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荒い呼吸だけが森の中に響く。暫く誰も言葉を発さなかった。
皆の視線が私の方に向いているのがわかる。
「あの……鋼鉄の鎧を……一太刀で……?」
誰かがボソッとつぶやいたのが聞こえてきて、ようやく遠くの方にあった意識が自分のもとへ帰ってきた。手のひらも、足の裏も、身体中がじんじんと痛む。
そっとローブをめくって見た全身は傷だらけで、私が一歩踏み出すごとに地面にべったりと血がへばりつくぐらいダメージを負っているのがわかった。
依然として、ローブが無ければ魔力は外に放出されっぱなしのようだ。まずは制御の仕方を教えてもらわなければ。
――教えてもらえるんだろうか。
この後のことを考えて、そういえばエルヴノール城には役人が来ていたのだったと思い出す。このままフェリノスに連れ帰られてしまったら、私は死罪を受け入れないといけないことになる。
誰の顔も見ることができなくて足元に向けていた視線にフェリノスのマントが映り込んだ。逃げたい。だけどもう体力の限界だ。魔法の使い方はなんとなくわかったけれど、魔法を構築するだけの集中力が無い。
ただ両目からとめどなくあふれてきた涙をぬぐうこともできずに、俯いたまま「ごめんなさい」と謝罪の言葉を口にした。
フェリノスの温かい手が、私の涙を優しく拭う。
「皆、先に城に戻っていてくれ」
「でも……」
「お前らは何も気にすることは無い。ご苦労だった」
騎士団たちを帰したフェリノスが、私の傷だらけの両手を取って回復魔法をかけ始めた。じんわりと温かい空気が全身を包み込む。そういえば今は極寒の真冬だったと、視界の端にちらちら映る銀景色を眺めてぼんやりと思った。未だに止まらない涙が、ローブに染みを作っていく。
「変な〝漏れ方〟をしていると思っていたんだ。経絡が塞がっていただけなんだな」
「え……? 漏れ……けいらく……?」
突然発せられたフェリノスの言葉に、私は目を見開いて視線を上げた。
何が漏れ出ていたんだろう。経絡が塞がってた、って、経絡ってなに? いったいどういうこと……?
何がなんだかわかっていない私を見て苦笑したフェリノスが、私を座らせて今度は足の治療に取り掛かる。
「経絡というのは、体内で魔力を循環させるための通り道のことを言うんだ。何か特別な呼吸法を使わなかったか?」
「騎士団が集中力を高めるためにっていつも訓練前にやってた呼吸法を真似したの……」
「それだな。特にヴィレオン家は呼吸にも縁深い魔力を持つ一族だ。ロングソードも、君たちが扱っている材質と同じものを持ってきただろう」
「あれはたまたまで、本当に何も考えていなくて……」
「そういうものだ。君の血は〝知っていた〟んだよ」
知っていた。
口の中で反芻する。かずある武器の中で、ヴィレオン家が好んで使う材質の剣を私は手に取った。どんなに出来損ないでも、血は争えないということかしら。
あたたかな毛布で全身を包まれているような居心地の良さが眠気を誘う。
ここで眠ってしまったら、フェリノスはきっと自分を連れて城に戻るだろう。それだけは嫌だと、フェリノスのマントをぎゅっと握る。
「治療が終わったら、ここに捨て置いてください。私は、自分の命が惜しいのです」
「捨て置くことはできないが、俺も君の命が失われるのは非常に惜しいと思っている。……協力しよう」
「…………協力?」
「ああ」
フェリノスはそれ以上何も言わなかった。私も、聞き返す勇気が持てずに口を閉じる。ただ、彼の機嫌は良いようで、口角が僅かに上がっているのがうかがえた。そういえばあんまりじっくり顔を見たことがなかったなと思って、治療してくれているフェリノスの状態を観察する。
伏せたまつげは長く、雪の結晶を乗せているのかと勘違いするほどきらきらと輝いている。白く滑らかな肌は少し汗ばんでいて、ところどころに土汚れが付着していた。けがはしていなさそうだ。それだけは良かった。
ヴィレオン家に騙されたというのに、彼は私の命を惜しんでくれる。魔力ゼロの女が来たと思ったら、次に現れたのは魔力の制御も知らない魔物ホイホイ女だ。いい迷惑に違いない。
(フェリノスと魔力が釣り合っているかどうかはさて置いて、魔力ゼロの妻という汚点よりかは今の方が幾分かマシよね……)
とはいえ王命に背いた事実は変わらない。私はフローラ自身にはなれないから。
――フェリノスはどう協力してくれるつもりなんだろう……?
わからない。考えられない。そろそろ限界だ。
「寝てていい。その辺に置いてはいかない」
優しい声が聞こえて、私は返事をする余裕もなく意識を手放した。
次回、アリアストラ、フェリノスと秘密の特訓が始まる。
(いかがわしくない方で)
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