第五章 お山の探索①
お椀に乗って土砂崩れを下から辿っていく。
所々に木の枝が出ていて、相当な量の土が谷底に向かって落ちて行ったのが分かる。
一番上まで上がると、まるで砂山の一部を子供が手で取ったように、稜線の一部がぽっかりと凹んでいた。
「パウル殿。あの窪んだ所に行ってみよう」
近づくと、大きな窪みは浅いお椀の底の様に平たくなっている所がある。
「これはただの土砂崩れではありませんな」
「うん。木の枝が見えているということは、途中の土は崩れていないようだ。尾根が吹っ飛んだようになって、土砂が落ちて来たようだな」
「これは何か強大な力で山の土をえぐり取ったのではあるまいか……」
「パウル殿もそう思うか。しかし、生半可な力ではないな」
「とても人の手による物とは思えませんな。やはり、谷を……もしかしたら祠を埋めるために山の一部を崩したのかもしれません」
ジェームズ様は、ふむと考え込んだ。
「パウル殿。この山を崩した方法が魔法として、どのような魔法を使ったと思う?」
「目的が祠を埋めることであれば、土の魔法にしては無駄が多いですな。第一、中を埋めれば済むものを外から土を持ってくるとは、やり方が荒っぽいとしか」
「うん。私もそう思っている。土でなければ他の魔法になるが、思い至らないのだ」
「風の魔法はどうでしょうか」
「風?」
意外そうにしている。風の魔法は本来物を運ぶ魔法ではない。ましてや山を崩すなんてかなり魔力の無駄になる。
「儂は以前、下水処理場で風の魔法を使って土を運ぶ工夫を考えておりました。トルネード・ウィンドウに土を巻き込むのです」
「そのようなことが出来るのか?」
「上手くは行きませなんだが、土を運ぶことは出来ましたな」
実際はそれで闇落ちしたはずだが、今は関係ないだろう。
「例えば、強大な竜巻で土を巻き上げ、そのまま谷へ移動し、竜巻を解いたとなるとどうでしょうか?」
「想像もつかんが……」
「尾根の稜線を掴み取った様な箇所、そこから零れ落ちるように山肌を覆う土砂、最後に祠周辺に盛り上がった様な土。規模は小さいですが、以前、儂が土の山を崩して運んだ時の様子に似ております」
「なぜ、そのようなことを……」
「儂の場合は、使える上級魔法が風でしたからな。今回のこの場所の土砂崩れも風しか使えん者……例えば、風の精霊の仕業であれば、合点が行きます」
風の精霊が自分の棲む山を崩したりするだろうか……。
「つまり、それほど危急の状況であったということか」
「恐らくは」
風の精霊は何かと戦っていたのだろうか……。
デューネが以前、湖を汚した魔物を撃退した時は、大水を何度も浴びせかけたと言っていた。考えてみたら、その水は大量の泥水となって湖に流れ込んだわけだ。いわば身を切るような行動と言えるわけで、今回の風の精霊の山崩しもそういった行動が必要だったのかもしれない。
窪みに一か所暗がりがある。
「あれは何でしょうか?」
「穴が空いているのではないか」
二人共気付いたようだ。
「窪みに降りて確認してみよう」
ジェームズ様の言葉に頷き、着地してお椀から降りる。
上空を見上げると、エレノア様のお椀がすぐ上にいる。ヘンリー様は手槍を構えていた。いざとなったら、飛び降りて来るかもしれない。
暗がりは山の頂上側の側面に空いた穴だった。
ライトで照らして見ると、そう深くはなさそうだ。熊の冬ごもり用といったところか。
入口は這って入らなければならない大きさなので、パウルさんが匍匐前進する後ろからライトで照らした。念の為パウルさんはウィンド・バリアを詠唱済みだ。ジェームズ様は、後ろでマルセロさんの中級ホーリーの巻物を用意している。ホーリー・ランスならパウルさんの身体を貫通してその先の魔物を倒せるだろう。
「中は意外と広いですぞ」
狭い入り口を突破したパウルさんがしゃがんでいる。
「ジャンヌ。大丈夫そうだ。入って来い」
正直行きたくはないが仕方がない。灯りが無くては何も見えないだろう。
「パウル殿、一旦出て来てくれないか。穴の入り口を広げよう」
「崩れませんかな?」
「ウィンド・バリアで天井を作ってくれ」
鞍の大き目の奴を作って穴に差し込み支えにするようだ。何気なく言ったところを見ると、普段から上級魔法を応用して利用しているのだろう。
「流石ですな。考え付きもしませんでした」
「なに、飛行術に比べたら大したことはないぞ」
事もなげに言う。大した人だ。
土の魔法で穴を広げ、ウィンド・バリアで壁と天井を作る。穴の中へは立って歩いて入れるようになった。
「待て、待て、儂も一緒に行くぞ」
ヘンリー様がお椀から飛び降りて来た。
「壁役がおらんだろう。何か出てきたらどうする?」
パウルさんは天井を支えなければいけない。私は光源だ。ヘンリー様の言う通りだ。ジェームズ様も快く了承されて、四人で入って行くことにした。
中に入ると、直ぐに行き止まりに突き当たった。
白い壁がある。
ヘンリー様が槍で突くと、壁が内側に凹むが槍を引くと元に戻った。
皆びっくりしているが、これは見たことがあるぞ。
「ちょっと、良いですか?」
右手に出したライトを残して、左手のライトを白い壁に突っ込むと簡単に腕が中に入っていく。壁の向こうには何もない。
「大丈夫か?」
パウルさんが慌てて引っ張るが大丈夫なはずだ。そのまま顔を突っ込んだ。
壁の先には洞穴が続いている。人が二人並んで立てるほどの大きさだ。
「これは一体どういう仕組みじゃ」
「ひえ!」
いきなりヘンリー様が顔を出したもんだから、変な声を出してしまった。
「すまん、すまん、驚かせてしまったな」
言いながら、そのまま全身を中に入れた。度胸満点だ。仕方がないので、ちょっと待ってて下さい、と外の二人に声を掛け私も中に入った。
ヘンリー様は片膝立ちで槍を構えて穴の奥を見つめている。途中で曲がっているので先がどうなっているのか分からない。
「これは恐らく風の結界だと思います」
「風の結界?」
「はい。デューネに会った時に、このような白い壁で水と空気とを分けていました」
かいつまんで、水の結界を越えた時の話をする。
ただ、デューネの時は結界の中に入った。今回は逆かもしれない。
「つまり、我々は結界の外に出た、と言うのか」
ヘンリー様が首を捻っている。簡単には理解できないだろう。
「はい。風の精霊が穴の中にいるでしょうか?」
「確かに、そう言われればそうだな」
「つまり、ここは、風の精霊が結界で仕切らねばならなかった場所なのかもしれません」
「この先に、何かがある、のだな」
「恐らく」
ふむ、と頷いた後の決断は早かった。
「よし、一旦皆と合流して、この先を探索する人選をしようか」
皆が言っていたように、単なる槍だけの人ではないようだ。
下に降りていくと、ロバーツ様とスティーブンスさんが何本かの木の枝を土砂崩れた土の山に差していた。
「ロバーツ。これは一体なんだ?」
ヘンリー様が土に刺さった枝を指で突っついている。
「父上。祠を掘り出せないかと思いまして。スティーブンス卿に話を伺い、あたりを付けておりました」
「掘り出してどうする?」
「祠は元あった洞窟に手を加えた、と聞きました。ならば、その洞窟から山の中へ入って行けるかもしれません」
「なるほど、考えたな。実は上にも洞窟があった」
「上にも?」
「うむ。それで誰がその洞窟の奥に向かうかで、相談しに降りて来たんだ」
まずは手順の確認になった。
「上下両方から探索した方が良いでしょう」
仕切りはジェームズ様だ。メディオランド国内だから当然だろう。
「下の祠を探り当ててからの方が良いのかも知れませんが、まずは出来ることから始めたいと思います」
「二手に分かれるか」
「はい。私とロバーツ、グラディス。それにジャンヌ神官がまずは上から洞窟内に侵入します。パウル殿は伝令としてついて来て頂きたい。ヘンリー様、エレノア様は、祠を探り当てて貰えませんか。スティーブンス卿は後方支援を指揮してくれ」
パウルさんが主力ではなく伝令と言う時点で、いかにレベルが高い人達の集まりかが分かる。
「我々は、いかに」
グラディス様のお付きの人達が聞くと、務めを果たして貰いたい、と返事があった。つまり、上の穴の探索に参加するわけだ。
納得したのか、頷いている。二人は国王の指示の元にグラディス様についている。王太子とは言え、とやかく指示などできないのだろう。
「ジェームズ殿」
ヘンリー様が声をかけた。何か意見があるのだろうか。
「人選は良いとして、こういった探索は遭難がつきものだ。上の穴の探索については時間を決めておいて、その刻限が過ぎたら後発が捜索に行くことにしたいが」
「分かりました。では、二時間としましょう。可能ならば昼過ぎには一旦集まり、進捗具合を互いに報告し合うことにしませんか」
「うむ。了解した。二時間だな」
二時間とは、恐らく魔力切れを考えてのことだ。何か一つの魔法を使いっぱなしになったとして上級者でも二時間が限度だ。
話が決まるか、と思ったら割り込んで来た者がいる。
「救護班は上にも必要だと思うけど」
ベアトリクスだ。探索に参加する気だ。
「そのあたりの指揮はスティーブンス卿にお任せする。ただし、あくまでも安全な後方にいて貰う。そうしなければ意味がないからな」
「承りました」
いつに間に連携したのか、スティーブンスさんとベアトリクス達が目をあわせてニヤニヤしている。
特にスティーブンスさんは、来るなと行っても来そうな勢いだ。安全な場所を確保してもらった方が良い。
それにしても、ごく自然に誰の不満も無く決まった。
流石は次期国王様だ。
洞窟を進む隊列は、先頭がロバーツ様と私。次にグラディス様とジェームズ様、後衛がお付きの騎士様お二人となった。
伝令のパウルさんは後衛の更に後ろで、後方支援組と一緒だ。
スティーブンスさんはくじ引きで勝ったリュドミラと共に物入袋を担いでいる。
「ここから先が風の結界内ならば風の精霊がいる。結界外ならば、何か異変があるというわけだな」
ロバーツ様が確認してきた。目の前には先ほど通り抜けた白い壁がある。壁の周辺は一旦降りる前にジェームズ様とパウルさんが土木工事をやったせいで、ほぼ土が取り除かれているから、窪みを降りてすぐの所に壁が見えている。
「救護班は外にいてくれないか。半時間立って変化がなければ入って来てくれ」
置いてけぼりなのだが、後方なのだから文句は言えまい。この先は何があるか分からない。救護班は安全な所にいないと意味が無い。
まずは私がライトを唱えて中に入った。洞窟に変化は無い。合図をすると、皆順番に入って来る。
中に入って、早速ジェームズ様が魔法で炎を作った。
「どうやら、結界外だ。魔法が使えるのはありがたいな」
「つまり、中には異変がある、ということだな」
「そうなる。ロバーツ、魔物が出た時は頼むぞ。精霊が結界で封じなければならんような魔物だ。最悪、ドラゴンかも知れん」
「ならば、ドラゴン・キラーの称号目指して頑張るとするか」
二人して恐ろしいことを言っている。
思わず手が震えてくる。
ドラゴンが出るかも知れないのに、余裕の表情なのはどういう神経だ?
グラディス様とお付きの方なんか、露骨に表情が硬くなった。それが普通だと思う。
「パウル殿。松明を」
松明が二本用意された。一本を壁にねじ込み、一本はパウルさんが持つ。空気が薄くなったら炎が小さくなるそうだ。
「皆。準備は良いか」
穴の中の者は全員濡れ手拭で鼻と口を覆っている。毒に備えてだ。念の為に、パウルさんが最後方からゆるゆると風を前に送ってはいるが、何が起こるか分からない。
ライトで照らしながら進むと、一か所曲がった後は段々下り坂になった。
「少し待って下さい」
このまま降りると危険だ。ドラゴンがいきなり炎を吐いてきたら黒こげになってしまう。
パウルさんにお願いして、ホタルを飛ばすことにした。松明はお付きの方に持ってもらう。
「このような使い方もできるのか」
「はい。色々な方に教えて頂きました」
ジェームズ様に感心されてしまった。少々汗が出る。
「これが東の原の夜戦でフェンリルを撃退した奴だな」
「いえ、そんな。牽制だけです」
ロバーツ様がからかってくる。どうやら、猟兵が色々と言っているらしい。どっと汗が出て来た。
ホタルは洞窟の中を照らしながらゆっくりと進んで行く。随分と遠くに飛んで行くところを見ると、先がどこかに繋がっているのかもしれない。途中でふさがっていたら、風が押し戻されるからだ。
突然真っ暗になった。ホタルは光っているのに洞窟の壁が見えない。
「恐らく空洞だな。行って見よう」
ロバーツ様が歩き出す。遠くへ飛ばしたホタルはそのままにして、左手でもう一個作り、灯りを確保した。
辿り着いた先は地下の大空洞だった。光を上に向けると天井が見える。今居る所は頂上部に近いようだ。
「これは途方もないな」
ロバーツ様も驚いている。光を下に向けるが底が見えない。
「ジャンヌ。一旦ホタルを消して、四つ作ろうか。一つ二つでは足りそうにないぞ」
パウルさんの言う通りだ。幅は壁が照らせるくらいだからそう大きくはないが、底が見えない。高い塔の中を上から覗き込んでいるようだ。ここは山の七合目辺りのはずだが、もし、麓の祠の洞窟と繋がっているのであれば、山の下までこの大空洞があることになる。
ホタルを四つつくり、光量も大きめにして周囲を照らしながら、ゆっくりと降ろしていく。何もない空洞がただ広がっているだけだ。
パウルさんが石を一つ放り投げると、ホタルを追い越して闇の中へ消えていった。
「ふむ。ロープで降りるのは危険すぎますな。恐らくたどり着けますまい」
「下を照らしながらお椀で降りるか」
「左様ですな。儂がお椀を操りますので、ジェームズ様は魔法が使えるように準備しておいて下さいますか」
「わかった。ならば、二手に別れよう。ジャンヌ神官と私とロバーツが先に降りる。救護班をここまで呼んでくれ。一旦ここを待機場所にしよう」
ならば私が、とお付きの方が一人、松明を持って外に向かって走っていった。
伝令はパウルさんだが、今はホタルを扱っている最中だ。役割がどうとか言っている場合ではないのだろう。
スティーブンスさん達が荷物を持ってやって来た頃でもホタルの光は底に届かない。
目一杯にしても、特段土の壁と暗闇以外は何も見えない。
音は何一つ聞こえない。
「どうやら、降りるしかなさそうだな。パウル、飛行術を頼む」
ロバーツ様が一瞬白い歯を見せる。暗闇に向かって手槍をしごくと、普通の倍の長さの穂先がほの白く輝いた。




