メカナイズド・ヒューマン
「艦長、北東より友軍機が接近中です。こちらとの双方向通信を求めていますが、どうしますか?」
クサントスの艦橋に、アンネの声が響く。
「艦長。これも貴方の差し金ですか?」
エレナが怪訝そうな声で尋ねる。カーチスによるバンクーバー襲撃作戦については、カーチスとミナ、緑郎が話した事により、既に艦中の人間の知るところであった。これに対する反応はまさに賛否両論であり、艦内でも対立が起ころうとしていたが、カーチスの、
「この件で発生した全ての事実事件における責任は私が取る」
という発言により、事態は一応沈静化した。
エレナは信頼を寄せていたカーチスが、友軍に対する攻撃を指示したという事実に対し大きなショックを受け、不信感を感じていたのだ。
「違う...。と言えば、君は信じてくれるかね?」
「どうでしょう?私は私の見たものしか信用しない事にしましたので」
「手厳しいな...」
笑いを含んだカーチスの物言いにムッとしたエレナだったが、彼の目が笑っていない事に気が付き、口を閉じた。
(卜持...。すまない、状況は悪化する一方だ...)
カーチスは心の中で陳謝しつつ、アンネに通信を繋げるよう命令した。
「クサントスへ、こちら卜持准尉。詳しい説明は後で行いたい。着艦指示を求む」
「了解した。第二格納庫に着地を行ってくれ」
「了解。それと...、数人の人員を寄越してくれませんか」
「...分かった。手配しよう」
その頼みが何を意味するか、カーチスは知っていた。故に、深入りすること無くただ淡々と受け入れただけだった。
格納庫に着地したアキレウスは両腕を床に下ろす。そこにはロークの遺体が横たわっていた。
コクピットから飛び出した雫がロークを抱いて、カーチスが寄越した人員に引き渡す。
「あれって...、いつも掃除していた人か?」
「陸戦部隊の指揮官だよ。バンクーバーに行ってたらしいが、まさか死んだなんて...」
「帰って来ないってことは、まさか部隊まで...」
整備員達がこそこそと話すのを尻目に、雫は布を被せられるロークの姿を網膜に焼き付けようと見続けた。もう涙は出ることはない。彼の最期の言葉...、生きろ、という言葉を守るため、この戦争が終わるまでは泣かぬ、と決めた。泣けば心の隙間から、弱さが入り込んでくるから。運ばれていくロークを視界から振り切り、毅然とした態度で多くの視線を浴びながら艦長室に向かう。
「艦長。卜持准尉、入ります。既にカルラ大尉より報告を受けておられると思いますが、自分に関する報告を幾つか...」
「卜持...、すまない。この結果は全て、私の采配ミスが招いた事だ」
艦長室に入った雫を待っていたのは、カーチスからの謝罪の言葉だった。最初は動揺したものの、ロークの死、作戦の誤算、その全ての責任を負おうとしていると気付いた雫は静かに、
「艦長の責任ではありませんよ。誰の責任でも無い。皆、死ぬ時は死ぬ。俺だって、貴方だってそうだ。それが戦争なんだ。それに付いて回る責任なんて誰も取れやしません。だから、俺は気に病みませんよ。その代わりに、ローク先輩が、いや、死んだ人間の遺した願いを叶えるのが、生きている人間のすべき事だと、俺は思います」
思わず説教臭くなった自分の物言いに、雫は慌てて口を閉じる。軍隊で上官にこの様な発言を行うのは、それこそ気難しい上官であれば殴られてもおかしくはない。
そもそも、人生経験にかなりの差があるカーチス相手に説教など、相手にもされないだろうと雫は思った。
だがカーチスは呆気にとられたような顔を一瞬だけ見せ、次いで少しだけ笑った。
「な、何すか...」
「いや、すまない。まさかお前に説教されるとは思わなんだのでな。しかし、お前の言う事は全く道理だ。ふふ、理に叶っているよ」
気恥ずかしそうに俯く雫を見て、カーチスはふと胸がさんざめくのを感じた。
(子を持つ父とは、こういう気分なのかもしれんな...)
その感覚が父性と呼ばれるものなのだろうと自覚し心が温まるのと同時に、父性を感じさせる程の子供にこんな事を悟らせてしまったという一抹の罪悪感、そして心の中のある棘がカーチスの胸を蝕んだ。
それでも、現状雫はバンクーバー基地の実態を知る数少ない人間の一人だ。手放す訳にはいかなかった。
だからこそ、雫が何と言おうと彼についての責任は取る。それがカーチスの確固たる考えだった。
「...、卜持、それは?」
カーチスが指を指したのは、雫が大切そうに抱えていた情報格納機器だった。ロークが死に際に、雫に託したものである。
「そうだ、これを艦長にお渡しする為に来たんだった。ローク伍長が、バンクーバーの施設全ての情報を収めてあると、言っていましたが...」
雫がそう言うと、途端に穏やかだったカーチスの表情が深くなる。その切り替えの速さに若干の末恐ろしさを感じつつ、雫は機器を手渡す。
そのまま部屋を出ようと振り返ると、後ろからカーチスが声をかける。
「卜持、お前も見るんだ」
「へ?でも、よろしいんですか?」
「ウインド伍長はお前に託した。それに、お前の記憶を刺激するのにも一役買うかもしれん」
「...では、見させて頂きます」
とはいえ、一応カーチスの隣に座ったはいいものの専門用語や暗号が殆どで雫にはさっぱりである。だが対照的に、カーチスはその表情をさらに深刻そうに歪めた。
「プロメテウス計画...。当該施設が敵性勢力による攻撃を受けた場合、ヴァルキリア開発以前に開発したAM-000を惑星連合軍に譲渡及び各人員を派遣...。...全くなんて事を、とんでもない事をしでかしてくれるものだ」
唸り声を上げながらカーチスが呟く。雫は恐る恐る、
「以前とは...。ヴァルキリアがAM開発のパイオニア的存在であるという風に覚えていましたが、それ以前の機体があったなんて...」
「お前が知らないのは当然の事だ。その存在は隠蔽されていたのだからな。ゼウス、最強にして最悪の純戦闘用AM。それが奴らの手に渡った可能性がある」
「ゼウス...」
「何人ものテストパイロットの脳を破壊し、廃人へと追いやった機体だ。最後にテストパイロットをしたのはカルラ大尉。唯一脳を壊されなかった稀有な人間だ」
ミナの名前が出た事に、雫は疑問を抱かなかった。もう何に関わっていようが、彼女なら不自然ではない。一々驚いていては、しばし疲れると思ったからだ。
だが、ミナがゼウスという機体に耐えきったという事実には興味があった。雫がカーチスに問うと、
「彼女は先天的に空間認識能力が極めて高い水準にある。ゼウスはパイロットの脳に、ゼウス自身が求める能力を強制的に焼き付けるが、彼女の空間認識能力はゼウスのそれを上回っていたという訳だ」
「つまり、大尉はゼウスに勝ったってことですか?」
「...まぁ大雑把に言えばそうなる。だが、彼女は...」
「本来なら私は、ゼウスのパイロットとなる予定だった。だが、都合のいい技術が円熟の域に達した」
入口の方向から放たれた声に、二人は目を向ける。そこには制服に着替えたミナが立っていた。
「都合のいい技術?」
「艦長、あなたはお分かりでしょう。MH計画...、メカナイズド・ヒューマンを作った、あなたは」
カーチスの眉が僅かに動いた。
「...知っていたのか、大尉」
「私とて、ただ流されるだけの女ではない。こちらで色々と調べさせて頂いた」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。メカ...ナイ?ヒューマン?MH計画?一体何の話を...」
雫が捲し立てるように尋ねる。ミナは雫を一瞥すると、
「メカナイズド・ヒューマン。機械化された人間という意味だ。塩基配列や遺伝子レベルから人為的に作られた人間の脳中枢、身体軸を機械の如く改造し、ゼウス他パイロットへの負荷が大きい機体にあてがう。だが、その改造には激しい苦痛を伴い、そして改造後もパイロットとして使い潰され、まともな生活など送れはしない。知的生命体の生み出した中でも最低最悪の技術だ」
吐き捨てるようなミナの言葉に、雫は少しだけ恐れを感じた。これ程までに怒りの籠った声を、未だかつて聞いたことがなかったからだ。
カーチスはただ黙って聞いていた。ミナも雫も、彼が口を開くのを待った。
数秒の沈黙、カーチスは顔を上げ、そして話し始めた。
「大尉の言う通りだ。私はあの施設でMH計画を提案し、そして実行した。その結果として、何人もの人間を犠牲にしてしまった...」
カーチスが話し終わる前に、雫は衝動的に彼の襟を掴んでいた。ミナもカーチスも動揺の色一つ無く雫を見つめる。
「そんなの...、連中と同じじゃないですか!雫・ガーフィールドと火星の同胞を使い潰した奴らと!俺達みたいな、いや、俺達以上に非道な技術で人間を生んで使い潰しておいて、アンタは俺達に何をやらせたいんだ!何を求めて俺を!俺達を...!」
ミナ以上に怒気を纏った声がカーチスを圧する。裏切られたという絶望と、カーチスがそういう事をしていたという失望。雫も心内ではこの怒りが自分と関係無く、特に裏切られた...、というのは己が勝手に信頼していただけで、それをカーチスに一方的に押し付けていただけだ。だが、理性ではそう思いながらも、雫個人にとっての正義感がそうさせた。
「私は...、耐えられなかったんだ」
「何を...っ!」
「雫、落ち着くんだ」
片方の拳を振り上げた時、ミナが雫の肩を抑えた。
しかしカーチスは雫を見据えて続ける。
「テストで次々と犠牲になるマーシャンの姿に、私は耐えられなかった。それぞれの人生を歩んできた人間が、あんなもので廃人になる様を見るのが嫌だった。それならば、一から人間を作ればいい。実験で使われるために繁殖させられるモルモットのように」
「人間はモルモットじゃない...!」
「分かっていた。だから、私はなるべく早期にテストを終了させ、その暁にはまともな社会生活が送れるように教育をし、就労先を斡旋するなど、彼らのアフターケアも欠かさないようにしていた。だが、一部の人間はそれをよしとしなかった。何故自分たちにより生み出された存在に対しVIPのような待遇を与えなければならないのかと。だが、私はその悪感情を放置してしまった。その結果、私はチームから外され、その不満を持っていた者たちが主任となった。そこからは、君たちの知っている通りだ」
「つまり、自分は悪くないと」
ミナが問い掛ける。カーチスは続ける。
「釈明をしたい訳じゃない。だが、少なくとも私の部下や仲間達は、MHに対して真摯に向き合っていたというだけだ。そして、彼らを大尉が言ったような目に遭わせた者達は、生き残っているMHと共に恐らく連合軍にいる」
「何...?」
ミナが驚きを見せる。カーチスはデータの映された端末をミナの方に向けると、
「プロメテウス計画。日付から見て、私が左遷された後に草案が練られた計画だ。それが発動し、ゼウス及び専用の整備員、研究者、そして...、パイロットとして生き残ったMHが連合軍に渡った」
と告げる。
「生き残ったMH...、心当たりは」
MHの殆どは処分、あるいは記憶を処理されて消耗の激しい最前線に送られ、そこで排除されている。
生き残っているMHが居るとは、ミナも思ってはいなかった。
「分からん...。だが、私がまだチームに居た頃、異常な程ゼウスに適合反応を示した子供がいた。もし生きているなら、恐らくは...」
「...バルカ大尉、質問よろしいでしょうか」
重航空打撃艦トロイのブリーフィングルームの空気は、いやに張り詰めていた。
ばつが悪そうに立つバルカと、その傍らで無愛想に突っ立っている少女を見て、ダイマは顔を引き攣らせながら尋ねた。
「地球軍から極秘裏に離反した連中とそいつらが作ったAMが乗艦して、それでそのAMとそんな子供が俺の部下になるってのは、悪い冗談でしょう?」
「冗談では無い、残念ながらな。離反した奴らが言うには、この少女はあのAMのパイロットらしい」
半ば予想していた答えに、ダイマは俯いて首を左右に振り、溜息を吐く。すると、その姿を見た少女が前に出た。
「ダイマ・ハーヴェイン少尉」
「俺は中尉だ。お前を受け持つ事になったんで、特例で昇任だ」
「では中尉。私があなたの部下になる事に、一体何を躊躇っているんです?」
僅かに目尻を下げ、口角を上げて少女が尋ねる。その表情、言い方に少しムッと来たダイマは、
「子供如きが生意気を言うな。これは戦争なんだぞ。お前がどんな能力を持ってるかは知らんが、易々と戦場に出てくるものではない」
「しかし、あなた方は地球軍の新型艦一隻沈められていないじゃないですか。そんな体たらくだから、私のような子供が出ることになるんじゃないですか」
「良く言う。あれとやり合ったこともないガキが」
「はぁ?言ってくれるじゃない...」
売り言葉に買い言葉...、両者の間に火花が飛び散ろうとしているのを見たバルカは素早く話題を切り替える。
「少尉、ダイマは君の上官だ。せめて着任の挨拶をしたまえ」
その言葉を聞いた少女は不服そうにダイマの方を向き、軽い敬礼をする。
「地球軍バンクーバーMH研究所から来ましたぁ、認識番号Z-12ですぅ」
明らかに舐めた態度の少女に思わず怒りそうになったが、ダイマは自己紹介に引っ掛かる所があった。
「お前、名前を言わなかったな。何故だ」
尋ねると、少女はしれっとした態度で、
「名前なんてありませんよ。あそこじゃあ私達は実験動物でしたから。モルモットに名前を付けますか?」
と言い放った。
「な、なら、俺はお前をなんと呼べばいい。Z-12などと呼ぶのは俺は嫌だぞ」
「いや知りませんけど。本当の名前も思い出せないし、あそこで何年も番号で呼ばれてちゃ、むしろ名前で呼ばれる方が気持ち悪い」
「ダイマ、どうしても嫌なら階級で呼べばいい」
「俺の他の部下に少尉なんて大勢いますよ!」
「ならば少尉以外の者は名前で呼べばよかろう。それか、お前が少尉に名前をつけてやれば良い」
「えぇ...」
「た、大尉?私は嫌ですよ、こんな人に名前付けられるの!」
「こんな人だと!」
「何よ!」
しまった、これでは何も変わってないではないか。そうバルカが気付いた時には二人の心の間に戦線が出来ていた。
何とかせねばと思ったが、他のパイロット達がぞろぞろとブリーフィングの為に部屋に入ってきたのを見て、体裁だけ取り繕った。
「全員揃ったか。では、作戦の説明を行う。
先日の戦闘により、我々は例の白いAM、地球軍での開発コード、ヴァルキリアという機体と、途中で現れた赤いAMによって痛打を受けた。その後制圧した基地においても情報の自爆処理がなされており、大したものは得られなかった。だが一方で我々は新たな仲間と戦力を得た。少尉、前へ」
「元地球軍バンクーバーMH研究所第一研究標体、認識番号Z-12です。階級は少尉、呼ぶ時は番号か階級で呼んでください」
バルカもダイマも予想していたが、Z-12の自己紹介に皆がざわつく。
それを見計らったかのように、白衣の男がブリーフィングルームに入室する。
「君たちの疑問については、僕が説明しよう」
「...チーフ、貴方方にはこの艦での行動に制限があったはずだが」
「僕じゃないと説明が出来ないからね。艦長に許可はとってあるよ。...さて本題だが、彼女はMH、メカナイズド・ヒューマン手術という技術を用いた我が研究所唯一の成功体だ」
大っぴらに腕を広げて、男が揚々と言う。だが対照的に、バルカ、ダイマや他の人間の反応は冷ややかなものだった。
「で、これは今回僕たちが持ってきたAM、地球軍が最初期に開発したゼウスのパイロットなんだけど、多分君たちじゃZ-12に着いてこられないから、形式上は部隊配備として、こちらで独立運用をさせてもらうよ」
「ほう、俺達がそのガキについていけないだって?学者サンにしちゃ面白い冗談だ」
男の言葉に数名のパイロットが立ち上がり、嘲るような目で少女を見つめた。少女は苛立った瞳を向けようとしたが、男が目で制止する。
それを見たバルカもパイロットを抑えると、男に話の続きを促した。
「君たちが見たあの赤い機体は、僕の記憶によればアキレウスという機体だ。あれはヴァルキリアの三倍以上の性能がある。君たちのエンプーサとかいうブリキ人形じゃあお話にならない」
「っ、てめぇ!マジで喧嘩売ってんのか!」
「喋るな!チーフ、貴方もだ。勝手な物言いは慎んで頂く」
「こりゃ失敬。けど現状確認をして欲しいんだよね、僕は。事実君達は、あの艦の搭載機の一機も墜とせてない。その原因はもちろん君たちの実力のせいでもあるけど、一番はマシンスペックに差があるからだと思うんだよねぇ」
そこまで言って、男はスクリーンに映像を映す。そこには無数のAMが立ち並べてあった。
「チーフ、これは?」
「君達への手土産だよ。名前はアレースとアルゴス。地球軍で開発したゼウスの簡易量産機だ。アレースは親機譲りの機動性はさることながら、汎用性にも長けている、アタッカーだ。一方アルゴスは電磁誘導による防御用のフィールドを展開できる、ディフェンダーだね」
男の説明に今までとは一転、好奇の瞳を浮かべるパイロット達に安堵しつつ、映像で目に止まった機体があったバルカはそれも尋ねる。
「一機、アレースとか言うのとは違う機体があるようだが?」
「あぁ、あれはダイマ中尉専用に持ってきた機体だよ。名前はヘラクレス。アレースが簡易量産機なら、こっちはゼウスを普通の人間でも動かせるようにしたハイエンドモデルってとこかな?」
「俺の、専用機...」
ダイマはその黒い機体に惹き込まれていた。それは高性能な専用機を貰えたという喜びでは無く、あの紅と白の機体と、その母艦に雪辱を果たせるという高揚感でも無く。与えられた機体、それに伴う義務を果たさなければという責任感だった。
「さて本題に入ろうか。あの艦はバンクーバーを襲った機体を収容し、今は西欧戦線ベルリン奪還作戦に参加するために西進している。ベルリンが落ちれば連合軍は補給の観点から大幅な戦線の縮小を強いられ、以後の作戦に甚大な影響が出るだろうね」
「そこで火星・木星軍合同作戦司令部は本艦隊の総力を以て、敵艦の進路上に展開し、一気に撃滅せよとの命令を下された。作戦決行は五日後、ちょうど敵艦がロシア・ポーランド国境を越える辺りだ」
バルカがそこまで言うと、彼の予想通りパイロットたちは再びざわめき立つ。
「新型を受領してすぐですか!?せめて二週間は訓練しないと使いこなせませんよ!」
「その点は大丈夫。アレースは元々君たちに譲渡するために開発してた機体だから、操縦系は連合の物と同じだ。初めての機体でも、難なく乗りこなせると思うよ」
「そうじゃねぇ!新型ってったら、これまでの戦術一つにだって慣らしがいるんだ!それを新型ですぐにやれなど...、大尉、失礼を承知で申し上げますが、とても司令部が正気だと思えません!」
悲鳴にも似た声に、バルカはあくまで冷酷な表情を浮かべ、
「これは特優先命令、絶対遵守が最低条件だ。我々が取れる選択は二つ。命令を無視して銃殺か、命令を受けてハイリスクな作戦を行うか」
その言葉にパイロット達は、沈痛な顔で俯いた。彼らの頭の中には不可能という文字が浮かんでいた。
「ま、君たちが出ないんならそれも結構。僕たちだけでやらせてもらうよ。欲しいのは補給と移動が出来る母艦だけ。君たちはオマケだから」
そう言うと、少女と男は出ていった。
「じゃあその、Z-12って女の子がゼウスに乗ってるって事...ですか?」
「そうだ。彼女は最後に生み出されたMH。性格に難はあるが、あんな所で実験されていれば当然ああもなるか...。ともかく、奴らの狙いは本艦と大尉、そして卜持、お前だ。バンクーバーを襲って機体を奪った我々を奴らが許すはずがない」
「ならば問おう。大佐、あなたは彼らと戦うつもりはおありか。一辺でもその少女に対する情があれば、それは裏切りのリスクになる。だったら...」
ミナが冷たい声で言う。だがカーチスはキッとミナを見据えると、
「あの子供は生きていて、私の敵になった。ならばそれを助けるのは私の義務だ。故に大尉、卜持。今一度、協力をして欲しい。私の罪滅ぼしを、手伝ってくれないか」
と言い放った。
しばしの沈黙の後、雫とミナは顔を見合わせると、
「それが覚悟だってんなら、仕方ないでしょ。わかりました。ゼウスをぶっ壊して、その女の子を助ける。俺も仲間も死なない程度には」
「雫がやるなら、私もやる。どちらにせよゼウスとの対峙は避けられないだろうからな」
笑顔では無かったが、その声音には棘が幾分か抜けていた。カーチスは、
「...感謝する」
ただそう呟くのが精一杯だった。己の不甲斐なさと彼らの穏やかな覚悟に触れ、胸の内は複雑なもので埋め尽くされていた。
だが、時勢はそう待ってはくれない。艦橋のエレナから通信が入る。
「艦長。西欧第三方面軍から高度に暗号化された電文が。すぐ艦橋にいらしてください」
カーチスは無言で立ち上がり、艦長室を出る。その背中を見た雫達は再び顔を見合わせ、格納庫へと走り出した。




