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おまけ

「梓~。ブラン行くけどあんたも行く?」


 お母さんにそう声をかけられたのは高校一年が終わった春休みの初日のことだった。

 私は少しだけ考えたあと、同意の返事をする。数学の問題集を買いたかったからだ。中学時代、成績はそんなに悪くなかった。でも高校生になって、勉強のレベルが遥かに上がった。春休みも気合いを入れて勉強しておかないと、二年になれば付いていけなくなってしまうかもしれない。


 私は身支度のために洗面所に行き、鏡を見た。タイトめのデニムに白のブラウス。今日は外出するつもりがなかったので、結構手抜きの格好だ。着替えようかとも思ったけど、別に友達と会うわけでもないから良いか。薄く化粧を施し、髪を整えてお母さんに準備ができたと声をかけた。




「じゃあお互い用事がすんだら連絡するってことで」

「わかった」


 ブランに到着した私は早速お母さんと離れて別行動に移った。二階のテナントに入っている本屋さんに向かう。

 目的は問題集だったけど、せっかくなので私はとりあえず雑誌のコーナーに向かった。バレーボールの雑誌をチェックするためだ。中学時代はバレー部に所属していたけど、高校では勉強に集中したかったからやっていない。だけど、強い高校だったり、日本代表だったりの情報を見るのは依然として好きだった。


 バレーの雑誌をチェックし終えてラックに戻すと、二つ程隣にバスケットボールの雑誌があることに気づいた。私はそれを見て、ある男の子の姿が自然と思い浮かぶ。


 高山琉斗くん。私の好きな人だ。


 中二のときに同じクラスになったけど、そのときから琉斗くんのこと気にはなっていた。他の男子たちとは違う、真面目な所が大人っぽくて素敵だなって思ってた。


 それが恋に変わったのは中三、バスケ部の総体を見に行ったときだ。私は友だちに誘われてなんとなく応援に行った。琉斗くんはキャプテンとしてチームを鼓舞しながら必死に闘っていた。その姿は充分格好良かったけど、私の心が揺れ動いたのは試合の後だ。


 健闘したもののうちの学校は敗れてしまったのだが、その瞬間琉斗くんは泣いていた。もちろん中学最後の試合が終わったということで他の子も泣いていたけど、琉斗くんは声を必死に抑えながらも顔いっぱいに感情を出して一番泣いていた。

 きっと終わってしまったことを悲しんでいるんじゃない。負けたことが悔しくてあんなに泣いているんだと思った。


 私はそれを見て、琉斗くんは心の底から、誰よりも本気でバスケに取り組んでいたんだということを感じた。そう思うと私の目からも涙が溢れた。


 それからだ。私が琉斗くんのことを好きだと想うようになったのは。


 でもその想いを伝えることはなかった。恥ずかしくて、勇気が出なくて、私はその心を押し殺していた。そして卒業し、琉斗くんと学校は別になったけど、毎朝同じ電車で通学している。

 それだけで嬉しかった。でもきっと琉斗くんは私のことなんか気にもしてない。二人の間にはほとんど会話がないし、たまに目が合ってもすぐに逸らされてしまう。


 私はため息をついてスポーツ雑誌のコーナーから離れる。少し歩いたところで、私は平積みされているファッション雑誌の表紙に目を奪われた。


 そこにはフリルの付いたふわっとしたシルエットのワンピースを着た女の子が写っていた。


(かわいい……)


 春コーデの特集記事のようだ。ペラペラとページをめくってみると、色んなコーデが載っておりどれもこれも春らしくて可愛らしい。琉斗くんもこういう格好が好きなのかな。そんなことを考えて、私は目を輝かせながら最後のページまで目を通したが、諦めるように雑誌を閉じた。


 年相応にファッションに興味はある。だけどうちはお世辞にも裕福な家庭とは言えない。バイトをしたいと言っても両親は「お金のことは気にしなくていいから学校のことに集中しなさい。欲しいものがあったら言えばいい」と言って許可してくれない。そのことはありがたかったけど、家庭の経済事情を知っている上で簡単にあれが欲しいこれが欲しいとは言えなかった。


 見なかったことにしよう。そう決めて、私はそろそろ目的の数学の問題集を見に行こうとした。その時だった。


 漫画のコーナーに見知った姿が見えた。短く切り揃えられたスポーティな髪型。180センチはあるだろう長身で男らしい体つき。そしていつもは控えめに微笑んでいる顔が、今は困ったように眉間にシワを寄せている。


 私の想い人、高山琉斗その人だった。


 私はドキッと心臓が跳ねるのを感じて、慌てて棚の影に身を潜めた。完全に油断していた。ブランは町内で最も大きな商業施設だ。同級生や知り合いがいるのは不思議ではなかったが、まさか今考えていた意中の人と会うなんて。


 でもチャンスかもしれない。ここで逃げてしまえばそこまでだけど、今声をかければ少なくとも琉斗くんに私の印象が残る。普段なら恥ずかしくて琉斗くんに声なんてかけられないけど、今日会えたのは運命だ。そう考えると、だんだん勇気が湧いてきた。ような気がする……。


 私は小さく咳払いをし、表情を作ってからゆっくり琉斗くんに近づき、彼のTシャツの裾をぴん、と引っ張った。これは私の癖みたいなものだ。肩や背中を叩けばいいんだけど、男の子の体を触るのはなんだか恥ずかしいと思ってしまう。


 琉斗くんが驚いたように振り返った。私はできるだけ平静を装って「おっす」と声をかけた。


「おおっ!?」


 琉斗くんが驚きの声を上げる。


「ひっ、久し振りやな」

「うん~? ふふっ、昨日ぶり~」


 昨日も電車で会ってるのに「久し振り」なんておかしなことを言うのでつい笑ってしまった。あれ? もしかしていつも朝一緒だって認識されていないのかな……。そうだとしたらすごく悲しい。急に不安が襲ってきたけど、私から話しかけておいて黙るのはあまりにも失礼だと思い、なんとか話題を振る。


「漫画買いに来たん?」

「あぁ、うん。『フリーズ』ってやつなんやけど、知っとる?」

「あぁ! 妹が集めとるけん、知っとるよ~。私も読んでるよ」

「え! そうなんや!」


 良かった、琉斗くんが少し嬉しそうだ。どんな相手でも、趣味が同じなら親近感が湧く。でも実は、妹が持っているのは本当だけど、あまりちゃんと読んだことはない。漫画の話に持っていかれると、私がにわかだってバレてしまう。


「友達と来てるん?」


 私は話題を逸らすことにした。


「えっ、まぁ、うん。北原は?」

「私はお母さんと来てるんよ」

「そうなんやな……」


 すると琉斗くんが黙ってしまった。まずい、何を話せばいいんだろう。咄嗟に思い浮かばない。そして私の恥ずかしさゲージも既にいっぱいいっぱいだった。


「じゃあ、私行くな。邪魔してごめん。また電車でな!」

「あ、うん! バイバイ!」

「ばいばーい」


 そう言って私は逃げるように百均の方へと去っていく。確認できないけど、絶対私の顔は今真っ赤っかだろう。せっかく話しかけたのに、まともに話なんてほとんどできなかった。

 でも、休みの日に琉斗くんに会えたことはとても嬉しかった。そして、勇気を出して話しかけることもできた。これってすごく進歩したはずだ。私は心の中でガッツポーズをした。


 そこでふと、自分の服装が目に入る。しまった、かなりの手抜き、しかもなんだか「お母さん」っぽい服を着ているのを忘れていた。絶対ダサいって思われただろうな……。



 * * * * *



 その日の夜、宏くんからメールが届いた。宏くんは私の幼稚園からの幼なじみで、琉斗くんの親友だ。内容はバーベキューのお誘いで、琉斗くんも参加するらしい。


 私はすぐに参加したいというメールを返した。あ、しまった。これでは私が琉斗くんが来るから行くと決めたと宏くんにバレてしまうかもしれない。恥ずかしくてまた顔が赤くなる。


 でも、また琉斗くんに会える。そう思うと楽しみで仕方がなかった。それに、今日勇気を出して行動できた。バーベキューのときは、もっと仲良くなれるかもしれない。そのためには、今日みたいな失敗はできない。


 私はクローゼットを開いて手持ちの服をチェックする。だめだ、どれもこれも可愛くない気がする。

 そこでふと、今日の昼に見たファッション雑誌を思い出す。ああいう服を着れば、琉斗くんも私を見てくれるかな。可愛いって、思ってくれるかな。


 私は決心して、リビングにいるお母さんの所に向かった。


「お母さん、あのね。欲しい服があるんやけど……」

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