕の額に指をあてる。こんな時なのに、その仕草が可愛いなんて思ってしまう。
ここで僕が取るべき行動は決まっている。
「ごめんなさい」
僕は額を床にこすりつけて謝った。
「本当にごめんなさい」
「や、別にそこまでしてとは言ってないよ」
「でも、ごめんなさい」
「うーん、じゃあ、どうやって謝罪してもらおうかな」
僕の学校生活が終わる音がした。
それも僕のやらかしのせいで。
さよなら平穏な生活。
そしてこんにちは、地獄。
「じゃあ、こうしよう」
ぽんっと手を叩く。
「これから私の専属カメラマンになってもらおうかな」
「……は?」
専属カメラマン?
「聞こえなかった?」
「いや、聞こえたけど」
聞こえたから、理解できるという話ではない。
「聞こえたならなってよ。ばらされたくなかったらね」
「あ、ああ。それはいいんだけど。専属カメラマンって何のために?」
「わたしね、一人旅が好きなの。でも、一人旅をしてたら問題が生じるの。それは――」
ためが長い。
そして、秋峯さんは僕に指を指しながら、
「わたしと風景を一緒に撮ってくれる人がいないってこと」
「はあ……」
確かに一人旅では写真を撮るのが難しいという要素がある。
自撮りが出来るような場所があればいいが、普通に考えて自撮りよりも他撮りの方がクオリティはアップするだろう。
「だから僕にお願いしたいのか」
「うん」
でも、一つ疑問が残る。
「なんで僕なの?」
それは友達の誰かでいいはずだ。
秋峯さんには沢山の友達がいたはずだ。
その中の誰かにお願いしたらきっと写真を撮るために同行するだろう。
例えば親友のはずの岸沢さんなどだ。彼女なら喜んで同行してくれるだろう。
それにこんな盗撮犯と行くよりも、友達と行った方が絶対に良いはずなのだ。
それなのに、どうして。
「わたしね、君の写真撮るスキルは正直上手いと思うんだ。たぶんさ、プロの人達の方が上手いと思う。だけど、君にはわたしをキレイに撮ろうという気概があった。そう言う人に頼んだ方がいいのかなって。それに君は断れないし」
確かに断れない。
しっかりと弱みを掴まれているのだから。
「じゃあ、よろしく。あ、連絡先交換しよ」
「あ、はい」
僕はスマホを渡す。QRコードで連絡先交換だ。
まさか僕のスマホに、秋峯さんの連絡先が登録されるなんて。
きせきってあるんだな、なんてふと思った。
「明日からよろしくね」
「はい」
明日からどうなるのかは分からない。分からないけれど、楽しみだ。
秋峯さんの写真を合法的に撮れるのだから。




