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ガラスのくつ ~アイドル残酷物語~  作者: ニセ@梶原康弘


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6/22

第6話 それでも前を向いて

 安アパートの部屋の隅で、音を小さくしたテレビが芸能ニュースのトピックスを報じている。


『美槌烈音、ニューマキシシングル「Slave of Love」、売上五万枚を突破!』


 ぼんやりと画面に顔を向けた。日本中の少女達を虜にした彫りの深い青年が精悍な表情でマイクを握り締め、歌っている。

 芝居、歌、モデル……何をやらせても絵になる男。


(烈音くん……)


 ラ・クロワの歌姫は恋をしてはいけないはずなのに、そんな自分に何度も甘い言葉をささやいた男。

 とろかされ、過ごしてしまった一夜の過ち。それが公になるや「莉莉亞が僕に抱いてくれと強請った」と手のひらを返した変節漢。

 彼が疑惑を見事に覆したのは東京で開かれていたコンサートの最中だった。一触即発の修羅場で今にも荒れそうな空気が張り詰める中、彼は鮮やかな手並みでファンを欺いたのだった。


 「聞いてくれ……僕には恋人がいる」


 会場でそう語り始めた美槌烈音にファンの女性達は悲鳴を上げた。


「でも、それはマスコミが騒いでいる歌姫のあの娘じゃない」


 では誰なのか。誰もが固唾を飲んで聞き入った。

 そんな彼女達に微笑むと、彼は両手を広げて告げた。


「みんなだよ……ここにいるみんな、一人ひとりが僕の恋人だ!」


 ざわめきは転瞬、歓喜の絶叫となった。疑惑に揺れていたファンを彼はこうして見事に虜にし、味方につけたのだった。

 こうなると「恋人」と言われ盲信化したファン達は、彼への批判に黙っていない。彼を追うレポーターや待ち受ける記者を集団で逆に追い回し、罵った。そればかりか名前や住所を特定し、SNSで晒し上げた。「愛する彼の為」なら警察や裁判沙汰も厭わないと牙を剥く彼女達の反撃に辟易し、マスコミの過熱報道は次第に影を潜めてゆく。

 結局、このスキャンダルは莉莉亞を「美槌烈音をたぶらかした下劣な歌姫」と悪役に仕立てることで幕引きが図られたのだった。

 莉莉亞が「違うの! あれは……」と否定したくてもプロダクションから「これ以上余計なことを言うな」と言い渡され、何も言えない。

 それでも非難の嵐にたまりかねて口を開けば「見苦しい言い訳ばかりする卑怯者」「烈音くんをたぶらかした淫乱が今さら!」と、ますます炎上する。

 こうしてスケープゴートにされた莉莉亞はラ・クロワから除名されたばかりかプロダクションを解雇され、芸能界の表舞台から追われたのだった。

 いま画面の中で華やかに歌っている美槌烈音を、あのとき莉莉亞はどれほど憎んだことだろう。

 だけど、どんなに訴えても誰も聞く耳を持ってくれないのだ。どうしようもなかった。

 理不尽への悔しさを涙と一緒に呑み込み、歯を食いしばってこの底辺から這い上がるしかない。

 もう一度、光差すあの場所を目指して。

 莉莉亞は暗闇の中でひとり、再起を誓ったのだ。

 なのに……


「どうして……」


 唇を噛み、テレビからスマホへ視線を移す。

 ラ・クロワへの復帰を諦めてからというもの、オーディションに幾つも応募した。歌手デビューを受け付ける大手プロダクションへも問い合わせのメールを送った。せめてひとつぐらいは……そう思っていたのに。

 まさかそのひとつすらないなんて。


「……」


 言葉もなく莉莉亞は肩を落とした。自分は審査される資格すらもらえないほど落ちぶれていたのか。

 しばらくの間、そうやってうなだれていたが。


「いいえ、こんなことくらいで負けるもんですか」


 誇り高い歌姫だったこの私が泣くものか。莉莉亞はキッと虚空を睨んだ。

 ラ・クロワに選ばれる前も後も厳しいレッスンを重ね、歌やダンスを磨き上げてきた。今だって怠っていない。

 歌なら自分はきっと誰にも負けない。


 ――だから大丈夫。自分を歌わせてくれるステージはきっと見つかる。


 そう自分へ言い聞かせると、莉莉亞はスマホをタップし、また新しいオーディションや他のプロダクションを探し始めた。

 世の中には様々なアイドルが溢れている。

 ラ・クロワのような高貴な歌姫からクラスメイト同然の親近感をウリにしたアイドル、楽器を演奏しながら歌ったり、アクロバットのようなダンスで魅せるアイドルまで……

 さすがに風俗同然のサービスまで厭わない地下アイドルの募集には応じる気になれなかったが、それでも検索すれば沢山のオーディションや募集情報が見つかった。

 中でも今回莉莉亞の目を惹いたのは、大手プロダクションが携帯電話の会社と共催した「ニュージェネレーションアイドル発掘プロジェクト!」というものだった。「経歴は問わない、時代を越えて人々の心を震わせる歌い手を求めます!」というキャッチコピーに胸が躍る。


 ――ここならきっと私の歌を聴いてくれるに違いない!


 莉莉亞は公式サイトにアクセスすると、応募フォームに自分の経歴や歌に懸ける意気込みを懸命に書き込み始める。


「でも、大丈夫かな……」


 経歴は問わないと一応書いてはあったがあれほど世間を騒がせたのだ。やはり不安は残る。

 そればかりではなかった。

 最近歌詞を忘れたりすることが増えてきた。莉莉亞にはそれも不安だった。

 オーディションの時にそんな失態は絶対許されない。歌う前に一度声に出して歌詞を反復しておこう。莉莉亞はそう思い、不安を払いのけた。


 それにしてもどんなに集中しても歌詞を忘れてしまうって、どうしてなんだろう……



**  **  **  **  **  **



オーバーリミットして足掻いた私の人生って

課金ガチャで揃えた誰かの人生のカードに

足元にも及ばないの? バカバカしいわ

この世界(サーバー)になんて見切りつけちゃお

わたし、異世界転生してチートでザマァしてくる

そんな、吐き捨てた言葉の裏に、誰も気づかない

こんな、価値なんてない私の涙に、誰も気づかない



 照明を落としたオフィスビルの一室で、壁に映し出された巨大なプロジェクター映像を数人の男達が真剣な眼差しで見つめている。

 映像の中では、甘ロリと言われるソフトなロリータファッションの少女が舌足らずな声で懸命に歌っていた。

 彼等は、先ほど終えたばかりのオーディションで撮影した映像を見直し、一人一人審査しているのだった。

 歌が終わり部屋の照明が明るくなると、一人の男が首を振った。


「じゃあ、本当にこの娘を採用するんですか?」


 問われた上司らしい男がむんずりとうなずいた。


「正直、歌はお世辞にも上手いなんてもんじゃないし、振り付けもない、ビジュアルもベタ。どう贔屓目に見ても新世代を起こす歌手って言うには厳しいと思うんですが……」

「そう言うな。彼女のプロフィールを見たか?」


 上司は言いたくなさそうに説明する。


「登録者五〇万人、動画サイトで大人気のYouTuberだ。売れるのは間違いない。それだけで決定する理由としちゃ十分だ」


 彼女が自身の動画チャンネルで宣伝するだけで大きな話題になるだろう。なにより五〇万人の市場が担保されている。

 炎上騒ぎでもない限り、大きな収益が約束されているのも同然だった。


「世の人々の心を震わせる歌い手を求めるって謳い文句で開催したのに……」

「金の卵を拾ったんだから路線変更だ。合格理由なんて彼女の将来性を買ったとでもデッチあげときゃいい」

「まぁ、落とされる連中にはこんな事情、言えませんけどね」


 審査員達は顔を見合わせると、ため息をつきあった。

 向こうにある控室には、オーディションに挑んだ二十余人の少女達が待っている。

 これから彼女達に、得手勝手な会社都合を隠してこの結果を伝えなければならない。


「歌唱力なら一八番のあの少女が凄かったのにな。群を抜いてましたけどね……ええと」

「元・ラ・クロワの姫咲莉莉亞だろ? あの娘は駄目だ」


 上司は首を横に振った。


「えっ、どうして」

「スキャンダルから一年経っても世間は許しちゃくれまい。それに……」


 声を潜めて彼は続ける。


「採用なんかしてみろ。あのオラトリオ・アソシエイツのプロデューサーに睨まれたらただじゃすまんぞ」

「藤元さんか……。あの人、屠殺人スローターって呼ばれてますもんね」

「ああ。だからどんなに歌が上手くても」


 気の毒そうに彼は繰り返した。


「あの娘だけは駄目だ」



**  **  **  **  **  **



 肩を落として莉莉亞がオーディション会場のビルを出たとき、とっくに陽は落ち、街灯がついていた。

 通行人は少なかったが、大通りをせわしなく車が行き交っている。


(駄目だった……)


 落選した理由を知らず、莉莉亞は俯いた。

 もっとも得意な持ち歌でオーディションに挑んだとき、審査員達はみな驚いた表情で聴き入っていた。レッスンで時折顔を見せていた歌詞や振り付け忘れもなく、最後まで見事に歌い切ることが出来た。歌っている途中、他に応募していた数人の少女達が覗いているほどで、それを知った莉莉亞は更に声を高めて歌った。


 聴いて。私の本気、見せてやる!


 歌い終わったとき審査員も、覗いていた少女達もぼう然となっていたが我に返り、慌てて拍手した。莉莉亞は微笑んで「聴いてくださって、ありがとうございました」と、カーテシーのポーズで会釈した。

 ラ・クロワの歌姫で栄光のスポットライトを浴びていた時と、同じように。

 もしかしたら今度こそは……そんな期待に我知らず胸も膨らんだ。


 だけど……ただ一人、合格を告げられたのは別の少女だった。


(誰にも負けてないって歌ったつもりだったけど、それでもまだ上がいるんだ。足りないんだ)

(もっと練習を増やさないと……)


 そう思って唇を噛み締めたとき。


「ひ、姫咲さん!」


 背後から出し抜けに声を掛けられ、莉莉亞は振り返った。

 栗色の髪をした見知らぬ小柄な少女が、おどおどしながら微笑みかけている。


「はい」

「姫咲さん。わた、私、若松まどかといいます……」

「……」


 自分の名前を告げた少女はしばらくの間緊張でモジモジしていたが、まるで告白でもするように突然「私、莉莉亞さんのファンでしたっ!」と叫んだ。


「は、はい?」

「今日のオーディション、凄かったです! 私も莉莉亞さんみたいな歌手になりたいって思って頑張ったけど、やっぱり本物の莉莉亞さんに比べたら全然駄目だって思って……でも、莉莉亞さんの歌を久しぶりに聴けて、感動してっ!」


 自分を道しるべに未来の歌姫を目指す少女が、こんなところにまだいたなんて。

 莉莉亞の顔に思わず笑みが浮かんだ。


「もっともっと頑張らなきゃって!  そう思って、それで……その……」


 緊張と感動で言いたいことがうまく言えず下を向いた少女の手を、莉莉亞は掬うように優しく取った。


「あっ……」

「落ちちゃったけど……でも私の歌をそんな風に聴いてくれる人、まだいたのね。ありがとう」


 緊張でガクガクしながら、少女は莉莉亞に懸命に微笑みかけた。


「とっ、とんでもないです。私なんかが……」

「そんな風に卑下しちゃ駄目。莉莉亞なんか越えてやるって気持ちで今度は歌ってね」

「は、はい!」


 ブンブンと音を立てそうな勢いで少女が首を縦に振ったので、莉莉亞もお返しに握った両手をブンブンと振る。そこで少女もようやく笑い出した。


「若松さん、お互い頑張りましょうね」

「はい、莉莉亞さんも! よ、よかったらいつかステージの上で一緒に歌って下さい!」

「ええ、約束よ」


 しばらくおしゃべりした後、大きく手を振って去ってゆく少女を莉莉亞は笑顔で見送った。

 励ました筈の自分が、彼女から元気をもらったような気持ちだった。


「あの娘と約束しちゃった。何が何でも復活しなきゃ」


 独り言をつぶやいた莉莉亞は、帰ったら、またオーディションを探して応募しようと思った。


(必ず戻るんだ、光差すあの場所へ……)


 ラ・クロワにはもう復帰出来ないけど、あの世界に戻りさえすればチクサ達と同じステージで一緒に歌うことだって出来るかもしれない。さっきの少女と約束したように。

 いつか、きっと。

 夜道は暗かったが、家路を辿る莉莉亞の瞳は、未来への希望に輝いていた。


 そう、この時はまだ……

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