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「連載版」「献立なんて誰にでも組める」と婚約破棄された宮廷の配膳記録官ですが、帳面72冊が止まったら王宮の食卓も止まるようですよ  作者: 夢見叶
第5部 監査・交渉・逆転加速 第12章 空白発見──保管庫が狙われる

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第59話 支給品の一致が、逃げ道を削る

 揃いすぎた物は、たいてい偶然じゃない。


 倉庫前の机に袋を並べた瞬間、そう思った。小麦粉の袋、乾果の小箱、油の小瓶、支給札。それぞれ別の名目で届いた品だ。別々の担当者から、別々の経路で。


 だが並べると、紙紐の撚り方が似ている。


 銘柄だけなら弱い。だが紐、札、切り口、封の癖が全部重なると、もう「似ている」では済まない。


 昨夜、仮運用規則が立った。証言前支給凍結禁止、立会い2名、写し2重化。その制度が通った翌朝、倉庫口に支給品がひと纏めで届いていた。


 早すぎた。昨夜の規則を知った上で、急いで送り込んだ速さだ。


 若手書記官が息を詰めるのが分かった。


「これも、同じです」


 差し出された赤線入りの支給札。証人家族へ届いた分だ。私はそれを、書記官室から回収した封札の切れ端の横に置く。


 紙の繊維が似ている。切り口が斜めに流れている。紐の色も同じだ。


 その瞬間、ばらばらだったものが、物のかたちで1本に寄った。


 口封じ。

 改竄。

 保管庫番への懐柔。

 全部、言葉ではなく袋で届いていた。


「別件、に見えます」


 若手書記官が声を落とした。


「見えるようにしてある」


 答えながら、鍵簿を洗ったときに抜いた封番号の一覧を広げる。飛び番号の末尾と、今日の封番号が一致している。偶然で重なる数字は、そうは多くない。


 照合の手が止まらないように、次の資料を開く。証人宅の支給記録。届け先の名前の横に、小麦、油、乾果の受領印が並んでいる。全部、紙紐で縛られた品だ。


「これで、3系統です」


 若手書記官が小さく言った。私は頷く。


 書記官室の隅に、補給用の小箱が2列ほど置かれていた。棚卸しの残りだと聞いていたが、封の癖が倉庫の袋に似ている。


 商会が違う。部署が違う。用途が違う。そう言い張れていた線が、紙紐1本で繋がってしまう。


 私は紙端を揃えて、もう1度並べた。


 倉庫の袋。証人宅の支給品。書記官室の小箱。


 全部、別の顔をした同じ手だ。


 その言葉が胸の中で固まった瞬間、急に重くなった。怒りではない。もっと冷えたものが、指先から這い上がってくる感覚だ。


 抽象だった疑いが、手で持てる物の重さになる瞬間というのがある。今がそれだった。紙の向こうにいた誰かが、急に形を持って近づいてきた気がした。


 私は指先を机の縁に当てて、1息分だけ止まった。感情より先に手を動かす。それが自分の仕事だ。でも今日は、1息分だけ止まってよかった気がした。重さを感じておかなければ、証拠の意味を軽く扱ってしまう。


 監査机に戻ると、リュシアン様が封番号の照合を終えたところだった。余分な言葉はない。袋を並べた机を1度だけ見て、静かに待つ。


 私は支給札と封札の切れ端を順番に置いた。


「口を塞いだのは、紙じゃない」


「物だな」


「ええ。袋です」


 言い切った瞬間、妙な静けさが落ちた。


 彼は並べた物を1つずつ見下ろしてから、短く言った。


「違う顔をした同じ手だ」


 私は頷いた。それだけで十分だった。


 彼の確認の仕方はいつもこうだ。こちらが言い切るのを待ってから、1言で受ける。先に結論を出してしまわない。


 今まで、それを「段取りの良さ」として受け取っていた。だが今日は少し違う見え方をした。私の言葉を、完全に出させてから受ける。庇うのではなく、出させる。そういう助け方だ。


 紙端を揃えようとして、指先が1瞬だけ止まった。感情は後回しにする。仕事がまだある。


 厨房では、ボルドーが粉袋を睨んでいた。


「この粉は不味い」


 最初に出た感想がそれで、私は1瞬だけ肩の力が抜けた。


「そこも大事ですが、今は――」


「分かってる」


 短く返される。鍋蓋を机に置いて、袋の底を指で叩く。


「色が薄い。焼いたら飛ぶ。これ、いつもの仕入れじゃない」


 その1言で証拠がもう1段積まれた。同じ支給線に乗った粉が、品質まで変わっている。倉庫の袋、証人宅の乾果、書記官室の小箱、今日の粉袋。


 繋がっている先に利益がある。そうでなければ、ここまで手が回らない。


「来月の分も同じ線で来るかもしれません」


「だろうな」


 ボルドーは鍋蓋を持ったまま、1度だけ息を吐いた。


「宴席まで3日しかない」


 その言い方が、ひどく現場に近かった。証拠を積むだけでは足りない。3日後の食卓も、同時に回さなければならない。腹で分かることを言葉にするのが苦手な人が、それでも言うのは、分かってほしいからだ。


 私は頷いた。


 夕方、監査机で紙を束ねながら整理した。


 脅しの言葉は残らない。

 だが物は残る。


 揃いすぎた袋、似すぎた紙紐、同じ切り口の封。これだけが確かに今日の机の上にある。


 逃げ道は言い訳の数だけあった。商会が違う、用途が違う、担当者が違う。そう言い張れていた間は、別件の顔を保てた。


 だが物が揃い始めると、その言い訳の数が減る。今日で、3本が消えた。


 向かいで帳面を閉じる音がした。


「次は供給線か」


 問いではなく確認の声だった。


「ええ。王宮の中だけでは、もう足りません」


「封の外だ」


 リュシアン様はそう言って、机の端に残った紙切れへ視線を落とした。別商会の名前で届いた包み紙だ。今日まで別件の顔をしていた物だ。


 まだ気配だけだ。だが次に追うべきものが、もうそこに見えている。


 彼の指が1度だけ紙切れの端を押した。説明はない。先を見ている。


 若手書記官が濃茶を差し出した。今日も渋そうな色をしている。


「……今夜も、かかりそうですか」


「かかります」


 1口だけ飲んだ。やはり渋い。だが文句を言う気になれない。


 逃げ道を削る仕事が、今日で1段上がった。


 次は封の外だ。この紙紐が、王宮の供給線の外にまで繋がっているとしたら――3日後の食卓を守りながら、その先を追わなければならない。


 残り3日。

 食卓も、証拠鎖も、止めない。


 その宣言を、今夜の机の端に置いた。


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