Scene 4 「はじまり」のはじまり
「よし、これで終了! 皆さんのおかげで、お客様の笑顔を見事、勝ち取ることができました。ほぼ完璧と言っていいでしょう。短い間でしたが──お疲れさまでした!」
「「「「お疲れさまでしたっー!」」」」
威勢の良いあいさつとともに解散――なわけはなく、当然打ち上げである。
正直、ここ一月半はついて行くのが精一杯(いや、そもそもついて行けていたのかどうかも疑わしい)。でも、信じられないくらい充実していたことは確かだった。
仕事を通じて自己実現する。
前の会社では一〇年勤めても一向に理解できなかった、そういう考え方、意味が、ちょっぴりだけど解った気がする。
ただちょっと今が、テンション高めになっているだけかもしれないが。
でも――終わった。
「終わらないイベントはないんだ!」
平野さんがことあるごとに上げていた悲鳴も、とりあえずここで一旦終わりだろう(またすぐ別の場所で叫ぶんだろうけど(笑))。
打ち上げ会場は、普通のチェーン居酒屋に比べれば二つくらいランクが上の「バー」と名はつくが、ヨーロッパ系料理を多く出す、まぁちょっと分野を絞ってグレードを上げた、単なる居酒屋だ。
以前の職場では、こうしたイベントは、クラスの高めなレストランのことが多かった。
今の会社では、新歓のときも社員がよく使うという近くの小料理屋だったから、こんなものなんだろう。でもはっきり言ってこっちの方が気楽。以前は肩肘張ってたからなぁ。
「じゃ、今日は滝野浦のおごりだーっ!」
「「おーっ!!」」
平野さんの言葉に、小野、森川の若手二人がノリよく応じる。
やばっ、完全に乗り遅れた。
ちょっとあたふたな私だったが、滝野浦さんの方に目をやると。
「いやもう、バンバン行ってください!」
え?
……笑顔だった。
小野クンがじゃあドンペリドンペリ、とはしゃぎ、頼むから無駄なものは頼まないでくれー、と滝野浦さんが応じる。
じゃあワイン、ボトルで! と森川さん。
遠慮という言葉のかけらもなく、一万円以上するワインボトルをあっさり注文。平野さんがその前にビールだろうがよ、と明るい声で応じる。
次々と注文を繰り返す三人にちょっと呆然。
小野クンが、成川さんはビールっスか? と聞いてくる。
とりあえず頷く私。
……どういう場なんだここは!?
「成川さんもどんどん頼んじゃっていいから」
え?
滝野浦さんが呆然とする私に声をかける。そうそう、と平野さんと小野クンがと応じ、森川さんも何度も頷いている。
……いいのだろうか。
ちなみに、年齢順で言うと、平野さん、私、滝野浦さん、森川さん、小野クンとなる。
確かに、滝野浦さんが最も上役ではあるのだけれど。
そんな私の思考を読んだのか、滝野浦さんは笑った。
「こっちも伊達に取締なんてやってないですよ。俺の給料の何割かは、このためのお金みたいなものなんですから」
今回のプロジェクトが終わるまでの間、一度も見たことのないような柔らかい笑み。ここでこういう表情ができるということは、ひょっとしたら、これが素なのかもしれない――。
……いや、さすがにそれはないか。
それは、まさに鬼神のごとき働きぶりだった。
役員だが、現場の陣頭指揮を執る立場だった。
「プロジェクトマネージャー」というよりは、「チームリーダー」という感じの小さなチームの仕切り。
しかし、これがハードだった。
まず、指名当日の午前、指名直後に緊急ミーティングが四五分。そこで「残りの時間は(私の)後任者の引き継ぎに充てるのと資料の読み込みに使ってほしい」と指示された。
次の日の午前にまた、ミーティング。
なんと、午後イチでお客様とアポがある、という。
急ぎ入った案件であることは確からしく、それでかなり慌てての配置になったようだが、相手がなんと、押しも押されぬ超優良大手企業。どうも、元々受けていた会社がプロジェクトの途中で大失態をやらかし、半ば怒りとともに泣きついてきた、ということらしい。
大手企業なら自前でなんとかするものだろうと思うが、合理化の果てに、ちょっとした狭間に隙が生じることが、この会社に限らず意外に多くあるらしい。ウチの会社が伸びたのもそれが原因で、今回も、それなりにはよくあるパターンの一つ、ということだった。
その緊急打ち合わせに、「主担当」とやらに任命された私と小野クンが参加。平野さんと森川さんが会社にのこり、情報収集、という分担になった。
イベント当日まで一月を切っている。また、イベント自体が二週間の期間実施される。先方様の優秀な広報部隊が、美麗な宣伝を知力・体力・資力十分に行っているから、もうあとには退けない。
――ってなにそれ? それで五人!?
と、一瞬そう思ったが、当たり前にお客様自身も対応に入るらしい。
ま、そりゃそうだろうな。
そう思いつつ、では自分たちの役割は? というと――。
「というわけで、力技は全部向こうが何とかするから、その力技に持っていくまでの段取り整備と、当日、直前期の手配と、その手配に必要な準備全般です。企画の概略自体はしっかりあるから、基本的にそれに沿うようにしてやればいいだけ」
ですからカンタンな話です──打ち合わせ終了後、滝野浦取締役はそう言った。
時は打ち合わせ前。
オニの滝野浦氏は、容赦がなかった。
あいさつもそこそこに、能書きも何もなくいきなり本題。礼儀も何もない。
先方様は、ウチを呼びつけたわけだからと、お偉方が来ていたが、あっさり「実務担当者を呼んでいただけますか」と有無を言わせない表情で一言。
私の前就業先と同じような企業である先方様は気分を害す間もなくあたふたと。しかしそこはさすが大手のエリート。こちらのスタンスを素早く的確に把握したら、そこからは一直線だった。
代わる代わる入ってきては出ていく。最初に応対に出てきた上役でさえ、もう二度呼びつける始末。終わってみれば、午後イチで来たはずなのに、五時をまわっていた。
打ち合わせは終始滝野浦さんのペースで進んだ。ほぼ完全に彼が仕切り、先方様が事実関係を説明する。中には説明に四苦八苦する場面もあり、その時は彼らが資料をめくりまくったり、内線やメールで内部に対して照会したり。
後者の場合などは時間が空くので、そんなときは小野クンが世間話に持ち込む。その間、滝野浦さんは静かなブラインドタッチで文章を重ねていく。
私は、ここではペーペーなのだから、と思い、必死にメモをとろうと努力。何せ、ここで私が出来そうな仕事といえばそれしかない。
だって、現場の経験ゼロなのよ。
何をどう運んで行ったら良いのかさっぱり。業界用語だって、この三月で多少は覚えていたけれど、やはり現場は違う。ただ、入れ替わり立ち替わる打ち合わせ相手の方が「この道」のプロでない場合も多く、その場合は小野クンが解説に入ってくれるので、私もその恩恵に与る。
オマケだ。完全に。
とにもかくにも、小野クンが解説しない不明な単語も言葉通り控えつつ、私は必死に、約四時間の時をすごした。
学生時代、ノートを巧く、速くとることは得意な方だった――と今でもそう思うが、澱みなく早口で進める滝野浦さんのペースについていくのはかなり無理があった。だから、途中からは図解とか表のような形を多くし、あとで打ち合わせ内容を思い出せるような配慮をしたメモ取り方法に変更しなければならなかった。
これでも、思い出すことができるだろうか――と、ちょっと不安なくらい。
ものすごい集中力を必要とし、終わった直後はテンションが少し高かったが、すぐに重い疲労感に襲われた。受験生の頃を思い出す――が、あの頃よりも格段にハードだった気がする。
……ただ年のせいなだけかもしれないけど。
とにもかくにも、ついて行くのがやっと(というか、ついて行けている自信など毛頭ないが)で、余計なことを考えている余裕はなかった。そんな心配を余所に、三人で帰社。六時すぎ。
ここから今日のおさらいの始まりだ。
居残り組だった平野さんと森川さんもまだ残っていた。いつもと顔つきが少し違う気がする。
いい顔、な気がする。
「とりあえずまとめといたぜ」
「私の方も、こんな感じです」
会議室である。
設備投資が行き渡った部屋だ。その時点で一番重きを置いているプロジェクトが優先的に使える。最大一二席。各席にモニタ二台にスタンドマイクひとつ。ヘッドセットに切り替えることも出来る。
まず、外出組三人に対し、居残り組二人がプレゼン。
お客様のここ最近五年間の同クラスのイベントとその反響について、森川さんが一通り説明。さらに続いて、同業他社の同じようなイベントの開催状況について。開催地、開催期間、集客数、客層、個々人のブログ等での反応まで。極めて多岐に及んだが、体感としては一瞬に近いくらい。実際の時間も三〇分経っていなかった。
すごい――そう思った。
自分より、確か五つ六つ下だったはず。これは完全に負けだ――というよりも、今じゃ勝負にすらならないだろう。
続いて、平野さんのプレゼン。人のアサインについての報告から。「ほぼ完全に掌握した」と一言だけ。簡潔かつ明瞭である。
……えっ!?
一月切った状態で大型のプロジェクトに有力な人を多数配置できる会社は今のご時世では、ほぼない、と言い切っていいだろう。だからこそ、ウチみたいな会社にも大手の仕事がまわってくるのだが、ウチは企画・運営のサポート業だから、人を出すタイプのゴリ押しの業務には向いていない。従って、依頼主が自前で賄えない人材分の手配は、その内容に応じて寄せ集める必要がある。
また、衣装や設備等の手配についても、ウチのマネジメントで押さえておかなければならない。母体がしっかりしていない場合、最悪、そこも寄りかかられる可能性があるからだ。大企業の場合、一人のPMが無能だっただけで、取り返しのつかない状況を招くこともある。
大企業にいた者にとっては耳の痛い話だが、組織が大きくなると、仕事が専門化して効率が上がる場面ばかりとは限らない。処理量が増えると「慣れ」が出る。良く言えば「信頼」の心が広がる。たくさんの目を、あるいはより専門的な目を通ったはず、と思い込む。そこに隙が出来る――平野さんの仕事は、そうしたことへも対応を可能にする基礎を、とりあえずキープすることだった。
が、それも今回の場合、すでにほぼ規模感が固まっていた。滝野浦さんが逐一、状況を報告するとともに、判断・指示をしていた、というのだ。
彼がパソコンを使っていた用途はこれだったのだ。メモ用途というよりは、一足跳んで、指示書に近いものを連発していたのである。
すごすぎる。
小野クンが解説兼世間話をし、私がメモを取っていた間に、彼はそこまでやってのけていたのだ。
それに応える平野さんもすごい。
外注業者を十分に確保した上で、そのほとんどを違約金なしで切れる、という状況に持ち込んでいた。
人というのは、増やすのも減らすのも簡単ではない。だから、そこを的確に押さえるのは難しく、かつフリーハンドで多めにキープする、ということはなお難しい。
ここは、お客様自身の社員の関与度によって大きく振れ幅が違うところになるが、そこをまず、滝野浦さんの迅速な指示により、早い段階で確定できた。今回はお客様の関与度が比較的大きいらしい。
だから、平野さんは、すぐに次の仕事にかかっていた。
お客様自身の関与度が高い、ということは、人手不足の心配をしなくていい代わりに、それだけ腰が高い人間を従える必要があることになる。しかも、研修会みたいのは開けないか、開けても不十分なものになる可能性が高い。一応滝野浦さんは出来る方向で話をつけていたが、実際に謙虚にお客様の社員が動いてくれるかと言えば、それはかなり怪しい。かつての我が身に置き換えても、そう思わざるを得ない。これが正直なところだった。
だから、誰でも解る、慇懃無礼で懇切丁寧な指示書がなければならない。平野さんは、すでに過去のマニュアル事例から類似のものをピックアップし、アレンジ作業に入っていた。
続いて報告を行ったのは小野クンだった。
彼は四時間の打ち合わせの後半で、一時、席を外した時間帯があった。一五分くらいか。その間に、彼は別行動をし、ちゃんとその結果を持ち帰っていたのである。
彼のそんな隠れ任務は、そもそもウチに声がかかる前に関与していたであろう、同業他社の探索だった。
今回、お客様はその会社を、激怒した形で切ったようだった。だが、激怒したとはいえ、相手も大きいらしく、公然とは口にしなかった。
それを突き止めた――らしい。大手広告代理店系の会社である。
その情報を小野クンが流し、森川さんが裏をとった。
「そいつは幸先いいですねぇ」
滝野浦さんの言葉。
信じられない――。
これがこの会社の真の姿だったのである。
退勤したのは夜九時少し前。意外すぎるくらい早かった。
前の会社でも残業は極力しない働き方をしていたけれど、それでもこのくらいの時間になることは少なくなかった。
今の会社に入社してからは、基本的に総務・庶務業務だったから、定期的にそこそこ残る時もあったけれど、概ねは定時に限りなく近い時間に退勤できていた。だから、この会社の実態がきちんと掴めていなかったらしい。
九時近い現在、会社に残っているのはもう二人だけだった。
滝野浦さんと、轟さん。
チームの方も、八時には森川さんが、八時半には小野クンが抜け、八時四〇分くらいになって、平野さんと滝野浦さんが退勤を促し始めた。そして実際に平野さんが退勤準備に入るため会議室の外へ出て行って、そこでお開き。
そうなるとさすがに、残っているわけにもいかない。
私は今日、何もしていないのに。
何もできないでいたのに。
仕事を少しでも覚えようと思って残っていたけれど、他人が話をしているのを訳知り顔的なポーカーフェイスをキープしながら、横で聞いていることしかできなかった。
滝野浦さん一人しかいなくなったら、何をしてよいかわからない私がいても足手まといになるだけ。
それでも――なんだか少し後ろ髪ひかれる思いで、しばらくどうしようか迷っていた。
「主担当」らしいのだし。
滝野浦さんの視線が、一瞬、こちらを向いた。
「あ、あの……」
結構口だけは滑らかなはずの私が、どもった。
「手伝おうとか、そういうふうには考えなくていいですよ。これは俺の仕事ですから」
先を越された。
「成川さんに俺が希望することがあるとしたら、今日あったことを家に帰ってから、少しでも思い出して復習しておいてほしい。そのくらいかな」
それさえも、別にしなくてもいいんですけどね――彼は照れたように言ったのだった。
それから数日、五人(卑下して言うなら私を除く四人)の仕事は、時に停滞しつつも、基本的に高密度のまま続いた。
私と言えば、その四人に対し、出来ることは「サポート」だけ。
プリンタや複合機に走り、プリントアウトした書類を綴じたり、ファイルに綴ったり。前の会社では女性社員には特にタブー視されていた、お茶くみをやったり。データ入力を手伝ったり、ネットでの情報サーチを指示されるままにこなしたり。データファイルを整理したり、PDFのインデックスを作ったり……。
そんなことでもしなければいられなかったのだ。
まったく戦力にならない自分。
このままではいかにも申し訳ない。
しかし、漫然とすごしているわけにはいかない。社にいるときは資料を読み込んでおく。その情報量の多さに悲鳴を上げそうになるが、そこは我慢。
社外にいるときはサポート役。メモ取りが主な仕事となる(そう指示されたわけではないが、そうしないわけにもいかないと勝手に思っている)。
慣れないことの連続に加え、まったく役に立っていない、という自覚が、私を疲労領域に追い込み始めていた。
やばい。
何とかしないと。
そして、ある内勤の日――。
平野さんと小野クンは外回り。人脈を辿るような仕事なので顔つなぎは欠かせない。別件での付き合いも頭に入れ、すでに出立していた。
そして森川さんが席を外したとき――私は率直に訊いた。
「あの、滝野浦さん。私、ちゃんと、お役に立っているんでしょうか?」
我ながら恥も外聞もないストレートな質問ぶりだった。
しかも、答えにくいであろうちょっと姑息な感じのある質問。でも、本音が凝縮された一言だった。
正直、自分が仕事が遅い方だ、と思ったことはこれまでなかった。それがこの有様。実際に滝野浦さんや平野さんの横についているだけで、メモ取りや資料の読み込みはしているけれど、メモが実際に仕事に役立ったことはないし、外部交渉に参画できたこともない。
そんな自分が歯がゆかった。
焦りかけている。それは自分でも判る。
でも、止められなかった。
そんな私の表情と言葉を、滝野浦さんはどう受け取ったのだろう。それは判らないけれど、彼は最初少し驚いたような、それでいて笑顔で、そして言った。
「そんなに卑屈になることはないですよ。誰もあなたを足手まといに思っていない。これは、成川さんが素晴らしい人材であることの証明です。もっと自信を持っていただいて結構です」
いや、そう言われても。
それって役に立っていない、っていう、そういうことじゃん?
戸惑う私。
彼は、より一層笑顔になった。
「誰もあなたに何も言わないのは、あなたの向いている方向が基本的に間違っていないと思えるからですよ。あなたなら、教えなくても盗んでくれる。そう思えるから何も言わないんです」
…………え?
でも――新人だけど、私はメンバーの中では二番目に年上なのだ。森川さんや小野クンは、何かあっても言いにくいに違いない。
「ふふっ、そんなかわいいヤツらじゃないですよ、彼らは。この会社はものすごくビジネスライクです。足を引っ張ったり、無駄が多いようなら、例え社長であっても許しません。小野や森川さんくらいの年齢でも、ちゃんと苦言を呈します。その程度はこの会社では許容範囲なんです。いや違うな、『責任』なんですよ。プロとしてのね。その方が会社にとって望ましい。ただ、普通の会社には、そのヘンの空気が読めないヤツの方が圧倒的に多い。あるいは、読んではいけない空気がある──それだけです」
彼は、私の思考を読んだかのように、そう言った。
「私はあなたの採用には直接立ち会いませんでしたし、人の能力を一目で見抜くほどの眼力もありません。でも、そんな私の印象でも、あなたは安心して見ていられる。
……そうですね、強いて言えば――うん。平野さんたちが戻ってきたら、ちょっとクエスチョンタイムといきましょうか」
平野さんたちが戻ってくるまでの一時間くらい。滝野浦さんが自由時間をくれた。
元々雑用か資料を読み込むことくらいしか能がなかった私は、資料と質問する役割を与えられた大学のゼミ生のようにドキドキしながら資料やメモを読み返し、時を待つ。
何となく、おぼろげながら、全体が見えてきた気もしなくはないけれど――。
ちなみに、私のメモは独特らしくて、学生時代はきちんと出席していた授業でも、友人から「ノート」のコピーを頼まれなかった曰く付きだ。ノートをとることにウェイトを置かず、あくまで授業内容を理解した上で、あとでおさらいするため──そういうポリシーに則り、常に板書や教員の説明を自分なりにアレンジしながら取っており(専門用語や固有名詞はもちろん忠実に取っているが)、疑問点が浮かべばそのことも後で自分が分かるようにメモしている代わりに、字数が少ないため自分でないと解読が難しいというシロモノだ。……自分でもときどき、後追いでは分からないこともあるにはあるが。
もちろん、時間をかけて作業をすれば、「原本」に忠実に再構成することもできる。が、普通はやらない。あくまで、理解を助けるものであって、板書コレクションをするためのものではないからだ。
「ゼミ生」として、要点をまとめ、優先順位をつけていく。中には、今まで勝手に、この業界の常識なのか、と思っていたことも含まれる。
いい機会なのだ。
どうせ自分は新人。失うものなんてない。解らないままの方が余程気持ち悪い。
少なくとも根幹にかかわる部分は全部聞いておこう――私は珍しくノートパソコンのキーを猛スピードで叩き出した。滝野浦さんと森川さんがともにこちらを見たらしかったが、このとき私は、まったくそれに気付いていなかった。
結局、クエスチョンタイムは約百分続いた。
平野さんたちが戻ってきたのは五時五十分だったから、定時の一〇分前。それから百分みっちりと。私にとっては「いただいた」時間。手を抜くわけにはいかない、そう思っていたら、こんなになってしまった。
そして現在七時半。
ぼやきの一つでも聞こえてくるかと思った。
つまらないことにつき合わせて、残業までさせんじゃねえよ、という舌打ちが来ることを覚悟していた。
ぼそっと罵倒語を口にされたりとかも、あるかと思った。
「お見事です」
「ああ、素晴らしい。脱帽だな。おかげで、綺麗に整理が出来た」
「抜けてるところ、弱いところ。過剰気味なところ。可能性も含めて。……これだけ綺麗に見せられれば、嫌でも判りますね」
おかげでさらに工程が短くなったな──滝野浦さんと平野さんが続けざまに。
他の二人は安堵の笑みか、ホッとしたような表情。
あれ?
なに? これ――。
「期待通りすぎて気味が悪いくらい、って言ったら失礼かな。改めて、ウチの会社に来てくれたことに心から感謝します。ようこそ、我らがアリエスクラフトへ!」
* *
……頑張れば頑張るほど稼げた。
給料が──もらえた。たくさん。
少なくともバイトの給料とは比較にならないくらいに。
ほんと、恐怖感から逃れるために、必死だったんだよね――。
彼はそう、繰り返した。
お金の価値がどれほどのものか、彼はよく知っていたから。
──お母さんがどのくらい必死で働いて、それでどのくらいの収入を得ていたかを、知っていたから。
就職難で増加するフリーターやリストラ組とのシェアの奪い合いによって劣化していた、バイトの待遇の厳しさも、熟知していたから。
自分が、お母さんほど仕事をしているとは、思えなかったから――。
もらいすぎなんじゃないか?
こんなにもらっていいのか?
彼はずっと、そんな葛藤の中で、それを払拭するためさらに必死に働き、成果を出し、その結果昇進し、また給料が上がっていく。
見事な好循環である。
それは従業員にとっての会社のありようとしては、ある一つの理想の姿であったに違いない。
でも──。
* *
【登場人物】
滝野浦雅史:取締役。同僚には「ヤツ」呼ばわりされるキレ者で、「鬼の滝野浦」とも呼ばれているとかいないとか。実力主義の会社の中で、社長の縁故とかではもちろんなく、前職もない生え抜きだが、最年少で取締役まで上りつめた仕事人。