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あなたと異世界の物語  作者: паранойя
5.肉

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63.「破局、考察について」

 戦場の如き騒音がひっきりなしに轟き、兵士の緊急配置を告げる鐘の音が定期的に響いていた。

 一体何がどうなっているのか。話を聞こうにもあなたたちは与えられた部屋から出ないよう言われていた。いつもの十倍の雑さで水を掛けられ、びしょびしょのまま軟禁状態だ。


 備え付けられた部屋唯一のテーブルには一冊の本が――『貴女への詩編』が鎮座していた。発見当初は血でぐっしょりと濡れていたが、今は殆ど乾いてしまっている。ページがくっついてしまっていて、本を傷つけずに読むのは困難に思えた。


 メイベルが本に触れてそっと開こうとしたが、指先に紙が破れる感覚を覚えたのでやめた。両手をテーブルの上に組み直し、言う。


「で、どうする?」

「どうするって……」

「ごめん、意地の悪い質問だった。私も状況が飲み込めてない。ただ……」


 メイベルは一度言葉を切り、続けた。


「荷物を纏めた方がいいってのは確かね」

「逃げるんですか!?」

「いざとなったらね。その準備は必要でしょ」


 そう聞いたカレンは落ち着かない様子で部屋の四隅を見て、小声でメイベルに言った。


「盗聴されてるんじゃなかったんですか。もし聞かれたら……」

「そりゃ今でもされてるけど、誰も聞いちゃいないわよ」


 あなたは暴れ狂う肉の姿を思い浮かべ、砦に鳴り響く鐘の音を聞いた。

 今は超一線級の非常事態だ。兵士の肩書を持つ人間は一人残らず動員され、普段はペンを武器にしている者でさえ今ばかりは武器を握り締めているだろう。どこかの一室で茶を傾けながら盗聴音声に耳をそばだてる余裕など存在しないと考えるのは、そう的外れでもない。


 不意に、あなたは自身の奥深くに怒りが渦巻くのを感じた。原因不明のそれは、強い衝動性を持って背後からせっつく。

 今すぐにでも身の回り全てを破壊したい衝動に襲われるが、あなたの自制心はまだ死んではいない。ぐっと堪え、台風が過ぎ去るのを待つしかなかった。


 ノックもなしに扉が開け放たれ、焦燥した様子のニーナが姿を現した。荷物を纏めていたカレンがびくりと肩を震わせゆっくりと振り返るが、ニーナは意にも介さずテーブルへ向かい、血が変色して茶色くなった『貴女への詩編』を見つめた。


 やがて腰を落ち着けようとしたがスツールが三つしかないことに気付き、立ったまま話し始める。


「何故こうなったか……誰か説明して頂きたい」


 放たれた声が思いの外剣呑すぎたことに、自分でも驚いたようだった。両目をくっと瞑り、努めて何時ものような調子に戻す。


「誤解なきよう、責めるつもりはありません。ただ、如何にして現状が導かれたか知りたいだけです。兵士たちの命を――少なくとも何割かは預かっている身として、状況は可能な限り把握しなければなりません。上から見てはいましたが、私には本が見つかった途端肉が狂ったようにしか見えませんでした」


 密かに荷造りを終えたカレンが荷物をそっとベッドの下に蹴り込み、テーブルに戻った。ニーナは煙草に火を付け、扉が開けっ放しであると思い出し、閉めてまた元の位置へ戻る。

 ニーナの吐いた煙草の煙が顔にかかったメイベルは嫌そうな表情で振り払い、先程騎兵隊長にしたのと同じように言った。


「本を見つけて、取っただけよ。それでこうなった」

「……魔術師として、専門家としての見解は?」

「今言った以上のことは何も言えない。だから、考察として聞いて」


 あなたも煙草を咥え、メイベルの言葉に耳を傾けた。怒りはまだ収まらない。


「魔術的な存在が存在を維持するには、核が必要になる。例えば亡霊なんかだと生前に執着があるものだったりするわね。魔物にも心臓があってそれに生かされているのと一緒で、その核を取り除くなり破壊するなりすれば死んだり消滅したりする。ここまではいい?」


 汚れた水路で骨を探し回った記憶があなたの脳裏に過る。メイベルの話に当てはめると、あの亡霊の核は結婚指輪だったという訳だ。

 全員が頷くのを見て、メイベルは続ける。


「あの肉は魔術的存在だった。だから、その核になってる本――これに対処すれば一件落着だと思ってた。でも、実際は違った。つまり、何らかの変化を遂げて心臓なり何なりで存在してる可能性はあると思う。ただ気がかりなのが――」

「あの暴れ狂う肉の中に入って心臓を潰せと? 冗談でしょう」

「まだ最後まで話してないでしょうが。心臓ってのも例え話だし……気がかりなのが、この『貴女への詩編』、一切の魔力を感じないのよ」


 もうニーナは話を遮らなかった。二本目の煙草に手を伸ばし、続きを待つ。


「肉を産んでたのは確かにこの本だったし、見つける寸前までは魔力を感じてた。でも掘り出した途端に――魔力が消えた」

「つまり、その……失礼、私は魔術師ではないので……」

「可能性は二つ。まずはこの本と何かもう一つ、複数の核で存在している可能性。二つ目は――希望的観測だけど、実は肉が亡霊のような存在である可能性。随分この本に執着してるみたいだし、否定はできないでしょ」


 専門家からすれば一繋がりの解説だろうが、あなたには断片の情報にしか聞こえなかった。それはニーナも同様らしかったがしかし、どうにか自分なりに話を纏めたようだ。


「では、この本を破壊すれば一件落着だと?」

「だったらいいわね、って話。何故手にした途端魔力が消えたのか説明は出来ないけど……取り敢えず、この本を燃やしましょう」


 その言葉を聞いてニーナは眼を大きく見開き、危うく煙草を取り落としかけた。


「……そうすれば、この騒ぎは収まりますか?」

「保証はないわ。収まるかもしれないし、変わらないかもしれないし、目も当てられないことになるかもしれない」

「少なくとも、私にそれを決める権限はありません」

「じゃああんたの上が全員死んで権限が降りてくるのを待つ?」


 ニーナは煙草を持っていない方の手で眼を覆い、天井を見上げた。かつてない重責がその華奢な双肩に圧し掛かっている。

 見かねたのか、時間を惜しんだのか、メイベルが口を開いた。


「ここの最高権力者は誰?」

「エミーリヤ様です。先程あなたの脱出を援護した……」

「ああ、あの風魔術師か。じゃあ認めてくれるでしょ」


 テーブルの上から本を取り上げ、一人で部屋の外へ出ようとするメイベル。当然、ニーナは道を塞ぐように立ちはだかった。


「まさか会いに行くつもりじゃないでしょうね。現在陣頭指揮に立ち、自ら魔術を行使されておられるのですよ」

「そんなことしないわ。ただ、燃やしてどうなるかこの目で見る必要があるから。防壁の上まで行って、そこで燃やす」

「ですから! 誰もそんな許可は出していないと……!」

「そのエミーリヤ様とやらは魔術師なんでしょ? じゃあ認めてくれるわよ。魔術師なら、誰だってこうするはずだもの」


 呆気にとられるニーナ。魔術師の我の強さは知っていたが、まさかここまでだったとは。あなたは内心舌を巻く。

 あなたとカレンに手招きして、メイベルは廊下に出る。振り向いて、未だ硬直しているニーナへ向けて言った。


「風魔術って魔力の消費激しいから。早くしないと、エミーリヤ様も持たないんじゃない?」







 メイベルの言葉がきっかけとなって、あなた一行は防壁の上へと向かった。未だニーナは神経質そうな表情でひと時も煙草を離そうとしないが、仕方がない。彼女の胃と王国を天秤に掛けたら、どちらに傾くかは決まりきったことだ。


 薄暮の中、暴れ狂う肉のシルエットが火竜の吐き出す炎によって禍々しく浮かび上がる。恐ろしいと感じる一方で、あなたの怒りがより激しく燃え上がる。一体何が滾らせているのか、見当もつかない。


「……あれがエミーリヤ様?」

「はい、そうです」


 十数メートル離れた所で、一人の人間が縁ぎりぎりに立って魔術を行使していた。時に激しく、時に緩慢に両手を振るうその姿は、まるで優れた指揮者のようだ。真空の刃は空間の歪みを通じて可視化され、目にも留まらぬ速度で飛翔し、射線上に存在する肉を一直線に切り裂いた。


 その人物は、こうして間近に見るとかなり小柄だった。初めて風の魔術を目にした時――砦の前で静止を求められた時、男の声だったのでずっとそう思い込んでいたが、ひょっとして女性、それも少女なのではないか。


「担当の男の声をエミーリヤ様の風に乗せただけです」

「優秀な魔術師は大抵女よ。理由は知らないけど……そもそも、エミーリヤって女性名でしょうが」


 この世界に疎いあなたは、命名法則を知らなかった。メイベルの言葉は彼女自身の存在によってその説得力を補強しているが、少女が軍隊を指揮しているのは奇妙な光景だった。


「早く済ませましょう、メイベルさん!」


 カレンが叫び、火竜を指差した。


「あれに投げ込みましょう!」

「乱暴すぎるでしょ」

「エミーリヤ様に許可を頂かないと……」

「忙しそうだし、事後承諾よそんなもん」


 ニーナの声は届かない。メイベルは本を真上に放り出した。


 血液で固まった本は蝶のように羽ばたかず、レンガのような静けさで宙に飛ぶ。放物線の頂上で慣性と重力がつり合い、静止した。次の瞬間、青い火焔が炸裂。メイベルの魔術が本を木端微塵に消し飛ばしたのだ。ニーナのどこか気の抜けた声と共に、煤となって風に流れる。


 あなたは周囲を見渡した。何が変わった?

 何も――変わっていない。


「残念だったわね」

「……メイベルさん、次の手は?」

「お手上げ」


 メイベルの諦めにも似た言葉を最後に、あなたは聴覚を失った。


 唐突に高次元暗黒が身体の制御を奪う。一体なぜ、どうして? そんなあなたの質問に、わざわざ答えてくれるほど、同居人は親切ではない。

 誰もが驚いてあなたを見た。当然だ、怪物が増えたのだから。


 あなたの肉体は瞬く間に変態を遂げ、薄暮の中へと飛び出した。怒りを推進力に、トップアタックミサイルが如き急降下で肉の花畑へと突っ込む。


 呼んでいる。

 肉があなたを呼んでいる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] キターー!(>∀<*)暗黒さん来た!
[一言] ああまずい どうあっても言い逃れできねえタイミングで自己紹介が始まってしまった
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