1. 始まり
広漠たる宇宙――光と闇が、古の竜の如く互いに尾を咬み合い、永劫の輪を成す場所に、一つの巨なる蒼い惑星があった。名はインフォース。
その蒼は、森林や海の色ではない。量子反応炉の核が放つエネルギーの蒼、層状の大気が発光し、まるで神々の後光のように輝く蒼だ。インフォース――文明等級は十。空間に束縛されず、時間の支配にも縛られぬ存在。そこに住まう種族は自らを「戦神族」と称した。
彼らは単なる神ではない。征服のために生まれた戦士である。優美に整った肉体、純化された進化遺伝子を持つのみならず、他の神話的種族の「魔術」という概念を凌駕する技術を手中にしていた。彼らの武は、空間を裂くプラズマの刃。盾は物理を歪める場力。肉体は灰燼より再生する。
されど――
いかに強大であろうとも、宇宙は決して公平ではない。
ドン!
ドン!!
ドン!!!
インフォースの空間は、硝子の破片のように砕け散った。巨なる転移門が大気圏を裂き、数十万の神話的生物が溢れ出す。破滅の火を吐く古龍。山脈に等しい巨像タイタン。第九次元より現れる魔神。黒く燃え盛る翼を持つ堕天使。二に対して十万。焼け盛る空に、ただ二柱の戦神族最高位――至高の神が踏みとどまっていた。黄金の血は流れ、神力の光は亀裂を生じる。彼らは劣勢にあった。残酷極まる不均衡な戦い。
その遠く、観察する者がいた。彼は急がず、戦いに加わらず、ただ暗がりの糸を引く者の如く佇んでいる。頭には月弧の如く湾曲した山羊の角。深紫の闇のような瞳。彼の名はバラディスト――古の魔術師、操り手。戦は闘うものではなく、操るものだと信じる者。彼は予言と呪い、種族間の密約を以て全てを仕組んだ。目的はただ一つ、インフォースの技術――宇宙の構造を書き換え得る核エネルギーの獲得。
だが――戦いが終わりに近づいたとき、彼はある振動を感知した。未来の断片。惑星の生ける核の内部に。白い部屋。中央に明滅する栄養槽。その中に、ひとりの子がいる。実験室で作られた者でも、複製でも、遺伝子改変でもない、自然に生まれた存在。完璧な文明の中では、ほとんど絶滅した存在だ。
バラディストは歩み寄り、硝子に手を押し当てた。瞳にひとすじの閃き――予見の力が作動する。彼が見たものは、子が神々の屍を踏み越える未来、宇宙がその意志の下にねじ曲げられる未来、そして――自らの消滅する未来。バラディストは一歩後ずさった。恐れを知らぬ彼が、初めて冷たさを覚えた。
「存在させてはならぬ。」
彼は手を掲げ、破滅のマトリクスが形成され、空間はねじられた。だが――
轟!!
影が飛び込んだ。中年の男。鎧は裂け、黄金の血が腕を伝う。彼は栄養槽の前に立ち塞がり、破壊の掌撃はその胸を貫いた。血飛沫が舞う。しかし彼は退かぬ。振り返り、子を見据え、その視線は柔らかさを帯びる。声は枯れ、だがある時代の最後の鐘の如く鳴り響いた。
「息子よ……」
「汝は我ら神族の最後の希望だ。」
「汝は最も大きな潜在力を持つ子だ……」
「汝は最強たる者だ……たとえ戦いを知らずとも。」
「汝は自然に生まれし唯一の子……異なるのだ。」
口許から血が溢れる。それでも彼は笑った。
「後に……大きくなったとき……」
「我らの族を復興せよ。」
「恨みを抱くな。」
「すべてを超えよ。」
バラディストは眉を顰めた。
「無意味だ。」
されど、その男――伯父は最後のマトリクスを作動させた。絶対転移。追跡不能、阻止不能、予見不能。子は瞬間、消え去った。すると同時に――インフォースの核が爆発した。白光がすべてを呑み込み、等級十の文明は跡形もなく消え去った。冷たい宇宙の虚無の中で。
バラディストは沈黙して立ち尽くし、子が佇んでいた空間を見つめた。彼は怒りも叫びもせず、ただ思索した。彼はあの未来を見たのだ。もしその子が生き延びれば、やがて彼のもとへと来るだろう。そしてそのとき――追われるのは彼自身である。バラディストは拳を固めた。
「待とう。」
「必要なら運命さえ操ろう。」
やがて彼は星々の闇へと姿を消した。
宇宙の小さな片隅。等級一にも満たぬ、取るに足らぬ蒼い惑星があった。名は地球。ある静かな夜、平凡な家の庭の一隅、花と露の間で、空間が微かに震え、光の輪が現れて消えた。新生児がそこに横たわっている。泣かず、ただ瞳を開く。瞳は深く、かつて焼かれし宇宙を宿すかのようだ。その短い間、風は止み、虫は静まり、月は雲に覆われた。やがて日常が戻る。窓辺から絶叫が響いた。
「なんてこと!庭に赤ん坊が――!」
かくして物語は始まった。戦神の血を宿すその子の旅路が。自然に生まれた者。無窮の未来を内包する者。宇宙をも書き換え得るか、あるいは滅ぼすか。小さな地球の庭から、運命は回り始める。
十年が経った。あの夜に光が落ちた日から十年。かつての幼子は成長し、その瞳はもはや無垢な透明さを失い、底なしの淵の如き深さを帯びていた。名はゲンソン・ジェシュダ。彼を拾った養父母が付けた名――温かな微笑みと単純な信仰を込めて。「神の祝福あれ」と。彼らは知らなかった。拾われし子は祝福を必要としない。彼はかつて神を作りし文明に属していたのだ。
ゲンソンは――他と違った。反逆ゆえの違いではない。あまりにも完璧であるがゆえの違いだ。彼の肉体は不合理なまでに均整を保って成長した。骨は頑強に、筋は締まり、反射は同輩の何倍も速い。運動しなくとも、肉体は常に最適な状態を保つ――腹筋はまるで解剖刀で刻まれた如く四つに割れている。十歳にして身長は一・七二メートル。アメリカの高校生と比べれば突出はしないが、十歳としては逸脱である。知性はさらに恐るべきものだ。三歳で流暢に読み、五歳で代数を独学し、七歳で家庭の電力網の最適化アルゴリズムを書いたのは「今月の請求が高すぎるからだ」と。八歳のとき、彼は画面を見て淡々と言った。
「ここのインターネット、セキュリティが甘いね。」
養母は笑って言った。
「また変なことを言ってるわね。」
ゲンソンは首をかしげた。
「変じゃないよ。」
その夜、彼は街のシステムに侵入した。ただ見たかっただけだ。破壊はせず、観察のみ。彼は刺激を覚えず、ただ――退屈を感じているに過ぎなかった。小学校では子らに理解されない。
「おい、ロボットか?」「変人だ」「あの目、気味が悪い」
ゲンソンは怒らなかった。ただ問うた。
「君たちは、なぜ理解できないものを怖がるの?」
一人の少年が彼を突き飛ばした。ゲンソンは転ぶが、痛みは感じない。起き上がり、埃を払って淡々と言った。
「違うことは罪ではない。」
「だが、弱き者は卓越を憎む。」
彼の瞳は子らを黙らせた。凶暴ではなく――ただ、あまりに平静であったからだ。養父母は次第に隔たりを感じ始めた。ある夜、養父が食卓に座り、重い声で言った。
「ゲンソン……お前は――」
「はい?」
「我らはお前が持つ可能性を十分に伸ばしてやれぬ。」
養母は顔をそむける。
「お前にはもっと良い場所がふさわしい。」
ゲンソンは長く沈黙した。頭の中では論理が働き、胸の内には得体の知れぬ疼きがあった。彼が完全に解析しきれぬ感情――それでも、静かに告げた。
「分かりました。」
その夜、彼は初めて眠らなかった。突出した成績のため、ゲンソンは飛び級を重ね、十歳にして高校へ進学する許可を得た。ただの学校ではない。世界で最も名門たるトーマス・ジェファーソン科学技術高校――受諾通知を受けた日、校長が直接ビデオ通話をしてきた。
「君は年齢が他の生徒より若いことを承知しているかね?」
「はい。」
「重圧に耐えられると確信しているか?」
ゲンソンはカメラにまっすぐ視線を返した。
「能力が不足しているならば、重圧は存在するだけです。」
校長はかすかに笑った。
「自信家だね。」
「違います。」
「ただ客観的評価をしているだけです。」
だが入学前、彼は好奇心を抑えきれなかった。新たな環境を試したかった。彼はノートパソコンを開き、十二層のセキュリティ、三階層のファイアウォール、多重暗号化のシステムを前に指を動かした。十分钟後、彼は言った。
「入った。」
彼は生徒の全プロファイルへアクセスした。成績、業績、来歴――興味深い。いたずら心が湧き、彼はシステムの反応を試すことにした。成績を改竄し、全科目一〇〇点に書き換え、国際的な功績を偽装して超人的なプロフィールを作り上げた。彼は淡く笑った。
「反応が鈍い。」
だが遊びはそれで終わらなかった。彼の視線は別の項目に留まる。NASA――宇宙通信システムだ。
「これこそ面白い。」
四分で彼は制御権を握り、十六秒の準備、二十秒の送信。奇妙な暗号化の信号が放たれた。地球の言語ではない。フラクタル構造をまとった数学的な波形であり、偶然にも彼の潜在意識に眠る古のエネルギーの模様を呼び覚ました。信号は大気圏を抜け、太陽系を越えて拡散した。
NASAの運用センターでは叫び声が上がる。
「何が起きた!?」「ディープスペースチャネルが乗っ取られた!」「閉鎖を!閉鎖して!」「システムがオーバーライドされた!」「復旧を!二十秒だ!」
二十秒後、すべては正常に戻った。内部報告では「一時的な技術的不具合」とされた。公表はされず、誰も知らない。ただし――地球外の者たちだけが知った。遠い恒星系の縁で、ひとつの生命体が瞼を開ける。信号を感じ取り、言った。
「あれは何だ?」
別の惑星で、薄暗い場所にて、低い笑いが漏れた。バラディストが目を開け、あの周波数を感知する。馴染み深く、そして――特別だ。
「待っていたぞ。」
彼は微笑む。
「お前は自ら目覚めたか……」
バラディストは地球の方角を見遣る。
「あの子が……ついに姿を現した。」
だがすぐに首を振った。
「いや、まだ時ではない。しかも――」
深い笑みを浮かべ、続ける。
「これはお前の仕事ではない。」
小さな下宿の一室で、ゲンソンは画面を見つめて呟く。
「たった二十秒か。」
「誰にも気づかれていない。」
だが胸の奥に、漠然とした不安が芽生える。何かが目を覚ましたかのような感覚。彼は眉を寄せた。
「ただの悪戯だよ。」
されど潜在意識の奥底には、白光の記憶、燃え盛る惑星の記憶、最後の言葉――「我らの族を復興せよ」の断片が朧げに残る。ゲンソンは胸に手を置き、呟く。
「族、だと?」
くすりと笑い、続ける。
「多分、考えすぎだね。」
窓の外、夜空は静かだが、外大気圏の何処かで多くの眼差しが地球を注視している。そして――ゲンソン・ジェシュダの旅路は、実のところ、まだ始まったばかりであった。
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