1-4
私に残された時間は、湯浴みを終えて髪の毛を乾かす暇もないぐらいだった。浴室から出た時、部屋の外が騒がしいことに気が付いたからだ。裸足のまま廊下へ足を踏み出す。窓の外を覗く前に聞こえてきた「役人が押し入って来たぞ」という使用人の声が聞こえてきたからだ。
その場から逃げ出したのはほぼ脊髄反射だった。
捕まるわけにはいかない。
城の中はまるで迷路のようだった。どの道を通れば外へ繋がるのか、裏門はどこになるのか、どんな魔法がかけられているのか、まるで見当もつかないけれど、とにかく正面玄関から離れるように私は走った。
そのうちどこか見覚えのある騎士団の練習場が見えて、その近くの倉庫の扉に体当たりする形で開け、中に隠れて息を整える。ここが武器庫であることは、なんとなくの勘でわかっていた。見張りがいなかったことだけが不幸中の幸いだ。
適当に手に取ったロングソードは、ヴィレオン家の騎士団が使っている材質と同じだった。騎士団の手伝いをしている時に触ったことがある。実際に剣を握って振るようなことはしなかったけれど。
鋼鉄を扱うのが得意なヴィレオン家は武器の素材にはこだわっているんだと自慢気に話す騎士団長の言葉を思い出した。
だからきっと、波長が合ったんだと思う。
魔力を解放する呼吸と、ロングソードの条件が、ヴィレオン家が得意とする鋼と風の魔法に反応し、魔力が開花した――そうとしか考えられない。
「私……魔力あったんだ……!」
体外に放出される光の靄を数秒眺めて、この先起こるであろう大惨事が頭をよぎって私は急いで武器庫を飛び出した。
なんとかエルヴノール城から逃げ出して、山間を目指してひたすら走る。
あのままあそこに留まりなんかした暁には、エルヴノール城が魔物の餌食になってしまう。フェリノスの魔力が城を守るだろうけれど、使用人が襲われない確証などない。
「やっぱり私はヴィレオン家の人間なんだ……っ」
感動すれば良いのか、後悔すれば良いのかわからない。だってこのままじゃ私は魔物の餌だ。死罪は免れても、魔物の餌になって死ぬだなんて冗談じゃない!
(魔力を制御したいのに! どうすれば放出が止まるのよ)
すでに何かの足音が自分を追ってきている音が聞こえてきている。数が増えて、囲まれているような気さえする。
(えっと、えっと、妹はどうやって魔法を使っていたっけ。騎士団のみんなはどうやって剣を振るってた?)
必死に思い出す。魔法の原理がわからない。光玉のような、エネルギー砲を飛ばしてみたくても、イメージだけじゃどうもうまくいかない。
焦りだけが心身を支配する。魔法の使い方はわからないけれど少なくとも剣の使い方は見よう見まねができる。この際フォームなんてどうでもいい。斬れたらなんでもいい。
右横から飛び出してきた黒い塊がまっすぐこっちに向かって飛んでくる。しっかりと柄を握り締め、ロングソードを右斜め上に振り上げた。黒い塊が真っ二つになって消失する。次々に飛びかかってくる魔物をなぎ倒しながら、母親に叩き込まれたワルツを踊るように足のステップを軽やかに、くるくる回る景色に若干酔いそうになりながら、とにかく身を守る為にロングソードを振り回した。
「もう一本持ってこればよかった……!」
そんなことを思うぐらい余裕が出てきたのは奇跡に近いことだろう。目の前の敵をなぎ倒したとしても、自分の魔力量を考えれば今襲ってきているのは雑魚でしかないのは初心者の目で見てもわかる。
これからどんどん中級、上級が現れて、その前に私は体力が尽きて死ぬ。
「死にたくない、殺されたくない! ああもう!」
しつこい!
そう叫ぼうとして、地面に張り出している木の根に足を取られて尻餅をついた。急いで立ち上がろうとするも、丈の長いシルク素材のシュミーズが邪魔をする。ちぎろうとして、一瞬ためらった。
――でも、どうせこれも、ヴィレオン家の格を守る為に与えられただけの代物に過ぎない。
ためらいを捨て、一気に膝上まで破り足の可動範囲を広げた。急いで立ち上がって、地面を蹴って後ろに飛びのいた。その瞬間、魔物の触手が今まで居た場所に突き刺さる。あぶなかった、これが九死に一生を得るというやつか。
シュミーズの丈を短くしたことで断然動きやすく、逃げやすくなった私はとにかく山奥に向けて走り続けたが、それも長くは続かなかった。周りにいた雑魚レベルの魔物がどんどん散っていくように逃げていく。私も肌を刺すピリピリとした空気は感じていた。今まで感じたことのない気配を探るように、走っていた足を止めて気配の正体を探る。
やがて轟音を立てて空から降りてくる魔物が視界に入った。
次回、アリアストラ、絶体絶命――!
―――――――――――――――
最後までお読みいただきありがとうございます!
毎日20時前後に更新中。
良ければブクマや評価いただけると励みになります:)




