その2 『街の名前は?』
久しぶりに見慣れたものを見つけて、足から力が抜けました。
尻もちをついて、身体いっぱいの息を吐きます。安心しきって、いまもう一人のモンスターがきたらきっと負けてしまう姿勢になりました。
夢じゃないと思っていたけれど、やっぱりこれは夢なのかもしれません。
あんな化物が出てくる国を私は知りません。どんなに危険な場所でも、せいぜい図鑑にある動物が戦っているはずなのです。あの茶色のボールは、図書館で見ることはできない生き物でしょう。
それにしても、いきなり現れたチョコレートには謎が残ります。さっきはかなり焦っていたけれど、それでも緑の原っぱに赤色の包装は、相当目立つに違いありません。
私は横のまま、それを手に取りました。まだ少しも破られていなくて、お店に並べられる綺麗さ。裏面までしばらく眺めて、すると普通に文字が読めることが変だなと思いました。日本語ということです。
ところどころ難しい漢字はあるけれど、やっぱり読めちゃう。『食べたあとは歯をみがこう』の注意も、なんとなく読めちゃう。
ここは明らかに日本ではなさそうですが、それならどうして日本のチョコレートが……いや、これは夢なのだから何でもありなのでしょう。
一応、食べ物なので地面に放っておくのは嫌だと思いました。パジャマのポケットは深いから、板チョコでも簡単に入っちゃう。もう一度よく見てから、それをポケットに入れます。
すると後ろから鳴き声が聞こえて、私は慌てて起き上がります。いま攻撃されたらやられちゃう──!
「きゅう」
それと目が合って、私は逃げることをやめました。心臓はどきどきしたままだけど、安心してまた倒れ込みます。
「なんだ、うさぎさんだったのね」
そこにいたのは一匹の、さっき見かけたうさぎさん(みたいなの)でした。でもまた別の子みたい。逃げないどころか、近づいてこっちを覗き込んでくるから。
「あなた、そんな声で話すのね」
きゅうという返事は鳥みたいで、そういえば私はうさぎさんの鳴き声を知らないなと思いました。どちらにせよ、私の当たり前はあてにならなそうです。
横になる私を見下ろすようにして覗き込んでいるうさぎは、じいっと黒目を光らせます。口を開けたかと思えば、意外なことを言ったのです。
「そろそろかな?」
「えっ」
焦って起き上がるのに失敗して、手と足をばたばたさせるだけになりました。まだ噛みつかれてはいないみたい。
「どういう……!」
ようやく立ち上がって、向かい合うようになりました。口はにやりと笑っているみたい。やっぱり敵だったんだ。私は歯ブラシみたいな花を探します。でも周りには雑草しか生えていません。このままじゃまずい。私が一生懸命に考えていると、
「ああ、僕は敵じゃないよ、驚かせちゃったよね。でもこの姿じゃないと足が遅くてね。変身が解けるのには時間が掛かるから……」
いきなりたくさん喋られます。私はあまり聞き取ることができませんでした。とりあえず、敵ではないみたい?
「もう大丈夫、俺は君を助けに来たんだ」
そう言ってうさぎさん(っぽい子)は大きな煙になって、姿が見えなくなりました。私も包まれるくらいに大きな煙は、はけるのに結構な時間がかかりました。
ようやく景色が見えるようになると、そこにいたのは男の人。人間でした。
私より年上で、高校生くらいに見えます。格好はシャツに短パンで、休日にショッピングモールにいけば会えそうな見た目をしています。なんだか親近感が湧く人です。
「どうなっているの……? それより、助けに来たって」
「そうだよ。さっき、僕の仲間が近くにいたでしょ? 同じ兎の見た目でさ」
「いたわ。追いかけようとしたら逃げられちゃったの」
「その子が、ここに少女が一人でいるって教えてくれたんだ。焦ったよ、この辺りはモンスターが出て危ないからさ」
「モンスターならさっきやっつけたわ。すごく危なかったけれど」
「うわ、手遅れだったか。でも良かった無事で」
彼の笑顔は、きっとお兄ちゃんがいたらこんなふうなんだろうな、と思わせてくれる優しさがありました。
「うんと、とにかく、わからないことだらけなの」
きっともうモンスターが出てきても大丈夫だろうけれど、それにしても謎ばかり。ここがどこなのかとか、彼が誰なのかとか、もう混乱しちゃう。神様ったらやりすぎです。
「話は兎車で聞くよ。とりあえずここを離れようか」
「うさぎぐるま?」
彼が指を鳴らすと、空中に小さな玉が現れました。木でできているみたいな模様で、見つめていると膨らんで、大きな木製のうさぎさんになったのです。
でっかい音を立てて地面に落ちて、思わず声を出しちゃいます。よく見ると足は、形はそのままに車輪みたくなっていて、おもちゃをそのまま巨大にしたみたいに見えます。
「さあ乗って」
「背が高くて乗れないわ……」ずいぶん大きなせいで、ジャンプをしても手が上に届きません。
彼は、掴まって、と言っては笑って、私を抱えて飛びました。ひとっ飛びで兎車に着地して、優しく私を降ろします。素直にお礼を言って、慎重に座りました。
いつもこうやって乗っているのでしょうか。うさぎさんの背中が少しずつ傷みそうです。
でも、これだけ高さがあれば余計に安心。鳥の化物なんかが出たら危ないけれど、きっと平気です。どうしてかもう安心できるのでした。
「街に帰ろうか。僕からも聞きたいことはあるしね」
「ええ、ありがとう。えっと、まだ名前を聞いていなかったわ」
「僕には『ノコル』って名前があるよ」
「私は木葉っていうの」
「コノハ……いいのを持ってるね」
ノコルは話しながら、兎車の頭のあたりを撫でていました。それが合図だったのでしょう、兎車は「きゅ」と鳴いてから、いきなり発進しました。
スピードは歩くのより少し早いくらいで、思ったよりゆっくりでした。シートベルトもないものだから、あまり早いと危ないものね。
「じゃあいこうか」
「ええ。ちなみに街の名前はなんていうの?」
やっぱりここは、普通の世界ではないみたいです。まだ空は明るめ。オレンジ色の太陽もまだある。雲も流れてきたけれど、もくもくしていて触れそうだもの。
それに彼の言った街の名前。だってそんな名前の街、冗談なら夢が膨らむし、本当でも夢みたいでしょう? 私みたいな、寝るのが大好きな女の子にとってはね。
「『布団の街』だよ」




