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星々の世界へ

「よっしゃ〜!休暇だ休暇だぁ〜!」

クサントスから降り立ったジョシュアの声が、冷たい西欧の空気に反響した。

ここは旧ドイツ連邦首都、現地球統合軍航空艦隊集結地点ベルリン。以前は連合軍が航空基地として使用していたが、先日の反攻作戦によって奪還された。

この作戦の立役者となったクサントスは他の航空艦と共に翼を休め、クルーには一週間の休暇が与えられたのだった。

「しかし壮観だな。アレイオーン級だけではなく、新型のペーダソス級までこれだけの数を回してくるとは」

同じくクサントスから降りたイェゴールが、双眼鏡を覗きながら呟く。現在十四番艦まで竣工しているペーダソス級両用空母は、アレイオーン級の運用データを基にAM搭載量を増加させ、宇宙での運用も可能にした、AMの展開戦術に特化した艦艇だ。AMの急速な製造・配備による各軍の再編成を目指して打ち出された"アース・イージス計画"により急ピッチでシラヌイやエインヘリャル、最新量産機の狙撃型AMアルテミスや汎用型のペルセウス等、様々な機体を運用するために開発された。

ここベルリンに集結しているのは、一番艦ペーダソスと二番艦キエフ、四番艦ワルシャワ、六番艦ヘルシンキである。

「それだけ必死という事でしょう。世論は今厭戦風潮のド真ん中だ。大々的な勝利と圧倒的な戦力を見せ付けないと、大衆は何もしないし、何でもやりますよ」

修蔵の言葉は的を射ていた。実際、開戦当初から地球軍は敗北続きであった為、マスコミや市民団体といった影響力のある組織が停戦や講和を謳い、一部の市民がそれに賛同して反戦運動を起こしていた。アース・イージス計画はそう言った市民たちに対するデモンストレーションという一面も孕んでいるのだ。

「そういや雫とカルラ大尉は?」

「艦に残るそうだ。立林曹長と新型のチェックをすると言っていた」

「あの二人、どうにも怪しいんですよね。多分二人で...」

ニヤついたアセットの口をイェゴールが塞ぐ。それ以上は言わせんという圧を、アセットはひしひしと感じた。

「アルテミスはイェゴール大尉用に二機、ペルセウスはサヴィナ中尉とアセット少尉用に三機こちらに搬入されるそうだ。それぞれ一機は予備機だが」

「へぇ。んじゃエインヘリャルはどうすんです?」

「戦闘データを回収した後、降ろしてベルリンの防衛部隊の修理パーツに使うらしい」

「えっ...。俺が言えた事じゃねぇかもですけど、うちの部隊割と真っ黒じゃないですか。データとか大丈夫なんですか...?」

「まぁ、お前の機体以外のエインヘリャルは何もしてないし、大丈夫だろう...」

クサントスの格納庫で、雫とミナが搬入されるアルテミスとペルセウスを見ながら話す。既に搭載されていたエインヘリャルは降ろされ、格納庫の風景は一新されていた。

「アルテミスもペルセウスも、ヴァルキリアの基礎設計を汲んだものらしい」

「って事は、間接的にゼウスの流れでもあるって事か...、全く。敵も味方も、みーんなゼウスの技術を使ってやがる」

「全くだな。...しかし雫。他の皆と外出しないで良かったのか?」

「俺はいいです。大尉こそ、やりたい事とか無いんですか」

「私か?私は...、特に無い。...どうする?」

「どうするったって...、うーん...」

「おぉーい、大尉、雫!イェゴールがオレたちに着いてこいってよ!」

サヴィナの声が外から格納庫に飛び込んでくる。ミナと雫は顔を見合わせ、声の主の方に振り返った。


「お前らは街に出るのか」

「えぇ。大尉らはどこに向かわれるんで?」

ジョシュアとアリサを後部座席に乗せた修蔵が、イェゴールに尋ねる。イェゴールは傍らのサヴィナと共にクサントスに備えられているバイクに跨ると、

「知人が住んでるんでな。ちょっと顔出しに行ってくる」

「そーゆー訳なんで、こいつは借りてくぜ」

そう言い残し、二人は颯爽と基地から飛び出していった。

「ち、ちょっと待て!連れていってくれるんじゃないんですか!?」

「雫、これに乗れ!追いかけるぞ!」

慌てたようにミナと雫が小型のバギーに飛び込んで、すっ飛んでいくのを修蔵たちは見送った。

「さてと、ジョシュア、アリサ、どこに行きたい」

「私は大聖堂やブランデンブルク門など、歴史的な...」

「あー、んな小難しいもん見たって分かんねぇよ。飯、飯行きましょうや、飯」

アリサが言うのを遮るようにジョシュアが言う。それに気分を害されたアリサがジョシュアにプロレス技を叩き込むのを、修蔵は溜息をつきながら見ていた。


同時刻、北米大陸では。

北米ロッキー山脈地下には、地球統合軍総戦略司令部が存在する。各大陸に点在する戦術司令部は担当地域で発生した全ての戦闘記録をこの施設に送信し、ここで統合される。

地球軍元帥オルドリン・バーグウェイはタバコの匂いが蔓延する戦略会議室の大型モニターを、渋い表情で眺めていた。

「リーガン大将、もう一度状況説明を頼む」

モニターの傍らに立つ、北米方面軍司令官リーガン・ヘッダー大将が頷き、モニターを映す。

「現在、我々は連合軍に対して優勢を保っています。地球に降下した連合軍は再建された第一航宙艦隊による軌道封鎖によって十全な補給を受けられず、AMを搭載した我が航空艦によって各地で追撃を受け、次々に壊滅しております。しかし、依然敵にイニシアチブを握られている以上、油断は出来ません」

「厄介なのは、連中が恒星間移民システム"アイニス"を軍事利用している事です。あれは人類共通の財産、フロンティアへの道標。攻撃はおろか、周辺での戦闘行動一切が建造当初から禁忌とされています。制御用の通信衛星は連中に奪われており、止めることが出来ません」

「元帥。愚案と承知の上で申し上げますが、ベツレヘム、及びゴルゴダを使用し、コンキスタ・マーズ付近の衛星を狙撃してはいかがでしょう。地球から彼らの本星を直接攻撃出来ることを示し、畏怖させるのです」

アフリカ方面軍司令、アルフレッド・ハイネス中将が言う。アフリカ方面軍は緒戦で最も打撃を受けており、多くの部下を失った彼は過激的な思考に傾倒しつつあった。

「ならん。二百年前の、サーテとマーラの惨劇を繰り返してはならんのだ。あれは調停者。争いの当事者たる我々が使用するべきでは無い。...本当は連合軍の艦隊に斉射することすら反対だったのだよ、私は」

オルドリンは厳しい視線と声で咎める。しかしアルフレッドは食い下がる。

「しかし、このままでは戦争は終わりません。航宙艦隊も地球外縁軌道を封鎖するのが手一杯で、コンキスタ・マーズに侵攻するだけの戦力は無く、最低限揃えるには後三年はかかります。その間にどれだけの将兵が死ぬのか...」

「バンクーバーの先進技術検証局が壊滅したのは痛かったですな。何とか二機の新型AMを送り出したはいいものの、アース・イージス計画の半分はあそこで受け持っていました。バンクーバーで撃破された三機を量産体制に入れられなかった為、地球から連合軍を駆逐するのに半年の遅れが生じます」

技術少将、ダルネス・アーランドが肘をつきながら言う。

「バンクーバーと言えば、クサントスとカーチス・マグリブの処遇についてだ。今はこちらの指揮下に復帰しているが、バンクーバーの生き残りの証言ではクサントス搭載AMの姿が確認されたそうではないか。救援を装ったつもりだろうが、直前の告発、そして不自然に破壊された基地のデータを併せて考えれば、奴はあの時バンクーバーを攻撃するつもりだったことは疑いようもない」

「いや、そもそも何故彼の告発を揉み消した?本当にバンクーバーで非人道的な実験が行われているのならば、それを止めればよかっただけではないか」

「第一、バンクーバーで開発していた機体の一部が連合軍に流れているではないか。先に裏切っていたのはバンクーバーで、カーチスはそれを分かっていたから攻撃したのではないか?愚鈍な我々に足を引っ張られる前に」

口論が白熱する中、取り返しがつかなくなる前にオルドリンの鋭い声が各人の間を切り裂いた。

「静粛に。目下の目標は地球から連合軍を完全に駆逐する事だ。クサントス及びカーチス・マグリブについては、監視の為に第一航宙艦隊第一戦隊に編入させる。もし叛乱を起こした場合、最大戦力で即座に鎮圧出来るようにだ。

惑星破壊砲については現状のまま、防衛部隊を逐次強化し、敵軍による奪取を防げ。だが、決して撃ってはならない。これは人道に基づいた判断だ。一般市民を殺戮し、惑星を破壊して勝った所で宇宙に我々の悪行が轟くだけだ」

強引に話を終わらせる。バンクーバーが壊滅して以降、ずっとこの話だ。オルドリンは会議室を出ると、眉間をつまんだ。

(戦争とは敵を滅ぼして終わりではない。当然クリーンな、綺麗な戦争の終え方など無いのは分かっている。だとしても、与えられるだけの恐怖を与えて人を殺して、それが平和に繋がるなどと考えてはならんのだ...。我々は二百年前の人類と同じ道を進む訳にはいかない。真の平和を宇宙に拡げる為に...)

オルドリンが思案を広げていたその時、彼の後ろから近付いてくる足音があった。最初は気に留めなかったが、それが近付く度に早くなるのを聞いて、懐に手を忍ばせた。

「そこにいるのは誰...」

言い終わる前に、左胸に突き飛ばされたような衝撃と、火箸を突き刺されたような痛みが走った。

「...っ!かっ...」

声にならない断末魔を上げて、視界、そしてその次に意識がブラックアウトする。

地球軍穏健派の筆頭であったオルドリン・バーグウェイ元帥の最期は、あまりにも呆気無さすぎるものだった。


「しっかし、変わってねぇなぁこの辺。十年近く前なのによ」

「あのオヤジ殿の事だ、変える気もないんだろう」

森の中を、イェゴールらが歩きながら感慨深そうに呟く。雫とミナはひたすらに着いていくが、あんまり長く歩いていくので、段々と面倒くさくなってきていた。

何せ車から降りて森に入って、既に二時間近く歩き続けているのだ。軍人として訓練したミナはともかく、三ヶ月近く前までは民間人だった雫は先程からしきりに足を気にするような素振りをしていた。

「雫、大丈夫か?歩けないなら私が背負って...」

「...平気です。それに、これくらいやらないと大尉を守るなんて無理ですし」

いい所も見せたいし。最後にそう言おうとしたが、それは喉の奥に呑み込んだ。

(察せられるようじゃダメだな...。実はもう限界なんて、隠さねぇと...)

「...っと、着いたぜ」

(助かった...!)

イェゴールらが足を止めたのは、木造のボロ小屋だった。疲労困憊の雫がドアノブに手をかけようとすると、

「雫待て!ドアから離れろ」

イェゴールの怒号が飛んだ。おずおずとドアから離れる雫と入れ替わるように、バッグからショットガンを取り出したサヴィナがドアノブに手をかける。

「え?はぁ?」

困惑しながらそれを眺める雫とミナをよそに、サヴィナがボロ小屋のドアを、途端に崩れそうなくらいの勢いで蹴破った。瞬間、小屋の中から銃弾が無数に飛んでくる。その銃弾の雨が途切れると、中から一人の男が現れた。

「ありゃ、死体がねぇ。...もしかして消し炭になっちまったかな」

「死んでねーよ、クソジジイ!」

男の頭に向け、サヴィナが銃口を突きつける。男は一瞬驚いたような表情を浮かべた後、

「その品性もへったくれもねぇ言葉遣い、てめぇサヴィナだな!そっちにいるのはイェゴールか!」

「久しぶりだな、ジーニス」

「久しぶりだぁ!?てめぇら突然居なくなって、俺がどんだけ心配してたか理解してりゃあ、そんなセリフも出てこねぇだろうな!」

「それについてはすまないと思っているよ。だが、あの時はああするしか無かったって事、分かってくれ」

「ふん...!」

軍用の機関銃を持った初老の男が背を向けて、小屋の中に戻っていく。呆気にとられている雫達を見たイェゴールは、

「悪いな、ジーニスはいつもああなんだ」

「いつもドア開けようとしたら機関銃で撃たれるんすか!?」

「こんな所に来る奴なんてオレらしかいねぇからな。あのジーさんなりの歓迎って奴だ」

こなれた様子の二人に軽く戦慄しつつ、ゆっくりと二人に続いて小屋の中に入る。中は意外にも片付いていた。壁に着いた無数の弾痕を見なければ、それなりに綺麗である。

雫がキョロキョロと見回していると、イェゴールに、

「椅子は三人分しかないからな。悪いな、ソファに座ってくれ雫、カルラ大尉」

と言われたので、大人しく座る。しばらくすると、ジーニスと呼ばれていた男が白い杖を突きながら現れた。そのまま勢いよく席に着くと、

「...で、泥棒野郎共が今更何の用だ。金の融通でも頼みに来たか?」

つっけんどんに吐き捨てた。イェゴールは苦笑しながら、

「そう邪険にしないでくれ。俺だってあの時は悪かったと思っているんだ。...それでも、あのまま三人まとめて飢えて死ぬよりはマシだったろう?」

と頬を掻きながら諭すように言った。

不機嫌そうに顔を背けたジーニスだったが、そこでようやく雫やミナに気付いたのか、驚愕の表情を浮かべると、

「何だてめぇら、こいつらのダチか?」

と凄みながら尋ねた。

(あの、イェゴール大尉。ジーニスさんって...)

(そうだ、色々あってな、今は目が全く見えない。その分気配とかの察知能力は人一倍高かったはずなんだが、まぁ老い故の衰えだな)

お互いジーニスには聞こえないくらいの声量で会話する。だが、

「誰が老いたって!?若造が調子こいてんじゃねぇぞ!」

とジーニスが怒鳴った。どうやら聴覚は衰えていないらしい。

「えと、俺は卜持雫っていって、イェゴール大尉達の部下です。隣はミナ・カルラ大尉。全員クサントスって軍艦の機動部隊のパイロットなんです」

「ぶはっ!イェゴールはともかく、サヴィナに部下ぁ!?こりゃ傑作だ、どういう事なんだ!?」

腹を抱えながら笑い転げるジーニスを見たサヴィナが、

「ジジイ、そりゃどういう意味だ」

と口の端を震わせた。

「しかし、本当に驚いたぜ。あのサヴィナに部下がなぁ...。初めて会った時はハリネズミみてぇな奴だったってのによ」

不意に、昔を懐かしむ父親のような声でジーニスが呟く。イェゴールも便乗して、

「あぁ、確かにサヴィナのアレは酷かったな。何せ、出くわした瞬間にナイフ持って飛びかかってな」

「お前も銃向けてたじゃねぇか...。状況が状況だったのはあるが」

三人が物騒な思い出話に花を咲かせる中、雫とミナは所謂場違い感をひしひしと感じていた。同時に雫の中で、何故自分達は呼ばれたのだろうという疑念が生まれ、それを尋ねた。

「イェゴール大尉、何で俺たちを呼んだんです?どうせ昔の知り合いに会うんなら、三人水入らずの方が良かったんじゃ?」

するとイェゴールは、少し瞼を落として、

「そうだ。今日お前達を連れてきたのは、俺たちの昔の話を聞いてもらおうと思ってな」

と言った。薄々感付いていたのか、サヴィナも真剣な表情で雫を見ていた。その一方でジーニスは意外だったようだ。

「おい待て。...良いのか」

「良いのさ。この二人だって色々言ってくれたんだ、俺たちの事も知っておいてもらいたい。俺たちにもしもの事があった時、誰かに覚えていてもらいたいんだ」

「...そうかい。好きにしろ」

そうして、イェゴールはぽつぽつと語り始めた。


十四年前。二人の故国ロシアはこの当時、鮮血に染められていた。

ロマノフ王政の復古を掲げる反政府勢力RMGと現民主政権による内戦は国内を完全に二分し、国連の介入を経て尚十年以上続いていた。

イェゴールとサヴィナはRMGの少年兵だった。

戦火の中で両親を失い、身寄りのない少年はRMGに拾われ、戦闘員としての訓練を受けさせられていた。二人もその通りだったのだ。

元々小規模なテロ組織から急速に勢力を拡大したRMGは、その成長に対して物資の面で着いていけていなかった。従って、配備されている装備は殆どが旧式のものであり、特に未熟な少年兵の消耗率は極端に高かった。その中でも、二人はヒトの血肉を貪りながらも生き残っていた。


ある日、国連軍特務部隊によってミンスクのRMG本部に対する急襲作戦が実行された。守備隊は練度も物量も国連軍とは比べ物にならないほど貧弱であり、瞬く間に本部は占領された。

二人はそこの守備隊にいた。だが戦局が不利と見るや、少しの装備だけを持って西へと逃走を開始した。当時、ロシア・ポーランド国境地帯にはRMG少年兵に対する非公式の支援組織が存在していた為、それに頼ろうとしたのだ。だが、いざ辿り着いてもそのような組織は見当たらない。代わりに二人を待っていたのは、住民からの罵声と暴力だった。聞けば、一週間ほど前にRMG所属の少年兵による自爆テロで組織は壊滅、一般人にも多数の犠牲者が出ていたという。

イェゴールは察した。自分達がRMGに拾われた時点で、助けを得ることなど不可能なのだと。今やRMGは、世界でも有数のテロ組織として認定されている。そこに所属する少年兵など、ろくな扱いをされるはずもない。

ならばどうするべきか。助けを乞わず、己の力のみで生きていくしかないのだ。自分にはサヴィナという守るべきものもいる。絶望などしてはいられない。

そうして逃げて隠れて、命からがら行き着いた先で、二人はジーニスと出会ったのだった。


「...そういう訳で、俺達は元々地球軍の敵だったことになる。国連がそのまま現在の統合政府に置き変わってるからな」

「まぁ確かに。...こう言っちゃなんですけど、どうやって地球軍に入ったんですか?」

「そりゃあ、ほら。あれだよ」

「こいつら俺の名前を使いやがったんだよ。俺が元々国連軍の軍人だったからって、俺が推薦したって体で勝手に入りやがった」

イェゴールがしどろもどろになるのを、ジーニスが食い気味で言い挟んだ。

とんでもない過去と、とんでもない事をしていた事実を同時に聞かされ、雫は少しばかり混乱していた。それを見たサヴィナは、

「言っとくけどよ、オレ達だってお前の話を聞いた時、今のお前らみたいだったんだぜ。お前がマーシャンで、しかもガキの時から戦闘の訓練をさせられてたってな」

と笑いながら言った。雫は「あぁ!そうか...」と納得した様子で頷く。カーチスが最初に言った通り、マーシャンであるという事で驚かれこそしたものの、イェゴールもサヴィナも差別をする事は無かった。それに雫は二人を信頼していた。まさかこの二人がマーシャン差別などというつまらない事はしないだろうと。だが、頭ではそう思っていても、実際明かす際には不安で胸が押し潰されそうだった。イェゴールも、自らが元々軍と敵対していた事実にそう感じていたのだろうか。それを察して、サヴィナは助け舟として発言したのだろう。

「なんつーか。いいっすねイェゴール大尉。良い人がいて」

「なんだ藪から棒に」

「別に?」


それから数時間が経ち、雫とミナはクサントスに戻り、森の中の小屋は三人だけになった。ジーニスは椅子に座ってコーヒーを飲み、イェゴールはジーニスに家事諸々を押し付けられ、サヴィナはリビングで寝息を立てていた。

「こうしていると、あの頃を思い出す。あんたはいつもその豆で淹れたコーヒーしか飲まなかった」

洗い物をしながら後ろから漂うコーヒーの匂いを嗅いで、イェゴールが少し嬉しそうに呟いた。

「じじいになってもこだわりは捨て去れねぇんだよ。それを捨てたら自分が自分で無くなっちまう」

ジーニスは相変わらず突っぱねるような物言いではあるが、その声に僅かな喜びが混じってるのをイェゴールは知っていた。

「だが、挨拶がわりに機関銃を撃つのはやめたらどうだ?俺たちだったからよかったものの、雫やカルラ大尉は下手すれば死んでたぞ」

「この辺りに来る人間なんざお前らしかいねぇからな。しかし、俺がサヴィナに遅れをとるとは」

「サヴィナも成長しているのさ。...あまり嬉しくはないがな」

少し声のトーンを落として、熟睡しているサヴィナを見る。体こそ大きくなっても、寝ている姿はまるで子供の頃から変わっていないように思えた。

「一つ聞いていいか?なんで軍に入った。俺の名前を使ってまで」

「...最初は俺も色んな仕事をしようと思った。でも、俺にとって戦場は故郷だ。そこで生まれて、そこで育った。それ以外の生き方は、俺には向いていない。サヴィナを連れていくつもりは無かったさ。だが、こいつは俺から離れたくないと言ったんだ」

悔しさを滲ませた声でイェゴールが言う。ジーニスには見えないが、その体が震えているのを知っていた。

「すまねぇ、もう一つ質問だ。...お前、サヴィナの事が好きなんだろ」

その一言で、イェゴールの瞳が大きく開いた。だが、溜め息を一つ吐くと、

「...好きだよ。それが男としてのものか、家族に対してのものなのかはまだ分からんがな。だが、この戦いが終わるまでにはこの気持ちにケリをつけようと思ってる。だから、出来るだけ戦場からは離れて欲しかったんだ...」

「オレも好きだぜ?何だ、気付いてなかったのか?」

いつの間にか起きていたサヴィナに、思わずイェゴールが短い悲鳴を上げた。

「サ、サヴィナ!...聞いていたのか」

「おーう、割と最初の方からな。しかしお前、オレに向けて家族愛ってのはねぇだろ?オレ、もう二十二なんだぞ?お前の妹からは脱却出来たと思ってたんだけどよ」

「ま、待てサヴィナ。俺も...、俺、も...」

意を決して言おうとしたが、それを遮るように軍の無線機がけたたましく鳴った。

(ええい、こんな時に...!)

怒りと少しの安堵を覚えつつ、無線機を取って通信を開く。

「こちらイェゴール・ユージェニー大尉。どうした?」

「大尉、すぐ戻ってください!状況が...!」

「雫か?どうした、何があった」

「説明は艦長から!とにかく戻ってください!」

伝えることだけ伝えると、雫は無線を切った。

「どうした?」

「すまない、招集がかかった。行くぞサヴィナ」

「あっ!ちょ、待てよ!俺も何だって!?」

その問いには答えず、そそくさと走り出すイェゴールを慌ててサヴィナが追いかける。その様を黙って見ていたジーニスは小さな声で独りごちた。

「...帰ってこいよ、イェゴール。サヴィナ」


「間違いないか?」

「はい。先程、小惑星宙域監視衛星、アステロイド・アイが捉えた映像です。アイニスを使用し、連合軍艦隊が再び出現しました。目的は、おそらく地球周辺の制宙権の確保」

「第三哨戒艦隊が間もなく接敵します。彼らだけで抑えられれば良いのですが」

クサントスのモニターには地球周辺の宙域マップと、それを取り巻く地球軍航宙艦隊の連合軍艦隊、そしてアイニスが映っていた。連合軍を示す赤い光点と地球軍を示す青い光点が交差して、交戦していることを示している。だが、交差して数十秒。不快な電子音と共に青の光点が消滅した。

「何が起こった!」

「アステロイド・アイの映像出します!」

戦闘の余韻と言わんばかりに小さな爆発が繰り返される宙域には、推進器を吹かして進行する連合軍艦隊の姿があった。構成している艦艇の多くはガニメデ級やクレシダ級、クイーン級であるが、その中に見た事のない艦艇があった。

「何だありゃ?戦闘機、いや鳥か?」

ジョシュアが艦影を見て呟く。その言葉の通り、その艦艇はまるで鳥のような形をしていた。

「確認しました!第三哨戒艦隊は全滅、敵艦隊は地球軌道に向けて進攻を開始!」

「あの短時間で、艦隊が。あの新型艦の仕業か」

この戦闘結果は、間もなく地球軍総司令部にも伝わった。オルドリンが暗殺された事でその事後処理に皆忙殺されていたが、急遽対応会議が開かれたのだ。

「オルドリン元帥が暗殺されてから、直後にこれか!」

「射殺した犯人の遺体を照合した結果、コンキスタ・マーズの出身者でした。装備していた通信機器には連合軍司令部との通信記録が残されており、連合軍の仕業で間違いありません。敵の動きは、何らかの連動という可能性が高い」

「あの大型艦に対抗出来るだけの艦艇は、我が軍にはクサントス級しか...」

「第一艦隊には既に配備が始まっているはずだ」

「そりゃあ、月には居ますがね。第一艦隊が交戦距離に届く前に、敵は地球軌道に侵入しますよ」

「地球圏内には一番艦、カーチス・マグリブ大佐の艦がベルリン航空艦集結基地に停泊していますが...」

「ぬぅ...、疑惑付きに頼らずを得んとは...!」

アルフレッドが苦渋の表情を浮かべるが、実際対抗出来る戦力を使用しなければ、多くの将兵が死ぬというのは彼自身が一番理解していた。

「ベルリンに集結している艦隊を、第十二艦隊として編成!旗艦はクサントス、臨時艦隊司令官はカーチス・マグリブ大佐だ!全艦にロケット・ブースターを装備させ、明朝0900までに低軌道上に展開させろ!月面アームストロング基地に駐留している第一艦隊をバックアップに回せ!」

「よろしいのですか!?もし艦隊丸ごと反乱を起こされたら...!それに、まだ他の将軍方に連絡も...!」

「だが、打てる手を最速で打たなければもっと多くの兵が喪われる!責任は全て私が被る!今は賭けるしかない、カーチス・マグリブの手腕に!」


「艦長、第十二艦隊全艦、ロケット・ブースター装着終わりました」

「全乗員の身体固定状況を再チェックしろ。大気圏を離脱する時のGで身体が圧壊するぞ」

もう真夜中であると言うのに、ベルリンはサイレンと打ち上げ施設の稼働音が響き渡っていた。

総司令部からの命令を受けとったカーチスは直ちにこれをベルリン基地に報告し、許可を得て、現在アレイオーン級六隻、ペーダソス級四隻、そして旗艦たるクサントス級一隻で構成される大艦隊が、並んで打ち上げを待っていた。

現在時刻0100、後八時間しか猶予は無い。打ち上げからカーマン・ライン離脱までは三分とかからないが、その後の作戦行動のシュミレーションや艦隊の布陣にかかる時間を鑑みれば、一分一秒も無駄には出来ない。

「宇宙かぁ...。初めて行くぜ」

「あれ?でも、雫は火星の人だったんでしょ?」

「ガーフィールドはな。卜持としては初めてだ」

隣に座るアセットと会話をしつつ、窓の向こうを見る。ベルリン市街地では既に避難が始まっており、街の灯りは殆ど消えていた。

ふと、サヴィナが騒いでる声が聞こえ、そちらに目を向けると、イェゴールが困り果てたようにうなだれていた。

「な、オレの事がなんだって?なぁ?」

「分かっている...。全部終わったら話すから、黙っててくれ...」

「全部っていつだよ、じゃあ、この作戦が終わったら答えを聞かせてくれ、な?」

「っ...。よし、言いだろう」

アセットがニヤニヤしながら二人の会話を聞く。雫は前々からアセットは他人の恋愛話を聞くのが好きらしいと察していたが、確かに年齢や風格の割に存外初心なイェゴールを見ていれば、ニヤつく気持ちも分かるかもしれない。

「でも、露骨に死亡フラグ立てたね、今」

「ん...、まぁ確かに...。仕方ない、俺達でフラグを折りに行こうぜ。バッドエンドなんて、現実じゃ洒落になんねぇからよ」

「それ大賛成!」

「私も付き合おう。フラグがどうとかはよく分からないが、仲間を守るのは当然の事だ」

ミナが腕を組んで頷きながら言う。

「...何か、めっちゃお節介されそうな空気になってんな...」

「誰のせいだ...!」

イェゴールが顔を赤らめながら小声で威嚇するが、サヴィナの方は満更でもなさそうである。

「総員へ。これより打ち上げカウントダウンを開始する。固定器具の装着状況を再度確認し、振動に備えよ」

エレナの声の後にテンカウントが始まる。そしてゼロと発した途端、クサントスの艦体が激震に覆われる。

「うひょ、たまんねぇ」

「何でそんな嬉しそうなんですか...!こ、この揺れで...!」

ジョシュアが嬉しそうな顔をしているのを、アリサが信じられないものを見るような目で見る。

「流石フォボスの英雄は、この程度何ともないか...」

「中尉...、やめてください。この人が調子に乗る...」

イェゴールとサヴィナが、ジョシュアとアリサが乳繰り合っている中で自分が何もしていない事に虚しさを感じつつ、少し張り合おうとミナの方に身体を寄せようと考えたが、守ると誓った相手にそうするのもどうかと思いやめた。

「そろそろカーマン・ラインを突破する。そこを抜ければ無重力地帯だ。十分後にパイロットはブリーフィングルームに集合、各セクション要員は持ち場に着け」

カーチスの言葉の通り、間もなく身体全体が浮遊感に包まれた。

「ふおお...、これが無重力...。宇宙!」

「全艦、ロケット・ブースターを切り離し、艦隊軌道を取れ。三時間後には敵艦隊との交戦距離に入るぞ」

戦闘機がフレアを放つように、艦船がブースターをパージする。

艦隊直掩のAMが点々と代わる代わる出撃し、敵の奇襲に備えている。

ブリーフィングルームに集まったパイロット達に、カーチスはいつもの通りモニターの映像と共に作戦の説明を行う。

「アームストロング基地から発進した第一艦隊は後四時間で合流する予定だ。...だが、間違いなく連中と合流する前に我々は敵と交戦し、その趨勢も決まった頃だろう。故に、頼りにせずに作戦を行う必要がある。

最大の脅威はあの大型艦だ。この映像は、第三哨戒艦隊所属のAMから総司令部に送られたガンカメラによって録画されたものだが...」

モニターの映像が切り替わると、そこには無数の爆発に巻き込まれる地球軍のエインヘリャルとロンドン級戦艦の姿があった。

「"アラスカ"、"ブラジリア"爆沈!残存艦隊は直ちに撤退しろ!AM隊はあのクソッタレの鳥野郎に仕掛ける!畜生、畜生!」

パイロットは悪態を叫びながらも敵に接近する。複数のエインヘリャルがビーム・ランチャーを携え、構え、そして撃ちまくる。一撃で戦艦をも撃沈させる事が可能なそれは、しかし敵にかすり傷一つ与えることは出来なかった。

「レーザー・フィルム!しかもとんでもねぇ出力の...、うわぁ!」

次の瞬間、鳥のような形状をした大型艦から放たれた無数のレーザー光線により、次々とAMが爆炎に包まれる。そして、その嘴のような形の砲台から放たれた荷電粒子砲の一斉射によって艦隊が薙ぎ払われ、映像が途切れた。

「...ヤベー」

「既存のAMでやれんのか?あのフィルム、クサントスより遥かに強力だぜ」

流石にパイロット達の間にも緊張が走る。

「あれに対応出来る機体は卜持准尉のアキレウスと、重装砲撃戦用に改装したカルラ大尉のヴァルキリア、そして本艦の主砲である600mm超電導式レールガン、通称バスター・カノンのみだ。よってこの三つの矛を以て、奴を確実に破壊する」

「ヴァルキリアの新装備、フォトン・メガ・ランチャーの威力なら一時的にフィルムを剥がすことはできる。で、そこをこの艦の主砲で沈める」

傍らの緑郎の言葉通り、身の丈程はあろうかという大型のランチャーを肩のパワーポイントに接続したヴァルキリアは、今作戦の要として重点的な整備が行われていた。

「アキレウスのトネリコならば、発生源の強力な所は難しいが、局所的にならフィルムを貫通出来る。よって、卜持准尉には敵艦の推進ノズルを破壊してもらう。護衛はアセット少尉だ。イェゴール大尉はAM部隊総指揮官として艦隊戦に加われ。カルラ大尉は艦隊直上で光粒子補給用小型有人AMリトル・ボトルとドッキングし、狙撃準備に専念してくれ。サンダーバード隊を護衛につける」

「...」

雫は本心を抑え込みながら、無言の肯定を示した。

本当であれば、雫自身がミナの護衛をしたかった。だが自分には、アキレウスにはやるべき事がある。それをする事が、皆を守ることに繋がると、心の中で割り切った。

「作戦は一時間後に開始だ。全員、機体の最終確認をして機乗待機」

敬礼をして部屋を退出した雫は、慣れない無重力に身体をバタつかせながら格納庫のアキレウスのコクピットに入る。

「重力がある時に比べて、乗り込むのに時間がかからねぇのは有難いが...。しかし、意外と楽しいもんだな、宇宙ってのは」

「そ、そう?僕はもう酔ってるけど...。うえ...」

傍らで機体の最終チェックを受けているアセットが、通信越しにも顔色の悪さを伺わせる声音で言う。アセットのペルセウスは、アキレウスの加速に追随出来るように雫のエインヘリャルと同型のプロペラント・ブースターを四基装備し、武装もエインヘリャルの物から強化型の物に置き換わっている。

また、アキレウスも直掩部隊との交戦を想定し、各所に増加装甲を施され、両肩にイェゴール機の予備兵装だった八連装ミサイル・ポッド、そして試作兵器である37mm対AMショットガンを装備する等の重装化を果たしていた。

たった二機で一個艦隊を殲滅した化け物を相手にするには幾分心許ない装備ではあるが、それでも最大限出来る事はやってくれた。後は自分達が結果を出すだけだ。

「敵は墜とす、味方は守る。へっ、上等だ」

「今回の主役はカルラ大尉だもんね、そりゃ張り切る訳だ」

「アセット、どういう意味だよ」

「別にー?」

「お前はいつもそうやってはぐらかす...」

「そろそろ作戦開始時刻だ。無駄な話はやめておけ」

終わりそうにない二人の話を、イェゴールが強引に断ち切った。先程までの初心な姿は何処へやら、いつも通りのベテランの風格を取り戻していた。

「雫、アセット。お前らがあのデカブツに取り付くまでは、オレたちが援護する。作戦の根幹はお前らの活躍次第だ、頼んだぜ」

サヴィナも悪戯っぽい顔から、余裕を持った戦士の顔に変わっている。その切り替えの速さに雫は密かに感服していた。

「敵艦隊、レーダーで捕捉。AM部隊は順次出撃せよ」

艦内放送でカーチスの声が響く。間もなくカタパルト・ハッチが開放され、漆黒の世界が雫の前に開かれた。

「イェゴール・ユージェニー、アルテミス出るぞ」

「サヴィナ・ヤーナ、ペルセウス一番機、出るぜ!」

先行する二機が出撃し、他艦から出撃したAM部隊もそれに続いていく。次いでアセットのペルセウスがカタパルトに接続される。

「アセット・マッケンジー、ペルセウス二番機、出ます!」

他の機体より遥かに眩しいスラスターの光を輝かせながら、ペルセウスが飛び立つ。それを見届けて、雫はそれに負けないように、そして覚悟を決めたように一段声を張り上げた。

「卜持雫、アキレウス、行きます!」

アキレウスのツインウイング・ブースターの大出力が唸り、宇宙に描かれる無数の光筋と混ざり合った。

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