プロローグ 『寝ぼけた夢』
わたしの夢は、悪いことをする魔王をたおして、世界を平和にすることです。
たしかに小学生にしては大それた目標だとは思うし、まだ魔王をやっつけられるほどの力は持っていないけれど、困っている人を助けたいと思うことは間違いではないはずで、誰だって人を助けられる場面になったら手を差し伸べるに違いないのだから、少しの間をおいてクラスの皆に笑われたことについて、私、平山木葉は納得がいっていません。
「馬鹿じゃねえのか。まだ昼寝が終わってないみたいだ」
「中村くん、いけません。そんなことを言っちゃ……」
もうすぐ夏休みの時期、汗を垂らしながらの発表会。
先生がすぐに手助けの一言を入れてくれたけれど、その表情は少しにやけていて、せめて隠してほしかったと思いました。どうやらこの教室に、私の夢を応援してくれる人はいないみたい。
ただそれは仕方がないこと。あまりに大きな夢を叫ぶ人がいたとき、大体の人はそれを真剣に受け取ってはくれません。私が最近知ったことです。
それでも今日のこれはそういう授業だから、嘘をつくことも私はしませんでした。
「先生、いいのよ。中村くんはね、魔王に酷いことをされてる人たちを見たことがないから、あんなことが言えるの」
「あるわけないだろ。俺がおかしいみたいな言い方をするなよ」
私の発表中だっていうのに、彼は大きめの声で邪魔をしてきます。夢くらい自由に語らせてほしいものです。
私は人前に立って発表というのがあまり好きではないので、さっさと終わらせてしまいたく思いました。飛んでくる言葉を無視して続けます。
「私は困っている人を見たことがあるので、魔王をやっつけようと思います。色んな人に褒められて、お菓子を持って帰ってきます」
「なあ、ずっと何を言ってるんだ?」
中村くんは急に弱気になりました。まるで、次の日がテストなのに全く勉強をしていないときの私みたいに、心の底から困ったような顔をしています。
どうしたらいいのか、その視線は私に向けられていて、まるで理解ができない、そんなふうでした。
「私はかなり優しいから、あなたにも少しだけお菓子を分けてあげるわ。世界を平和にするのはね、ゴールじゃないのよ」
「先生、こいつ逆かもしれない。寝てないんだきっと。どれが夢かわからなくなってるんだよ。保健室……そうだ保健室で寝かせよう」
彼にはこういうところがあります。少し口調が荒いけれど、何だかんだいって心配してくれるところです。
ただ、今回は心配するところなんて全くなくて、私は丁寧に断っておくことにしました。簡単に倒れちゃ、いざってときに誰かを救えないこともあるということです。
それと、彼がしている勘違いについてもしっかり説明しなくてはなりません。
「失礼ね。私が今日、どうして遅刻しそうになったか教えてあげるわ。八時までたっぷり寝たからよ」
「ええと、平山さんに拍手。立派な夢……でしたね」
私の番は、先生によって無理やり終わることになりました。予定ではどうやって魔王を倒すかだとか、色々な思いつきを披露するはずだったのに、夢の宣言をしただけで終了です。
教室が心地の良い音で包まれたけれど、流れ的にまるで、私が遅刻をしそうになったことに対して拍手をされているみたいで、あまり気分はよくありませんでした。
どうせなら一言目、魔王を倒そうとしたことについて応援してほしかったのに。
席に戻ると、それまではどんどん発表者が回っていたのに、なかなか次の人が席を立とうとしませんでした。こういうときは先生が合図を出すべきだと思います。
何事においても、一人目になるのって結構な勇気がいるんだから。
授業が進むでもなく、かといって騒がしくなるわけでもなく、なんでもない時間がありました。五年二組は静かなほうだけれど、これほどの人数が静かに揃うっていうのも珍しい。
いつもと違うことが起きたとき、私は少しだけわくわくします。
先生が、えっとお、と次の言葉を拾い始めました。地面を見回しながら何か言っているけれど、きっとそのあたりに丁度良い言葉は落ちていません。
すると、見かねたみたいに、タイミング良くチャイムが鳴りました。先生はゆっくりと背筋を伸ばして、さっきまでのが嘘みたいに言い放ったのです。
「今日はここまで。一旦ご飯食べようか!」
──あの世界には「一旦ご飯を食べる」こともできない人がいることを考えました。
でもそれって、こっちの世界でも一緒です。平和っていうのは実に難しい。私がついさっき宣言した夢について、叶えられるか少し不安になりました。
とりあえず救えそうな世界から救おう、私はそう決心して、今日の夜のことを考えながら給食を食べます。揚げパンはいつだって美味しい。
向こうにはあるのかな、揚げパン。




