戦う理由
宇宙での決戦に勝利を収めた地球軍は、直ちに陸上戦力を強化、連合軍支配地域への進撃を開始。一次降下により占領されていたパナマ運河を初めとした要所を奪還し、これにより地球上の連合軍は次々と後退した。また衛星軌道を完全に地球軍の艦隊が抑えている以上、宇宙への脱出も困難であるという噂がスパイによって連合軍の間に流布され始めると、各戦線で投降する部隊が増え始めた。
また、先の戦闘で地球軍に協力した木星派遣軍については、犠牲を出しながら地球への侵攻を阻止するため戦った功績により正式に亡命者として処理された。彼らの軍艦やAMは一部が分析の為に地球軍に接収されたが、残った殆どの物はそのまま彼らの戦力として残され、ガルム達のような地球軍と共に戦うことを選んだ者達によって義勇艦隊として第十二艦隊に編成された。
これにより地球軍は今後の作戦進行について、主に二つのものが打ち出された。
一つは大将に昇進したアルフレッド・ハイネスが主導するアフリカ大陸奪還。連合軍の残党は次々にアフリカ大陸に集結しており、それを叩いてしまえば地球から完全に連合軍は駆逐される。陸海軍を全力投入し、地中海、中東、イベリアの三方面からアフリカへの侵攻を行うというものだった。
そしてもう一つは、リーガン・ヘッダー新元帥が主導するコンキスタ・マーズへの直接侵攻。
定期的に地球軍が火星圏へ向けて放っている惑星間無人ステルス偵察機"ミグラント・アイ"からの情報では、コンキスタ・マーズの防衛戦力は前回の地球攻撃作戦の際にその多くが回されており、それが全滅した今、アイニス及び地球周辺の封鎖に必要な艦隊以外の、全ての宇宙軍を投入して敵の中心部を一気に直撃し、戦争を終結に持ち込むというものだった...。
「イェゴール!」
「サヴィナ...、うっ!?」
クサントスの格納庫に涙声と断末魔のような悲鳴が響いた。イェゴールの胸にサヴィナが飛び込んだ...、そうだけ言えばロマンチックに聞こえるが、イェゴールは胸にも負傷をしていた。
それにも関わらず、サヴィナは自らの頭を思いきりイェゴールの胸に擦り付ける。
「生きてる...っ!オレもお前も!」
「...!なんだ、ビビってたのか」
愛する者に抱きしめられている幸福感に、イェゴールは傷の痛みも忘れてサヴィナを抱き返す。
「...これからも、こうしていいか?」
「いくらでも。したい時にすればいい」
「へへ...。好きだぜ、イェゴール」
「俺もだ、サヴィナ...。はぁ、やっと言えた...」
包み隠さぬ二人の告白合戦に、格納庫にいた全員が口笛を吹き、やんややんやと騒ぎ立てる。
「ようやくくっつきやがったか。だが、こりゃあ暫くはネタにされんぞ?」
「ヒュー!イェゴール大尉、かっけぇー!あ、イテテテテ...」
「雫!そんな事してないで、さっさと医務室に行くぞ!大尉ほどじゃないが、お前だって怪我してるんだろう!全く...」
感慨深げに頷く緑郎が、茶化しながら怪我を抑え、ミナに叱られながら運ばれていく雫の背中に叫んだ。
「雫!アキレウスの修理は任せとけ!お前は気にせずゆっくり寝てろよ!」
「頼んます...!今は一機でも出せる戦力が欲しいでしょうから...!」
雫も叫び返すと、そのままミナに運ばれていった。それを見送った緑郎はアキレウスを見上げる。彼の傍らで整備兵の一人は、
「手酷くやっちゃって...。予備パーツも殆ど無いし、元通りに出来るのはいつになるかねぇ...」
とぼやく。彼の持つ整備用タブレットにはアキレウスの破損状況が映っており、各部関節及び重粒子環流線、果ては内部フレームに至るまで損傷していない箇所が無い程にボロボロだった。青ざめたり頭を抱えたりしている整備兵達だったが、緑郎は違っていた。
「元通りにはしねぇよ。こいつは生まれ変わらせる。既存パーツで最高のモノに仕上げてやるぜ」
「するってぇと...。...うーん、どうすんです」
「わはは、安心しろ。ちゃーんと考えてあるから、三日でこれに仕上げるぞ」
笑いながら緑郎はタブレットを弄り、とあるファイルを周りに集まってきた整備兵達に見せる。緑郎を除く皆が顔を引き攣らせた。
その後、日を置かずしてアルフレッド大将によるアフリカ大陸奪還作戦が発動された。地球軍陸海空軍のほぼ全戦力を投入するこの作戦は、アフリカ奪還が主たる目的であるが、アルフレッドの真意は他にあった。
現在、世界各地で敗走を続けている連合軍に対し、地球軍はあえてアフリカへの逃げ道を作っていたのだ。まるでちりや埃を箒で部屋の隅へと追い立てるように。そして集まった所を、一気にちりとりで一掃する。その目論見通り、アフリカには連合軍のほぼ全ての戦力が集結しつつあった。これを叩けば、連合軍地球降下部隊は総滅する。下手にモグラ叩きのように各所の部隊を潰して回るより、兵の負担も犠牲も少なく済むからだ。
この情報を掴んだ連合軍地球降下部隊臨時総司令部は目を血走らせながら、地球軍の上陸が予想される海岸に要塞線を構築。また対空攻撃に特化したエンプーサの改良型や戦闘機、果ては今戦争における戦果が全くと言っていいほど無いSAM車両まで投入する、まさに総力戦に臨もうとしていた。
一方、アフリカ防衛の要である連合軍第二装甲航空艦隊に配属された、重航空打撃艦トロイ他木星派遣軍の艦隊は先のガルム達の裏切りの煽りを受け、喜望峰方面、つまり全く敵の襲来を受けると思われていない箇所に配備されていた。
「暇だな...」
「暇ですね...」
艦橋の窓際にある手すりにもたれながら、バルカとダイマが交互に呟いた。
二人は周りに他の兵士が居ないことを確認し、声を抑えて話し始めた。
「こんな所に配備されてもう一週間。地中海の方じゃ地球軍の上陸が始まったと言うのに、我々には出動要請どころか、戦況すら全く入ってこないとは」
「俺達にはゼウスも地球軍の高性能AMもあるのに、何でわざわざエンプーサ主体の部隊を最前線に置くんでしょう」
「面子だろうな。地球軍を打ち倒したのは地球軍が作ったAM!なんて、地球軍より遥かに技術が劣っていると喧伝しているようなものだ。既に主戦場が宇宙に戻りつつある今、地球戦線は完全にプロパガンダにしか利用価値が無い」
「プロパガンダって...。ガルムさんも上手くやったもんです。ガニメデが焼かれたからって、よくも地球軍に」
ガルム達の顛末は、地球軍のスパイの手によって、既に連合軍の間に知れ渡っていた。ただ降伏すれば亡命者として扱われるが、それでも補給が途絶えて飢えて死ぬよりはマシだと、そして情報の提供や軍事的協働など、地球軍に協力すればガルム達のように己の処遇に幅を持たせられると連合軍の将兵達に思わせるために。
これは連合軍、特に木星派遣軍の部隊には絶大な効果を発揮していた。
木星圏はコンキスタ・マーズから経済的支配を受けており、また先の戦争でガニメデ・エウロパは火星軍の攻撃によって生活空間は壊滅しており、その生き残りから抽出した部隊、つまりガルム達は火星軍によって故郷を焼き払われており、その境遇の兵士は他にも多くいた。そういう人間らの士気は初めから凄まじく低かったのだ。
「ガルムらなら仕方あるまいよ。俺だって、彼らの立場ならそうする」
「気に入りませんね。俺はこうやって戦ってる」
「そりゃそうだが...。まぁ、お前も考えておけよ。自分が戦う理由をな」
そう言ってバルカはダイマを小突き、そのまま艦橋を後にする。一人残されたダイマは、
「戦う理由...、か」
と独りごち、西大西洋の目が醒めるような美観を眺めていた。
「中尉」
「うおっ!?...なんだ少尉か、脅かすな」
いつの間にそこにいたのか、ダイマの傍らでZ-12がつま先立ちで立っていた。元々ダイマの腹の辺りまでしか背が無いため、海に見入っていたダイマが認識するには少し小さすぎたのだ。
「見えてるのか?」
「...見えます」
よく見ると、Z-12の頭は僅かに震えていた。海を見たいのか、手すりを掴んで幼子がそうするように無理に身体を伸ばしている。見えますと彼女は言うが、恐らく視界の半分以上は手すりで埋まっている。ダイマは少し悪戯心が働き、こう尋ねた。
「見れてるなら教えてくれ。これが地球の大西洋と言うんだろう?」
「そうなんじゃないですか。...まさか、初めてなんですか?」
「こうマジマジと見るのは初めてだ。作戦行動中に何度か上を渡ったが、その時は気が立って海どころじゃなかったからな」
「暇ですか」
「暇だよ」
二人の間に、何とも言えない空気が漂う。
早く戦線に向かいたいのと、自分の戦う理由という哲学に対する自答が中々出ないことに対する焦りがごっちゃになり、ダイマも人と会話出来るような思考回路ではなかった。
「...なぁ、変な事を聞いてもいいか」
口火を切ったのは、やはりダイマだった。Z-12が返答をする前に、彼は言葉を続ける。
「お前は何のために戦ってる」
「はぁ?」
自分の返事を遮られた不快感と、おおよそ考えたことも無い質問への苛立ちでとてつもなく不愉快そうな声を発したZ-12だったが、彼女はあくまで機械的に返した。
「理由なんてないでしょ、特に私には。私は戦う為に作られた。ゼウスに乗るために、乗って戦う為に、それで敵を殺す為に。中尉殿は良いですよね、そうやって悩める余地があるんですからね」
(MHか...。戦うために生み出されたなら、戦わなければ生きていけないのか。それが理由になってしまうものな...)
「まぁ、でも一つ挙げるなら、復讐ですかね」
予想もしなかった彼女の答えに、ダイマは驚く。
「復讐?」
「えぇ。あの時、私を置いてどこぞに行った男は、私がこの手でやらないと気が済まないんですよ」
言葉通りに受け取るなら強く思えるが、彼女の語気は言葉よりも心做しか強くはなかった。
「中尉は?何のために戦ってんです」
「俺は...、そりゃあ、軍人だからだ。確かに火星軍は気に入らないが、だからといって裏切るような真似は...」
「中尉のそれは生来のクソ真面目さなんでしょうね、バカバカしい。そうやって自分の感情に封をした所で、死に際に後悔するだけですよ」
自分よりずっと幼く、悲惨な過去を背負っている少女から諭された事実に、ダイマは目を見開いた。
「お前に諭されるとはな...。そうだな、もう少し考えてみる。...アトラ少尉」
「はぁ?」
「大西洋はアトランティック・オーシャンと言うんだろう?だからアトラだ。いつまでもZ-12や少尉と呼ぶのでは、俺もこう、胸の辺りがむずむずするし、部下達への体裁というものもある。だから今、お前の呼び名を考えた。ダメか?」
「...え、マジでキモいですよ。ダメとか以前に」
流石に自分でも気持ち悪いと思ったのか、ダイマも顔を赤くして俯く。
だが、Z-12は少し間を空けると、
「...でも、まぁ。そう呼びたきゃ好きに呼んでいいんじゃないですか」
と言うと、ダイマはアトラの顔が少し紅潮しているのに気付き、少し嬉しくなった。
二人の間に幾分良い雰囲気が流れるが、それはアトラにかけられた言葉で完全に霧散した。
「おやおや、こんな所でサボりかい、Z-12?」
「...っ!ち、チーフ...」
後ろから聞こえたチーフの声に、アトラの表情が恐怖の色に染まる。
「駄目じゃない、サボったりしちゃあ」
振り返ると、口元だけヘラヘラしているチーフがあった。アトラが怯えながら後ずさったのを見て、思わずダイマは庇うように腕を上げる。
「前々から聞きたかったんだが、あんたらはうちの艦に機材を持ち込んで、そこにこいつを連れ込んで何をやっているんだ。ひどく怯えているが、どうもとんでもない事のようだが」
「君が知る必要は無いよ、ダイマ中尉。我々の、そうだな、存在意義と言っていいことだからね。あ、悪いけど、コレは借りるよ」
そう言って話を打ち切って、強引にアトラの腕を掴んだチーフの手を、ダイマは咄嗟に強く抑えた。
「コレじゃない。こいつはアトラ、俺の部下だ。兵器の提供には感謝してるが、あんたらからはどうにも人道というものを感じられない。俺の部下を借りるなら、俺の許可を貰ってからにしてもらおうか」
「君の部下である前に、僕らの研究成果だ」
「そんな理屈などは、この艦であんたらを保護した時から消え失せたと思えよ」
「二人とも、何をやっている!」
ダイマとチーフが睨み合っている所を、艦橋に戻ってきたバルカが一喝する。二人とも腰の拳銃に手をかけようとしており、バルカが止めなければすわ...。という所だった。
「...まぁいいや、今日は僕が退こう。ここは君らの艦だしね。だけど、忘れない事だ。それは僕らが作ったモノであるという事を」
捨て台詞を吐いた後、表情そのままに去っていくチーフを見送って、ダイマはアトラに向き直る。
「しつこいようだが、お前は俺の部下だってことを忘れるなよ。何かあれば俺に頼れ。俺が嫌なら、他のパイロット達に頼め。みんな良い奴だ」
そう言って、未だ小刻みに震える彼女の小さな肩に手を置き、柔和な笑顔を心がける。この目の前の幼子の、その恐怖に染まった表情が、ダイマの脳裏から離れなかった。自分がなんのために戦うのか。その少しが分かったような気がしたのだ。
アトラはただ黙って、ダイマの手に手を重ねた。
その数日後、一連の戦闘の中でトロイに初めての指令が下された。
「アフリカ防衛線は戦闘により完全に崩壊。本艦は前線部隊の後退を援護しつつ、マダガスカルの打ち上げ基地で合流し、共に宇宙に脱出する」
「部隊はモザンビークから脱出するから、我々も現地に向かって、地球軍の追撃部隊と正面戦闘をやる。
俺のヘラクレスとZ-12...、いや、アトラ少尉のゼウス、そしてラグト隊が先行する。後続のイーサン隊とヘッグ隊はモザンビークの友軍の援護の後に合流だ」
ブリーフィングルームのメインスクリーンに映された戦術マップには、既に地球軍はカイロの司令部を陥落させ、破竹の勢いで連合軍を南へと追い立てているのが映っていた。
だが、この作戦はあまりにも危険だった。守備隊の火星部隊は参戦しないため、彼らのみで地球軍と対峙する必要があるからだ。当然、パイロットや兵達からは不満の声が上がる。
「この前俺ら諸共水爆をぶち込もうとした軍の撤退を、命張って支援しろなんて、冗談じゃないぜ」
「それは!...それはガルム艦隊が裏切った事もあったからだろう」
ダイマも思う所があるのか、語気の後ろは弱かった。
だが、もし命令に背けば連合軍には戻れず、地球軍への投降もゼウスとMHという厄ネタがある以上難しいだろう。
つまり、やるしかない...。皆が頭の中ではそう理解していた。
そして三時間後、トロイは他の艦艇を率いて、迎撃地点であるモザンビーク・タンザニアの元国境線で地球軍を待ち構えていた。
トロイの右上方で滞空しているダイマは、アトラのゼウスに通信用アンカーを打ち込む。
「気負うなよ、アトラ少尉。お前にとっては初めての本格的な実戦ではあるが、俺の機体を視界に入れ続ければ大丈夫だ」
「...分かりました。追わせていただきます」
流石に緊張しているのか、アトラの声は強ばっていた。これまで彼女が投入された戦闘はコーカサスで起こったアキレウス他への迎撃、そしてステュムパーロスの破壊のみであり、何れも何らかの要因によって命の取り合いというものを経験していなかったのだ。
偵察哨戒のアレースから、全部隊に通信が入る。
「敵部隊、レーダーで捕捉。目標距離五百キロ、キマイラ級陸上戦艦三にAM隊が複数」
「地球人は、ここでケリをつける算段に見える...。アルゴスのベッカー隊を前に出して敵を引き付ける。ダイマ隊は敵の側面に回って中央の敵艦隊を足止めしろ」
「了解。アトラ少尉、行くぞ」
半戦闘速度で紅海に出たダイマ達は、間もなく地球軍の外郭直掩部隊と接敵した。ペルセウスと砲撃戦装備のエインヘリャルが一個中隊、二十四機程が展開している。
「全機散開して敵を叩け。アトラ少尉、ケラノウス・ユニットの感度はどうか」
「動きに問題は無いですけど!戦場って、思うようにはいかない!」
アレースやペルセウスが混戦をしている中で、味方を巻き込まないように端末を飛ばすのは、まして実戦経験の無いアトラでは困難極まるのだ。戦場で静止しているようなAMなら、敵に狙われるのは当然だった。ダイマはエインヘリャルの対AM用大型速射砲やペルセウスのレーザー・ライフルの雨に晒されるゼウスの全面にヘラクレスを動かして、予備のアルゴスから移植したエネルギー環流型シールドを展開して守る。
「どうしたアトラ、戦えないのか?」
「戦いっていうか、戦闘を辞めてくれれば、私だって撃てるのに...!はぁっ!?うあぁ...っ!」
「なんだ、どうなっているアトラ!?落ちているぞ!」
錯乱したような悲鳴を上げ、高度を下げていくゼウスを回収するが、その一瞬の隙で戦線は段々と押し戻されつつあった。元々の数が少ない上、ゼウスとヘラクレスという攻勢の起点を欠いている今、均衡を保っていた戦線は崩壊しつつあった。
「...友軍は既に撤収している。なら...。各機、Cラインまで後退する。撤退支援はラグト、お前の隊に任せる。トロイ、三十秒後に援護砲撃を」
「了解。そちらの地点に主砲一斉射を行います」
三十秒後、トロイからのレーザー砲撃を確認したダイマ隊は後退を開始。殿のラグト隊も戦力の半分を失いつつも撤退し、C防衛ラインにはダイマ隊と増援のイーサン隊、ヘッグ隊、更にマダガスカルに集結予定だった部隊から増援に駆けつけた一部の有志のエンプーサ隊を併せ、戦力強化を行っていた。
一方、アトラとゼウスはトロイに帰艦し、チーフ達による錯乱状態の沈静化という名目で機材を持ち込んで占拠している部屋に閉じ込められていた。
ダイマはこれに反対しようとしたが、今にも意識を失って倒れ込みそうな程暴れているアトラを見て、それを落ち着かせると言われれば、黙らざるを得なかった。
「敵部隊からミサイル攻撃です!」
「迎撃ミサイル、一番から三番斉射!撃ち漏らした弾頭は機銃でやれ!」
「ダイマ隊、前進するぞ!」
ミサイル同士の爆発が夜の砂漠を照らした。夜間照準用ヘッドセットを被ったダイマ達は目を凝らしながら、地球軍のAMとの交戦に入る。
140mmロングライフルを撃ち、次々と地球軍のAMに直撃弾を与えていく。実弾故に重装甲の貫徹は困難だが、それでも怯ませる程度のダメージは与えられる。その隙を狙って、僚機が敵を撃破する。
「いけるぞ、このまま敵を押しとどめ、機を見て我々も離脱する」
だが、彼らの側面から地球軍の増援が迫っているという情報が入ると、段々と戦況は険しくなっていく。
「友軍の打ち上げまでどれくらいだ!?」
「三十分です!」
「遅い...!持つものか!」
たった一つの艦隊で地球軍の追撃部隊を相手取っているのである。最早戦線の後退を緩める程度しか、彼らに出来ることは無かった。一機、また一機と友軍機が撃墜されていく中、突如レーダーに新たな識別反応が表示された。
「...アトラッ!?」
戦域に乱入したのは、アトラのゼウスだった。だが、彼女からの応答は無い。代わりに先程の戦闘での狼狽も無く、展開された全てのケラウノス・ユニットが餓狼の如く機敏に地球軍のAMに襲いかかり、尽くを破壊していた。その戦い方に、ダイマはアトラを感じなかった。というより、人間性を感じられなかった。まるで無人機のように無駄の無い動きに、果てしない不気味さを感じた。
そのままゼウスは装備したビーム・ガトリングガンを掃射して敵艦隊の動きを止めた後、旗艦と思しき中央のキマイラ級に接近し、ケラウノス・ユニット二基を連結させたツインエッジ・ボルトブラスターと呼ばれる両剣を艦橋に突き刺した。直後、刀身の接触部位から超高電圧が流れ込み、艦橋にいたクルーの全員が瞬きの間に身体の中が焼き切れ死亡した。
その光景を見たダイマは思わず顔を顰める。無惨な地球軍兵士の死体を嫌ったのではない。アトラがそういう事をやった事実に、耐え難い程に不快感を感じていたのだ。
ともかく地球軍の追撃部隊は一気に崩れ、残存機は壊乱し、撤退を開始していた。
「この隙にマダガスカルに退くぞ。推進剤を使い切っても構わん、十分で行く」
「アトラ!もうやめろ!アトラ!」
破壊した敵艦の残骸を殴り続けるゼウスに、ダイマは慄きながら叫ぶ。
「クソ...!チーフ貴様、何をやった!」
アトラのこの変貌は、九分九厘チーフ達が関わっている。だがここで彼を糾弾しても変わらない。
とどめの一撃とばかりに主砲の連結部に拳を突き立てた後、糸が切れたようにがくんと倒れ込んだゼウスを回収して、ダイマは撤退する。その途中、ゼウスとの接触回線からアトラの今にも消えそうな息の音に、ダイマは一層チーフらへの不審感を強めた。
宇宙へと上がった連合軍の艦隊の作戦は、極めて危険なものだった。衛星軌道の突破については地球軍の主力艦隊が月面に集結している最中ということもあり、さほどの抵抗も受けなかったが、問題はそこから如何にしてアイニスへと辿り着くかだった。
そこで火星軍司令艦隊は、地球とアイニスの間にある大型の暗礁宙域を進む事を決定した。この宙域は艦隊が通ればそれだけで機能不全になる程危険な場所であるが、それ故に地球軍の目は誤魔化せると踏んだのだ。
この作戦の先頭に立つのはやはり木星派遣艦隊だった。彼らが先んじて宙域に進入し、安全な航路を構築し、後から来る火星軍艦隊の保全に当たる。
だが、暗礁宙域に差しかかる直前、トロイのレーダーが接近する艦隊の熱源を捉えた。
「数は?」
「およそ二十」
「哨戒にしては多いな。おそらくは先遣の追討隊か。本軍へ増援要請を出せ。動ける機体は直ちに迎撃を」
出撃命令を受けて、ダイマ率いる十機のAMが発進する。一方、地球軍艦隊から出撃したAMの総数は二十五機、その先頭にはアキレウスがいた。
「赤い方!改修されている!?」
「アキレウス改の高性能を見て、ひっくり返るんじゃねぇぞ!」
アキレウスを改修したアキレウス改がトネリコを振りかぶり、ヘラクレスとの一騎打ちに持ち込んだ。
「くっ、前よりパワーが上がっている!?この短期間でどれ程の...!」
「パーティクル・アクセラレータの制動を強くしても、パワーではギリギリ押し負けるのか...!相変わらずなんて機体だ!」
そのまま打ち合いを続けるが、埒が明かないと苛立ったアキレウス改がフロントスカートを開放したのを見て、ダイマは咄嗟に機体を捻らせた。以前コーカサスでの戦闘で、そこから展開したサブアームの放出するビーム刃に切り付けられた記憶があるからだ。だが彼の予想に反して、確かにサブアームの展開はあったが、そこから放出されたのはビームではなく、リニア弾だった。いくら機体を捻っても、鍔迫り合いをするような間合いなら回避も出来ない。右肩に直撃を受け、衝撃で当該部の装甲が強制的にパージされた。死を覚悟していたダイマが、コクピットを狙わなかった雫に向かって言う。
「...何故撃たない?コクピットを狙えたはずだ」
その問いかけに、雫は堂々と返す。
「今日はあんたらを倒すために来たんじゃねぇからな」
「なんだと!?」
「ヘラクレスのパイロットさんよ、俺達と取引しねぇか?」
「取引...、だと!?戦闘中にか!?」
「そうだ。こっちにはそっちにいるMH、Z-12さんを保護する用意がある。彼女の身体は最早限界に近いんじゃないのか?」
雫の言葉に、ダイマは地球で見たアトラの変貌を思い出してハッとした。チーフに何か手を加えられたのは察していたが、何故手を加えられたのかがよくわかっていなかったからだ。彼女は怯えながらも従順であったし、戦闘でも初陣特有のあがりがあった以外は問題なかったというのに...。
「MHってのは普通の人間と同じように、飯食って寝りゃあ快調になる訳じゃねぇ。言わばクローニングやらバイオロイドやらの技術の集大成だから、専用機材で調整してやらなきゃ身体は持たねぇそうだ。だが、そっちの技術者連中はそれを持っていない」
「...何故そう言い切れる?」
「機材は俺達の軍艦クサントスにあるからだ。MH研究の第一人者、カーチス・マグリブはクサントスの艦長に就任した時、各地の戦線に送られたMHを保護する為に、そしてこれ以上MHの開発を行えなくするために、秘密裏に機材もその設計図も、全て艦に移していた。多分そっちにあるのは、それに気付いてから突貫で作った廉価品だろうよ」
雫の言葉に、ダイマはどこか合点がいくような感覚になった。なるほど確かに、半端な調整によってアトラの情緒や感覚というものが麻痺しかけているのならば、地球でのあの事も腑に落ちる。
「例えばあんたが毎日毎日休みなく戦って、それで与えられるのが残飯と仮眠程度の睡眠だったら、どうしようもなくイライラするだろ。Z-12さんはそれを遺伝子レベルにやられてるんだ」
「...それで、俺にどうしろと?」
もう一押しか、と雫は口角を少し上げた。
「何の事はねぇ。彼女を引き渡してくれればいい。だがそういうだけじゃ利益の均等が取れねぇことは分かってる。...今から言う言葉は、地球統合軍元帥、リーガン・ヘッダーのものだ。Z-12とゼウスを引き渡せば、見返りとして地球から脱出した艦隊は追撃しない、だとよ」
「なるほど、人質というわけか...。だが、我々がゼウスを使って君らの包囲を食い破り、全く問題なく撤退出来るとは思わないのか?」
「やってみろよ。そんな事をすればパイロットが死ぬし、それでも俺達には勝てやしねぇがな」
パイロットが死ぬという言葉に、ダイマは胸を刺されたような感覚を覚えた。それが脅しの類ではないことを直感したからだ。
錯乱と、突然の失神。アトラの肉体と精神は、とっくに限界を迎えていた。それを中途半端な方法で治療していたのならそうもなろう。
元よりチーフら亡命技術者達に不信を持っていたダイマは、当然彼らからアトラを遠ざけたいとは思っていた。だが遠ざけた所でどうにもならない。自分では彼女を処置してやる事も出来ないのだ。そんな折のこの提案である。ダイマという人間としては今すぐにでも首を縦に振りたかった。
だが、大事な部分が一つある。ダイマと雫、この二人の間に信頼出来るだけの関係が全くない事だ。これまで幾度か戦場で戦ったと言うだけで、膝を突き合わせて話した事などもないし、何よりも二人は敵同士だった。それの言うことをすんなりと聞くほどダイマも愚かではない。断ろうと口を開きかけたその瞬間だった。二機の頭上からケラウノス・ユニットの電撃が降り注いだ。躱し損ねたアキレウス改とヘラクレスはそれぞれフォトンライフル、連装レーザー砲を失う。
「ゼウスか!」
「アトラ!?」
自身諸共狙った攻撃に、ダイマは驚き叫んだ。攻撃の方向にはゼウスがケラウノス・ユニットを纏うかの様に展開し、後ずさる二機に追撃を仕掛ける。
「やめろアトラ!俺が分からないのか!?」
幾ら呼びかけても、ゼウスから言葉が返ってくることはない。あるいはそういう作戦だろうかとも思ったが、一度ゼウスのボルトブラスターが自機のコクピット目掛けて振り抜かれたのを見てそうでは無いと知った。
「くぅ...っ!やめろ、アトラ!」
「ちっ、こうなりゃ...!ヘラクレスのパイロット!奴を抑え込むのを手伝ってもらう!」
「っ!?分かった、だが殺すなよ!」
「分かっているわい!」
突然の共闘の申し込みにダイマは一瞬息を飲んだが、直ぐに承諾する。アキレウス改が腰部のミサイルポッドを撃つと同時にヘラクレスがシールドを展開して接近し、ゼウスに殴り掛かる。だがゼウスは軽々とその拳を受け止めると、その細腕からは想像もつかないような膂力のままに握り潰した。
「なんと!?」
「だったらこいつでぇ!」
雫がそう叫ぶと、アキレウス改の全身が蒼く光り出す。
「パーティクル・アクセラレータ始動!緑郎さん、あんたの腕を信じるぜ!」
一度機体が身動ぎした次の瞬間、機体から漏れ出た粒子が蒼い炎のように機体を覆い、揺らめく。その様はまるで狐火だ。
「知らないシステムか...。あの赤いの、更にパワーアップしていると見えるな。だが、こちらとて負けてはいれん!」
トネリコを振りかぶってゼウスと互角に打ち合うアキレウス改を援護すべく、ヘラクレスはその側面からカッター・クラブで切りかかる。だが、その刃が届く前に、打ち合う二機は視界の遠くまで消えてしまった。
「速すぎるか!この機体では追えん!」
ダイマが悔しさを滲ませて言う。だが、何かあるはずだ、アトラを救う何かがあるはずだと頭の回転を続ける。そして一つの妙案を編み出した。
「赤いの!指定するポイントまでゼウスを追い込め!」
「そんな余裕があると思うか!?」
「やれよ!やらなきゃ終わらんぞ!」
「ちくしょう、やってやる!」
システムを起動させてようやくゼウスと互角に打ち合う雫が悲鳴をあげるが、ダイマの言葉を信じて指定ポイントまで戦いながら密かに誘導する。
この戦闘でダイマと雫の間には、奇妙な信頼関係が築かれつつあったのだ。
「来いよアトラ...。俺が、お前を助ける!」




