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「連載版」「献立なんて誰にでも組める」と婚約破棄された宮廷の配膳記録官ですが、帳面72冊が止まったら王宮の食卓も止まるようですよ  作者: 夢見叶
第4部 価値観の代償/守るために失う 第9章 証言に台本が混ざる日

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第35話 真実を量る秤が歪む

 神殿の朝は、白い。


 磨かれた石床も、祭壇の布も、証言者の手元に置かれた薄い札も、みな同じように白く、同じように冷えていた。冷たい場所ほど、正しいことだけが残るように見える。けれど私は、そういう場所ほど「先に置かれた言葉」が勝つことを知っている。


 公聴の席へ案内される途中、神官補が今日の順番を読み上げた。第1証人、第2証人、第3証人。私の名はそのあと。声は一定で、淀みがなく、まるで昨日までに何度も練習した朗読みたいだった。


 隣を歩く辺境伯――リュシアンの歩幅が、半歩だけ私に合わせて落ちる。


「苦しければ、下がっていい」


 低く落ちた声に、私は首を振った。


「下がると、都合のいい順番になります」


 彼はそれ以上言わなかった。言えないのだ。ここは神殿で、私は証言台に立つ側で、彼はまだ割って入れない。けれど肩の圧が一層深くなった。それだけで、彼も何か感じている。


     ◇


 前室には、すでに証人たちがいた。


 誰もこちらを見ない。なのに妙だった。


 目を合わせないくせに、指先でなぞる札の端、喉を鳴らす間、口の中で転がしている言葉の形が、どこか揃いすぎている。同じ高さで視線を落とし、同じタイミングで札をめくり、同じ深さで息を吸う。さらに、唇を開く角度までが同じだ。


 嫌な予感は、いつも音ではなく順番で来る。


 この揃い方は、自然なものじゃない。誰かが、複数の人間に同じ言葉を練習させたような、その演習の匂いがする。舞台稽古の鮮度がそのまま残っている。リハーサルを終えたばかりの、緊張したままの姿勢。


 若い書記官が砂袋を握りしめ、乾ききらないインクを守っている。気配では分かる。彼も同じことに気づいている。その肩の張り方で、昨日の公聴から何かを持ってきたのだと分かる。けれど声には出さない。ここでは何も言えない。


 祭壇の方から、香炉の煙が流れてくる。


     ◇


 公聴が始まり、最初の証人が口を開いた。


「記録官殿は、特定の方の嗜好に――」


 そこで私は、爪先に力を入れた。


 特定の方。その言い回しを、私はもう知っている。辺境でばらまかれた噂だ。観察記録を恋文と呼び、配膳順を執着と呼び、仕事を私情に言い換える、あの薄汚れた紙の文面だ。


 第2証人が口を開く。


「記録官の立場を超えて、特定の貴族への――」


 同じところで息を継いだ。


 第3証人も、同じ比喩で、同じ結論へ落とした。


 その声の高さまで、完璧に一致している。


 ――ああ。これは証言じゃない。準備された文だ。


 胸の奥に怒りが来たが、その前に仕事の勘が立った。3人の証言が揃いすぎているなら、崩す場所は内容じゃない。


 順番だ。


 揃えた人間がいるなら、その揃え方が痕になる。


 息継ぎの位置。比喩の選び方。紙から口へ移すまでの間。全部が、1本の線で繋がっている。


 祭壇の前で名を呼ばれ、私は立ち上がる。


     ◇


 白い石の冷たさが靴越しに伝わる。


 神殿が量るのは真実ではない。今日ここで量られるのは、誰が先に言葉を置いたかだ。


 ならば私は、言葉ではなく記録で立つ。


 祭壇の前で、私は深く息を吸った。屈辱はあった。怒りもある。けれどその下に、もっと冷い何かが先にいる。これは私への個人的な攻撃ではない。制度を使った、組織的な工作だ。その工作の痕を見つけるまで、感情は後回しにしなければならない。


「3人の証言を聞いていて、気づきました」


 声は意外と平らに出た。祭壇の白さに吸収されず、廊下まで届く強さで。


「同じ言い回しをするなら、それは記憶ではなく準備です」


 現場の空気が、わずかに変わった。


 神官補が香炉の位置を直そうとして手を止める。評議会側の貴族が、眼差しだけ固くする。証人たちの背が、ほんの少しだけ丸くなった。


「私は配膳の順番を記録しました。好みを記録したのではありません。事故にならない順番を記録しました」


 ここで間を置く。紙の端と息を揃えるように。


「豚を避ける国の大使が来る8日目。その禁忌を事前に確認して、提供順を変えなければ、国交事故になりました。それを避けたのは、感情ではなく因果です」


 第1証人が、札の角を親指でこすった。


 視線だけが揺れた。


「『特定の方の嗜好』という表現は正確ではありません。それは嗜好ではなく、事故回避の手順です。配膳の記録は、個人の好みではなく、王宮の食卓が止まらないための仕事です」


 白い祭壇の上で、言葉が息をしているように見える。指先の力が抜けない。この言葉は、5年間の仕事をかけた言葉だ。棚の前で指先が覚えた順番が、今ここで声になっている。


「3人の証言が揃いすぎているなら、その揃い方こそが、私情ではなく組織的な背景があることを証明しています」


 神官補の手が、また香炉の位置札を直しかけた。


 3度目だ。


 煙がこちらへ寄ってきたとき、リュシアンが無言で半歩だけ身を退ける。その動きは、誰の目にも映らないほどかすかだった。


「私に疑問が1つあります。もし私の仕事が本当に『私情』なら、それを証言で立証しようとする人たちは、なぜこんなに同じ言葉を用いるのでしょうか」


 退廷の1歩手前で、私は最後の1行を落とした。


「順番を見れば、因果は分かります」


     ◇


 石廊下へ出ると、リュシアンが隣で動きを止めた。


 彼は進もうとする。1歩、2歩。けれど私は腕を引かなかった。


 彼の口の中で、何か言いかけられていた。「君はよく立った」か、「ここからが難しい」か、それとも別の言葉か。けれど彼は結局、何も言わずに止まった。


「いえ。まだです」


 声は小さく、けれど確かだ。


「まだ、私の番です」


 彼は振り返った。


 言葉がなかった。けれど目だけで、「君の負い目ではない」と言っている。同時に、その言葉がどこまで届くかを、彼自身が知らない困惑もそこに浮かんでいた。


 庇いたい気持ちと、庇えば逆に彼女の立場を悪くするという葛藤。その葛藤が、表情に細く刻まれている。


 廊下の向こうで、時計が小さく鳴った。


 昼の公聴が終わり、次は評議会だ。3人の証言が揃いすぎているなら、その揃え方は痕になる。その痕を辿る仕事は、もう始まっている。


 同じ言葉が3つ並ぶなら、崩すべきは証言の中身じゃない。


 揃えた順番だ。


 その順番の先に、誰がいるのか。


 白い石床の上で、私たちは並んで歩き始める。

読んでいただき、ありがとうございます。


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