二柱協働
雫とダイマが対ゼウス戦で共闘する中、地球軍艦隊と連合軍艦隊の戦闘は佳境に差し掛かっていた。
負傷したイェゴールに代わって一時的に指揮を執る修蔵は、数で劣る連合軍を蹂躙...、することはなかった。正確には艦艇、AMの尽くを無力化していた。ヘラクレス、ゼウスという要を欠いた連合軍は、地球軍最精鋭である第一艦隊にとって敵ではなかった。推進器や手足を破壊され、次々と戦闘不能に追い込まれる連合軍。勝敗は明らかだった。
この完敗の背景には、連合軍、というより彼ら木星派遣軍内の指揮系統が二つある事にあった。全軍の実質的な指揮官であるバルカと、ゼウス一機の指令塔であるチーフ。両者の間に確執があったのだ。バルカはゼウスを艦隊の防衛に参加させようとしていたが、それをチーフは蹴り、無理やりアキレウス改とヘラクレスの戦場に送り込んだのだ。結果アルゴスとアレースの防衛線は、ほぼ同等の性能を持つペルセウスとアルテミスの編隊によってズタズタに引き裂かれていた。
「バルカ大尉!艦隊三番艦ジェリコ沈黙、二番艦ネオプトレモス大破!艦隊線がボロボロです!」
「上げ舵十八、左軸三十四!回避行動移れ!」
クサントスからの苛烈な砲撃を避けるが、躱しきれずに放たれたビームが艦体を掠める。
「第二居住ブロックに被弾!空気漏れが...!」
「ダメコン急げ!人員の損害は!?」
「確認中ですが、当該部分には居なかったはずです」
「ならいい!再出撃可能な機体は今すぐ放出しろ!」
「アレースが二機出せます!」
「艦の直掩をやらせる!アトラとダイマはまだ戻らんか!」
「それが...!ダイマ中尉のヘラクレスは敵のアキレウスと組んで、ゼウスと交戦している模様!」
オペレーターの報告に、バルカは腰を浮かせた。ダイマが敵と組んだ...?と。
「ど、どうすんです...?」
「決まっているね?彼は反逆者だよ」
いつの間にブリッジに入っていたのか、チーフが張り付いたニヤケ面で言い放つ。
確かに今の状況を考えれば、ダイマが反逆者であるというのも理解は出来る。だが本当にそうだろうか?とバルカは疑念を抱いた。元々よりチーフに対して不信感しか無かったこともある。だが、ヘラクレスの戦い方に不審なものを感じたのだ。殺意というか、普段の激烈さがないというか。
(殺す気がない...。無力化を狙っているのか)
もし本当に裏切ったなら、迷わずゼウスを殺しにいくだろう。それをしてないという事は、そうせざるを得ない事情があるのではないかと疑った。
「...アトラ少尉に何かやりましたね?」
「さぁね?」
「あんたら、何がやりたいんで俺達の側に降ったんです?ゼウスでもって、地球軍を叩こうとでも?」
「そんなんじゃないけどねぇ...。教える必然もないね」
相も変わらず神経を逆撫でするチーフの発言に溜息をつき、モニターのヘラクレスを見る。丁度、カッター・クラブが破壊された所だった。
「貰ったぁ!」
雫がトネリコに内蔵された二門の六十mm重機関砲を撃ちながら突っ込む。被弾を恐れたゼウスが右に避けるが、それを予期していたアキレウス改が先回りして、ゼウスを思い切り蹴り飛ばす。
「やはり素人だ!戦闘用に改造されているとしても、経験が薄けりゃあ!ヘラクレス、追い込んだぞ!」
「よくやった赤いの!アトラ、ちょっと頑張れよ!」
蹴り飛ばされたゼウスがその勢いのまま突っ込んだのは大量のデブリ・小惑星群...、暗礁宙域だった。既に待機していたヘラクレスが、腕部固定の連装機銃を小惑星に向かって撃ち込む。攻撃によって崩壊したそれの破片が、ゼウスに襲いかかる。
躱そうと体勢を崩したゼウスに、後ろに回り込んだヘラクレスが両腕で羽交い締めにする。
「アトラ!俺の声を聞け!」
「...」
「ヘラクレス!説得は無理か!?」
「やってみせるさ!時間を作ってくれ!」
「あいよっ!」
絡みつくヘラクレスを解こうと、ケラウノス・ユニットが次々と飛来する。アキレウス改はそれをトネリコの重機関砲と頭部の速射砲で迎撃する。流石にヘラクレスとのパワー勝負をしていてはユニットの細かい操作までに気が回らないのか、単純な機動しかない。
「いくら速かろうが、単純な動きなら読める!」
ヘラクレスに向かっていたユニットはその尽くが撃墜され、ゼウスの戦闘力は半減した。それを見計らって、ダイマはゼウスのコクピットをこじ開けようとする。例えゼウスを捨ててでも、中のアトラを救おうというのだ。
「こんなふざけた檻などに囚われるな!お前はお前だ!ゼウスの為のパーツでもMHでもない、ただの、一人の人間なんだ!」
「...ぅ、うああああ!!」
コクピットが半分開いた時、アトラの絶叫が二人の耳を裂いた。だがそれでも、ダイマはそれに負けないよう叫んだ。
「もしお前がそこから出るのが怖いなら!自分を囲ってくれるものが欲しいのなら!俺がそれになってやる!お前を永久に守り続ける!お前のやりたいこと全部やらせてやる!だから一瞬、一瞬でいい!そこから飛び出して、俺の元に来い!」
「...ダイ、マ、中尉...?ダイマ中尉!」
掠れた声で、喜気を滲ませてアトラが叫ぶ。
「アトラ!」
正気を取り戻したアトラが、ゼウスのコクピットから這い出ようとする。それを安堵して見ていた雫だったが、ふと頭上から感じた殺気に思わず機体を前進させる。直感的に何が起きるのかを察知したのだ。
「危ねぇっ!」
一瞬の判断で、雫はトネリコを逆向きにしてヘラクレスへ投げつける。それはヘラクレスの背に勢いよくぶつかり、衝撃による慣性が働いてゼウス共々少しだけ前に動く。次の瞬間、二機が先程までいた宙域に閃光が疾った。
「ビームの光!?」
雫とダイマが揃って頭上を見上げる。そこには一機のアルゴスが、高出力ビームランチャーを構えてヘラクレスに照準を合わせていた。
「やべぇ、俺と共闘したんで、裏切り者って思われてんのか。だが!」
トネリコを回収してアルゴスへ突撃する。しかし正確無比な射撃によって全く近づくことが出来ない。
「ちっ、只者じゃねぇぞ」
「友軍機!こちらヘラクレス、ダイマ・ハーヴェイだ!攻撃をやめろ...、ぐっ!」
ダイマも必死に叫ぶが、アルゴスは攻撃をやめる所か、増々苛烈になっていく。
「ダイマ中尉。君は選択を誤った」
無線から流れた声に、ダイマは慄いた。
「チーフ...!」
「君は敵と共謀し我が方のゼウスと交戦し、無力化した。立派な反逆だ。反逆者の末路はどうなるか、君は良く知るところだろう」
「...っ!黙れ、言うな!」
チーフの言葉に、ダイマが怒気を帯びた絶叫で返す。そのまま怒りに任せてアルゴスに飛びかかろうかと思ったが、ゼウスの残骸に弱々しくしがみついているアトラの姿に我に返った。
だが、この状況では回収など出来ようはずもない。雫は一瞬逡巡するが、直ぐに無線をヘラクレスに繋ぐ。
「ヘラクレス。ゼウスのパイロットを回収して俺の母艦、クサントスへ行け」
パイロットの意思を反映したかのように、ヘラクレスがアキレウス改に振り向く。雫は続けて、
「彼女を死なせたくないのは俺も同じだ。クサントスなら助けられる、助ける方策も手段もある。状況は一刻を争うんだ、急いで行け」
「だが...」
ダイマが言いたいことは雫も理解していた。お前を信じていいのかという不安、そしてまだ敵である自分が母艦に近づくのを是とするのかという確認だった。
「俺はお前を信じる。彼女を救いたいというその想いを信じる。だからお前も俺を、俺の想いを信じてくれ」
雫の覚悟が伝わったのか、ダイマは機体を翻し、
「ここは任せる」
と言い残してアトラの回収に向かった。それと同時にアキレウス改もウイング・ブースターを最大出力にして接近を試みる。尚もヘラクレスを狙撃しようとするアルゴスをトネリコの重機関砲で牽制して防ぐ。重装甲のアルゴスとはいえ、中口径弾が飛んでくるともなれば躱さざるをえない。その隙にトネリコの超熱輻射機構を展開し、接近して打ち貫こうと切先を突き立てる。
「くぅ...っ、抜けねぇっ!」
だが、アルゴスのシールドは堅固であった。正確にはこのアルゴスはシールド発生装置を二基搭載しており、重ねる事でトネリコをも防ぐ防御力を得ていたのだ。
「なんだい、アキレウスも大したものじゃないね」
「ほざけよ、アキレウスはトネリコだけじゃねぇっ!」
頭部の速射砲で牽制し敵の気を引く。その本命は密かに展開していたサブアームのリニア弾だ。機能的に三発しか装填されていないが、その分ヘラクレスの装甲すら貫く威力を持つそれを、無防備な胴体へぶち込もうと言うのだ。
だが、その目論見は勘づかれていた。アルゴスが左腕に持った斧状の武器、プラズマ・アックスでサブアームを切り裂く。堪らずアキレウス改は後退し、再びアルゴスの距離となった。
「ちっ、これじゃジリ貧だぜ」
対峙する二機。チーフの実力は、ただの研究者としてはあまりに高い。接近しようにも長距離レーザー砲がそれを阻み、仮に接近出来てもシールドで防がれる。攻略の難しい相手だ。
(せめて後一機...、囮があればどうにかなりそうだが...)
戦況を見れば、サンダーバード隊とミナは連合軍艦隊の追撃を、アセットとサヴィナは艦隊の護衛を...、恐らくはヘラクレスの監視と誘導を...、やっている。こちらへの増援は難しいだろう。
(しっかりしろ、卜持雫!ここが一世一代、男の魅せ所だぞ!)
心中で自身を鼓舞しつつ、キッとアルゴスを見据える。レーザー砲を右手に装備しているならば、相手が反応出来ない速度で左側から攻めれば崩せるかもしれない。
「一か八か...。...上等!」
一息に叫んで、パーティクル・アクセラレータを全開にする。アルゴスから放たれたレーザーを僅差で躱しつつ、射角の限界位置から仕掛ける。重装甲の分鈍重なアルゴスは必死に機体を旋回しようとするが、間に合わない。
「もらっ...、ぐあぁっ!?」
トネリコを突き立てようとした瞬間、後ろにとてつもない衝撃が走った。アラートがけたたましく鳴り、機体が損傷したことをパイロットに伝える。
攻撃の正体はすぐに分かった。後ろから次々と飛来するレーザー。ウイング・ブースターが破損したアキレウス改は他のサブ・スラスターで何とかそれを躱す。
雫が攻撃の方向を見ると、アルゴスが八機、円陣を組んでアキレウス改を狙っていた。
「増援...!?まだこんなにいたのか...!」
雫の背中に冷たいものが一筋走る。援護も見込めず一対九。しかもアキレウス改の高機動を支えるウイング・ブースターは破壊されている。
だがそれでも、雫は諦めていなかった。
アキレウス改はメインのウイング・ブースターの他にも全身に六十基以上のスラスターを内蔵している。その多くは姿勢制御用だが、一点に集中すれば多少は機動力を得ることが出来た。それを利用して、円陣のド真ん中に突入し、四方八方から放たれるレーザーを緻密な姿勢制御で躱す。ふと、雫はある違和感を覚えた。
(動きが単調すぎる...。射撃は正確なのに...)
そう、敵はアキレウス改を正確に狙ってくる。だがそれは即ち、現在位置から少し動けば容易に躱す事が出来るのだ。熟練したパイロット、例えばダイマ等は稀に偏差をつけた射撃を混ぜる事で回避のプロセスを複雑化させる。雫もそうするのだ。
「ありえるか?だが、もしそうならこの戦い、光明が見えた!」
一機のアルゴスに向かって突撃する。やはり単調な迎撃と回避行動。その動きに恐れのようなものは感じない。雫は己の中の疑念を確信へと変えた。
「やはりそうだ!無人機だ!」
もしパイロットが乗っていれば、接近してくる敵に対して複雑な回避行動を取るか、あるいは怯えて無茶苦茶な動きをする。だが、まるでプログラミングされたかのようなその決まりきった動きに、雫は無人機であると確信した。
ギリギリで躱したレーザーに装甲を削られながらも、そのアルゴスの頭部をトネリコで貫く。機能系の中枢を破壊されたアルゴスは僅かに身動ぎすると、そのまま完全に動かなくなった。
間髪入れず、そのアルゴスを掴んで別の機体へと投げつけ、自身は上昇して速度を落としながら接近する。
「さぁ、どっちを選ぶ!?」
アルゴスの解答は、急速に自機に向けて接近してくる物体の排除だった。何の躊躇いもなく味方機の残骸を撃ち抜いたアルゴスの隙をついて背後に回り、四肢を切断して抵抗力を奪う。
「これで二機!」
そのまま機能が続いているアルゴスを盾にするように前に構えて、別の機体へ突撃する。
これまでとは異なる、ただ一直線に最短距離での接近。だがアルゴスは撃てなかった。
味方機と敵機のシグナルが重なり、誤射防止機能としてロックがかかっていたのだ。人間を越える精度、効率を極めた行動回路。それを持つ無人機の最大の弱点は、融通が効かない事だ。
「やはり機械だ!人間を介さないマシンが、俺の敵であるかぁっ!」
そのまま盾にしている機体を叩き付けると、アルゴスは手に持つレーザー砲を手放した。雫はそれを回収し、重なっている二機に向けて最大出力で撃った。地球軍で開発されたアルゴスである為、装備の規格は一部アキレウスと互換性があるのだ。
だが、敵とて馬鹿ではない。雫が無人機の弱点に気付いたと分かると、すぐさま行動パターンを変える。各個撃破を避けるため、密集して動き始めたのだ。こうなると今までのような戦い方は通じない。それに推進剤の残りも僅か。厳しい状況に陥った。
「推進剤が足りねぇのか...!?予備のカートリッジを使ってまで!?」
推進剤を少しでも節約するために動きを更に少なくするが、その分だけ被弾率も上がる。被弾による衝撃が走るコクピットの中で、雫は舌打ちをした。
ふと、彼は敵の数が少ないことに気が付いた。戦っていた有人のアルゴスと現れた増援の八機を合わせて九機、内四機を撃墜して、残りは五機のはず。しかし敵集団は四機、一機だけ足りない。
疑問を抱いた瞬間、背後からアラートが鳴った。振り向いた時には既に、アルゴスは至近距離でレーザー砲を構えていた。
「チェック」
「...ッ!」
「雫ーッ!」
強ばった雫の耳朶を、ミナの声が打った次の瞬間、向けられた銃身がレーザーによって貫かれた。その爆発でアキレウス改が前によろめき、代わりにヴァルキリアが庇うように割り込む。
「大尉!?大尉は艦隊の追撃でしょ!?」
「黒いの...、ヘラクレスのパイロットから聞いた。お前が一人で戦っているって。だから私が来た」
「アキレウスにヴァルキリア...!愛しい僕の子供達が、揃って僕に銃を向ける!」
激昂するチーフが予備のバズーカ砲を構えて、他の無人機と連動して射撃を始める。
「くそっ、もう動かねぇ!大尉、俺はいいですから敵を!」
「バカを言うな、敵の狙いはお前だぞ!」
推進剤の切れたアキレウス改を庇いながら戦うミナに、雫は叫んだ。このままでは共倒れになってしまう。それはミナも分かっていた。
(だが、見捨ててはいけない...!)
自身と同じ境遇であった雫をここで見捨てれば、自分達のやっている事の辻褄が合わなくなるのだ。例えどんな状況になろうと、そうする訳にはいかなかった。
「守ってみせる...。どうあっても!」
お久しぶりです。
そこそこでかい仕事で中々携帯を触れず、更新がとんでもなく遅くなっちまいました。
ようやく終わったので、また更新を再開します。




